「World is Myself」 Side Story 〜歌絵&淳〜4

**第5話** 

 リムジンに乗りこむと、見た目通り広くて快適なシートが口の字のようにあって、目の前にはテーブルが設置されていた。

 歌絵の目の前に、紅茶が置かれる。

「コーヒーの方が良かったかい?」
「私が紅茶を好きなこと知ってていってますよねー」

 どこまで把握したうえでの行動なのか、気になる。
 だけど、この人はどんなことでも納得してしまいそうな不思議な雰囲気がある。

 歌絵は紅茶に口をつけながら、自分がこんなにも他人に打ち解ける日が来るなんて思いもしなかったなとしみじみと考えていた。

「紅茶一杯でさっきの辱めを許すつもりはないですよー」

 じとーっと刺すような視線を向けて、不服なことを伝えた。

「あれは、君を辱めることが目的じゃないよ。君が学校に通えるようになるための手段の1つだ」
「どういう意味ですかー?」
「椎山くんは、普通の人が人に対して怖いと感じるのは、どのようなときだと思う?」
「…わかりません」
「それは、相手が自分と逸脱した考えの持ち主でその考えていることが分からないときだ」
「……」
「人は分からない事に恐怖を覚える。なら、その恐怖を出来るだけ、無くすにはどうしたらいいか?」
「自分と考えが近いことを、理解してもらう、ですか?」
「その通りだ。だが、言葉で伝えたところでそれを信じるものは少数だろう。だから、もっとも都合がいいのは、弱みを見せることだ」

 ここにきて、淳の意図が歌絵にも伝わった。

「君が僕に見せてくれる普通の子と変わらない姿は、何よりも君の中での弱さに他ならないだろう。だから、あえてあのような呼び方をさせてもらった」

 うんうん、と満足そうにうなづく淳。

「理屈は分かりましたけどー、ぜっったいほかにも手段ありましたよね?」
「だから、手段の1つだよ」

 悪びれる様子のない淳に、舌を出してあかんべーをした。
 こちらは、火が出そうなほど恥ずかしかったのだ。
 理由は分かったので、この話はここで終えることにして、頭を切り替える。

「それで、私をどこに連れて行くのですかー?」
「ああ、そうだね。ついてから知った方がいいと思うからあえて伝えないが、ここから20分ほどの距離だ」
「それって、私が行ったことのある場所ってことですかー?」
「そうだね」

 肯定した淳を見ながら、複雑な表情を歌絵は浮かべた。

「信じていいのですよね、あ、淳…」
「ああ、信じてくれ」

 その言葉を最後に2人での車中での会話はなかった。

****

 予告通り、約20分ほどで車が停車してドアが開放された。
 外に出ると、そこが住宅地であるのか周りに住宅が多く立ち並んでいた。

 確かに言われた通り、見覚えがある場所だった。
 そして、周りを見渡していると、1つの答えに辿り着いた。

「ここって…」

 自然に早足になって、少しアスファルトの道路を進んだ先に思っていた通りの場所があった。そこは、住宅地の間にあるひらけた場所だ。草木が茂り、ブランコなどいくつかの遊具が設置されている。

「やっぱり…」

 ここは、私が10歳のときに母を亡くした場所。動悸が早くなる。淳はここで何をしようとしているのだろう。

 歌絵の様子を見た淳が両手で歌絵の手を握り、眼鏡のようなものを歌絵につけた。

「大丈夫だ、僕を信じて欲しい」

 淳が歌絵に声をかけた後、顔を上げた淳は手元の時計に向けて声を投げかけた。

「よし、映像を流してくれ!」

 途端に辺りの情景が上書きされるように見えていたものが一変していく。草木の生え方など少しずつだが、見えていた風景に違いが生まれ、道路の方に目をやると1人の少女がいた。

 先ほどのものは、ARゴーグルに近いものだったようだ。

 少女は、猫の動きに釣られて公園へと向かい、その近くにいた歌絵の母親が少女の後を追う。

「私だ…」

 歌絵は目を覆いたくなるが、見ないといけないことを察していた。ここで母親が車に轢かれるのだと思い、注視していたが何も起きずに歌絵の母親は歌絵の隣まで来た。

「え……」

 予想していない展開だった。
 目を輝かせながら絵を描くことに夢中になっている歌絵を隣でニコニコと眺めている。

 今のままなら、あんなことは起きないはずだ。
 しばらく隣で見ていた歌絵の母親が徐ろに立ち上がって、道路を見ると1匹の子犬がヨロヨロと歩いていた。

 そこに車が近づいている。
 歌絵の母親が走り始める。

 やめて…、ママ!

