【タル空】演じゆく、心の赴くままに 前編

海灯祭で、雲菫に新作の劇のモデル兼原作者、後に演者と剣舞を頼まれる空くんのお話です。

出演キャラ
雲菫
申鶴さん他名前だけ登場のキャラ多数

推しキャラに他のキャラの衣装を着せたい病が、またまた発症した結果です…

※ 魔神任務間章、風立ちし鶴の帰郷とそれまでの魔神任務クリア後前提なのでネタバレあり
※クリア後読みを推奨
クリア前に読んでしまっても苦情は受け付けないのでご了承下さい。

※ 舞台や劇は見る専、演じる側は知識ゼロの筆者がノリと勢いと趣味全開で書いたお話です
その為、諸々の描写が素人感丸出しかつ分かりづらさ全開ですが、どうか、ご了承ください…
・劇の演出や小道具等も願望込みの捏造だらけ
・久々に長い文章を書いたせいか、かなり読みづらい…←猛反省

注意
※空くんが髪を下ろしていてなおかつ(少々アレンジされた)別のキャラの衣装を着ています
(この時点で抵抗がある方は読むのをお控えください)
・空くんが諸事情により仮面をつけて、尚且つ、喋りません
・今回はタルタリヤあんまり出ません
・仕様で服の描写が特に長い

参考資料

・魔神任務 間章 風立ちし鶴の帰郷
及びそれまでの魔神任務
・テーマPV「真珠の歌」
・公式PV『テイワット』メインストーリーチャプターPV「足跡」
・ストーリームービー「神女劈観」

・イベント 帰らぬ熄星から華々しき流年まで
・海灯祭2022 雲菫のセリフ
・黄金屋キービジュアルの蛍ちゃんのポーズ

・雲菫 プロフィール・ボイス・実戦紹介及びチュートリアル動画
・劇中の人——『原神』雲菫創作の裏話

・2021年 エイプリルフール双子ちゃん
・公式様イラスト集 特典の色紙に描かれていた分厚いコート姿のタルタリヤイラスト

※初出 2022年5月20日 pixiv


軽策荘にて。

外の景色がだんだん暗くなりつつある中、一際目立つ建物の中にある大広間の周囲を大勢の老人や子供が集っていた。皆、嬉々とした表情を浮かべながら和気藹々とした雰囲気を醸し出している。

それもそのはずだ。

何せ本日の軽策荘では、人気役者である雲菫が特別公演を披露する予定なのだ。海灯祭の期間ということで、璃月港から遠く離れたこの場所でも皆が楽しめるように、という雲菫の計らいらしい。

普段であれば、璃月港にある和裕茶館にて、雲菫をはじめとする雲翰社に属する役者達が璃月劇をやっている時間帯だ。それを璃月港の労働者が仕事終わりに寄って見るのが通例となっている。加えて、人気役者である雲菫の芝居はなかなか見られないことも珍しくはない。その甲斐もあって、今、この場にいる老人や子供は、その雲菫の芝居が見られる…、と今か今かと待ち構えているのだ。

普段大広間にある椅子に加えて、軽策荘中の家々から集められたのか、椅子がずらりと並べられており、老人や背の低い子供を中心に座っている。

(結構、観に来ている人が居るな…)

そんな大広間に集まる老人や子供をやや不安そうな表情で見守るのは、長い金髪を三つ編みに結んだ旅人の少年、空である。しかし、普段とは違う格好をしていた。いや、正確に言えば、"被っている"ものが普段と違う。真っ白な大きな布にその華奢な身体をすっぽりと収めていて、その身に纏うのは、普段の黒を基調とした旅人装束とはまた違う衣装であった。

『少女は家族を探す旅へと出ました…。』

(! 始まったのか…)

よく通る声が大広間にこだまして、周囲のざわめきが収まる。喋っているのは、役者たる少女、雲菫である。開けた場所でありながらも、声が真っ直ぐに響いている…。その芸当は並大抵の役者が出来ることではないものだ。素人目からでも、雲菫がそれだけ優れた役者であると証明していることが分かった。空が居る場所からでもよく聞こえる。しかし…

(やっぱり、ここからじゃよく見えないな…)

