リネン森の魔女は来世を夢見る。

 ○あらすじ

 ここは魔女が住むリネンの森。その森に春をつける伝書鳥がやってくる。その鳥は師匠リシャンに魔女会のお知らせと春の訪れを告げた。

「魔女会!」

 魔女歴百年以上の魔女だけが参加できる魔女会。魔女歴十八年のシャーリーは参加できない。師匠はシャーリーを置いていって魔女会に行ってしまう。残ったシャーリーはリシャンの仕事――王族に支える薬師の仕事を受け継いだ。

 そこでシャーリーは1人の王子と出会う。その王子はなぜかシャーリーを気に入り、会いたいと言い出す。しかしリネンの森には"魔女が認めた者"以外入れないと、シャーリーが告げても諦めない王子だった。

○キャラ

♢シャーリー(18)
魔女。元は人間で親に捨てられてリンネの森についた。師匠と契約して魔女となった。リンネの森が好きで、リシャン師匠とキョンが大好き。ロローアからの好意は嬉しいが、彼が王子で婚約者がいるからと冷たくする。

一度、シャーリーは眠りにつくが、ロローアが旅立つ日に目が覚める。
あなたが生まれ変わるまで、ここで待っている。


♢リシャン師匠(300歳以上)リンネの森の魔女で、キョンの妻で、シャーリーの母親代わり。

♢キョン(フェンリル)リシャンの旦那。シャーリーの父親代わり。

♢フォン・エルフ(?)

リネンの森に入れる許可を貰っている。人里から日常品の他に、変わったものを売りにやってくる。長い時を生きるエルフだが、妻がたくさんいて一人一人見送る。

♢ロローア・リプトン(18)

リプトン国の第一王子。一目でシャーリーを気に入ったが、子供の頃から婚約者いる。1度めの生ではシャーリーと結ばれないが、ロロに生まれ変わりシャーリーと幸せになる。

オオカミ族のロロは、ロローアの生まれ変わり。

♢コルドール・サマンサ(32)

前担当者のギャランから変わり、シャーリーの薬師の担当となった。


《1話》

 ここは魔女だけが住める、リンネの森。

 その家リンネ森に建つ家の寝室のダブルベッドで、眠るのはわたし――シャーリーとオオカミ獣人のロロ。

 ロロより、先に目が覚めた私はまだ寝ている、彼の寝顔を覗く。

(ロロの寝顔って、いつ見ても可愛い)

「幸せ……毎日、ロロの寝顔を見られるなんて思ってもみなかった。わたしは、なんて幸福者なのかしら」

 彼女が祈るようにつぶやいた言葉に、寝ているはずのオオカミの青い瞳は開かれ、わたしを優しく見つめた。

「オレも幸せだよ、シャーリー。ふわぁ! ……今日は早いな? シャーリーはこんな朝早く起きて、オレを置いてどこに行くの?」

 いつもなら、まだ寝ている時間だ。

 それなのに目を覚ましているわたしに、ロロは半身をベッドから起こして、鼻と鼻を擦り寄せて獣人の挨拶をする。わたしもそれをまねて、照れながらもロロにあいさつを返した。

「で、シャーリーはどこに行くの?」

「えっと、いまからリリンカ湖のほとりで朝露に濡れるトーリ草と、ローリ草をこの森の精霊達と摘みに行こうと思っているわ」

「ふぅーん、トーリ草とローリ草か……懐かしいな」

 わたしは朝露に濡れた――トーリ草とローリ草をすり鉢で練って、魔法の水と合わして傷薬を作ろうと思っていた。傷薬ができたら登録している冒険者、商人ギルドかある街に転移魔法で移動して、傷薬納品のクエストを受けようと思っている。

 もう少しでギルドの更新日がある。その日までにクエストをひとつ、ふたつ、クリアしなくてはならない。それはロロも同じ、わたしはこっそり彼の分も作ろうとした。

 ――いつも一緒だからバレるわね。

 そして、クエストを報告して貰える報酬で。
 ロロの日用品、好きなお肉、パン、野菜などを街で買おうとも思っていた。

「そうか、そろそろギルドの更新日の日かぁ。そういや忘れてた、朝食が終わったら一緒に薬草を摘みに行こう」

「うん、ギルドでクエストが終わって帰ってきたら、温室でアップルルを採って、アップルルのパイを焼くね」

「やった、シャーリーのアップルルのパイか! それは楽しみだ。先ずは朝食だな」

「えぇ」

 わたしとロロはお揃いのエプロンを付けて、キッチンに並んで、朝食の準備をはじめた。

 幸せだわ。
 幸せだ。

 2人が、思うことは同じ。


 この2人はもう一度、会いたいと願わなかったら、叶わなかったら、2度と巡り会うことはなかっただろう。

 再び、出会えた喜びを感謝しながら。
 今日も、これからもずっとロロとシャーリーは、この魔女の森リネンで過ごせるのだ。



 ♱♱♱



 あなたと出会い、恋を知って魔女であることを悔やんだけど、長生き時を生きる魔女でよかったと最後に喜んだ。



 ♱♱♱



 フォルマ大陸――リプトン国の何処かに、リシャンという魔女が住む、季節がないリンネ森がある。この森に生える草、咲く花、立つ木々は枯れることなく青々と生い茂り。外では見ることができない、希少な薬草、植物、花が年中この森では咲いている。

