レイヤーの彼女がマジで女神な件

 カメコが付き合い始めたレイヤーがガチで女神だったと言う話。


 俺はまぁしがないサラリーマンだが、一時期気の迷いで美大の写真学科を卒業している。
 それなりに上手い方だと言う自負はあるが、カメラ一本で食っていく度胸がなくて、結局普通の仕事に就いている。
 それでもストックフォトで小遣い稼ぎが出来ているし、カメラはそれなりのモノを手にしている。
 そんな俺が今、コスプレイベントにいるのは、友達が俗に言うカメコをやっているからである。

 個人的にカメコと言う種族が嫌いだ。
 やたら高圧的に間違った知識を披露する人間とか、写真技術よりカメラの性能を語りたい人間、安いカメラを馬鹿にしたり、そのくせ技術がなかったりする。
 挙げ句にコスプレイヤーと問題を起こすヤツがいるともなると、個人的に避けたい人種ではあるのだ。

 大体、カメコと言う言葉はモーターショーでコンパニオンに付き纏ってるアマチュアカメラマンを馬鹿にした業界用語だった筈だ。
 それを喜んで使っていると言うのも癪に障る。

 その友達は、"カメコをやるには性格の良い"人間で、確かに良い写真を撮る男だ。
 尤も知り合ったのが飲み屋で、最初は写真の話なんかしてなかったから、そう言う側面でカメコと言う色眼鏡で見なくて済んだのかもしれない。

 その男は人から頼まれてコスプレイベントに行かなくちゃ行けないのだが、車が前日に故障してしまったそうだ。
 俺はしょうがなしに会場まで連れて行き、「参加費払うから一緒に参加したら?」と言われたのだ。
 食わず嫌いもいけないかと、俺は最新のプロユース機と便利ズームの24-200mmを抱えて"野良カメコ"をやる事にした。

 ただ、ぱっと見た感じ、ロケーションが良い場所が少ない。そもそも天気がイマイチな感じだ。
 別に空を大きく写す必要はないのだが、背景として使えそうなところは大体人が群れていた。

 空がゴロゴロ言っている。降ってきそうな予感だ。
 どうすべきだろうか? さっさと駐車場に戻るべきだろうか?

 そんな時、ジェットコースターの切れ目、曇天が広がるポイントで一人の美人に声を掛けられた。
 こんな美人さんがこんな地方にいるんだと驚いた。
 垂れ耳の意に耳とピンク色のウィッグ、可愛い衣装と杖を手にしている。
 彼女は「この場所で、望遠で撮ってください」と指定してきた。
 俺は「曇り空ですよ?」と言うと、「大丈夫。絶対大丈夫です!」と答えた。
 どう足掻いても背景が白くなるなと思い、俺はやや露出オーバー気味に露出を設定した。
「おっ、いいですねぇ。その笑顔! はい、撮りますよー!」
 俺がシャッターを切った瞬間、衝撃が走った。
 突然の稲光。

 一枚だけなのに、彼女は「ありがとう!」と笑顔で伝えてきた。
 俺はまさかと思い写真を確認すると、満足そうな笑みの背後に綺麗に稲妻が走っている。
「このキャラ、電気使いのキャラなんですよ! あーよかったー!」
 彼女は俺と連絡先を交換すると、「謝礼は払いますから、今度ロケに行きませんか?」と誘ってきた。
 俺は「都合が合えば」と言い、それから別れる事になった。

 彼女の名前は"天野宮ひかり"と言う名前のレイヤーさんで、最近活動を始めたみたいだ。
 自撮りの写真が幾つか載っているだけだった。

 その日は、その一枚以外の写真を撮らなかった。
 雨が降ってきたし、友人の男も頼まれた撮影は済んだらしく、すぐに帰る事になったからだ。
 その男に、今日のレイヤーの話をしたら「知らない子だな」と言うし、「あちこち歩いたけど、そんなベッピンさん見なかったけどな」と首を捻った。
「遠征で来てる子かも知れないね」
 そんな感じで、その日は終わり、俺は現像処理した写真を彼女へ送った。

 その日のうちに彼女は今日の写真をSNSに張り付けると、これが結構バズったのである。
「偶然とは言え完璧」「神がかってる!」
 そんな事を書かれている。
 まぁそう言う偶然を活かすのもプロの仕事ではあるが……

