歯が弱い。
若い頃に上の歯を一本欠損してブリッジをしているので、メンテナンスは欠かせないのに歯医者にはなるべく行きたくない。

数年前のクリスマスに、チキンを食べて、骨があったわと思ったら自分の歯だった。
上の親知らずが欠けた。
歯医者には行きたくない。
クリスマスだし年末だし年始だし。
先延ばしにした。

欠けてとがった歯が頬の内側を傷つけるようになった。
重い腰を上げて歯医者に行った。
5月になっていた。

診てもらったら、先生はその場で
「抜いちゃおっか。」
と明るく言った。
ああ怖い。
明日寝込むかも。
だが、もうこの口を閉じることはできない。

初めて上の親知らずを抜いた。
どんなにか、ガンガンゴンゴンやるのかと思ったが、抜歯はあっけなく終わった。
親知らずは生え方によっては大きな病院の口腔外科を受診しなければならないそうだ。
あっさりした親知らずだった。

抜いた歯を持って帰りますか？と先生が言う。
クリスマスの鶏に食われた歯だ。
いらない。
処分してもらった。
翌日まで血の味がしたが、寝込むようなことはなかった。

しばらく歯科への足が遠のいていたのだが、今後を見据えて予防歯科のクリニックに通うことにした。
人気があるらしい。
予約して初診までひと月待った。

初回は問診とレントゲン、
2回目に歯のスキャンがあった。

まずちょっと甘い薬品を歯に塗って染め出し。汚れを見える化。
そして口の中をカメラで直接スキャン。
口腔内を3D画像にする。

目と顎はタオルで覆われた。
「ちょっと大きい機械を入れます。
　何かあったら
　左手あげて下さい。」

ふがっ。

歯の下の歯茎を機械でなぞっていく。
下の歯の表側を左奥から右奥まで。
ゴリゴリゴリ
上の歯もなぞる。
裏側もある。
上下の歯の表と裏をまんべんなく。

何も見えないが口の中をゆっくりスキャンされている。
くちびるも全開だ。

「口を大きく開けてくださいねー。
　ありがとうございまーす。」

ア、アゴはずれそうー。

「次はお口少し閉める感じで。
　はいそうです、上いきまーす。」

まだあるのか。
ゴリゴリゴリゴォ
くちびるが上下に全開でからっからだよ。
口角も痛い。
手をあげようか。

「お口大きく開けてください。
　もうすぐ終わりでーす。」

(ほう、へんはいへふ)
(もう、げんかいです)

左手をあげる寸前で終了した。
5分くらいか。

「お疲れさまでした。
　起こしますね。
　おゆすぎください。」

診察台の横に口をゆすぐ機械はついていなくて、椅子から降りて洗面台でゆすぐ。
ヘロヘロだ。

なぜかBGMがトップガンのメインタイトル。
私はマーベリックのようにGravityに耐えることはできない。
地上なのにGがかかったようなひっどい顔だろうな。
鏡はないけど、口を開きすぎて顔じゅうのネジがはずれた顔をしているだろう。
開ききったくちびるを元に戻すべく口の運動をする。

でもこの曲が流れていると、何かを成し遂げた気分になるな。
大口を開けていただけなのに。
歯医者嫌いは返上だ。
この3D画像を無駄にはできない。
磨き残しの多い画像を見てから、
丁寧なブラッシング指導を受けた。

その日は疲労困憊だった。
弱いのは顎関節だと思った。

予防ケアへの意識は高まった。
奥歯専用歯ブラシで奥歯を磨く。
歯磨きしながらチキンに食われた親知らずを思い出す。
クリスマスの鶏に食われたのが奥歯じゃなくて前歯だとしたら？
ああ怖い。
笑えない。
いや、笑いすぎてどうにかなるかもしれないが、口は開けられない。