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おばあちゃんと僕

軽度認知障害の母。
近頃は、ご近所で父もよく知るお友達には認知障害のことを伝えている。

先日は近所のお友達と一緒に公園をウォーキングし、喫茶店でお茶してきたそうだ。母から直接聞いたわけではなく父からの報告だ。

母は、ほんの数か月前にそのお友達と一緒にバス旅行に行ったことや
お友達の家族関係など、相手にとっては当たり前のことを忘れているようだ。
しかしながら母とは上手に付き合ってくださって、私は感謝している。


我が家のもう大人の長男は両親にとって初孫で、3月9日に生まれた。

20年くらい前のリリースだが、
レミオロメン「3月9日」という曲がある。

この曲を知った時は偶然とはいえうれしかった。
結婚する友人に向けて作られた曲らしい。
その後、春の卒業ソングとして定着した。
長男の高校の卒業式で学校のジャズバンドが演奏していてグッときた。

「瞳を閉じればあなたが
 まぶたのうらにいることで
 どれほど強くなれたでしょう」 

つい先日の長男の誕生日に、瞳を閉じて子供だった頃の長男を思い出そうとした。
まぶたのうらのぼく。
あら?
母まで一緒?
さっきまで母のことについて父と話していたからか。

母は初孫の長男を大変かわいがった。
スパルタ母ちゃんの私には大ブーイングを浴びせ、かわいい孫を擁護した。
長男は小鉄ちゃんだった。
たぶん今も鉄分多め。
私たちが帰省するたび、母は長男を連れて日帰り旅行であちこちに出かけた。

最初は母の青春の地である大阪の街巡り。
赤穂に小旅行。
山陽新幹線に乗って広島へ。
在来線を乗り継いで岡山へ。
マリンライナー目当てで高松へ。
「お昼ご飯はいつもぼくがお寿司屋さんを見つけて、にぎり寿司を食べるんだよ。」
と当時小学生の長男が言っていた。

長男はどこでもついて行った。
好きなものは鉄道とにぎり寿司の長男だ。
ふたつを叶える旅は魅力的だったことだろう。

おばあちゃんとはいえ母もまだ若く、幼児か小学生かという孫ひとりを連れての日帰り旅行は余裕だったし、大阪で自分の青春の地を巡る旅のお供に、電車とお寿司でご機嫌の孫はいい相棒だったと思う。

広島では縮景園。
岡山では後楽園。
高松では栗林公園。
長男は鉄道と庭園に詳しい小学生になった。

「日本三名園は、岡山後楽園、金沢の兼六園と水戸の偕楽園だよ。」
と小4くらいの長男が言い出したので兼六園と偕楽園は家族4人で行った。

金沢では夫がカッとなって次男に怒ったことで私が夫にムカついてしまい、兼六園で母子3人と夫が別行動をするという、非常に未熟なバカ親全開の旅行だった。
そんな負の思い出も込みでの家族旅行である。
回っているとは思えない美味しい回転寿司屋で持ち直した。
覚えているのはおそらく私だけ。

偕楽園は周辺の渋滞でなかなか大変だった。
もはやそれしか覚えてない。

長男は、おばあちゃんとの旅行はよき思い出として記憶に残っているようだ。
電車に乗って。
それほど混雑するわけでもなく。
おばあちゃんと僕のペースで。

考えてみれば貴重なことだ。
元気なおばあちゃんと興味がリンクする孫。
誰でも経験できるわけじゃない。
初孫の利。
これに尽きる。

母はもう忘れているだろう。

覚えているかどうかを試すようなことになってもいけないので、なかなか過去の話題を振るのは難しいのだが、
いろんなとこに連れていってくれたよねという感謝は伝えたい。

忘れていても感謝は伝わると思う。






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