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「World Is Myself」第14話(第5章)

**1幕**

「わたしは、貴方だよ」

 目の前の女性の言葉に、わたしは顔をしかめた。

「意味がわかりません」

 当然だ。わたしは、1人しかいない。
 同じ顔をしているからといって、同意するつもりはない。

「もう一度聞きます。貴方はどこのどなたですか?」

 女性は、ふふふ、とわたしの言葉を一笑した。そのタイミングでわたしたちの様子に気づいたスノウちゃんが割って入ってきた。

「さち様、下がってください」
「驚かせるつもりも警戒させるつもりもなかったけど、そうだよね。突然話しかけられたら、警戒するか。うん、素直に謝るね。ごめんなさい」

 拍子抜けするほどあっさりと謝罪された。

「お姉さんの目的は、何ですかー?」

 静観していた歌絵が声をかけた。
 いつものゆったりした口調の中に相手を計ろうとする意思を感じる。

「私は、今の状況を変えたいと思っているだけだよ。当事者である貴方だけが知らない不公平と、現実を知ったときどうなるのかの興味も含めてね」
「今の状況?」
「ええ、貴方は疑問に思ったことはない?あまりに音沙汰が無さすぎる母親の存在に」
「……それはまあ、でも、そんなものかと」
「はは、達観しすぎだよ。仮にも余命が近い娘を普通は、放っておかないでしょ」
「そんなこと言われても、現実にそういう親がいるわけだし…。今更、そんな一般論を言われても、ムカつくだけだよ」

 そもそも、他人に言われたくはない。
 私が明らかな敵意を女性に向けると怯えた顔をして、びくりと身体を震わせた。

「べ、別に貴方を怒らせたいわけじゃないんだよ。ちょっと、ミステリアスな雰囲気をだそうとしただけだもん……」

 なにやら、目の前で肩をおとすどころが地に手をつけて落ち込み始めた。ちょっと可哀想に思えて、私も腰を落として声をかけた。

「えっと…、こちらこそ警戒心一杯で対応してごめんなさい。わたしも貴方を探していたので、話を聞かせていただけると嬉しいです」

 わたしの声がけに女性はガバッと顔をあげて、

「ほんと!私が教えられることは話してあげる。私も貴方と話したかったからね」
「それですよ、わたしのこと知っていたんですか?」
「勿論、待ってたよ」

 わからないことだらけだけど、まずは話を聞かないと始まらなさそうだ。

「分かりました、でも、ひとつだけお願いがあります」
「なに?」
「ここにいる全員で話を聞きに行ってもいいですか?」
「んー、わかった、いいよ。でも、話は私と一対一で聞いてから自分から話した方がいいと思う」
「どうして?」
「全てを伝えるべきか選べるから。選べる自由は、持っておいたほうが無難だよ」
「いや、みんなにも聞いてもらいたいんだ」
「君がそういうのなら任せるよ」

 女性は小さくため息をついた。話がまとまったので後ろを振り返り、みんなの方を向いた。

「ごめん、勝手に話をまとめちゃった。コウさんと歌絵も良かったら付いてきて欲しい」

 みんな初めからそのつもりだったのか、そこまで表情に変化はなく、頷いてくれた。

「さち、勿論付いて行きますよ」
「乗りかかった船だし、私も一緒にいくわ」
「2人ともありがとう」
「私には聞いてくれないのですね」

 どこか、むっとした声でスノウちゃんが横から声をあげた。

「ごめんね、スノウちゃんは付いてきてくれると思ってたから」
「勿論ついていきますが、それとこれとは別です」
「そうだね、スノウちゃんも付いてきてね」
「はい、どこまでも」

 当然と言わんばかりの言葉と態度に、心が温かくなって笑ってしまった。

「きみは眩しいね……」

 ボソリと呟くように女性が発したその言葉がさちの耳に届くことはなかった。

****

 そうして、5人で訪れたのが娯楽エリアから居住エリアへ向かう扉の前だった。
 そこは扉とは名ばかりに、ただ長い水路が続いているだけの場所。

 女性が徐ろに前に立つと、手を伸ばした。
 すると、空に手があたり5本の指と手のひらが光り、何か認証しているような様子が見られた。
 少し待っていると、目の前に扉ほどのサイズの水が競り上がった。

