見出し画像

#14 あふれ出た言葉

「あ、中山」

中山さんと二人で食事をしているときに、突然知らない男性が中山さんに声をかけた。

私は心臓がビクッとしてフォークを持つ手に力が入った。

奥さんのいる中山さんとの時間は本当は誰にも見られてはいけないのに、中山さんはわりと気にせず私を週に一度ほどディナーに誘ってくれる。

ただ食事をして帰りに少し手を繋ぐ私たちの時間をデートと言っていいのかも分からないけど、二人で会う回数はもう8回目だ。

どちらかの知り合いに会う可能性を考えてなかったわけじゃない。「職場の上司に仕事の相談に乗ってもらっている」「職場の部下の仕事の悩みを聞いている」きっとそんな言葉で場を取り繕うことになるだろうと想像していた。

男性からの声に中山さんは動きを止めて少しだけ体を強張らせたように見えたけど、すぐにいつもの落ち着いた様子に戻って彼にゆっくりと返事をした。

「加藤。久しぶり。前にやった同窓会以来だな」

「あぁ、そうだな。あ、奥さん?」

男性は私を見て軽やかにそう尋ねた。

私は反射的に首を振って妻ではないと否定した。でもその反応が正解だったか分からず、中山さんに任せるべきだったかもとすぐに不安になった。

だけど中山さんは何も問題はないといった穏やかな雰囲気でさらりとこう答えた。

「職場の部下」

心がズキッとした。

男性は軽くうなづいて私にも会釈してくれ、またすぐ中山さんに目線を戻して私の知らない友達の名前をいくつか出しながら楽しそうに笑った。それから「ごめんごめん、邪魔したな。また」と右手をちょっとあげて私たちのテーブルから離れ出口に向かった。

中山さんはまた私の方を向いて、その男性が誰なのかを簡単に話してくれた。

でも私はそのあとの中山さんとの会話にはほとんど集中できなかった。

知り合いに見られても動揺することなく冷静に返事をした中山さん。いつもと変わらなかった中山さん。ためらうことなく私を「部下」と紹介した中山さん。

分かっていた、分かっていたよ。そう答えるのが当たり前で何も動揺しないことが正解で、まさか「恋人」なんていってくれるはずはないことを。だけど私はこうして誰かに見られてもさらりと「部下」と答えるだけの存在なの? 中山さんは私の気持ちを受け入れてくれたんじゃないの? 私は中山さんにとってどういう存在なの? ただ一緒にディナーするだけの相手なの? ちょっとした気晴らし?

2年間、隠し続けた中山さんへの片思いの気持ちを中山さんに向けて扉を開けたのは中山さんだよ? 奥さんのいるあなたへの気持ちなんて永遠に伝えるつもりはなかった。なのに中山さんが聞いたんだよ?

「僕のことを好きですか?」って。

私は前も今も、きっとこれからだってあなたのことばかり考えてるのに、どうしていつも中山さんはあなたの気持ちを見せてくれないの?

不安と不満がごちゃまぜな気持ちが押し寄せ、心がヒリヒリした。

帰り道でまた中山さんと手を繋いで道を歩いた。海辺のあまり人通りのない道を選んで二人で歩いた。手から伝わるぬくもりはいつもと同じだけど、いつもと同じということが心をざわざわさせる。

「中山さん」

どうしても帰りたくない。そう思う私の心の声が口からあふれる。

「今日はまだ帰りたくないです」

中山さんは少し驚いた顔で立ち止まって私の顔を見た。

お願い、時計は見ないで。

お願い、奥さんのこと考えないで。


1371文字

#短編小説 #連載小説 #中山さん #上司 #言葉 #心

中山さんはシリーズ化しています。マガジンに整理しているのでよかったら読んでみてください。同じトップ画像で投稿されています。

続きはこちらです。

第1作目はこちらです。ここからずっと2話、3話へと続くようなリンクを貼りました。それぞれ超短編としても楽しんでいただける気もしますが、よかったら「中山さん」と「さやか」の恋を追ってみてください。

『中山さん』シリーズ以外にもいろいろ書いています。よかったら覗いてみてください。



お気持ち嬉しいです。ありがとうございます✨