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今日祖母が、半年ぶりに外出した。

祖母にがんが見つかり、入院したのが今年の春ごろ。
「何もしなければ半年持つかどうかです」と言われてから、半年くらいたったことになるだろうか。
がんが結局摘出できなくて、もう家にも帰れないかもしれない、このまま死ぬかもしれない、そんなことを半ば逆ギレ状態の伯母から言われたこともあった。
そう、思い返すと今日は感慨深さを感じるべき日だった。

このところの私はというと、自分のことで手いっぱいになってしまって、苛立ちにかまけて売り言葉に買い言葉、家事をサボることしばしば。我ながら、瀕死(だった)病人相手になんてふてぶてしいんだろうと思う。
そんな調子だったから、いつものような気分で、祖母と伯母と3人、駅のデパートに出かけた。

今日の買い物の最大の目的は、祖母のかつらを買うこと。それから、前あきの秋物トップスを買うこと。祖母の負担をなるべく減らすため、昨日のうちに伯母と下見に出かけて車椅子を借りられる場所を確認し、洋服も一通りフロアを巡って目星をつけた。(伯母はそういうウインドウショッピングの類がもともと大好きなので、私は付き合っただけだが)

昨日伯母と下見に出かけた時は見つけられなかったのだが、化粧品と同じフロアに、ウィッグを取り扱うお店はあった。(長年通っていても気づかないものだ) 祖母のようなお客さん向けに、きちんと個室も準備されていた。

はじめに、店員さんが医療用のプレーンなタイプを持ってきてくださった。
「じゃかぶってみようかしらね」
とおもむろに祖母が帽子を脱いだ。
抗がん剤のため、ほとんど髪が抜け落ちた頭があらわになった。
私はそれを、見慣れているはずだった。いや、見慣れてはいる。特別違和感を持ったこともなかった。
けれど、個室の鏡台の柔らかい照明に照らされた祖母の頭を、私は無意識にじっと見てしまった。
ああ、こんなに髪の毛なくなってたんだ。
祖母の頭は真っ白で、所々青い筋が見えた。
お葬式の時はこんな尼さんみたいな姿を見送るのかしら、と不謹慎な発想をした。伯母に知られたらただじゃすまないだろう。
「暗い色はやっぱり変だね」
「もっと明るいのはあるかしら」
「それでしたら・・・」
祖母は最初こそいつものようなちょっとくたびれたような、そんな顔をしていたが、色々試して行くうちにだんだん調子が乗ってきたのかとても楽しそうだった。
「あ、それ素敵じゃない?」
それは黄色みを抑えた明るい茶色で、本当の地毛を染めたような明暗のグラデーションがあるタイプだった。
祖母がかぶると、うまく表現できないが、銀巴里でシャンソンを歌っていた頃の美輪明宏さんみたいなヘアスタイルがとても素敵だった。(祖母にそう言ったらあまり嬉しい顔をしなかったが。)
身内補正はあるにしても、往年の女優さんみたいな雰囲気になったので驚いた。
かつら、というと縁遠い私たちはからかいの対象として思い浮かべがちだが、これはすごいプロダクトなのだなと素直に感動した。
「あらほんとう、若返ったわ。」
「ね、なんかびっくりした。よくにあってるよ」
「ねえ。口紅するといいかも…ちょっと、貸して」
「えっ・・・持ってない」
「あー私も。おいてきちゃったわ…ていうかまーちゃん20代ジョシとしてそれはどうなの」
「(今日は肉体労働要員(=荷物持ち)のつもりでいたしなあ)」
しかし、家にいたら「どうせもう死ぬから手入れも適当でいい」なんて言っていた祖母が、化粧をしたがるほどまでやる気を出すとは…やっぱり、見た目、というのは大切なのだ。
「髪の毛はねえ、女性にとっては大切ですものねぇ」
そうか、大切なのか。よっぽどのことがない限りなくすことがないので考えたこともなかった。
それにしてもかつらがあんなに値段のするものだとは思いもよらなかった。予算を大幅に超えていたようだが、「半年何も買ってなかったし、いいでしょ」と祖母は気前よくカードを切った。祖母は想定していた予算よりも、本当に気に入ったものを買うべきというマインドの持ち主なので、こういう時は思い切りがいいんだったな。そんなことも思い出した。

その後フィッティング調整をしてもらったかつらをかぶり、帽子やらブラウスやらコートやら、「せっかく出てきたから今見れるものは見ておく」と勢力的に回った。
体力が心配だから、なんとなく2時間程度で切り上げるつもりでいた私と伯母だったが、結局4時間以上も回ることになった。こんなことならスニーカーで行くべきだった。

祖母は本当に楽しそうだった。
今日は楽しかったな、久々にそんな風に思える一日だった。

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!