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疑うことのパラドックス~国際詐欺?顛末 (7)

最初の接触からわずか45時間で "my great friend 〇〇△△(私のフルネーム)" と距離感を詰めてきたアダム。Eメールの内容は、私が指摘したアダムの計画の問題点について説明するものだった。以下、要約する。

アダムからの返信内容の概要

1.日本で金を輸入する場合の税金10%については調べた。その税を払わないで済むようにするために、オランダの外交クーリエ便を使う。外交クーリエ便は、オランダ政府が公的に信頼性を与えているもので、外交特権によって世界中にあるオランダ大使館・領事館の間で安全と守秘を確保して送られるものだ。

2.オランダの外交クーリエ便は、日本のエージェントを使って、あなたには何のストレスもかけることなく、あなたの家に金地金を届ける。オランダの外交クーリエ便とその日本側エージェントはパーフェクトな仕事をする。

3.金地金を日本で売って得た資金は、スロバキアに銀行送金はしない。銀行送金だと、送金目的や原因関係を問われるおそれがある。外交クーリエ便で現金を運ぶこともできるが、私はビットコインで保有したい。

4.日本で金地金を売って資金を得たら、東京の不動産に投資したいとも考えている。あなたが良いリターンを提示できるなら、あなたの会社に投資してもいい。

5.あなたは金地金の取引ではなく、調査費用の1,000USDの方にこだわっているようだ。私は、あなたが日本と台湾に会社を持っていると言っていたことと、あなたの人格に感銘を受けて、あなたならこのビジネスを一緒にできると信じている。私はあなたが実在の人物かどうか、あなたの話が真実かどうかを疑うこともできるが、その点は心配していない。住所とIDカード、電話番号を送ってくれ。

6.私は実在の人物だ。パスポートのコピーを送る。実在の人物でないなら、IDカードやパスポートのコピーを送れないはずだ。安心していい。

7.私はあなたにビジネスのコンサルティングを頼んでいるのではない。ビジネスそのものを申し込んでいる。日本での規制について調べてくれたことには感謝している。ビジネスを成功させるために、調査はとても重要だ。一緒にビジネスを成功させるため、調査を続けて情報共有してくれ。

8.ビデオチャットをするのと、電話で話して金地金の動画や写真を送るのとでは違いはない。あなたがIDのコピーを送ってくれたら、それを金地金の上に置いて、日付とともに写真を撮って送る。ビデオチャットをして誰かにそれを記録されることを避けたい。

そしてアダムは、今度は自分のパスポートのコピーを送ってきた。

Eメールの内容はそこそこに、私はすぐに送られてきたパスポートのコピーと、前に届いたスロバキア政府発行のIDカードの画像とを照合した。

私は、最初からアダムのストーリーはこの先、詐欺につながるだろうと疑ってかかっている。しかし、「疑ってかかっている自分」というのが、どれほど危ういものかを知らなかった。

誰かが語るストーリーの真偽をどう判断するか。

真か偽かは、神の視点からみれば、どちらか一方のステイタス(状態)でしかなく、静的(スタティック)なものだ。しかし現実世界を生きる私たちにとっては、そうではない。神の視点を持つことはできない私たちにとっては、「真」と「偽」との間に「疑わしい」という観察結果があり、「疑う」という動的(ダイナミック)なものがついて回る。

「疑う」行為は、「疑わしい」状態を、「真」または「偽」のどちらかに近づけていく営みだ。神ならぬ人の営みである以上、確証バイアスなどによって誤謬が入り込むおそれがある。「詐欺師と連絡をとるのはやめて」「無視して」「ブロックして」という助言は正しい。「連絡をとる」という動的な営みには誤りが入りうる以上、「偽」というラベルを貼ってブロックする(静的な状態に確定する)のが一番良い。届いたメッセージを読むという受動的な行為でさえも、それが行為である以上、誤謬が入り込む危険はある。

私は、前に届いていたアダムのIDカードの画像と、今回届いたパスポートのコピーとを照合した。個人情報が同一人物を示すものになっているかどうか、どこかに偽造の徴候はないかを確かめるつもりだった。

しかし、その結果、「IDカードとパスポートとは一致している」「コピーを見る限りでは偽造、変造のような徴は見つからない」「アダムが最初から言っている住所地(ブラチスラヴァ)で発行されている」などの小さなチェックポイントをクリアすることになった。

危ない。私はこの時点では気づいていなかったが、これはイエス・セット話法に言う「小さなYesの積み重ね」を、自ら行っているのと同じことだ。

イエス・セット話法
最終的に「イエス」という答えを引き出したい大きなテーマ(本題)がある場合に、小さなテーマについて相手が「イエス」と答えられる質問を繰り返すことで信頼関係を醸成し、一貫性の原理を働かせることで、本題についても「ノー」と言いにくくなって「イエス」を引き出せるようになると言われているもの。

アダムが詐欺師なら、一見して疑わしい点があるようなIDカードやパスポートのコピーを送ってくるわけがない。つまり、これらに一見して疑わしい点が見つからないからといって、アダムについて何かが証明されたわけではない。それなのに、これらのコピーを照合する行為によって、まるで必要十分な条件をクリアしたかのように勘違いしてしまう。

こうして、「疑う」行為は次第に、「真」であると判断しうる要素を探す行為に変わってしまう(確証バイアスに陥ってしまう)。IDカードやパスポートのコピーを鵜呑みにしてしまう人より、むしろ「疑ってかかる」人の方が、確証バイアスを強めてしまい、そこに一貫性の原理が加味されて、後戻りできなくなってしまう危険がある。「疑り深い人ほど騙されやすい」という印象批評の実相は、そのようなことだ。

アダムはこのEメールで、説教くさい表現を使っている。前にも「人生経験から云々」という一節があったが、今回も私に何かを教えようという感じのことを言っている。

in life you must always be positive

アダムからのEメールの一節(原文ママ)

国際ロマンス詐欺では、恋愛感情を盛り上げるために、人柄を表すような言葉やエピソードを伝えてくる。アダムと私との関係は恋愛関係になることを想定したものではないだろうが、それとパラレルに、アダムが私に対して、友情やある種の師弟関係のようなものを醸成する表現を用いるのも頷ける。このような表現に心を動かされてはいけない。

アダムは、やはりビデオチャット(テレビ電話)を避けてきた。レッドフラッグだ。私が「マネーロンダリング」について問い質したことについては答えていない。そして、「外交クーリエ便」を使うから私には何も負担はない、申告も納税も必要ない(日本の税関にはバレない)、得た金はビットコインに換えて保有したい、と言っている。ビットコインそのものがレッドフラッグなわけではないが、最近は犯罪収益の送金に暗号通貨を指定してくることが多いというので注意が必要だ。

アダムは、私が日本と台湾に会社を持っていると言ったと認識しているようだ。私は一度も台湾とは言っていない。その上で、私の会社に投資してもいいと言って歓心を買おうとしている。そして、私からの「調査費用1,000USD」の支払い要求については、ごちゃごちゃ言って「払わない」と言っている。私の要求を断る代わりに、「投資してもいい」という代案を出したつもりのようだ。

支離滅裂だが、まだアダムは私に金銭要求をしてきていない。むしろ、私には何もストレスをかけないと主張している。とはいえ、私からの支払い請求とビデオチャットを拒絶している以上、前には進まない。私はアダムに別の提案をすることにした。

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