空が居る位置からは雲菫の後頭部が少し見えるばかりだ。心のうちで残念そうに本音を漏らしながらも、仕方ないことだと割り切った。何せ…

現在、空がいる場所は、大広間は大広間でも、大きな照明のところに待機しているからだ。

照明に脚をかけながら、時折バランスを取って、タイミングを今か今かと待っている。

タイミング…、それは、黄昏時から照明がつくのに変わる僅かな間のみ。

それは、空に与えられた最初の関門でもあった。幸い、雲菫もそれに合わせて合図を送る手筈になっているが、油断はできない。その瞬間を決して見逃さないように、空は改めて身構えた。

(我ながら、よくこんな演出にしたよな…)

そう心の内で呟きながら、背中に若干冷や汗が流れるのを感じた。どうやら思っている以上に緊張しているようだ。

何故、こんな場所にいるのか。

何故、このような状況になっているのか。

合図を見逃さないようにしながら、空は頭の片隅でことの経緯について思い返す。

ことの始まりは、数日前に遡る…。

"新作の劇で、貴方をモデルにしてもよろしいでしょうか?"

それは、雲菫からの頼み事だった。

詳細を聞けば、どうやら海灯祭の期間中に先輩役者である若心から、軽策荘で老人や子供達に新作の劇を観せてほしい、と頼まれたらしい。二つ返事で引き受けた雲菫は、題材をどうしようかと悩んでいた時に、今年の海灯祭とは違うことをしようと励む刻晴を手伝っている旅人の少年の姿を見た、という人の話を聞いて、空のことを思い浮かべたらしい。

今年の海灯祭は、今までと違う催しとなっている。特に最大の目玉である花火大会は、刻晴の尽力もあって、璃月港から遠く離れた軽策荘の人々も見られるように、花火の装置を配置するほどの徹底ぶりだ。

その甲斐もあって、花火大会は盛大に盛り上がった。その盛況ぶりは、空は勿論のこと、雲菫もそれを辛炎と共に目の当たりにしているのを見た。

それに負けぬように、そして、花火大会で感じ取った興奮を忘れぬうちに…、と雲菫は気合いを入れているようだ。

幸いなことに、若心からは海灯祭の期間内であれば新作の劇の題材やそれをやるタイミングは任せる、と言われていたので、時間はあるみたいだ。

どうでしょうか、と尋ねる雲菫に、そもそも何故空のこと、もといその旅路を題材に選んだのか、理由を尋ねた。そして雲菫から申鶴の名が出たことに納得がいった。何故なら…

雲菫の父親が書いた劇"神女劈観"に登場する少女のモデル、それが申鶴であったからだ。

海灯祭が開かれる以前、群玉閣再建に凝光が必要な物を取って来た者に質問を設ける場を与える、という時に申鶴と出会ったのだ。

動きやすさを重視した黒、それと控えめに存在する白、それを彩るかのようにところどころ着けた赤紐…、とまるで鶴のようなたおやかな印象を受ける衣装を身に纏っていた。また、その赤紐は服装のみならず、白い角と黒い羽毛、そして金細工の花を合わせたような独特な髪飾りをつけた彼女のやや太めの三つ編みに結んだ毛先にほんのり黒髪が残る白髪をも氷元素の神の目と共に結ぶ紐として使われていた。雪原に降り立つ鶴…。それを全身で体現したかのような女性、それが申鶴であった。

成熟した女性…でありながら、その虹色に煌めく不思議な色合いの瞳にどこかあどけなさを滲ませた浮世離れした雰囲気を持っている彼女の協力を得ながら、再建に必要なものを揃えていったのだ。その途中、同じく参加していた北斗に、雲菫を紹介されたのが出会いのきっかけであった。また、"神女劈観"の話やそのモデルが申鶴だと発覚したのも、交流を深めていく過程で知り得たのである。

また、その後、璃月港を訪れた留雲借風真君からも、必然的に申鶴の過去を知ることになった。その経緯を知った上で、彼女を"友"として迎え入れた空達は、紆余曲折を経て無事に再建に必要なものを揃えられて、群玉閣は再建されたのであった。

その後、約束通り質問の場を設けられて、凝光に質問をしたり、復活した魔神オセルの妻であり最後の追従者である渦の余威、跋掣。それを撃退する防衛戦にも加わった。それには、申鶴の貢献も大きかった。璃月港の再度の危機を脱した空達は、再建された新たな群玉閣で雲菫の劇を見たのだ。

その劇は、今までの"神女劈観"に一筆加えらたとても素晴らしいものになった。

そうした経験を踏まえて、雲菫はそれ以降、劇の物語のモデルを頼む際には、細心の注意を払う為、こうして本人に許可を得ることにしたらしい。それも兼ねて、また、更なる活躍で璃月の危機を救った空をモデルに劇をやりたい、ということらしい。

