見出し画像

Halloween World  其の伍

 マナはアランをものすごい剣幕で睨みつけると、さらに言葉に力を入れていた。
「茉莉は、どこだ」
「はっ、墓場に、います……大勢の狩人が、悪霊によって重傷を負い……あの方が、出ざるを得ない状況になって、しまいました……」
 苦し紛れに話すアランの表情には、マナと同じく彼も感じているであろう苦渋の色が滲み出ていた。
 彼曰く、突如悪霊が周囲の街にまで影響するほどに活性化したのだという。待機していた狩人総出で対処していたが、悪霊の強さも尋常ではなくなっていたらしい。
 重傷者も多く、館で報告を受けた茉莉は屋敷の一部を開放し、怪我人の受け入れ態勢を整えた。
 そして本人も、出立した。
「つまり、あの子が自ら墓場へ悪霊狩りに出たということ?」
「……今の茉莉じゃ、諸刃の剣だ。いつ倒れて、自我を失ってもおかしくない。――すぐに行こう」
 今のマナにすべてを一任するのは、正直なところ不安しかない。正気を失った彼女を止められるのは、武力で言えば茉莉だけ。その反対も、また然り。
 私はマナが早速走り出そうとするのを止め、怒りに染まったマナの目を見返した。
「……あなたが墓場に行くのなら、私はここに残って治療をするわ」
「……陽真理、」
「役割分担、でしょう?」
 かつての革命。あの時に私たちは、三人それぞれがやれることをやると決めた。
 私が活躍できるのは、会議や弁論の場。戦場には向かない。ならば、自分が今やれることをやるのが、最善だ。
 マナとしばらく睨み合っていたが、あちらが結局折れた。
「……分かった。茉莉のこと、引っ張ってくる」
「くれぐれも、気をつけて」
「君の方こそ、襲撃に遭わないように」
 少しは正気に戻ったらしい。これで、墓場が全焼することは避けられた。
 マナはいつもより深みのある笑みで、アランに話を振った。
「アラン君、茉莉は墓場に行ったんだよね」
「は、はい。そうです」
「共もつけずに」
「はい……」
 彼の返事が小さくなっていくのは、私の気のせいだろうか。
「あとで説教だな……」
「存分に叱ってやってください」
「そのつもりだ。それじゃ言ってくるね。馬を借りるよ」
 コートを翻し、マナは海賊どころか殺し屋のような風格で屋敷を飛び出して行った。


 ――二時間前。
 私は非常にマズい状況下にあった。
 他の狩人らが重傷を負わされ、どんどん狩人が足りなくなっていく。しまいには、私以外の全員が倒れてしまった。
 今となっては、とりあえず張った小さな結界の中でしか身を休めることができない。周囲は悪霊だらけだ。
「クッソ、……はあ、はぁっ、はっ、」
 狩っても狩っても、無尽蔵に悪霊は出て来る。普段の執務からの疲れが足を引っ張り、いつもはしないヘマをした。
(応援が来るまで保つか……?)
 腕の止血をしながら。私は館の惨状を思い出した。あれだけの重傷者がいるんだ。こちらに回せる人手など、皆無に等しい。
 背後の大木に身を預け、空を仰いだ。木々の隙間から覗く月は、無情なまでに輝いている。
「はぁ、っ……ここいらが、潮時か」
 既に朦朧とする意識を、腕に負った傷をいじって何とか保たせる。痛みはこういう時に役立つが、好き好んでやる方法でもない。
 普段から、悪霊狩りに人員はあまり回していない。私が出れば、すぐに終わるからだ。しかし今回ばかりは、大規模な悪霊狩りをせざるを得ない状況になってしまった。
 そのせいで、多くの怪我人が出ている。
「ふー……ははっ、」
 溢れた笑みは、自嘲か、諦めか。自分でも判断はつかない。
 だが、最後まで足掻こう。この地の民のためにも、少しでも多くの悪霊を狩っておかねば、この先被害は広がるばかりだ。
 周囲の温度が下がってきた。また悪霊が集まってきたのだろう。
 私は結界を解いて立ち上がり、刀を構えた。特注のこの刀は、本来すり抜けるはずの悪霊をも断ち切る。私の相棒と言える一番の武器だ。
 まるでゾンビのように、青白い人型の悪霊たちがゆっくりと近づいて来る。
「来いよ……悪霊ども」
 敢えて笑ってみるが、あちらはちっとも動揺しない。当たり前だ。あくまで意識のない、幽霊なのだから。
 私は喉の渇きが進むのを感じながら、悪霊を切り伏せていった。



 早馬をさらに走らせ、なんとか三十分ほどで墓場を囲む森に辿り着く。
 森ごと大規模な結界に囲まれた状態では、外から中の状況がまったく分からない。しかし、悪霊の大量発生が起きているのは本当らしい。
「マナ様?! どうしてここに――」
「話はあとだ。茉莉は」
「中に入ったきり、連絡がありません……」
「……私が中に入ろう。他は誰も入れるな」
「はっ」
 見知った衛士に声をかけ、私は馬を降りた勢いで結界の中に入った。
 思っていた通り、中の気温はかなり低い。
「茉莉……無事でいてくれよ……」
 ピストルを構え、自分の首飾りについたぎょくが導くままに、森を進んで行った。