 長い時を生きる魔女なら誰しもが所有する、自分だけの森。



 ある日の早朝。

 バサバサと羽音を鳴らして、リンネ森に"伝書鳥"が外界(がいかい)では長い冬があけ、花々が咲く、温かな春の季節がおとずれたと伝えた。

「春、春、外界に春が来た。リネン森のリシャン様、お届け物。リシャン様、お届け物」

「おお、珍しい伝書鳥か、リシャンはわたしだ!」

 春の訪れを告げた伝書鳥がもう一つ届けたのは、受取り人しか読めない青い封書。この封書を温室で私と草取りをしていた、リシャン師匠が受け取った。

「手紙、受取り人に届けた、届けた」
「ありがとう」

 届いた封書をリシャン師匠は魔法で開け、中の手紙を読んだ師匠は「こうしてはいられない!」と、住み慣れた家へと飛んでいった。

「リシャン師匠?」
「シャーリー、すまないが用事が出来た!」

「え?」

 訳がわからず、私、シャーリーはその後を追っかけた。
 家に入ると、リシャン師匠はアイテムボックスを開き、クローゼットの服を全てしまい、次は魔導書、読み物、日用品……まで。あるとあらゆる自分のものを、アイテムボックスにしまっている。

「師匠? なにごとですか?」

 師匠のいきなりの行動に驚く私に、師匠は瞳を光らせ。

「シャーリー大変だ、北の地で魔女の集会が開催される。いますぐ旅の準備してここを出ないと……『クジラ雲』にまにあわなくなる!」 

「クジラ雲? ま、魔女の集会?」

 魔女見習いになって8年目のシャーリーは「クジラ雲」「魔女の集会」と、聞いたことがない言葉に首をかしげた。

「あ、シャーリーには説明がまだだったか。魔女の集会というのはね……」

「ひぇええ――! この世界の住む、魔女が一堂に集まる女子会?」

 師匠は頷き。

「その魔女の集会では恋人の話、面白い食べ物、新しい薬草、実験……と言った、あらゆる報告の場。あとは美味しい年代物のお酒と、魔女御用達の料理人による変わった、レタス料理が振舞われる――それがまた美味い!」

 いつも生のレタスしか食べない、リシャン師匠の口から料理と聞くだけで驚く。だけど……浮かれて楽しそうな師匠が羨ましい。その魔女会に参加できるのは、魔女歴100歳以上の魔女だけだそうだ。

「シャーリーも連れて行ってあげたいけど、ごめんね」

「別にいいですけど……それで、師匠は女子会からのお帰りはいつ頃になります?」

 その質問に、リシャン師匠は『帰りは、わからない』と言い。

「集まった、みんなが満足するまで、宴は永遠と続く」
「宴が永遠? ま、満足?」

 私はすぐさま家の外、お気に入りの場所でくつろぐリシャン師匠の旦那、フェンリルのキョン様を呼んだ。

「キョン様、キョン様大変です! リシャン師匠が永遠にお出かけしてしまいます!」

 キョン様は私はの質問に眠そうな目を向けて。

「別に気にしない。いずれ、リシャンは帰ってくる」

「いずれって、寂しくないのですか?」
「うーん、別に寂しくないよ」

 長き時を生きるフェンリルだからか、嫁のリシャン師匠が100、200年いなくても気にしないみたいだ。



 ♱♱♱



 だけど、魔女リシャンの仕事はリプトン国、王族のお抱え薬師だ。その薬師の師匠は必要な荷物を鼻歌まじりで、さっさと物を無限に収納できる『アイテムボックス』にしまっている。

「あの、師匠は薬師の仕事をどうするのですか?」

「そんなの弟子のシャーリーにまかせるよ。明日になったら王家に、引き継ぎの書類を送る。他の魔女もそうだから」

 他の国に使える魔女はやはり、自分の弟子に仕事を任せるらしい。

「えぇ、そんな大仕事、はじめての私に務まりますか?」
「務まる、シャーリーに色々教えただろう?」

「そうですが……」

 師匠には薬草の育て方、薬の作り方、森に訪れる行商人たちとのやり取りを教わった。しかし魔女歴8年ではまだ新米といわれる。水色の瞳、薄水色のゴワゴワ髪、丸メガネのシャーリー(18歳)で大丈夫なのだろうか。

