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密輸の提案を潰す~国際詐欺?顛末 (8)

前のEメールで、アダムは、私からの2つの要求(調査費用1,000USDを送金せよ、ビデオチャット(テレビ電話)をしよう)の両方を断ってきた。私がこれらの要求を引っ込めてアダムの要求(住所、IDのコピー、電話番号を送れ)を飲まない限り、デッドロックだ。私は日本の法規制に合わせた別の提案をすることにした。

私からの提案の概要

1.あなたが外交クーリエ便で税関申告を潜脱しようしていることはわかっている。わかった上で、それでも事前に申告・納税しなければならないと言っているのだ。説明して差し上げよう。

2.日本であなたが200万円以上の金地金を売った場合、買取業者は売主の名前、住所、ID番号、電話番号などの情報を税当局に申告しなければならない。あなたが300㎏もの金地金を日本で売ると、税当局は、突然の大量・高額の取引として目をつけて調査をする。そして、外交クーリエ便だろうが何だろうが、誰がどうやってこの金地金を日本に輸入したかをつきとめて、受取人の私に正規の税を課してくる。そのころ、あなたは日本にいない。私だけが長期間、大きなリスクを負うことになる。

3.だから私は、金地金を日本に輸入するための正規の手続き(事前の申告と10%の消費税納税)をして、自分のリスクをなくしたい。

4.消費税10%は、最終的にはあなたが負担するべきだ。しかしあなたは、今は払えないと言う。私は、あなたのために100万円までであれば立替え払いしてもいい。

5.こうするのはどうだ。

最初に、金地金1㎏を送れ。約1000万円分だ。私はそれを事前に申告して、消費税10%、つまり約100万円を納税して、日本への輸入は適法に行う。

その1㎏の金地金を、日本で売って、約1000万円の現金を得る。買取業者が売主の情報を税当局に申告しても、適法に輸入したものなので問題ない。1000万円のうち、私が立替え払いした消費税分の約100万円、私のコミッションを10%として約100万円を私がもらう。残り約800万円が手元にあることになる。

次に、金地金8㎏を送れ。約8000万円分だ。私はそれを事前に申告して、消費税10%、つまり約800万円を、手元に残った現金で納税する。
その8㎏の金地金を売って約8000万円の現金を得たら、私のコミッション10%=約800万円を差し引いて、手元に約7200万円が残る。

3回目の輸入は、72㎏、約7億2千万円分だ。私はそれを申告、消費税約7200万円を手元の現金で納税する。売却して得た約7億2千万円から私のコミッション約7200万円を差し引いて、手元に6億4千800万円残る。ここまでで、300㎏の金地金のうち、81㎏を日本で売却したことになる。

4回目の輸入は、残りの219㎏、約21億9千万円分だ。消費税は約2億1千900万円なので、手元にある6億4千800万円の中から納税できる。売却して得た約21億9千万円から、私のコミッション約2億1千9百万円を差し引き、あとはあなたがビットコインにでもすればいい。

6.あなたは日本で消費税10%を払うことを想定していなかった(外交クーリエ便で密輸して潜脱するつもりだった)。その分、私のコミッションを30%から10%に減らしているから、あなたにとって損はない。

7.私が調査費用1,000USDの支払いを求めたのは、これまでにたくさんの詐欺メッセージを受け取っているからだ。詐欺の場合、最初は金をくれるようなことを言いながら、最後には逆に金を要求してくる。あなたの話を信じるためには、先に金を送ってもらう必要がある。

8.あなたはこれまで、私の質問に誠実に答えてくれたし、IDカードやパスポートのコピーを送ってくれた。それらは良い徴候だ。しかし、まともなビジネスパーソンなら誰でもわかることだが、それらは盗まれて悪用されることもあるし、偽造されることもある。あなたはまだ、何も証明していない。

9.私が実在の人物であることは、最初にメッセージを送ってきた語学のウェブサイトでわかる。私は実際に日本語のレッスンを行っている。それは、IDのコピーなどより、よほど私の実在性を証明するのに十分だ。

10.私のIDのコピーと一緒に撮影しなくて構わないから、金地金の写真を送ってくれ。

11.あなたはビデオチャットを記録されることを恐れていると言うが、写真や動画でも同じことだ。ビデオチャットでは金地金を見せられないというならそれでもいい。少なくともビデオチャットで話して、あなたのIDカードやパスポートが本物であるかを確かめなければならない。私のSkypeアカウントは■■■■だ。他のビデオチャットを使いたいなら知らせてくれ。