その選出理由は、何も空が活躍をしている、というだけに留まらない。璃月港や軽策荘に貼られている尋ね人の張り紙を見たのも理由のひとつだと言う。

海灯祭は、本来であれば霄灯に願いを込めて、それを夜空へと飛ばすのだ。去年、空が訪れた際にもそう説明されたので、それは重々承知していることであった。だが、今年は違う催しのため、霄灯作りは行っていない。それを知った空はそれはそれはがっかりしたものだ。

その落ち込む姿を目撃した人の話。
それから、尋ね人の張り紙…。

それらを照らし合わせて、今年は霄灯を飛ばせなかったから、願いを込める機会が無かったのではないか、と雲菫は推測したらしい。ならば、劇にてそれを行えばいいのではないか、と話を持ちかけてくれたようだ。

それに開催するとなれば、もし、空が探している家族…、双子の妹である蛍が、海灯祭に来ていれば、こちらに来てくれるかもしれない、とほんの僅かな希望を込めて、新作の劇の題材として空の旅路をモデルにしたい…、という話のようだ。

理由を聞いて、雲菫の配慮と思いやり…。それに胸を打たれた空は、それならば…、と改めて了承の返答をした。それを聞いた雲菫は、笑顔を浮かべた。空も、もし、蛍が来てくれたなら…、と僅かばかりの期待を込めることにした。

そこからは、短い期間での詰め込み作業が始まったのである。

雲菫が途中まで書いたという脚本を読んで、こうしたほうがいいんじゃないか?と、空は割と細かく指示を出した。雲菫は、モデル兼原作者として、空の意見を尊重しながら、役者としてのアドバイスもして、それに感心しながら空も構想を練っていく…。

そうして試行錯誤を重ねながらも出来上がった脚本に、雲菫は本当にこれでいいのでしょうか?と尋ねた。何故なら…

空の旅を題材にしながらも、主人公は"少女"であったからだ。

それに、空は首を縦に振って、うん、これでいいんだ、と告げた。旅人さんがいいならいいのですが…と半ば納得したような雲菫の瞳には、空がどことなく寂しげにしているように見えた。

しかし、それも無理はないだろう。何故なら…

空は、自身の旅を"蛍"に置き換えて、物語の構想をしていたからだ。

脳裏をよぎるのは、蛍が捕らえられた瞬間の光景だった。

あの時、もし見知らぬ神に捕らえられたのが、自分だったら?

また、もしそうなっていたら、もしかしたら
蛍が、手がかりを探す旅をしていたかもしれない。

今の自分のように…。

そう考え出したら、もう答えは出ていた。

なら、"蛍"を主人公にした物語にしよう、と。

そこからまた準備が始まったのだが、驚くべきは雲菫の柔軟かつ的確な対応力だろう。さらに短い期間ながらも、役者達との打ち合わせ、劇に必要な衣装の迅速なる製作依頼、さらには稽古や演出…。あまりにも、手早い対応に、流石は人気役者だ…、と空は感心していた。

これなら、劇も無事に出来そうだ。

そうすれば、もしかすれば、特等席で舞台を拝見できるかもしれない。

そう、空が内心胸を躍らせていた中、トラブルが発生した。

いよいよ劇を5日前に控えた日。

空と雲菫が最終打ち合わせをしている最中、慌てて駆け寄った役者が、主役となる役者2人が怪我をしてしまった、と告げた。事情を聞けば、1人は足を捻ってしまい、もう1人は腕を疲労骨折してしまったようだ。

慌てて報告してくれた役者が言うには、張り切って練習に挑んだ結果、熱が入りすぎてしまいその無理がたたってしまったらしい。医者が言うには、全治におおよそ3週間ほどかかるようだ。

どうしてそんなに、と尋ねれば、どうやら役者2人にとって、空は憧れの存在らしくその物語を演じることができるならば…、と張り切ってしまったらしい。困り果てた時に考え込んでいた雲菫が提案を出した。

空本人が演じるのはどうか、と…。

驚く空に、雲菫は冷静に言葉を紡いだ。幸いにも、空も稽古に半ば参加する形で、剣舞を練習しており、語りの言葉やセリフも覚えている。だから、どうでしょうか、と雲菫は尋ねた(後で聞いたのだが、このことを聞いて怪我をした役者2人も空本人が演じることに、怪我をしながらも今にも跳び上がりそうなほどに喜んだという。それを伝えた役者は怪我のことを配慮して、慌てて止めたらしいが…)。確かに一理あることではある。しかし、問題があった。それは…