「大丈夫だよ」
「師匠……」

 不安は少しあるけど……8年間もの間、リシャン師匠の仕事は間近くでみてきた、こうなったら頑張るしかない。

 私は小さな胸をポンと叩き。

「わかりました、リシャン薬師の仕事とリネン森の管理は私が引き受けました」

「ありがとう頼りにしている。何かあったらキョンを頼りなさい」

「はい、そうさせていただきます」

 リシャン師匠は先端に青い魔石のついた銀色の杖を取り出して、一振り転移用の空間を開けて中に入っていく。

「魔女の集会はいつ終わるかわからない。シャーリー、あなたは要領が悪いけど、きちんと出来る子だから頑張りな」

「はい、頑張ります! 師匠いってらっしゃい」

 私はリシャン師匠を魔女の集会へと見送った。



 ♱♱♱



 魔女は老いず、魔力の量に伴い、その寿命は千年以上と長い。リシャン師匠の歳は243歳、私は18歳。

 リンネの森を任されたシャーリーはさっそく、リシャン師匠の家を、自分専用に変えることにした。これはリシャン師匠に許可をもらっているし、やってみなさいとも言われている。
 将来――師匠の元を離れ、自分の森を所有する時が来る。いい機会だから「それの練習をしなさい」と師匠は許可をくれた。

「さてと、どこから始めるかな?」

 いままでの寝床は、リシャン師匠の寝室に布団をひいて寝ていた。温室と調合室は師匠の許可なく、中に入れなかった。キッチン、お風呂の水回りの掃除を魔法で簡単に終わらせようとすれば、師匠に怒られた――もちろん洗濯だってそう。

 だけど、今日から私がこの家の主人、私のルールで物事を決められる。掃除は魔法で全て終わらせ、寝相がわるいので、ベッドはもう少し大きめがいい。

 キッチン、お風呂、トイレは温室と家に2つ。
 書庫にお大きめな1人がけソファー、調合室の棚は私の身長に合わせて低め……次々と、家の中を自分好みに変えた。

「よし、家の中と温室はこんなものかな?」

 私だって魔女になって8年。薬師としてのノウハウ全て、師匠に叩き込まれている。まだ見習い魔女だけど、魔女薬師の資格だって、取得だってしている

 クローゼットにしまっている、薬師のローブを身につけ。胸に一枚葉のデザインされた、魔女薬師バッジをつければ、私だって立派な魔女薬師の見習い。

 魔女薬師にも位がある。
 葉っぱ1枚が魔女薬師の見習い。
 葉っぱ2枚が新人魔女薬師。
 葉っぱ3枚が魔女薬師。
 葉っぱ4枚が上級魔女薬師。
 葉っぱ5枚が特級薬師――師匠はここ!

 資格をとってから1年間――魔女薬師連合の依頼をクリアして、実績を積まないと魔女へと降格される。1年依頼をクリアして、試験な受けて受かれば新人魔女薬師になれる。

(薬師連合からの依頼は1ヶ月後だから、まだいいとして……薬を作る練習をしよう)

「今日は温室で、モモコロ草を使って傷薬を作って」

 後は足の痒み止め――材料は森に生えているから、傷薬を作ったら摘みに森をまわろう。




 月に一度、王宮から届く薬の依頼書。シャーリーは師匠の仕事机の上にある、その書類を見てウンウン頷いた。

「えーっと、痒み止めを作るのにミキリ草とソソン草がいるか」

 師匠用と自分用の箒置き場こら、自分専用のホウキを取り森の奥に行き薬草を集めを始めた。シャーリーはミキリ草、ソソン草の他にもポーション用の薬草と腹痛、化粧水の薬草を摘み、調合室で作り王宮に送った。その報酬は1ヶ月に一度、魔女銀行に振り込まれる。

 その他の欲しいものはリシャン師匠から借りている、王族専属薬師の証を見せれば、近くの街で安く買い物ができる。

 あと担当に頼めば、次の日には家に届く仕組み。担当への頼みかたは『魔法の呼び鈴』を鳴らして、通信鏡でギャランと言う無精髭のおじさんにお願いすればいい。魔女薬師の資格を取ったときに、師匠と一緒に通信鏡で挨拶は済ませている。

《おお、薬師魔女バッジは本物だな》
《はい。先月、試験に受かりました、シャーリーと言います。よろしくお願いします》
《まあ、気楽に行こうや》

 と言っていたのに。

 数日後――呼び鈴が鳴り、通信鏡を覗くと前に挨拶をしたギャランではなく。新人担当者、メガネ、茶色の髪の若い男性に代わっていた。

〈はじめまして、この度、魔女薬師様の担当者となりました私『コルサドール・サマンサ』と言います。コルでもコルサドールでも薬師魔女様はご自由にお呼びください。それと、必要なものがあれば何でも『呼び鈴』を鳴らしておっしゃってください〉

 ――お、何だか、真面目そうな人だ。

〈わかりました、早速なんですがアップルル一箱(12個)お願いできますか?〉

〈アップルル一箱ですね、かしこまりました。お届けは明日の昼過ぎでもよろしいですか?〉

〈構いません、よろしくお願いします〉

 今頼んだ荷物がどうやって届くのかと言うと、家の横にリシャン師匠が使用していた転送魔法陣がある。普段は魔力を切っているため使用はできない。
 明日の午後、荷物が届か前に転送魔法陣を起動しておけば、新しく担当者となった『コルサドール・サマンサ』からアップルルが届くだろう。

