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『居酒屋の失敗』第一章「開業までの経緯・事業計画」その1

第一章「開業までの経緯・事業計画」


 1.開業までの経緯

(1)一部上場企業管理職、年収一千万を捨てて

 まず自分の略歴について簡単に紹介する。静岡県の現在は静岡市清水区となった清水市で昭和40年代前半に生まれ、2023年現在50代後半に差し掛かるところである。最終学歴は、北関東にある某地方三流国立大学の工学部卒。但し、勉強が好きだったので?5年間掛けて卒業した。
 本来であれば、単位が足りず更に留年するはずだったのだが、教授を半ば脅して強引に単位を取得し、ちょうど在籍学科が名称変更含め色々と変革するタイミングだった事もあり、厄介払い的にラッキーにも卒業する事が出来た。

 卒業当時は平成初期でバブルが終わるほんの少し前。最後の断末魔の如くバブルの炎が燃え盛っている状態で、超絶売り手市場の就活にて、某都内にある東証一部上場の不動産・レジャー事業を行う企業に無事もぐり込む事に成功した。
 そこで終身雇用してもらうつもりでクレイジーキャッツ的にのらりくらりとお気楽なサラリーマン生活を送ったが、途中から何故か奇跡的に出世コースに乗り、20数年勤めて辞める際の役職は次長、年収は約1,000万だった。

(2)居酒屋について

 最初の起業に選んだ「居酒屋」については、元々親父が大酒飲みで、酒に関しては幼少時からかなりの英才教育を受けており、その血筋からもかなりの酒好きに成長した事もあり、大学入学と同時に行くようになった。
 しかし、ごく普通に友人、同僚、上司などと飲みに行ったり、サークル、職場等の宴会をしたりで、利用した回数こそ人よりかなり多いと思うが、居酒屋への思いは「酒が飲めて騒げれば良い」程度でさほどこだわりも無く、ましてや「自分居酒屋をやりたい」などとは全く思っていなかった。

 その後、30代前半で結婚し、30代後半で子供が生まれてからしばらくは子育てで苦労している嫁の手前、夜な夜な出歩く訳にもいかず、居酒屋に行く機会が激減した。
 しかし、40歳の時に子供が保育園に行くようになったタイミングで外飲み制限を解除し、かねてからの念願の「独り飲み」もするようになってからは、飲み会や宴会などと違い店の色々なところがゆっくり見られるようになったからか、居酒屋に対して急激に興味が湧いてきた。
 また、当時の上司がかなりの遊び人で、都内の名酒場に何軒も連れて行って頂き、更に「吉田類の酒場放浪記」も教えて頂き、居酒屋の魅力にすっかり憑りつかれてしまった。
 そして気が付けば主に立川で何十軒と飲みに行き、食べログ的に某SNSにて自分で行った店の記録や評価を付けたりするようになっていたのだった。

(3)接客と日本酒に感銘を受ける

 そして立川の一軒で今まで全く経験した事の無い、店主の丁寧ながらもフレンドリーな素晴らしい接客に「世の中こんな店があるのか…」とかなりの衝撃と感銘を受け、以来居酒屋の特に接客について非常に興味を持つようになった。

感銘を受けたお店外観
感銘を受けたお店内観

 また、その店では日本酒にもハマる事となり、以後色んな日本酒を飲みまくり、挙句「利き酒師」の資格まで取得するに至った。

利酒師資格証

 そんな中、三重県の「なばなの里」にイルミネーションを視察しに行く機会があり、ホテル近くの居酒屋「てっぺん」に行き、そこで受けた超絶フレンドリーな接客もかなり衝撃的で、調べてみると創業者が「居酒屋甲子園」の創始者だと分かり、2回ほど観覧に行ったりもした。

 そして益々居酒屋巡りにのめり込み、同時に接客に関しても「ホスピタリティ」をキーワードに書籍やネットで色々と調べまくって知識を得て、やがて「自分で接客を重視した居酒屋をやりたい」という願望が芽生え、それが次第に大きくなっていった。

 しかし、飲食素人がいきなり起業という事にかなり不安もあったため、熟考した結果、会社の「新規事業提案制度」を利用して居酒屋開業を提案した。言うなれば「人の褌で相撲を取る」作戦である。残念ながらその提案自体は不採用となったのだが、内容と意欲が評価され、ある転機が訪れたのであった。

(4)人生の転機

 入社以来、約20年にわたり施設管理関連の仕事に携わっていたのだが、某アミューズメント施設へ異動となり、「なばなの里」にインスパイアされたイルミネーションイベントでその施設初の直営飲食店をやるというプロジェクトの責任者に抜擢されたのであった。自分としては、まさに渡りに船の一世一代の大チャンス。そこで飲食店の立ち上げから開業、運営までの全てを学ぶ事が出来た事により、いよいよ自らの居酒屋開業熱がマックスに達したのであった。

施設初の直営飲食店を運営

 しかし、あまりにその店にのめり込み過ぎた事が原因で見事出世コースから外れる事態となったが、それによって会社や出世への執着が無くなり、更に偶然自分の退職金額を知った際に想像以上に貰える事が判明し、そこからは、退職金を元手とした起業へ向けて一直線といった感じであった。

 そして会社に在籍しながら仕事中にコツコツ作業し、100ページ以上にも及ぶ壮大な事業計画書の原案を完成させてから晴れて退職し、知人の店での約4ヶ月の修行を経て念願の居酒屋開業にこぎつけたのであった。
  当然だが、この時点では、超自信満々で、失敗するとは全く考えていなかった。

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