劇の主人公が"少女"であることだ。

演じるにしても衣装やセリフをどうするか、それにいくらなんでも物語のモデル本人が演じるのはどうなのか。

問題がさらに増えたその時、雲菫からこんな提案がされた。

"では、衣装を少し手直ししましょう"

"セリフは喋らずに剣舞に集中しましょう"

"正体を隠す為に、仮面をつけましょう"

雲菫が出した三つの提案によって、あっという間に、空の懸念と問題は解決したのであった。そうと決まれば…と、その後、急速に準備を進められた。

そして、現在に至るのである。

(まさか、こんなところで自分の首を絞めるなんてな…)

自分のあれこれとこだわった演出、それをまさか自分が行うとは…。それに、どちらかと言えば見たいほうだった、と自業自得な気持ちと残念な気持ち、半々が入り混じった複雑な気持ちを抱きながら、外の景色をちらりと見る。そろそろ陽が落ちる寸前のようで、一際濃い黄昏色が空へと広がっている。

それと同時に…

『そして、少女は…。』

雲菫の声が一層響き渡る。それは合図のタイミングの直前でもあるセリフでもあった。

(まぁ、やるしかないな…)
スッ
タッ

改めて決意した空は、正体を隠す為の仮面を目元へと着けて、照明から手を離して下へと降り立った。


軽策荘にある大広間にて。

黄昏色に染まりゆくその周囲には、子供や老人、それに混じる少数の若者などがひしめき合っている。

軽策荘は、電力節約の為に夜になれば、家々の照明は殆ど消えてしまう。しかし、この大広間となれば話は別だ。管理人たる若心がいる故か、この場所は夜でも昼間でも変わらない明るさを保っている。

スッ
『皆々様、本日はお集まり頂きありがとうございます。』

透き通るような凛とした声が大広間にこだました瞬間、周囲の観衆のざわめきは一斉に止まる。

声の主は、前髪も含めたきっちりと切り揃えられた黒髪に、瑪瑙色の瞳を舞台化粧の一部であるやや濃い色の目張りに彩っている雲翰社の代表及び人気役者たる少女、雲菫だ。

向かって左に金飾り、向かって右に岩元素の神の目を付けた薄桃色の独特な形をしたケープを着込み、暗紫色を基調としたところどころに薄紫色のラインと薄錆浅葱色の模様、それを彩る紺色と薄桃色の小さなリボンに裾に控えめに広がるフリルが付いたひざ丈のワンピース、その腹部には黒いコルセットにスタッズと赤いリボン、そして錠の形をした銅の飾り、それらを付けたものを身に纏っている。

また、そのワンピースの色合いと似たボンネットに、白、水色、薄桃色の毛玉飾りに翎子、雲肩と赤い飾り紐と方勝紋の意匠をあしらった金細工が付いていて、その下から黒から水色のグラデーションがかかる髪を二束、三つ編みに結んでいる。

『一夜限りの劇ではございますが、どうか最後まで見て頂けると私共も嬉しく思います。』
ペコッ

パチパチパチ!

更に続けられた言葉と会釈に、観客は心待ちにしていました!といわんばかりの喜びの拍手を送った。

スッ
『本日、お話致しますのは、旅をするある1人の少女の物語…。』
クル…

下げていた頭を上げて語り出す雲菫の凛と透き通るような声…。それが始まってからは、拍手を止めて、一言一句聴き逃すまい、と観客はそっと耳をそばたてる。その反応を観客に気付かれない程度に様子を見やった雲菫は、大広間をゆっくりと歩き始める。

『あるところに、とても仲睦まじい兄妹が居ました。』
スッ…
スッ…

ゆっくり、ゆっくり、ぐるりと大広間を一周するかのように、雲菫はその薄紫色のタイツと暗紫色のブーツを履いた脚を歩ませていく。その様ですら、役者たる彼女のたおやかな仕草が見て取れるので大したものだ。

しかし…

『高貴なる身分でありながら、人々に寄り添う優しい兄妹で民からも人気がありました。』

だんだんと周囲にざわめきが起きてくる。だが、それも無理はないだろう。てっきり雲菫が劇をやるのかと思いきやただ大広間を歩いて物語を朗読しているだけだからだ。

無論、それだけでも見栄えはするのだが、肝心の新作の劇、というのは、もしかしたら朗読劇だっだのだろうか…、折角滅多に見られない雲菫の芝居による劇が見られると思ったのに…。そんな風に、観客が落胆する気配がうっすらと漂ってくる。