「届いたら、明日はアップルルパイを作ろっと」



 ♱♱♱



 届いたアップルルでパイを作り、キョン様と森に住む精霊におそそわけした翌日。シャーリーは再び『呼び鈴』を鳴らして、前から読みたかった料理の本と、分厚いお肉のサンドイッチ、分厚い焼いたステーキ肉、食パン、バケットを担当者コルに頼んだ。

〈料理の本はなんとかなりますが。それら全て、ご用意できるか今厨房で聞いてまいります〉

〈はい、よろしくお願いします〉

 厨房に向かうため席を立ったコルを待つこと一時間。
「お待たせしました」と戻ってきた彼は、明日の午後には準備できると伝えた。これで明日は豪華なご飯が食べれる、シャーリーはウキウキレタスをちぎって口に運んだ。

「あ、忘れていた。魔女協会に引き継ぎの書類を出さなくっちゃ」

 文字が書けないシャーリーの為に、リシャン師匠は魔女銀行の名義変更、必要な書類、手続きの書類は全て書いてくれた。後はフクロウ便を呼び、魔法協会に送るだけで引き継ぎは完了する。



 書類を出した三日後――書類が受理されてと魔法教会から連絡が入り、はれてシャーリーはリネン森の魔女となった。

「リシャン師匠が帰るまでの間、リネンの森の魔女になった記念日。今日はメロンキノコをかけてキョン様と決着つけるぞ!」

 メロンキノコとはリシャン師匠が作った、このリネンの森にしか生えない甘いキノコ。そのまま食べてもいいし、蜂蜜をかければ絶品キノコなのだ。いつも独り占めするキョン様に、リネン森の魔女となった記念に勝負を挑んだが。

「シャーリーは詰めが甘い!」
「ハァ――ィイ!!」

 キョン様に、数秒でコテンパンにやられました。


 1週間前、薬師としての初めての仕事をひと月分を、王城に納品したはずなのに王城から連絡が入る。薬に不具合があったのか慌てて通信機を除くと、そこにいたのは担当者コルではなく、キラキラな金髪と青い瞳の方がいた。

「すみません。あのー、どちら様でしょうか?」
「はあ? なに? 魔女は僕のことを知らないのか? 僕は君の雇い主だ」

「……え、雇い主、様?」

 そうなると、この方は王族となる。しかし、見た目が若いから国王陛下ではなく王子かな? だとしたら、その王子が魔女になんなようだろう。

「すみません。……王子様、はじめまして魔女のシャーリーといいます。前薬師リシャンから受け継ぎました。これからよろしくお願いします」

「シャーリーか、僕はロローア・リプトンだ。覚えておけ」

 名前を言ったすぐ通信が消えた。んーん、王子はただ単に魔女が見たかったのかな? 一度見たから次は来ないかな? と、たかを括っていた翌日。

「シャーリー、シャーリー! 僕だ、覚えているかい?」
「はい。昨日もここで会いました。ロローリア王子様ですよね」
「そうだ! シャーリーに聞きたいことがある」

 彼は私の歳、身長……好きなもの、食べ物を聞いてくる。

 ……なぜ、そんなことを聞いてくる?
 その日、コルさんに頼んだもの以外、クマの大きなぬいぐるみと、私の好きな食べ物がどっさり届いた。

 また翌日も、またまた翌日の午後、王子は温室で薬草の手入れ中のシャーリーを呼んだ。向かうとそちらに伺っていいかと聞いた。

「え? ここに来たい?」
「子供の頃から、ずっと魔女の森が気になっていた」

「無理、無理、無理です! いくら王子様でも無理な話です。この森は魔女の森、魔女が認めた人しか入れませんし、王子様の楽しいものなんてありません!」

「なに? この僕が入りたいと言っても無理なのか?」

「そうです、無理なものは無理です。他に用事がないのでしたら通信を切ります」

 王子が何か話そうとした瞬間に、通信を切った。
 それが、いけなかったのだろう。

 シャーリーが薬師として就任して3ヶ月が立つ頃。静かな朝を迎えていたリンネ森に、シャーリーの悲鳴が上がる。

「はぁ? 何ですか? その量は?」と。

 王子の嫌がらせかぁ!

