教養を疎外し、個人を否定するということ

政府による高等教育の方針が議論を呼んでいる。

文科省が主催する「実践的な職業教育を行う新たな高等教育機関の制度化に関する有識者会議」にて提言されたいわゆる「L型」「G型」は記憶に新しい。極一部のトップ校をG型としてグローバル競争に耐えうる教育を施し、それ以外はL型大学として職業訓練校化へというものだったが*、いままさにそれが現実になろうとしている。

職業教育中心の新大学を創設へ 専門学校などの移行想定:朝日新聞デジタル http://www.asahi.com/articles/ASH3K6DLRH3KUTIL03X.html

「これまで実践的な職業教育は専門学校が中心に担ってきた。だが、大学のように教育内容の質を保証する制度がなく質がまちまちなうえ、学位がとれないという課題もあった。大学や短大は哲学や古典などの教養も学ぶ必要があり、研究機関の側面もある。このため、職業を中心にした教育ができなかった。」

知名度はあまり高くないが、国公立の職業能力開発大学校というものが存在する。高度な技術者を養成する目的で設立された厚労省の管轄する大学校である。文科省の管轄する大学とは異なるので卒業時に学士の単位が授与されることはないのだが、大学卒業と同等の権利が付与されると内閣府人事院により規定されてる。また、一部には卒業時に学士を授与する大学校もある。

学位が問題なのであれば職業能力開発大学校の制度を改革し、学位を授与するシステムにすればよい。問題は「大学や短大は哲学や古典などの教養も学ぶ必要があり、研究機関の側面もある。このため、職業を中心にした教育ができなかった」のくだりで、そもそも大学とは何か、ということを全くはき違えている。高等教育とは本来、「学ぶとはどういうことかを学ぶ」ことからはじまって「普遍の真理の探究」が永久に続く、というものである。

大学を「職業教育学校」に…19年度実施方針 : 政治 : 読売新聞(YOMIURI ONLINE) http://www.yomiuri.co.jp/politics/20150603-OYT1T50150.html?from=tw

「少子化が進む中、学生の確保に苦しむ私大や短大などの選択肢として制度化する狙いもある」ビジョンの無い規制緩和にて少子化が進行する中で大学が乱立し、学位を授与するに値しない学士が量産されている、また、補助金の額も莫大になっているというのならまずはそこから見直すべきだろう。

高等教育の前段階ではPISA型教育を施し、「自ら考え、学ぶ」力、個人として考える力を養成しようとしているのに高等教育では実社会で即戦力となるべく職業訓練を施すということに矛盾があるし、フィンランドと日本では社会システムが異なるのだからPISA型教育が適しているかも甚だ疑問である。小学校から大学までの学費が無償であるフィンランドをはじめとする北欧とは公共の福祉に対する感覚が全く違うのにテストの結果だけをみてトレンドの方向に舵を切る。そのうえで国立大学入学者の多くは富裕層に占められているという現状を容認し、さらに学費を上げ、その流れを加速しようとする。全く国家感の欠如が著しいとしか言えない。

財政審:教職員4万人削減…「少子化」着目、歳出見直し案 - 毎日新聞 http://mainichi.jp/select/news/20150512k0000m020093000c.html

尚、現行の日本国憲法では「すべて国民は、個人として尊重される。」とあるのを自民党による憲法改正草案では「全て国民は、人として尊重される。」としている。個人として尊重するのではないとはっきり謳っている。ここに第二の矛盾が露呈するのである。

高等教育というのは先にも述べたとおり、「普遍の真理の探究」を続けるということであり、そのために必要なのが教養である。教養とはこの場合、単なる知識の積み重ねではなくそれらを駆使し、考える力、つまり批判精神をさす。高等教育はその素養を身に着けるために存在しているとも言える。逆説的に健全な批判精神を持つ人間が増えることに懸念を持つ施政者の存在を感じずにはいられない。そういった施政の成果の表出か、ここ数年は「ウヨ」「サヨ」など思考の土台を感じさせないような過激な論調で他者を排除しようとする反知性主義者の台頭著しく、特定の事象について意欲的であることを「意識が高い」と揶揄するムーブメントも浸透している。

長引く不況や拡大する格差など、先行きを暗澹とさせる条件はいくらでもある中で、「批判精神を持て」「自分で考える力を」といくら投げかけたところで理想主義者の戯言にしか聞こえないことも理解できる。そうであるにしても個人が個人でいることを放棄してはならない。たとえそれを脅かす存在が仮想敵であるにせよ、わたしたちには問い続ける義務があるのだ。

*参考資料: http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/koutou/061/gijiroku/__icsFiles/afieldfile/2014/10/23/1352719_4.pdf

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