欠損女子との思い出。

義手・義足の“欠損女子”に会えるバーに潜入 - ウートピ 

http://wotopi.jp/archives/28686

少し前にこの記事がバズっていた。四肢が欠損している女の子たちを前面に押し出したバーを取り上げて話題を呼んだようだ。

彼女たちの前向きさ、小人プロレスの見世物文脈、欠損萌えの世界、障害を中二病で克服?等。はからずも読者に「戸惑いと混乱」をもたらす構造になっているのが啓発的で素晴らしいなと思った。単純に彼女たちを屈託がないと捉えるには障害への共感が浅い。本人たちの意志で立っていることが商売になっていて何が悪いのだろうか、しかし釈然としない。どうやら性的フェチをまぎれこませる余地まであるらしい。もし自分がこのバーに行くことになったとき、どんな気持ちで行くだろうか?

自分は「障害と差別」に向き合う際には、性根としての「理解」だけではなく、作法としての「慣れ」が密接に繋がってくると考えている。<自分にとって不慣れな相手に対して、誤魔化さずにどう向き合えばいいのか>という主題であり、それは言い換えれば「私は差別していません」という消極的な社交ではなく、積極的に関わる(もしくは関わらない)社交術を自分のなかにどういったかたちで獲得していくか?ということじゃないだろうか。

個人的には、<どう向き合うのか?>すら考えないで済むくらい、当たり前のものとして慣れてしまえ(るような世の中になれ)ば良いと思っている。そのための場は、何であっても、どこであっても良いのではないだろうか?

さて、ここからが本題だ。

この記事を見て思い出したのは、自分がセックスした「欠損女子」のこと。自分が人生のなかでもっとも深く、欠損女子と関わった瞬間だったと言っていいだろう。話題に乗っかりたくない思いがあって、書くのが今になった。

6年前、会社関連の遊び仲間で4対4の合コンがあった。自分が気に入った娘は、黒髪のショートに少し上がった目尻、あまり前にはしゃしゃり出ないけど芯が強そうな印象があり、可愛かった。最初の30分くらいでその娘に決めた。後半には座敷の席が入り乱れるようになったので、「気に入ってますよ」を態度で示すためにその娘の隣に座りこんでずっと喋っていた。物腰がやわらかく、頭も良い人だった。その場では彼女からの好意は図りかねる感じだった。その娘の左肘から先は、なかった。

ちなみに彼女は服装とショールで左手を上手く隠していて、実際のところ俺も隣に座るまでは欠損していることに気づかなかった。それくらい巧みな動作をしていた。ただ、それ自体も「恥ずかしいから」「ハンディを晒したくない」というよりは、「微妙な空気にしたくない」「戸惑わせたくない」という気遣いに近い所作だったように思える。

まさか合コンで欠損している人に出くわすことなんて予想だにしていないので、「大胆にない」相手であっても意外に気づかないのものだ。完全に意識の外ってわけ。いかに平生、ハンディキャップを持つ人と関わる機会が少ないかに気付かされる。

この続きをみるには

この続き:2,221文字
記事を購入する

欠損女子との思い出。

ファーさん/ヨウ

190円

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

note.user.nickname || note.user.urlname

たまにサポートをもらえると筆不精なので、書くモチベーションが出ます。妻となにか美味しいもの食べに行かせてもらいます。

8

有料記事

noteで独自に書いた文章になります。お値段は記事ごとに違います。

コメント1件

ぼくは欠損好きですが、いざ目の前にいたら萎縮して何もできなさそうです。
って書こうしたら、どんな女が相手でも目すら合わせられないことに気づきました。ワロス
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。