 彼女からの連絡はすぐに入った。
 山でロケをしたいと。見事に予定が空いている。じゃぁ行くか。

 彼女と待ち合わせし、車で山へと向かう。
 彼女の指定の場所は駐車場から整備された歩道が続いている。
 レンズは14-24mmF2.8、24-70mmF2.8を持って来ている。
 今日も天気が悪い。
 彼女は「私、雨女なんですよね」と笑うが「ほら、午後から晴れるそうですよ!」とそんなことは気にしない様子だった。

 歩道の先は崖になっていて、晴れていればさぞかし見晴らしがいいのだなと思える場所だった。
 展望台と言うには狭い場所で、どう撮ろうか悩む。
 いっそのこと、70mmで切り取るか……そんな事を考えていたら、「広角で撮ってください!」と言われた。
 彼女がそう言うならそうでもいいか。謝礼は貰うしな。
 そう思いながらレンズを付け替えていると、急に日が差してきた。
 遠景もどんどん雲が取れてきて、下界の風景が広がっていく。

 俺は驚きすぐに立ち上がると、彼女は完璧なポーズでそこに立っている。
 そして虹が架かり始めた。
 それからはもう時間勝負だ。
 一心不乱に写真を撮る。

 それにしても不思議な虹である。殆ど水平に広がり、そしてもう一つ天頂にも虹がある。
 神秘的な光景だ。
 その構図を生かし切る為に、俺はただただ広角レンズを振り回した。
 彼女は背景の美しさに負けない程の美貌だ。
 これは単に珍しい状況でコスプレ写真を撮ったと言うだけでは済まないぞ!

「良いのが撮れたよ!」
 俺が興奮気味に声を掛けると「でしょう?」と笑った。

 それから駐車場へ戻り、ノートパソコンで開いた写真を一枚一枚点検していく。
 どれも傑作だが、彼女は印象的な一枚を選び「これだけでいいよ」と微笑んだ。

 すぐに現像した写真はそのまま彼女のアカウントで公開された。
 環水平アークと言うそうだ。そこそこレアな気象現象らしい。

 これはこの前の雷以上にバズったのだが、こんなにもバズることが連続すると、コラージュじゃないかという疑惑が出てくる。
 そういう訳で、俺は彼女に許可を得てRawファイルを公開した。
 Rawファイルとはデジタルカメラが画像データを写真の形にする前のデータである。
 無加工を確認する専門のソフトウェアが世の中にあり、「ほんまか?」と疑った人が自主的に確認してくれた。

 これが無加工だと知られると余計に写真はバズるのだ。
 なんと海外のニュース番組にまで取り上げられるまであったのだ。

 その後、彼女と海辺で見事な金床雲を写真を撮ったと思えば、幻日との写真も撮影した。
 彼女と撮影に行くと百発百中でレア気象現象が起こる。
 でも、それについて俺から何を言うことも出来ない。

 一応、俺のアカウントのリンクが張られるけど、世の中は写っているその人に注目する。
 そういうものだ。別に不満はない。
 カメラマンの仕事なんて大体そういうものだ。
 でも、彼女は何だかんだで俺が嬉しくなるような褒め方をしてくれる。
 彼女も写真の心得があるのか、構図の完璧さ、露出の正確さを喜ぶ。

「貴方を選んで本当に良かった」
 彼女が柔和な笑顔を見せる。
「私が普通の人間じゃないって気付いているんでしょう?」

 彼女は俺以外のカメコと連むことはなかった。
 俺を積極的にロケへと誘う。
 こんな美人が俺なんかと。

「私さ……あんまり詳しい言わないけど……古事記に書いてある系女子でさ……」
 そんなにさらっと伝説的な事を言われても困る。
「まぁそんな事だからよろしくね!」

 それから秋にはキツネキャラのコスプレをした。
 紅葉の茂る参道で撮影すればベストなタイミングで風が吹き、邪魔な雑草は萎れた。
「その……女神様が他の神様の格好するのマズくないですか?」
 そう言うと彼女はひとしきり笑い、「私、結構エラいから大丈夫」と言う。

 古事記に出てきてエライってかなり絞られそうだ。
「それは伊勢神宮に祀られてますか?」
 俺がアキネーターをマネしていじってみると、「君ぃ、人の実家の話をするんじゃないよ」と言われたり、ある時「お、鍾乳洞あるじゃん! ロケしようぜ?」と笑うと、「世界的に大事になるけどいいよ」と笑った。

