似て非なる「プレゼン」と「記事づくり」


先日、「絶対通すプレゼン」というセミナーに参加してきた。講師は数々のイノベーティブなプロダクトを生み出してきた世界的ビジネスプランナーであり、迫力ある内容であったことは言うまでもない。講師が言う「プレゼンの3つの原則」とは、①パッション、②ピラミッド構造で一番言いたいことを伝える、③聞き手が理解できるように階段状に話す、というものであった。

この3つの点は、メディアにおけるコンテンツづくりとまったく同じだと思った。まずは、「伝えたい」という思いがないと記事をつくっても意味がない。二つ目の「一番言いたいことを伝える」は、500字のコメントであろうと、10万字を超える書籍であろうと同じである。伝わりにくい記事は、だいたい言いたいことが多すぎて混線している。書籍であろうと、その本で主張したいことを1行で表現できなければならず、その1行を伝えたいために、10万字を費やしてセカンダリーな情報を紹介するのである。最後の「階段状に話す」もまさにそうで、人は理解できないことを簡単に聞いてくれない。読み進めるごとに「?」が増える文章は困りもので、書き手と読み手が伴走できるように書き進めなければいけない。

「3つの原則は同じだ」と気づいたものの、それは当たり前で、プレゼンもメディアの記事も形式は違えどコミュニケーションなのである。人が人にものを伝える原則なのだ、と改めて気づいた。

このセミナーではこれらの原則に従って、数々のスキルも紹介する。プレゼンシートの1枚目に何を書くか? フォントの大きさは? 余白の適切なスペースとは?など、それはそれは微に入り細に入り、実に緻密である。相手の理解の妨げになるものは1ミリも排除する気迫。「神は細部に宿る」を言葉通り実践するかのように、執拗にデザインをすることを求める。圧巻である。

最初、「そこまで細かく言わなくても・・・」と聞いていたのだが、はたと気づいた。このセミナーのタイトルが「絶対に通す」であることを。プレゼンにも、事業紹介や研究発表などさまざまあるが、このセミナーでのプレゼンとは、社内外を問わず、意思決定者に自分の企画を承認してもらう、つまり「OK」をもらうためのものである。与えられた時間で説明し、「OK」をもらう。つまり狙ったターゲットを一撃で落とすコミュニケーションなのだ。ある意味、究極である。「言いたいことを伝える」を超えて、「相手を動かす」ことが求められているのだ。「だいたい理解できた」ではダメで、結果は1か0。150%理解してもらって納得してもらって「OK」を勝ち取らなかったら、その他はすべて失敗なのである。

対してメディアのコンテンツはどうか。一人でも多くの人に伝えたいという思いで、マスを対象にする。読者対象は、数千から数千万人までばらつきはあるが、「一人でも多くの人に」という思いは変わらない。この「一人でも多く」は、多くの人に読んでもらい、そのうちの少しでも多くの人に共感してもらうこと。「ほとんど読まれなかった」は失敗だが、「結構多くの人が読んでくれた」と喜ぶ。言い方に気をつけないといけないが、とてもアナログ的な評価で納得することができ、そしてぼわっとした感覚でコミュニケーションの成功を感じる。

これは、特定のターゲットを狙ったコミュニケーションと、「n」を対象にしたコミュニケーションの違いだろう。迫力がおのずと違うのは当然で、好きな人にプロポーズすることに勝る緊張感あふれるコミュニケーションはないだろう。

そこではたと気づいた。メディアのコンテンツづくりも「絶対に通すプレゼン」のつもりで、つくったら最強なのではないか、と。「一人でも多くの人に」というのは、対象のマスに対する甘えではないか。メディアであろうと何であろうと、コミュニケーションの目的は、聞き手に伝わること、相手を動かすことある。プレゼンを特殊なコミュニケーションの形態と捉えていたが、それはコミュニケーションの究極形であり、そこから学ぶことの多さは計り知れないのだ。

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岩佐 文夫

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