そもそも、「外交クーリエ便(diplomatic courier)」で税関申告を潜脱して、輸出先の内国の住所地にに物品を届けることはできない。外交封印袋(外交パウチ)は、ウィーン条約で合意された税関検査を受けない外交特権だが、それを使って大使館・領事館の外の、外交官以外の人にものを届けることはできない。大使館などに勤務する外交官であれば、外交パウチを使って税関の検査を受けずに内国にいる人物に何かを渡すくらいはできるかもしれないが、300㎏の金地金を運ぶのは不可能だろう。

私は初めから、アダムに対して「そちらが輸出に際して『外交クーリエ便』を使って申告や納税を避けるのは勝手だが、こちらは日本での手続きはきちんとやる。そのために貿易取引の契約書を作れるか」と尋ね、アダムは契約書のドラフトを作ると答えていた。アダムは私が言っていることの意味を理解していないようだ。

そこで、上記2.の説明をした。外交クーリエ便などという国際詐欺によくある虚構に乗ることはできない。

日本では、200万円を超える金地金を買い取る場合、買取業者は、売主の個人情報を記録して支払調書を税務署に提出しなければならない。支払調書が足がかりとなって、税務署はその金地金の売主、出所などを調べるだろう。そうなった場合、輸入時に申告、納税をしていなければ、私が追徴の対象者になってしまう。アダムが言うように「私には何のストレスもかからない」わけではない。

日本に1㎏以上の金地金を輸入する場合は、外為法に従って、事前に税関長の許可を得て、輸入消費税を納税しなければならない。

日本は金地金の取引にも消費税10%がかかる国だ。金地金の売買には消費税がかからない国が多いので、外国で金地金を買って(消費税負担なし)、日本で税関申告・納税をしないで輸入し、日本で消費税込みの価格で売れば、消費税分を利益として懐に入れることができる。たまに空港で金地金の密輸が摘発されるのは、このようなスキームで消費税分を懐に入れる犯罪が横行しているためだ。一種のカルーセル・スキーム(回転木馬取引)とも目されている。

カルーセル・スキーム(回転木馬取引)
狭義では循環取引による税の潜脱スキームで、海外からモノを輸入した際に輸入消費税を納めずにそれを他の業者に消費税分を上乗せして輾転売買し、最終的にモノを買った業者がもとの海外の業者に輸出することで消費税分の還付を受けるもの。本来、納税されるべき消費税を誰も納税せず、最初の輸入消費税の納税がないため、最後に還付された消費税分が国庫財産を毀損すことになる。
関連して、消費税の仕入税額控除の連環が免税事業者によって途切れることも問題視されている。

消費税の仕入税額控除
日本では、業者Aが消費者にモノを売るとき、「本体価格」に10%(通常)の消費税分を上乗せして売る。業者Aにモノを卸した業者Bは、卸価格の中で消費税分を上乗せしているので、業者Aはそのモノについての消費税の一部を既に業者Bに支払い済みである。そこで業者Aは、消費者からもらった消費税分のうち、業者Bに既に支払った分を差し引いて納税すればいいことになっている。これが仕入税額控除で、2023年10月からのインボイス制度の施行によって、従来の免税事業者のあり方についていろいろと議論されている。

私は、金地金の密輸をしたくはない。適法な手続きと納税を行いたい。そこで、上記5.のように、私が日本で輸入消費税分を事前に払える上限を100万円までと設定して、小分けにして輸入することを提案した。

その上で、アダムが長いEメールを送ってくることに敬意を示し、とはいえビデオチャットは必ずしなければならないと指摘して、Skypeの捨てアカウントを教えた。

アダムの言い訳を一つずつ潰すゲームになっている。しかしやはり、具体的に「こうしたらどうか」という提案をするのは、極めて危ない。この時点でアダムは、私に対してまだ、金銭要求はしてきていないし、私がむしろ主導的にアダムの計画の問題点を指摘し、克服策を提案している。自分が主導権をとっていれば騙されることはない。そんな過信が心の陥穽を生むのだ。次回はそのあたりの心の動きを記すことにする。



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