 シャーリーの悲鳴を聞いた仲の良い森に住む動物、魔物、精霊たちは「何事か」と外窓から覗いている。その中にリンネ森の主――白く、大きなフェンリルのキョンもいた。みんなが心配するなかキョンはニヤニヤ笑い、シャーリーに向けて念話を飛ばしてきた。

《シャーリー、クックク》
《……キョン様》
《朝から大声を出して、シャーリーは大変そうだな》

《キョン様、大変そうじゃないです。大変なのですよ!》

 と、コルとした話をキョンに話した。

《フムフム、人は時おり魔女に無謀なことを言うからな。リシャンも最初の頃は1人では無理な量の依頼を受けて、面倒臭そうにしておったわ》

《リシャン師匠もなんですか?》

《そうじゃ。人は何かと魔女を試す。何かあったら膿が助けてやるから遠慮なく言うといい》

《ありがとうございます、キョン様》

 お優しい森の主様。

《キョン様はリシャン師匠と離れて、寂しくないのですか?》

《ん? シャーリーは時おり変なことを聞くな。ワタシはちっとも寂しくないぞ、ほんの百年ではないか……アヤツはワタシにベタ惚れだ、他の男についてゆくまい》

 なんたる自信、さすがリンネ森いちのラブラブ夫婦。


「あの……薬師様、薬師様? 話、聞いておられましたか?」

「すみません、考え事をしていて……聞いていませんでした」

 キョンとの念話に夢中で、担当コルの存在を忘れていた。

「もう一度伝えます。今日から三日後、第二、第三騎士団が早朝、国付近のバルード森に魔物退治に向かいます――ポーションを百本の納品をお願いします」

「はい、ポーション百本ですね。ご依頼承知いたしました。」

「では薬師様よろしくお願いします」

 王子は許さぬ!

《2話》

 コルとの通信鏡の通話が終わった。

 シャーリーはため息をつき椅子から立ち上がり、来てくれたみんなに事情の説明と礼を言った。みんなは「何かあったら言ってね」と帰り、キョンはいつもの場所でお昼寝を始めた。シャーリーはうらやましいと思ったが、部屋の中を歩き回り、ブツブツ調合の段取りを考えはじめた。

 ポーションの材料は温室で育てている、薬草で足りるだろうが問題は量だ。100個となれば話は別――いまから3日4日、温室に籠る事になる。

 食事はお腹が空いたらレタスをかじればいい。
 道具は調合室から温室に移動をして、材料が揃ってから作り始めよう。魔物討伐に出るとなればそれなりの準備も必要になる。仮にもこの依頼がアーサー王子の意地悪だとしても、シャーリーは頼まれた仕事をこなすだけ。

(腹は立つけど)

「いっちょやりますか!」

 エプロンを着けキッチンで料理を始めようとしたとき、一回切れたはずの通信鏡が再び光った。

「すみません、薬師シャーリー様」

 一度は切れた通信の向こうに、眉をひそめたコルがいた。

「はい、何か依頼ですか?」

「いいえ、回復薬の量のことなのですが――そのワケを薬師様の耳にも入れておいたほうがいいと、上司に言われましたので、話をお聞きになりますか?」

 上司? 前に担当者のギャランの事かな?

「ええ、聞きます」

 コルは紙を手に持ち話しだす。それは一ヶ月半くらい前から、王都近くのバールド森に魔物がでるようになったらしい。

 この国で魔物がでた? これは珍しい……魔物とは瘴気を浴びた、森の生き物達が変化したものだと習った。大昔に現れた、聖女によってこの土地は浄化されたとも聞く。

「それで、ですねシャーリー様、聞いてください。どうして平和な国に魔物がでたのかと言うと」

「は、はい」

 コルは真剣な瞳をシャーリーに向けた。



 ♱♱♱



 腕試しにとギルドでは"名のある"若い冒険者パーティーが禁忌を破り、バルード森の奥にある古代遺跡――立ち入り禁忌のダンジョンに足を踏み入れてしまったそうだ。
 禁忌の理由を知らない若い冒険者は、ダンジョンに住み着いていたマンティコア――魔物にギダギダに食われて、剣士、魔法使い、賢者、剣闘士パーティーは全滅した。

 シャーリーはこの話におかしいところを見つけていた。
 古代遺跡には中に入れないよう、頑丈な結界が張ってあったはず。

「コルさん、そのパーティーは全壊したのですか?」

「はい、知らなかったとはいえ。冒険者ギルドに話を通さず、禁忌の古代遺跡に足を踏み入れるなんて信じられません――言い方が悪いのですが、それで事が終わればよかった」

 そう言うと、コルはふたたび眉をひそめた。

 結界を破れるくらいの能力を持ちながら、魔物に負けたということは封印を解いたのは別の者になる。

(私の考えが正しければ封印を解いたのは魔女だ。それも、そうと腕の立つリシャン師匠と同じ古代魔女だ)

 コルの話では魔物は何百年振りかの人間の肉と血に味をしめてしまい。ダンジョンから這い上がり人間の肉を求めた。

 襲われたのはバルード森付近の王都方面ではなく、その森を挟んだ、長閑なカア村が魔物に襲われてしまったのだ。

 カア村から逃げのびた血だらけの男が、近くのサンザル街の入り口で倒れて死んだ。その街の自警団はすぐにカア村に駆けつけたが。村は血で真っ赤に染まり、ほとんどの家は全壊、何者かの爪痕が残り酷い有様。