 流石に鍾乳洞ロケはしなかったが、その日は見事なブロッケン現象で撮影をした。

 そして冬だ。
「雪降った程度じゃロケやめないから絶対にスタッドレスとチェーンは用意しろよ!」
 と念を押される。

 例によって天候は悪くない。
 順調に山道を上がり、ペンションへ行き着く。
「いやぁ、流石に冬に車で着替えるのはしんどいしね!」
 そんな声に俺は「えっ!? 寒かったりするの?」と驚くと、「寒いよ! こちとらコス写に命賭けてるんだよ!」とキレられた。
 賭けてる命の重さがデカすぎるが……

 宿はスキー場へと向かう客がよく使うそうだが、問題のスキー場へ向かう道が雪崩で大変な事になったらしくて、客は俺と彼女だけになっていた。
「違う違う! 偶然だから!? そんな、自分の趣味で雪崩起こす神様嫌でしょ?」
 今までが今までだろ! と言いたくなったが黙っておいた。流石に女神様を泣かせたら神罰が下る。

 ペンションから歩いてすぐにお寺さんがあるので、許可を取って撮影する。
 手入れの行き届いた石段と、周囲の杉林積もる雪は、静寂の中に美があった。
 それを損なわず、飲み込まれず、彼女は美しく佇んでいる。
 今回は和服での撮影で、その着付けは一人でテキパキ出来たし、着崩れる事はなかった。
 明らかに彼女の時代ではないけれど、その瞬間は確実に江戸時代であった。
 しんしんと降り積もる雪は、その撮影の過酷さを増した。手足の感覚が怪しくなるが、彼女を含めた世界の美に飲まれてしまう。

「はーい、終了!」
 彼女は出し抜けに声を上げた。
「お、おう」
「あのね、君、このままだと凍傷だよ?」
 女神様は俺の手を包み込んでくれた。
 温かい……頭や肩に雪が積もっているのに温かい。
 雪は止んでいる。

 休憩を挟み、次はペンション近くのキャンプ場でドレスの撮影だ。
 冬キャンプをしている人が目を見張る"涼しい"格好で彼女は登場した。
「氷の女神のコスだよ!」
 「太陽の女神のするコスじゃねぇだろう!」と突っ込むと、「あれれ? 白人が和服着ると文化盗用とか言う手合いかな?」とニヤリとされた。

 ブラックジョークはそこそこに、彼女は寒がっているのでさっさと撮影する。
 キャンプ場には小川が流れているのだが、その脇で撮影する。
 撮影を開始すると、彼女は今まで震えて縮こまっていたのが嘘のようにポーズを決める。
 それも完璧で揺るぎのないポーズだ。

 俺は必死で撮影を続けるけど、彼女は次々に構図を変えていく。
 遂には、凍りかけた小川に足を踏み入れる。
 俺が止めたところでどうにかなる女神様じゃない。
 俺は命を賭けてシャッターを切った。
 一発で命が百秒縮むぞと言い聞かせ、必死にベストショットを狙った。
 そして自分の命が一時間縮む前に彼女に声を掛ける。
「そろそろ終わりにしよう」

 水から上がった彼女は「つめたーい!」とはしゃぐが、俺が足をタオルで拭くと、仄かな暖かさと太陽の香りが臭ってくる。
「露骨な人間アピールやめませんか?」
「きみぃ。私も気を遣ってるんだよ?」
 彼女は少しむくれた。
「ごめんなさい……」
「でも……途中で止めてくれたのは嬉しかったかな?」
 女神様は温かい手で俺を引っ張って行った。

 それからペンションに泊る。
「女神と茵を共にする気持ちはどう?」
 ニヤリとする。
「ベッドは二つですよ?」
 冷静に答えると「新しい神様作る気にならない?」と笑う。
「写真の神様の父になりたいんじゃなくて、写真の神様になりたいんですよ」
 俺がつっけんどんに返すと、「それって炎上案件じゃない? 誰が最高な写真家だなんて」と笑われた。
「でも」
 彼女はひとしきり笑ってから付け足す。
「でもさ、君のそういうところ、私は好きだよ。
 これからも良い写真撮ってね?
 期待してるんだから」


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