好きな人、左に座るか? 右に座るか ? 正面から見つめるか?

先日、とある人とお茶をしてきた。

相手から指定でもされなきゃ、なかなか行かない下北沢。

普段行かない場所に出かけるとき、自分から行くのはダルいのに、会いたい人に指定されて行くときは楽しい。このちがいは何だろう、といつも思う。

待ち合わせ場所は、下北沢の長い歴史の純喫茶。混み合う時間なので覚悟しつつ猛暑の路上を歩く。それにしても、あついぜ。猛暑の三連休。


ひと足早く到着したところ、混んでいる時間にも関わらず、おあつらえむきに奥まったボックス席が空いていた。

約束した人を自分の右に座ってもらうか、左に座ってもらうか、迷った。

人は無作為に座る席を決めるものだけれども、僕はそれを大いに間違っていると思う。無意識に「話しやすい・話しにくい」「盛り上がる・盛り上がらない」というのは、座る場所になんとなく、それでいて強く影響される。


前回、3人でその人と会ったときは自分の右側に座っていた。大いに盛り上がった。そこで試してみた。

今日は、左に座ってみてもらおう──と。雰囲気はどう変わるだろう?


ほどなくその人が到着して席に着いた。飲み物をオーダーして、ぽつぽつと話し始めたところで、その人が不意に「わるいんだけど」と言った。

「席、変わってくれない?」と──。

この言葉を聞いた瞬間に、嬉しくなってしまった。


タネを明かすとその人は笑い出した。その人は"なんとなくの大事さ"を僕よりも知っている人なのだから。

僕は女の子と二人で飲みに行くとき、ジンクスのようなものを持っていた。

"自分の左側に座ってもらった方が、落とせる確率が高い"

というしょうもないものである。

20代の最初あたりまでは左に座ってもらうように仕向けていたけど、ほどなくギャンブルのようにそのときの流れに準じるようになり、こだわりはなくなったけど、その日の盛り上がりとの相関は頭の片隅に残すようにしていた。


このことまで話すと、その人は「それを聞くといっそう納得したよ。そういうことなんだろうね。うまく言えないけど、いまの位置関係の方が、なんか君もリラックスしているように見えるよ」と言った。

言葉より手前のもの、が人と人のあいだには存在する。

なんとなく楽しいだの。なんとなく不快だの。この人は良いバイブスを放ってるだの。このメンツは一体感が出るだの。

恋愛に興味がなくなってからは、いっそう他人がそういうことを「わかる」人なのか、というのが興味のバロメータになっている気がする近頃である。

まだまだ自分も途上だけど、そういうのを大事にしていきたいと思っている。

なお、お茶したその人は、年上の男です。オッサンふたりで3時間くらいお茶してました。

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