『彼方のアストラ』と『進撃の巨人』の感想だよ。- 2019年4月第2週

先週は漫画をそこそこ読んだ。それと引き換えに映像にはノータッチになってしまった。

読んだもの
・篠原健太『彼方のアストラ』1~5巻(完結)
・諫山創『進撃の巨人』~28巻

彼方のアストラ
 作者は『SKETDANCE』の篠原健太氏。もとはジャンプ+で短期集中連載していた作品。既報のとおりアニメ化も決定しており、短い巻数でありながら綺麗に完結しているという評価がよく聞こえていた。
◯ 彼方のアストラPV
https://youtu.be/3p_Q0F73K-I
ジャンルは冒険SF。『十五少年漂流記』のSF版を意識していたようで、初めは15人の少年少女を登場させるつもりだったらしい。途中で企画が短期集中連載に切り替わったことで9人に減ったとか。

◼️だいたいのあらすじ
 高校の惑星キャンプのために異星の地に降りた9人の少年少女たちは、突然現れた謎の球体に吸い込まれて宇宙空間に放り出されることになる。運良く、ほど近い場所に放棄されていた宇宙船を見つけて即死は免れたは良いものの、もといた惑星マクバから5012光年も離れた場所に転移させられていた事実が判明する。果たして彼ら彼女らは故郷に帰ることができるのだろうか!?

◼️感想
 はい。こういうサバイバル物って読んでいるほうもストレスフルになるので読みづらいかなと思ったんですが、登場人物が揃ってポンコツ成分が高めなのでそんなことはなかった。楽しい。登場人物も変に嫌味なやつなどはいないので、ひとくせはあるけど優秀な子たちが動いていくこともストレスがなくていいポイントかもしれない。キャラも全員かわいいんですよね。属性的にも性癖全方位網羅みたいな勢いがあるし、冒険していくうちにキャラが「覚醒」して良さが引き出されていく展開もいい。いっけん取っつきづらい男の子たちも可愛い面が引き出されてくるので、うまいなーーと思いながら楽しく読めました。
 主人公カナタ・ホシジマは過去の経験からリーダーシップに憧れている男の子で、窮地にいる班員をリードしていくんですが、けっこうアホなんですね。だから優秀な他の班員たちが、リーダーとして振る舞う(がアホな)彼を支えていく。しかし班員たちも優秀であるとはいえ、まだ大人ではないので迂闊な行動から危機に陥ることもある。そういうときにカナタはリーダーらしいガッツを見せて動く。あと、ヒロインのアリエスという女の子はいつでも腹ぺこで「空気を読めない」んだけど、彼女が場にいることでどんな空気でも和む。あと画像記憶能力をもっていて、要所で彼女が証言役に回ることで「言った言わない」がないことも本質的な断絶に繋がらなくて良いのかもしれない。
 で、それはサスペンス要素を成り立たせるためにも使われている。というのも、皆を陰謀に陥れた「敵」が隠れていることが途中で明らかになるんですね。しかしこの作品の凄いところは、敵を敵として切り捨てないことにある。カナタは決して現実の残酷さに屈しないのである。
 これはネタバレになるのか微妙なんですが、「主人公たちがサバイバルに巻き込まれたこと」に理由があるのはもちろん、「少人数が限界宇宙サバイバルで生き残ること」にも理由づけがされていたのはちょっと驚きました。後者が原因となっている運命に、冒険によって獲得した「その人らしさ」で抗っていくことも非常に上手い。

『進撃の巨人』28巻までの感想
16巻から最新刊まで一気に読んだので感想を書いておく。
◾️「壁の内」の外
・ウォールマリア奪還作戦は、鎧の巨人と超大型巨人とのリベンジ戦で、「あの日の三人と超大型巨人」の構図は1巻のセルフリメイクで燃える。同時に劇中時間ではエレンたちが入団してから巨人の侵攻に遭ってからさほど時間が経っていないことが明らかになって、だいぶ圧縮されているなと思った。その理由も後で明らかになりますが。

・アルミンの自己の献身からの再起は英雄譚っぽい。「力」を手に入れるためにはその身を差し出さないといけない。「あの日の三人」のなかでもアルミンはそのきっかけが無かったけど、エレンに助けられた場面を乗り越えるような形で描かれていたのがよい。

・そして「力」の資格をもつ者が二人になり、リヴァイは私情を排して二人の中から一人を選ばなければならないという葛藤が描かれていたのもよい。作者の都合としてはアルミンが選ばれないといけないのだけど、物語の論理はその都合とは別に動いているから、読者も作者も登場人物も納得できるよう描くのは大変だったろうなと少し思う。

・やがて一行は「海」にたどり着く。アルミンとエレンが夢見た「塩の湖」だ。ここは感動的ですね。しかし地下室に隠されていた真実を知ったあとではこの光景を楽観的に眺めることができない。「この海の先」により大きな困難があることが示唆されているという意味で両義的な場面になっていて、長くも短い第一部・壁の世界の話はここで一つの区切りを迎える。

・「世界の真実」が大きな謎として物語の目的として機能していると、実際に真実が明かされたときにガッカリしたらどうしようとか、急につまらなくなったらどうしようだとか思ってしまうものだ。『進撃』も、ここにきてようやく発表以来の「謎」が開示されたわけだけど、事前に想像していたような落胆も失速も無かったことにひとまず安心した。世界の真実を知りたがっていたエルヴィンだけど、この真実を知らずに逝って良かったと思う。