 時折悪霊に出くしわたが、ピストルで一発なのであまり支障はない。もちろん弾もまだまだある。
 しばらく進むと、茉莉の武器である刀を振るう音がした。あの子の刀は、たしかに悪霊を斬り裂くが、音がするわけではない。何か物理的なものを切らなければ、音などするはずもない。
「……」
 これは急いだ方がいいかもしれない。
 足早に森の中をかき分け、とにかく悪霊が集まっている場所に向かった。どんどん気温が下がっている。かなり寒くなってきた。
 このまま当てもなく走っていたら、彼女を見つけようにも自分が保たない。
(仕方ない……)
「茉莉ー! どこにいる!」
 声を出しても反応はない。
 しかしその代わりに、すぐ横に何かが吹っ飛んできた。
「なっ、にが……って、嘘だろ……」
 顔のすぐ横に吹き飛んできたのは、墓場のあちらこちらに建てられていた洋燈ランプ灯の一部だった。
 よく見ると、かなり破損している。
「……まさか、あの子」

 ゴンッ、ガガッ……バギャッ、

 かなりマズイ音が聞こえる。
「何を壊してるんだよ……茉莉……」
 洋燈灯を持って、飛んできた方向へ走り出す。
「茉莉、っ……!」
 さらに破壊音が聞こえた。今度は木でもへし折っていそうな音だ。
(ヤバい……ヤバイヤバイヤバイ!!)
 速度を上げ、悪霊そっちのけで突っ走る。
 その先には、茉莉が一人、立っていた。着ているコートや服は血に濡れていて、右腕からは血が流れたまま、止血もされていない。
 そして何より、吸血衝動が抑えられなくなって我を忘れた状態の証である、真っ赤な瞳。その瞳はどこを見るでもなく、ただ虚空を見つめるばかり。私に気づいていないはずがないというのに、茉莉は静かに立ち竦んでいる。
 まだ少しは、自我が残っているのだろうか。
「茉莉!!」
 微かな希望に賭け、声をかける。しかし、反応はなかった。代わりに返ってきたのは、木だった。
「どわぁっ、!」
 間一髪で避け、横に転がる。転がった先から茉莉の横を見ると、大木が根本から無理矢理折られているのが分かった。
 茉莉は元来、とんでもない怪力の持ち主だ。普段はあまりそういうところを見せないが、我を忘れるとこうして暴走する。
 思わず、怒りも忘れて怒鳴ってしまった。
「ちょっと! 急にぶん投げてくるのが木って、酷くない⁈」
「……」
 何を言っても意味はない。分かっていても、口でなんとか説得できないか試そうとしてしまう。
「あのさぁ、茉莉。君が一人で突っ走って行ったこと、みんな怒ってるんだよ。みんな、君のことが大切だなんだよ。もちろん私もそうだし……もう、いいよ。帰ろう? 君一人で、すべて背負う必要なんてない。一人で立っていなければならないことなんてないんだよ! だから、正気に――」
 バギャッ、ドゴンッ、
 また木か洋燈灯が飛んできた。あの子の怪力には、本当にいつも振り回されている。
「茉莉!! いい加減にしないと、ガチで怒るよ⁈」
 どれだけ話しても、彼女の反応はない。いろいろなものが飛んでくるせいで、ろくに近づけもしない。これでは堂々巡りだ。(周囲の悪霊も空気を読んだのか、茉莉の覇気に気圧されたのか、なぜか寄ってこない)
 ピストルで応戦しようにも、どうしたって彼女に当たる。どうにかしようにも、無傷であの子を助けることは難しい。
(どうする……どうやって正気に戻す……)
 怪力で飛んでくる物を避け、さらに彼女を説得か何かして正気に戻す。
 飛んできた岩を避け、一時思考を止めて冷静に考えてみた。
(……これって……無理くない?)
 次に飛んできたのは、古びた墓石。とうとう墓まで壊し始めた。
 私はとりあえず引くことにして、森の中に身を顰める。私が隠れたからか、茉莉は物を投げるのを止めた。それでも、正気を失っているのには変わりない。
「どうしようかな……」
 あの茉莉を止める方法は、それこそこっちが気絶するほどの血を飲ませなければならない。それくらいしか方法がないのだ。
(でもそれだけで正気に戻るか……?)
 本人からも、そこはあまり話してくれない。このままあの子を放置すれば、ここら一帯が更地になってもおかしくはない。
 しばらく考え込むも、いい考えなど一つも浮かばない。
「……あぁ~……もういいっ!」
 わざと音を立てて立ち上がると、茉莉が反応したのが分かった。
 こちらを振り向いた茉莉を見つめ、覚悟を決めた。
「本気で行くよ、茉莉」
 聞こえているかも分からない。
 だがあの子を助けるには、彼女が嫌うこの方法しかない。
 服の中に仕込んであった、小さいナイフを構えた。


 〜〜〜続く〜

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?