「エスカレーター」
夢を見たんだ。
彼は言った。
明るい、昼の日差しの中で。
「俺は長いエスカレーターに乗っていて、どこかに着くのを待っていた。でも、終わりはいつまでも見えなくて」
歩いてみてもだめなんだ。降りることさえ出来ないんだ。
口角を上げて冷たく笑う。私は彼の手を握った。
「でも最後にやっと出口が見えたんだ。ほっとして駆け上がったけど、そこには何もないんだ」
ただ、がらんとした明るくて白い部屋に、辿り着いただけだった。そこには窓もなく、冷たい空気が広がっていた。
「部屋の端に何かが落ちているのを見つけて、近くに寄って見たんだ。そしたら」
それは鳥の死骸だった。
いつも輝いていた彼の目は、暗く重く黒に沈んでいた。
「ねえ、休みなよ」
ゴールが光って見えないなんて、らしくないこと言わないで。
今の彼を見ているのは辛かった。キラキラした顔で語られる話を聞いているのが好きだったから。
「休んでるんだけどね。仕事も減らしたし、夜は早く寝てるし」
弱々しく笑う。実際彼は仕事を半分にしていたし、夜も23時にはベッドに入っていた。二週間前、医者に言われた通りに。
でも彼の受けた傷は、何一つとして治っちゃいないのだ。
「わかった。じゃあさ」
逆走してやればいいんだよ。
私の発したその言葉に、彼は驚いたように眉を潜めた。
「逆走…?」
「うん。やってみたいと思ったことない?」
小学生の頃とかに。上りのエスカレーターを駆け下りるの。
「地面が自分と逆方向に動いていくんだ。あれはなかなか面白いよ」
「やったことあるのか」
バレた、という顔をしていたらしい。彼は突然吹き出した。
「その言い方じゃあな。へえ、逆走ねえ。思いつかなかったな」
くくく、と笑いをもらす。私が好きな、いたずらっ子のような笑い方。
「ありがとう、今度夢に見たら試してみるよ」
彼の目が黒々と輝いていた。
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