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親孝行のカタチ

2019/03/05

健二さんから質問いただきました。

Q:大学を卒業して
来月から都内の大企業に
勤めることになった学生の
健二と言います。

数年前父の会社が
倒産したのがきっかけで
僕んちはノートすら満足に
買えないほど貧乏でした。

それでもなんとか
お金をやりくりして
ここまで僕を育ててくれた
両親を助けるために
高給取りになろうと思って
一生懸命勉強して
国立大学入って
寝る間も惜しんで対策した
第一志望の有名企業から
念願かなってこの間
内定を頂くことができました。

でも正直な話
僕がこれから上京して
都内の立派なビルの中にある
企業に勤める実感が
全然湧いてきませんし
なんていうか
そもそも社会人としての
立ち回り方?みたいなのも
よくわかっていません。

先輩に相談してみても
とにかく目の前の仕事を
やっつけることだけで
精一杯みたいで
「俺は人生の迷子だ」
だの
「俺は入る会社を
間違えたかもしれない」
だのと
逆に愚痴をこぼされました。

その先輩の様子を見るに
なんとなく
「この社会は思ってる以上に
残酷なのかもしれない」
思ってしまったので
そのへんの覚悟は
決めとこうと思ったのですが
僕は先輩みたいに
人生の迷子には
なりたくないんですよね。

できれば両親を
安心させられるような
立派な人間になりたいと
思っているのですが
そのための道しるべというか
立ち回り方というか
どう生きていけばいいのかが
未だ不透明なままなので
なにか良いアドバイスを
頂けないかと思い
ご連絡させていただきました。

よろしくお願いいたします。


後悔のない選択をすること


A:健二さん
ご丁寧にありがとうございます。

健二さんは
質問文から察するに
とてもご両親想いの
親孝行な青年だと
お見受けしますが
そんなご両親想いの
健二さんだからこそ
僕が真っ先に思いついた
生きる指標があります。

それは

「後悔のない選択をすること」

です。


親孝行で後悔をしないために


なんとか
お金をやりくりして
健二さんを
育ててくれたお母様も
きっと
「無理をしながら」
一生懸命
働いてくれたのだと思います。

お父様も
ご自身の会社が
倒産してからは
必死にお金を工面すべく
馬車馬のように
働かれていたのではないでしょうか。

その甲斐あってか
息子の健二さんは
国立大学にも入って
大企業にも就職してくれた。

それもこれもご両親が

「健二さんを
立派に育てるための選択」

をとり続けてきたからで
おそらくこの結果にご両親は
後悔していないはずです。

そしてそんなご両親を
一番間近で見ていたのは
健二さんですよね。

その恩を一番感じているのも
健二さんでしょうし
そのお礼として
これから仕事を頑張って
たくさんのお給料をもらって
ご両親の老後を
幸せにしてあげたいと
健二さん自身
そう思っていることでしょう。

