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#24 聞こえた音(妻編)

中山はおそらく浮気をしています。

私は中山の妻の利香子です。

あの電話の向こうから聞こえたのは波の音でした。

海から聞こえる波の音。

中山の会社から駅までは徒歩で10分。海はありません。海沿いを歩くとしたら会社を出たあと駅とは反対のほうへ向かうことになります。

中山は私が電話をかけたとき、電話に出ませんでした。職場にいるなら着信音に気づかないはずはないのに。もう一度、電話をかけると今度はすぐに出ました。

そのとき彼は「もうすぐ帰る」「仕事」だと言いました。その声に動揺は感じられずいつも通りの落ち着いたトーンでした。

でも後ろから聞こえたんです。波の音が。

中山はそのとき会社ではなかった。

じゃぁなぜ海沿いにいたのか。

そんなことは考えようとしなくても分かることです。

中山は女性といたのでしょう。海沿いを女性と歩いていた。私に仕事と言って帰ってこずに、ほかの女性と一緒に過ごしていた。

少し前から中山が浮気をしているのではないかと疑っていました。でも確かめるのが怖かった。結婚前にしていた「会社が休みの日は二人で過ごそう」という約束が守られている間は彼を信じつづけるつもりでした。

でも月曜日の夜、中山は言いました。

「次の土曜日に仕事が入ったから、岐阜に行くことになるんだ」

そしてもしお客様との対応に時間がかかったらその日中に帰れない可能性もあると。

疑いながらもこれまでと変わらず私を大切にしてくれる中山の愛情を信じたいと思っていたのに、土曜日にもしかしたら1泊で家をあけるかもしれないと言い出したのです。

もちろんこれまで出張で週末に出かけることもありました。でもそのときに疑ったことはなかった。中山を完全に信用していたからです。

今は疑いの芽が育ちはじめ、中山の行動のすべてに疑惑を感じてしまう。

苦しい。

愛する人を信じられない自分が苦しい。

きっと仕事だと思います。中山は仕事で岐阜に行くはずです。でも本当に仕事なのかと何度も何度も不安が生まれるんです。自分でこの不安を消すことができない。

だから火曜日の夜、残業だと言って帰ってこない中山に電話をしたんです。いつもは迷惑になると思って仕事の時間に電話をかけることはありません。必要ならメッセージを残す程度です。

でもこの日ばかりは電話に出てほしくて、いつも通りその日も職場で働いている空気を電話の向こうから感じたくて、電話をかけました。

でも聞こえたのは波の音だったんです。

土曜日は仕事なのでしょうか。

行き先は本当に岐阜なのでしょうか。

私はこのことを誰に確かめればいいのでしょう。


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#短編小説 #連載小説 #中山さん #妻 #残業 #浮気 #疑惑

中山さんはシリーズ化しています。マガジンに整理しているのでよかったら読んでみてください。同じトップ画像で投稿されています。

続きはこちらです。

第1作目はこちらです。ここからずっと2話、3話へと続くようなリンクを貼りました。それぞれ超短編としても楽しんでいただける気もしますが、よかったら「中山さん」と「さやか」の恋を追ってみてください。

『中山さん』シリーズ以外にもいろいろ書いています。よかったら覗いてみてください。



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