「そんな酷かったのですか?」

「それはもう、倒れた騎士がいるほどです。いま僕たちの広報部署と他の部署はてんてこまいで、三日も奥さんと子供に会えておりません」

「コルさんの奥さんと子供?」

「はい、一ヶ月前に生まれたばかりです」

 奥さんと子供に会いたいと、コルはオイオイ泣き出した。人にも大変な部署があるんだ。自警団から緊急報告が国に連絡が入り、魔術師達が村に出向き調べたところ、
村を襲ったのは、魔物マンティコアの仕業とわかった。

 平和な国に起きた悲劇――他のダンジョンは冒険者ギルドが管理している。一つだけ冒険者ギルドが近寄れない、リプトン国が管理する古代遺跡がある。国王陛下は直ちに調査団と騎士団を、その古代遺跡に向かわせることにした。

「ええ、だから今回魔物討伐と結界の修復に第一と第二騎士団と、魔術師たちが現地に向かうのです」

「そうなんですね」

 陛下から命令を受けた騎士団と魔術師が古代遺跡に向かい、魔物を倒して入り口を封印する。早急に結界を修復しなくてはならない理由。それは古代遺跡の奥深くに封印される、暗黒龍を復活させないため。

 やはりコルに話を聞いたけど、納得がいかないところがあった。普通の冒険者に古代遺跡の封印は解けない、古代魔女アースの結界が破かれるなんて――あるはずがない。

 シャーリー達はリプトン国とは別に『古代魔女アースが残した遺言』があり、その古代遺跡を守っている。魔女たちの間では――大昔ドラゴンを倒して骨を封印したのは勇者オリオンではなく、古代魔女アースだと伝え聞いている。

 その古代魔女アースはドラゴン討伐後――リプトン国を離れ、リンネ森に住み薬師となった。かたや勇者オリオンは英雄となり、リプトン国の国王となった。

国王となった元勇者オリオンから、アースが依頼を受けたのが王族専用薬師の始まり。あの遺跡の封印は魔女から魔女へと、その封印は守られていた。

 リシャン師匠も薬師となった時から、半年に一度、古代遺跡を見回りおこない。もし封印が緩んでいたら、かけ直しも行っていた。二ヶ月前にリシャン師匠は、見回りを終わらしたばかりだ。

 その若い冒険がどうやったのかはわからないが、ダンジョンの封印を解いたのだ。シャーリーの見回り前にこんな事が起こるなんて……騎士団と魔法使いが魔物を倒して、ダンジョンを再び封印してくれれば、いいのだけど……

 ――もし、出来なかった時のために封印の仕方は師匠に習っている。やり方を知っていても、シャーリーは封印が上手くできるか心配。魔法を使用するときに気持ちの昂り、緊張から、魔力を増幅させて爆発する。

 その原因はシャーリーの奥底に残る記憶。

 あれはシャーリーが魔女になる前、十歳のときだ。
 住んでいた近くの森で熊に襲われて、魔力が暴発して森を一つ消したのだ。家族はシャーリーに怯え『お前は私達の子供ではない』と、親と兄弟に石を投げられ捨てられた。

  その時期は冬――薄着で外に放り投げられて、守りをさまよい死にそうになったのだ。運よくリネン森にたどり着けて、師匠とキョンに助けられた。

 ――思い出したくない、嫌な記憶だ。

 リシャン師匠にシャーリーは魔女としての素質があると言われて、行く宛のないシャーリーは森に住み魔女になった。

 そのあと、シャーリーの家族はどうなったかは知らない。シャーリーには師匠とキョンの家族しかいらない。

《3話》

 せっせとわたしはご飯と夜食を作り、温室に調合の場所も作った。出来上がった調合の場所でトーリ、ローリ草二つを鉢ですりおろして、魔法の水を加えて傷薬を作った。

 100個の依頼がきたポーションは大きさが自由に変えられる、魔女の水瓶に魔法の水をたっぷりはりマルの花びら、リン草の球根、ノキの葉を入れ、魔力を加えながら瓶で十時間煮込み。氷魔法で徐々に冷やして麻布でこし、魔石から作った緑の瓶に詰めればポーションができあがり。

 二日間のあいだ温室にこもり、たまに会いに来てくれるキョンと念話をして、また徹夜して、私は依頼品を作り続けた。

「できた!」

 依頼品の傷薬とポーションが出来上がり呼び鈴を鳴らして、担当コルにできたと報告した。

「シャーリー様お疲れさまです。転送の装置に乗せて飛ばしてください」

「わかりました」

 まだ徹夜が続き、目の下にクマをつくった担当コルに送ってくださいと言われて、
木箱に詰めて、家の横にある転送魔法陣を起動して王城に送った。

「納品が――お、わった。……少し、仮眠しよう」

 さすがに疲れて部屋に戻りベッドに入って一時間。
わたしは呼び鈴の鐘音に起こされて、ベッドからモゾモゾとはい出て、メガネをかけて寝起きのまま通信鏡を覗いた。
 そこにいつもの担当コルではなく、見たことがない金髪赤い瞳の美男子が映っていた。

 ――誰?