・ところで『進撃の巨人』というタイトルの意味が判明してすぐのエピソードで、以前にツイッターで流れていた、ハンジがエレンの厨二病的な独り言を無自覚に責めるシーンが出てきて笑った。リヴァイがエレンを庇うところも良い。

◼️壁の内と外
・壁の外の世界が描かれていく「マーレ編」では、被差別民族であるマーレの人々の姿が描かれる。マーレ人は壁内人類を悪魔同然の存在だといい、公然と憎しみを露わにする。エルディア人はマーレ人を蔑み、マーレ人は壁内人類を憎む。巨人への恐れや憎しみを軸に、人々は憎しみの鎖を繋いでいく。そして巨人の力を継いだ者たちは自己否定に巻き込まれていく。ライナーはその一人だ。

・壁内世界を知りながらマーレの英雄でもあるライナーは、相反する価値観の狭間に立たされている。「壁の内と外」「敵と味方」「自由を制限する世界とそこからの自由」という、前半で描かれてきたモチーフが幾度も反復・変奏されながら登場することに気づかされる。壁内人類を襲った巨人は理由なき巨悪ではなく、彼らが属する民族を救うために戦っていた。それはエレンが壁の世界から自由になろうしたこと、母親の仇を倒そうとしたことと何ら変わらないものだ。敵を倒して平和を得ようとすること、あるいはその憎しみからの自由を目指すモチベーションが普遍的なものだと、第二部では繰り返し描かれることになる。

・これまで「人類の敵」「許しがたい裏切り者」として描かれてきたライナーにも彼なりの信条があった。信念のために戦い、そして世界の残酷さに敗れたがゆえに自己否定を繰り返すライナーは、再会したエレンに自らの罪を告解するように全てを曝け出す。エレンは怒るでもなく、許すでもなく、ただ「俺も同じだ」と言う。以降の展開を考えると、これは重要なメッセージだったように思う。巨人の力をもつ者の自己否定が世界の趨勢にどう波紋を広げていくのか。

・ウォールマリア奪還作戦が「あの日」のリベンジなら、エレンたちによるマーレ人収容区の襲撃は「あの日」の巨人側の再現だ。あれほど巨人を憎んでいたエレンや調査兵団が侵攻者の側として「あの日」を再現し、あらたな憎しみの種を撒く。それがガビとサシャの因縁として結実してしまう。この因縁は壁内へと持ち越され、調査兵団にも暗い影を落とす。

◼️「世界の謎」としての巨人の内面
・第二部の初めからエレンは何を考えているのかよくわからない存在として描かれている。第一部で解き明かされるべき「謎」の位置にあった世界の真実はすべてつまびらかにされ、一転して第二部では巨人の力をもつ者たちの内面が「秘密」として扱われるようになる。そしてその「秘密」は回想によって開示されていく。グリシャ。ライナー。ジーク。グリシャは憎しみが連鎖する世界の真実を伝え、ライナーは強い信念ではなくあまりに人間的な弱さと偶然が「あの日」のカタストロフを生んだことを伝え、ジークはグリシャの回想で描かれた「裏切り」の顛末と憎しみの連鎖を絶ちたいという本音から自己否定の意思を示す。

・こうして眺めてみるとマーレ人(巨人)内面と世界のかかわりが、過去から現在へと迫っていくことがわかる。グリシャがかつての、ライナーが直前の、ジークは現在進行形で世界の最前線に立っているプレイヤーだからだ。では未来はどうなるのか。それはエレンが何を考えているのか、と問うのと同じことだ。

・エレンが何を考えているのかわからない。それはミカサとアルミンも同じだった。エレン・イェーガー派のクーデターの最中にようやく彼と会うことができた二人だったが、そこに以前のような和やかさはなく、エレンは二人の実存を否定するような言葉を投げかける。主人と決めた者の命に逆らうことができないというアッカーマンの性質、その性質から生まれているミカサの主体性のなさが以前から嫌いだったと明かすエレン。アルミンに対しても、アニの元を頻繁に尋ねるアルミンがベルトルトの記憶に影響されている可能性を指摘する。泣き崩れるミカサと激昂するアルミン。それらを一蹴するエレンにかつてのような面影はない。エレンが何を考えているのか、もはや誰にもわからない。

・果たして本当にそうなのだろうか。エレンが徹底的に批判したミカサの(巨人化学による)生得的な性質もアルミンの(巨人化による)後天的な影響も、エレンを写す鏡であることは指摘しなければならない。エレンは父によって巨人にされたことで「進撃」の性質と「始祖」の記憶を受け継いでいる。彼が「壁の外」を目指したがるのは「進撃」に適合した父の血の影響があるし、王家であるという政治的・戦略的な価値や友人であるという事実を超えてヒストリアを大事に思うのも「始祖」(を受け継いだヒストリアの姉)の影響下にあるからだと考えられる。だからエレンは、二人を批判することで自己像を否定をしているのだ。ライナーやジークと同じように。

・好意的に考えれば二人の意思を挫くことで一人で何かを果たそうとしていると推測できる。その先にあるものがジークの思想(種の安楽死)なのか、「地鳴らし」による自衛行為なのかはまだわからない。

・ところでリヴァイは巨人になるのだろうか。なったら勢力図が大きく変わるのでまた面白いことになりそうだなと思う。アルミンとミカサの意思が挫かれた今となってはエレンに対抗できるのはリヴァイしか残されていない。あるいは再起したライナーか。いまだに眠ったままのアニか。ここからの展開が「いちど負けた存在」が意思を取り戻してプレイヤーに復帰するものになると思うので、楽しみです。

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