 女性が入るよ、と言って先導しようとした。
 そのタイミングで、『あ、そうだ』と口にした。

「私は、アイ、『新井 愛』よろしくね」

 それだけ口にして中に入って行った。
 わたしは愛を信じて、その背中を追いかけて水の中へ入っていった。

****

 水の扉の中は思ったよりすぐに終わった。
 水とは言っても見た目だけで濡れることはなかったので、映像だけのカモフラージュになっていたみたいだ。

 水を抜けた先には、別世界が広がっていた。

 これまでの煉瓦造りの家とは異なり、日本の住宅地のようにシンプルな作りの2階建住宅が立ち並んでいる。

 まるで現実世界のような光景に呆気にとられた。
 住宅が碁盤の目のように綺麗に並んでいるのは、あたかも日本の一般的な住宅街のそれだった。現実と違う点としては、家同士の距離が少し離れていて道路が広いところだ。

「ここにどのくらいの人が住んでいるんですか?」
「どうかな、正確な人数とか聞いたことはないけど、町レベルで人の交流があるくらいはいると思うよ」
「そうなんですね、ちなみに公園とかもあるんですか?」
「うん、どこかにあるはずだよ」
「そう、ですか」
「さち様?」

 スノウちゃんがわたしの様子がおかしいと思ったのか声をかけてきた。

「わたし、ここに来たことがあるような気がして。既視感があるの」
「その理由も思い出せるかもしれないよ。こっちが私の家だから来て」

 愛さんが自身のモニターを叩くと、リムジン
が現れた。中は、広々としていてシートも柔らかい。

 運転席はなく、わたしたちが乗ったところで自動でドアが閉まり、出発した。

「私が到着場所を指定すると、勝手に移動してくれるの」
「居住エリアでは、車も使えるんですね」
「車だけじゃないよ、希望したら人力車とかも乗れる」
「凄いけど、その気持ちはよく分からないです」

 苦笑する愛さんを横目に外を眺めていると、確かに多様な乗り物に乗った人が見える。

 ここは別世界だと改めて感じて、既視感を覚える自分に不安を覚えてきた。

「さて、ここにいるみんなは、全員居住エリアへ来たのが初めてと考えていいですよね?」

 愛さんの言葉に全員が首を縦に振った。

「じゃあ、いくつかの注意点と禁止事項を伝えておくね。破ると即退場の上、2度と足を踏み入れられないから気をつけて」

 それほど重たい罰が課せられる程の注意点とはなんだろう。

「まず大前提として、ここに暮らしている人の3分の1は生きている人間ではなく、クローンアバターまたは擬似アバターって呼ばれている AIとして作られた人格なの」
「クローンアバターって、本人の人格をコピーした知能を持たないアバターのことじゃないの?」
「一般的に流通している技術で作られたものはそうだよ。ただ、ここで使われている技術は外に出されていない。ある1人の天才によって生み出されて制限なく人格を生み出す技術によって作られた生きたAIと共存している世界。それがここ、ニライカナイだよ」
「1人の天才?」
「橘 コウ。VIWを作った開発者の1人で実質的な責任者であり、君の母親だよ」
「え?お母さんってそんなことしてた人なの?」
「知らなかったの?」
「うん、母さんと家でそんな話したことなかったし、離婚して会えなくなったし」
「言えなかった理由があったのかもね。とはいえ、そんな君の母親のお陰でこの世界は成り立ってるわけだけど、クローンアバターはその中でも際立って異質と言える技術なんだ。それは、ある特定の人の仮想空間内での発言、行動、表情をもとに感情まで予想再現し、その人の未来まで含めて創造することが可能になった」
「そんな大発明をどうして、公開しないの?」
「それは、やりたいことがあったからじゃないかな」
「やりたいこと?」
「あまり突っ込まないで。私も詳しくはないから。細かい話しはついてから別の人がしてくれるけど、このエリアにいる人、クローンアバターは誰かの亡くなった家族や恋人が多いわ」
「それが死者を生き返らせる研究ってことですか?」
「内容だけ聞くとそういうことになるんじゃないかな」