 ずれたメガネをかけてジックリ覗いたが、まったく知らない男性だ。

「失礼ですが、あなたは誰ですか?」

「寝ていたのか? 起こしてすまない。――薬師は老婆だと聞いていたが変わったのか?」
「はい、数日前に魔女リシャンからシャーリーに変わりました。それで何かご用でしょうか? 送りました回復薬、傷薬に不備でもありましたか?」   

 男性は違うと首を振る。

「いいや、あの量を二日で作り上げるとは感謝する」
「いえいえ、コチラは仕事ですので……もしかして魔物の討伐に向かう騎士の方ですか?」

 男性は立派な鎧を身につけていて、身体つきも大きく立派だ……そして美麗、目の保養になる。

「今回は人を食う、厄介な魔物らしくてな。――追加で依頼が入るかもしれない」
「依頼があればいくらでもお作りしますので、遠慮なく申してください。それがわたしの仕事ですので」

「心強いな。また頼むよ、シャーリー」
「はい、かしこまりました」

 これで通信が切れると思っていたのだけど、後ろから誰かを呼ぶ声が聞こえてきた。美麗な男性がその声に反応して後ろを向く。

「ふうっ、ガイズか――もう出発の時間がきたのか? 僕はもう少し、薬師の魔女と話していたいのだが」

 通信が切れていないから、男性の独り言もわたしに丸聞こえである。
この男性は滅多に見る事がないだろう、魔女とお話がしたかったのか。あまりいい気はしないが、コチラも目の保養にさせてもらっているので、なにも言いますまい。

「ロザン様、ロザン王子はどこに居られるのですか?」

「……ガイズ、僕は広報署の通信部屋にいる」
「通信室? おお、ここにおられましたかアチコチと探しましたよ。討伐が怖くて逃げたのかとも思いました」

「逃げるかよ、ガイズ。僕達の為にあんなに大量な傷薬と回復薬を用意してくれた、薬師の魔女にお礼を言っていたのだ」

「薬師? 魔女――そうですか。早く集合場所に集まらないと。騎士団長――ダンザがイライラしていましたよ"俺はひ弱な王子なんて連れて行きたくない"とか"怖気付いて逃げたのか!"と言いだして、非常に不愉快で、うるさいです」

「あの人は声だけはでかいからな。――僕の方が腕っぷしが強いから、騎士団長のダンザに嫌われているのは仕方がない」
「さすがは黒龍――ドラゴンを倒した勇者オリオンの血を引くロザン様、今日もご活躍を期待していますよ!」

「はぁ~、君もうるさい」
「すみません」

 通信鏡から関係ない話が聞こえてくる。わたしは席を立ってもいいのだろうか? と鏡の前で悩んでいた。
話し相手は王子だと言っているから、勝手に席を離れるイコール不敬罪になる。

 ――だけど、わたしは徹夜で眠いのだけど……。

「あの、話は終わりましたか? 通信を切ってもよろしいでしょうか?」

「待て、話がそれた……シャーリーありがとう。魔物の討伐に行ってくる」
「気を付けて、行ってらっしゃいませ」

 と、通信が終わり。わたしはすぐさまベッドに潜ったのだった。


 騎士団が魔物を討伐に向かってから一週間後。
 分厚いパンに目玉焼きを乗せて塩胡椒をかけて食べていた、わたしは『呼び鈴』なしに通信鏡から呼ばれた。

「シャーリー、シャーリー! いないのか? シャーリー!」

 誰だと、モグモグ口を動かして、食卓から移動して通信鏡を覗いた。

「――はい、お呼びでしょうか?」
「おはよう、シャーリー」

「おはようございます」

 ボサボサの髪とメガネのわたしの前で、眩しい笑顔を振りまくのは……エーッと――なんちゃら王子。

 朝からなんのようなのでしょうか、わたし徹夜明けなのですが、と言っても、ランタンの灯りで、夜通し魔導書を読んでいただけですが。

「シャーリーが納品したポーション。城の錬金術師に聞いたら滅多に手に入らない最上級レアポーションだと言っていた、どうやって作ったのだ?」

 その言葉にわたしの目がパチッと覚めた。

「確か――わたしか納品した品物は普通のポーションでしたよね」

「そうだが……魔物との激しい戦いで、腕を切り落としてしまった騎士、目が潰れた騎士、瀕死の騎士が、そのポーショで傷が綺麗に治ったのだ!」

「大怪我がキレイに治った?」

 その話に血の気が引いた

 しまった、ポーションを作るときに最初は気をつけていた。しかし何十本と数を作っていくうちに魔力を加える量を間違えたのか。師匠に『気をつけなさい』と耳にタコができるくらい言われていたのに、やっちまった。