 止めたくて手を伸ばすも、映像だから空を切った。

 犬の元に間に合い、逃すことには成功したが運転手は前を見ていない。

 停車することなく、ガッ、と鈍い音と共に母の身体が宙を舞った。

 そして、母を轢いた車は倒れた母に目もくれずそのまま走り去っていった。

 母が轢かれた音が聞こえたからか、偶然か、当時の歌絵は事故が起きた直後に集中状態から戻ってきた。

 その後は、歌絵が記憶している通りで歌絵の母親は間に合わずに亡くなった。

 救急車で病院へ歌絵の母親が搬送されるところまでで映像は終わった。

「お母さんを殺したのは、私じゃ、なかった…」
「やはり、君は勘違いをしていたのか」
「やはりって?淳は、どうしてこの事故のことを知っているのですかー?」
「ああ、順を追って説明しよう」

 歌絵につけていたARグラスを外して、淳は目線を合わせて説明を始めた。

****

「お嬢さんのことを私に任せたい?」

 淳が問うと、正面に座る男性、椎山 音也が首を縦に振った。

「ああ、手前勝手な願いで大変恐縮ですが、お礼もさせていただきますので」
「顔をお上げください」

 自分よりも、15は歳が上の男性に頭を下げられるのは慣れていても嬉しいものではない。

 淳は、音也に対して改めて確認を行うことにした。

「話を整理させてください。音也様の御息女の歌絵さんが、お母様が亡くなられてから1人の世界に入り込むようになり、学校も通わずに動物園に日々行くようになってしまっている。その娘さんを私に任せて学校へ復帰させてやりたいとそう考えられていると思ってよろしいでしょうか?」
「概ね、そのように考えていただいて問題ございません」
「わかりました、では、3点だけご質問してもよろしいでしょうか?」
「はい、何なりと」
「では、どうして父親である貴方がその役を担わないのですか?」

 音也は目を瞑り、想い馳せるように表情を歪ませた。

「私は、娘から逃げ続けてきました。妻に全て任せて、話もほとんどしてきたことがありません。きっと、私の言葉を無条件に信用せず、彼女自身を私のことを拒むでしょう。加えて彼女は、母親以外心を開いた相手がいない。私よりも、貴方のように聡明で優しい方のほうが心を開くと思うのです」
「理由は分かりました。ただし、娘さんが心開くかは彼女次第なので確約はできかねます。続いて、娘さんと会話してこなかったとのことですが、事件のことについて彼女に説明されたりはしましたでしょうか?」
「いえ、何も。病院で会ったときも、互いに口を閉ざしていたので」
「分かりました、では最後の質問です。仮に私が彼女を連れ出せた場合に、彼女と直接会話していただきたい。その勇気はおありですか?これは必要なことです」

 淳の言葉に音也は、目を見開き、しばし目を閉じて頭を抱え考え込んだ後に、

「承知しました。娘にとって必要なことであるならば」

 快諾を取り、改めて淳は引き受けることを口にした。

 音也が去った後に、部屋には淳だけが残された。そこに1人の女性が顔を覗かせて、不機嫌そうな表情でこちらに視線を送っている。

 女性は両耳のうえに、ダンゴのように髪を結んで束ねている。髪色も明るい緑色でかなり特徴的な髪型をしている。

「今のが話してた境大臣の紹介でいらっしゃった方ですか?」
「ああ、そうだね」
「まさか、あんな個人的な悩みを受ける気ですか?」
「僕はそのつもりだよ」

 すると、女性は先ほどより、顔をしかめた。

「淳総理ー、じょうきょーわかってますー?ねー、貴方だけしか出来ないこといっっっぱいあるのにどうして他人様の家庭問題に首を突っ込むかなぁ」
「そう言わないでくれよ、カナエ。国民の生活を守ることが僕らの役目なんだ。1人だろうと、多人数だろうとその本質は変わらない。助けを求める人には手を差し伸べよう」
「本当にそれだけですかー?いっつも、よくわからない理由で私の仕事を増やすんですから」

 文句は言っても、言われた仕事はこなす。
 それが淳の秘書、カナエのポリシーだ。

「それで連れ戻すための策はあるのですか?」
「そうだな、まずは歌絵自身のことについて調べるのと歌絵の母親が事故にあったときの映像を集めようか。あの辺りにも、複数の監視カメラが設置されているはずだ」
「分かりました、大統領としての仕事もお忘れなきようお願いしますよ。雑務と会議は、いつも通りAIアバターにやらせて後ほど結果を報告します」
「わかった、よろしく頼むよ」

 淳が手を振ると、仕事モードに切り替わったカナエが頭を下げ、大統領室を後にした。

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