ですが
そんな親孝行の
健二さんだからこそ
お伝えしたいことがあります。

「絶対に
仕事優先の生活に
しないで下さい」

もちろんたくさんお金を稼いで
そのお金を
ご両親のために使いたい
という心意気は
とても素晴らしいものです。

しかし
お金のために
身を粉にして働いて
大切な家族を顧みる時間すら
とれなくなってしまっては
いずれ必ず後悔します。

なぜなら
親に限らず
生物というものは
いつこの世から
いなくなってしまうか
わからないからです。

不謹慎な発言である
ということは
重々承知しておりますが
真面目でご両親想いの健二さんには
特に覚えておいてほしいなと思い
このように書きました。


人生最大の後悔は「恩を返す前に大切な人が亡くなってしまうこと」


「親孝行
したい時分に
親はなし
石に布団は
着せられず」

という言葉があります。

これは
お金と時間に余裕ができて
いざ両親に経済的な援助も含め
親孝行をしようと思っても
ご両親がこの世にいなければ
なんの意味もない
ということです。

ちなみに
「石に布団は着せられず」
というのは
両親の墓石に
布団をかけたところで
どうしようもない。

お世話をしようと思っても
親が亡くなってからでは
もう遅い。

といった感じの意味です。

ものすごく話が脱線しますが
僕がこの言葉を
意識するようになったのは
とある夜に見た
「夢」
がきっかけでした。

その夢の内容というのが
ある日突然父親が死に
その翌週に母親が
突然死ぬという
クレイジー極まりない
ものでした。

二人とも前日まで
元気にしていたし
家族水入らずで楽しく
食卓を囲んでいたのに
一体どうして…。


葬儀の場では
両親が死んだ実感が持てず
「?」
ばかりが頭に浮かんでいる
状態だったのですが
葬儀が終わり家に戻って
いつも家族が食卓を共にする
リビングのイスに座った瞬間

「ああ…
もう目の前の椅子に
父ちゃんと母ちゃんが座る日は
一生来ないんだな…」

「みんなで楽しく笑いながら
ごはんを食べる日は
もう一生来ないんだな…」

とその時になって初めて
両親はもう
二度と戻ってこない
という実感に襲われて
顔がぐしゃぐしゃになるまで
泣きまくりました。

「もっと実家に顔を見せに
帰ればよかった」

「両親を温泉旅行に
連れて行ってあげたかったのに
どうして先延ばしに
してしまったんだろう」

「いつもありがとう。
そのたった八文字を
どうして死ぬ前にもっと
伝えられなかったんだろう」

その朝
涙をぼろぼろ流しながら
飛び起きるほど
今まで見た中で
断トツで悲しい夢でした。

というわけで
話を戻しますと
個人的な意見として
いつか恩返しをしたいと
思っていた大切な人が
亡くなってしまうことこそ
人生の中で感じる
最も強い後悔だと
僕は思っています。

なので健二さんには
お仕事も無理なく
頑張ってほしいのですが
家族との時間も
大事にしてほしいなと
思うのです。

今自分がここで働いている目的は?


社会人になりたての頃は
それこそ仕事内容や
社会のルールを覚えるのに
多くの時間が割かれるでしょう。

ひょっとしたら
山のようなタスクに追われたり
上司や先輩の付き合いで
飲みに付き合わされたりと
慣れるまでは
自分の時間すらまともに
とれなくなってしまうかも
しれません。

ですが
そんなしんどい中でも
健二さんには

「今自分は
なんのために働いているのか」

「自分の夢や願望を
叶えるための最良の選択は
なんなのか」

を常に振り返りながら
この社会を
立ち回ってほしいと思います。

なぜならこの振り返りこそが

「後悔のない選択」

に繋がるからです。

いつもと変わらない日々の連続こそが「幸せ」


少し話が逸れてしまいましたが
僕が何を言いたいのかというと

「ご両親と
一緒にいる時間を増やすために
人生の目的を振り返りながら
最良の選択をしてほしい」

ということです。

お金を稼いだ後に
何か家事が楽になるような
便利グッズを
買ってあげたりとか
実家に仕送りをしたりするのも
とても殊勝な心がけだと思います。

ですが

「ただ一緒にいる」

これだけでも
立派な親孝行だと僕は思うのです。

家族と一緒に過ごす時間は
いつもと変わらない

「いたって普通の時間」

かと思いますが
ご両親からしたら
そのいたって普通の時間には
なによりも誰よりも
健二さんの存在が不可欠。

健二さんと
健二さんのご両親が揃って初めて

「家族団らん」

は成り立つのです。

どちらかが欠けてしまっては
成立させることのできない

「今家族といるこの瞬間」

をなによりも大切にして
日々を強かに生きていって
ほしいなと思います。

何気ない日々の連続こそが

「幸せ」

とも言えるのですから。

お仕事お忙しいでしょうが
どうか体調崩されませんように。

応援しています。

おしまい。


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