 わたしは前にも一度、最上級レアポーションを作ったことがある。

『シャーリー、ポーションを作るときに魔力量を加えすぎないこと。あなたは人より……ううん、そこら辺の魔女よりも魔力量が多いわ、それに気を付けてポーションを作りなさい』

『どうしてですか? 凄いポーションがあればみんなは喜ばないのですか?』

『ええ、人は喜ぶわ。でも喜ぶのは始めだけで……段々と人は傲慢になる。手に入るのが当たり前になる、そして人は――次に薬師になった魔女にまでそのクオリティを求める。その魔女が上級ポーションしか作れなくても――作れと言うわ』

『もし、作れなかった魔女はどうなるのですか?』

『いまはどうなったかはわからないけど。私が薬師になる二百年前は一方的に『役に立たない』と魔女裁判にかけられ、火炙りになったと私の師匠に聞いたわ。だから魔女は個々の森に引きこもり、人に会わなくなったの』

魔女にそんな恐ろしい歴史があったなんて

『――以後、気をつけます』



「シャーリー、どうやってポーションを作った?」

 ここは嘘を通そう。

「覚えておりません。多分偶然です――偶然に出来たのだと思います。百本作るうちに寝ぼけて作り方を間違えたのでしょうか? ……作り方がわからないので、二度と作れないと思います」

「な、二度とか、そうか……コッチが大量にポーションを頼んだからだな。偶然にあのポーションができてしまった――それなら錬金術師にポーションの成分を調べさせるか。成分がわかればシャーリーはもう一度作れるよな?」

「わかれば、作れると思いますけど……」

 絶対にわたしは絶対に作らないし、成分を調べてもわからないとおもう。
人が使う薬草と、魔女が使用する薬草は似ているようで違うのだ。

「そうか作れるか。分析結果がでたら、また連絡する!」
「そうしてください」

 ――ひぇー、リシャン師匠、助けて!

キョンにこの事を話したらバカウケされた。


 天候が変わらないリネンの森。
 わたしはリリンカ湖の傍らで、王族の洗濯係が使用する石鹸で、呑気に洗濯をしていた。

「いい香り」

 シャーリー特製の薬草臭い、石鹸よりも泡立ちもいい。
 気分良く洗濯をしているわたしの横に、キョンがどこからかやってきて、近くに寝そべった。

 たまに、フウッとため息をつくわたしに、
 キョンは笑う。

「ハハハッ、シャーリー、やってしまったものを、いつまでも悩むだけ無駄な話じゃ」
「――無駄だって。わたしは真剣に悩んでいるのに酷いです」

「しかしな、人などが膿たちの作る薬などわからぬし、奴らには理解できない。それはシャーリーもわかっているだろう?」

「そうだけど……もし、わかったら?」

「仕方がない、作ってしまったものを悔いても何も始まらない」

「そうだけど……」

「はぁ? 悩むだけむだだ。ええい、うっ、とおしいぞ、シャーリー!」

 キョンは真っ白な前足を出して、わたしに向かって"衝撃波"を飛ばした。わたしは自分専用の魔法の杖をだして、自分の前にバリアを張りそれを受け流す。 

 しかし。いまのわたしではキョンがだした衝撃波を、バリアで受けるのが精一杯、杖を持った手がビリビリと痺れた。

 それに打ち勝つ。

「たまには優しくしてくれても、いいじゃないですか!」

 杖を振り上げ"疾風"をキョンに向けて飛ばした。キョンはそれを見てもニィーッと笑い"ウオォォ――ン"大地を揺るがす一鳴きで、わたしの疾風をいとも簡単に掻き消した。

 キョンとわたしの力の差だ。

「嘘、ひと鳴きで"疾風"を掻き消したわ……!」
「ハハハッ、まだまだシャーリーはアップルルに手は届かぬ。優しくすればシャーリーはつけあがるからな」

 図星だ。

「クッ、次だ!」
「どんどん、膿に魔法を撃ってこい。すべて掻き消してやる!」

 リリンカ湖の水辺に一ヶ月に一度、木になる赤く丸い実――アップルル。
 わたしはそれが食べたくて木の持ち主で、
 ヌシのキョンに挑んでいるが……五十戦ゼロ勝五十敗。

 それが五十一戦ゼロ勝五十一敗になった。
 わたしの前で勝者キョンはシャリシャリ、アップルルにかじりつく。

「美味い、シャーリー!」
「キョン様、わたしにも一口でいいから食べさせて」

「嫌だね」

 ペロリと大きな一口で、キョンは残りのアップルルを食べてしまった。

「あっ、酷い」
「酷くない、負けは、負けだからな」
「う、ううっ――」
「シャーリーお前に一つ教えてやろう。お前が気になっているのは薬の事もあるが、一番はあの美麗な王子だろ?」

「え、王子がなんで?」
「クックク、気付いてはいないのだな。気付かないのならその方がいい」

 なぜ、キョンがそんなことをわたしに言ったのか。
この時の、わたしにはわからなかった。

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