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経営者は小心者か――『優れたリーダーはみな小心者である。』を読んで

経営者という仕事は、大きな責任を担い意思決定を迫られるので、図太い人、度胸のある人、豪傑な人というイメージがつきまとう。小さなことに気を病むような人には、背負えない役割だと思われるのだ。事実、経営者に求められる判断とは、先行き不確実な状況のものばかりであり、プレッシャーは相当なものだろう。

一方で、仕事で知り合った経営者の中には、ご自身のことを「小心者なんで」「心配性なんです」と言う人が少なくない。決して謙遜している訳ではなさそうな口ぶりで言われる。ビル・ゲイツもマイクロソフトがOS事業で絶頂期の最中でも「明日どうなるか不安」な毎日を送っていたという話しを読んだことがある。

先日読んだ『優れたリーダーはみな小心者である。』という本は、このリーダーの繊細さと大胆さについてよく理解できた。自分で小心者と仰る経営者は、ありとあらゆることを考えておられる。事業について、半年先はおろか、5年先、10年先というスパンで「心配」でならない。他業界での小さな変化にも敏感で、それが自分の事業にどういう影響を及ぼすかをいちいち考える。現場で感じた小さな違和感も、単なる思い違いなのか、それが悪性な兆候なのかを考え抜く。つまり、それだけ考える総量が大きいのである。
「直感で決める」と言う人も多い。しかし、それは思いつきではなく、日々の小さな兆候も見逃さず考え抜いた後での、意思決定の最後の仕上げが直感なのではないだろうか。

本書の著者、荒川詔四氏はブリヂストンの元社長。同社がファイヤストーンを買収し、タイヤ業界で名実ともに世界一の座についた後にトップを任された。もし荒川氏が「自分の任期を無難に全うしよう」と考えてトップについたのなら、きっと大胆な施策は打たなくても業績は安定し、次のトップにバトンタッチできたかもしれない。しかし、荒川氏は同社始まって以来の大規模な組織改革を断行する。短期的な業績向上を捨てて、大胆な工場再編も実施する。それは、海外事業比率の高い企業から、真のグローバル企業に向けて盤石な体制をつくるのが狙いであった。世界一の座を誇る同社でも、荒川氏からすればいつ新興国の企業が低価格で市場で攻勢をかけてくるか不安でしょうがなかったかに違いない。10年先、20年先の業界や世界経済の動向を推察し、自社の強みや市場環境を熟考した結論として、きわめてご本人からすれば「当然の意思決定」だったのだろう。

同書で荒川氏は、「リーダーの評価はその座を去ってから定まる」ものだと書かれている。自分の在任期間のみならず、将来にわたって企業の成長と安定を考えて、打ち手を打たれたようすは本書からもよく伝わってくる。荒川氏は、自分の任期を遥かに時間軸の動向について、心配性を発揮して常に考え抜いていたからこそ、大胆な意思決定ができたのではないか。

結果的に大胆や奇抜に見える意思決定も、当事者から見ると、「考えうる当然の帰結」なのではないか。他の人よりはるかに考えつくす。他の人が気にしない小さな兆候にも気を配り、その意味を感じようとする。「大きな決断」も繊細な思考プロセスをつなぎ合わせて下されるものである。
 最後に、著者は「あとがき」で書名に「優れたリーダー」という言葉を使っているが、自分が優れたリーダーだったかは周囲の人が判断するものなので、自分では「判定不能」だと書かれている。邪推だが、出版社や編集者の意向を汲んでこういう書名で出されたことのではないか。このあたりにも、著者の器の大きさを感じざるを得ない。

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