 母さんはどうして、そんな研究をしていたのだろう。答えは出なかった。

「クローンアバターは、自分が作られた人間だと知らない。だから、決してそのことを口にすることは許されない。これが大きなルール。ここで暮らす人がタブーとしていることだから、全員これを守ってね。クローンアバターの思考には一定の制限が設けられてるから、自分から気づくことはないけど、知ってしまったら存在自体を消去されるから」

 勿論、破るつもりはないので全員に視線を送って、みんな頷いた。

「よろしくね。あと、細かい注意点が2つ。1つ、勝手に私の家以外を動き回らないで。2つ、元の娯楽エリアに戻る時はもう一度同じ場所から戻る必要があるからこれも私に声をかけて。じゃあ、そろそろ着くから降りようか」

 ある家の目の前で車が止まった。
 そこは二階建ての真っ白な壁で作られたガラスなどがなくて中の様子が窺えないまるで外界との交流を閉ざすことを目的としたような家だった。

 特に周りには、他の住宅の姿はなく少し離れた郊外に作られていることがわかる。

 ただ、庭には家庭菜園が育てられて、カボチャやさつまいも、人参などが植えられていて家庭的な雰囲気も感じられる。

「話しは通してあるからみんな正面から入っていいよ」

 愛がそう告げると、自動で正面玄関のドアが開いた。わたしたちは揃って中に入ると、また自動的にドアが閉まった。

 中に入ると、玄関先は開けて吹き抜けになっている。靴を脱ぐ場所もなく、そのまま中に入っていいようだ。

「全く、こんな大人数の来客連れてきて…。歓迎するだけの準備もする気もないぞ」

 そう言って、目の前の奥の部屋から1人の男性が姿を現した。眼鏡に腰まである長い黒髪に白衣を身にまとい、目の下にクマを作っている。

「ああ、お前はさちか。それなら、相手をする気も起きるかもな」
「わたしのことを知っているんですか?」
「覚えていないか。俺は、アライ。VIWをお前の母親と作った1人だ」
「そうなんですね、実はこれまでにこの世界で会った方も含めてどこかで会ったことがある気がしていて…」
「…それはこの後話してやる。お前は自分の母親が何をしているのか知っているのか?」
「いえ、知りません」
「面倒臭いが話してやるよ。このワールドが生まれた成り立ちと俺たちの関係を、っておいそこにいるのはコウじゃないのか?」

 アライさんが指を指した先にはコウさんがいた。
 みんながコウさんに視線が向かう中で、困ったような顔をしたコウさんは、
「私は、5年前より以前の記憶がないんですよ。知能という点では、全てを忘れているわけじゃないんですが純粋に過去の記録がすっぽり抜けている感じです」

 加えて、「あと、指を指すのは失礼です」と、人差し指を立てて指摘した。

「ふん、ということは、自分が何者なのかも理解していないということか。ただ、コウと名前がついていることは無関係ではないと思うけどな。了解した、じゃあ、改めて教えてやるよ。ニライカナイとお前の母親について」
「お願いします」

 わたしたちは、アライさんに促されるまま、客間に通された。
 そこには高そうな調度品や時計、絵画などが飾られていて、長方形の分厚いガラステーブルを挟んで茶色と黄色を基調とした美しい柄の生地のソファが設置されている。

 未来を見た時に、見えた部屋に近い気がする。

 こちらの人数が多いため、正面のソファにアライさん、愛さん、コウさん、こちらにわたしとスノウちゃんと歌絵が座った。
 わたしたちの前にお茶がコースターに乗って置かれた。

「遡るのは、15年前からか。さち、お前が生まれた年だ。コウ、俺、ウッド、ハルカ、カナタ、カイ、そして、」

「シスター」

その名前が出た時、わたしの中で何かが繋がって行くのを感じる。

「この7人がVIWの開発メンバーだった」

 ごくりと生唾を飲んだ。
 緊張しているんだ。
 まだ、序盤なのにドキドキしてきた。

 わたしは、アライさんに視線を合わせて次の言葉に耳を傾けた。
 15話へ続く

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