そう思って離れようとする者達を若心が止めた。

若心も劇の内容のことは知らない。何の劇で、どういう物語になるのか、当日になるまで雲菫本人にも確認は決してしなかったのだ。それに、若心は雲菫の手腕を信じているのだ。きっと、柔軟かつ斬新な発想で観客を魅了してくれるはず…、そう確信していたからだ。

管理人である若心に止められた者達は、そこまでいうのなら…と渋々戻っていく。その様に、若心が安堵からにっこりと微笑んでいると…

ピタッ
『しかし、ある日突然、2人を天から遣わされた使いが引き離してしまいます。』
バッ

大広間を一周して、最初の位置に戻った雲菫は脚を止めて凛とした声から一転して、途中、観客へ向けて右手を真横へ振り上げながら、鋭い声で叫んだ。叫ぶ、といっても、より正確にいうならば、雲菫は声を張り上げているのではなく、そう聴こえると観客に錯覚してしまうほどに声を響かせているのだ。その証拠に、彼女はそのうっすらと紅が引かれた唇を必要以上に開けているわけではない。

それにも関わらずこれだけはっきりと聞こえるのは、彼女自身が欠かさず稽古をしている故だ。しかし、その努力を決して観客に悟らせまいと優雅に振る舞う様は、流石人気役者である、といえるだろう。

『突然、兄を奪われた少女は、悲しみに暮れました…。』

『しかし、兄を見つける為に、蝶よ花よと愛でられた少女は旅をする決意をするのです!』

『例えそれが苦難の旅だとしても、ただ待つばかりでいることを拒んだ少女は、周囲の反対を押し切って行動に出ました。』

緩急をつけて語られる口調、その増していく緊迫感を汲み取った観客は聞き入っていく。それは、雲菫の声と語りだけではない。物語の主人公たる"少女"にも次第に興味を惹かれ始めているからだ。

何故、"兄"は奪われたのか?

何故、他の者に任せるわけではなく、"少女"自身が旅に出る決意をしたのか?

一体、何が、そこまで"少女"を雁立たせるのか?

観客が物語へと好奇心を向けていくと同時に、明るかった空はだんだん暗くなってきて、大広間を黄昏色へと染めていく。

やがて、日没から夜へと変わる寸前、一層暗くなったタイミングで…

『そして、少女は…。』

ふわっ

言い終わるか終わらないかという瞬間、天井から白い布が現れた。いや、正確には、白い布を被った"何者か"だ。

クルッ
パッ

観客が、突然現れた"何者か"へ驚きのざわめきが起こるのを気にせずに、その"何者か"はその場を回り始める。動体視力と観察力に長けている者であれば、脚の向きで反時計回りに回るのが分かるだろう。しかし、観客はただただ驚くばかりで、そこまで気にする余裕などなかった。

そんな観客の反応やざわめきを気にせずに、その"何者か"のつま先の位置が観客に向きかけた。それと同時に…

スッ
『剣を取る覚悟を決めたのです!』
バッ

どこからか剣を取り出した雲菫が、一際張り上げた鋭い声と共に剣を空中へと投げた。見慣れぬ形をした剣は、投げられたことにより白い布を被った"何者か"へと向かって弧を描いてゆく。

パッ

バサッ!

照明がついて、大広間が一際明るくなると同時に、"何者か"の回転が終わりかけて布が取り払われる音が響いた。暗くなりつつあった外と急についた人工的な明るさ、その明るさの相違によって、観客は暫し目を瞬かせた。

ほんの一瞬。

その空間に、姿を現したのは…

真っ白な一輪の花だった。

そう錯覚してしまうほどに、突如現れた長い金髪を揺らす見慣れぬ演者は、純白を基調とする衣装を纏っていた。

前は膝丈、後ろは足首まである長さ…、その前後で長さが違う独特のワンピースドレスは、ほんのり水色がかった白色をしていてまるで空の青さを反射する雲のようである。

ところどころに星々の煌めきを映し出した意匠が施されている様は、まるで昼間に浮かぶ星々のように、見ることは難しいけれどそこには確かに存在している、そんな意匠が込められていた。

また、そのふわりと広がる裾から伸びるすらりとした脚は、身に纏ったワンピースドレス同じく白いパンツ、さらに、底が限りなく平たい左右外側に羽根飾りがついた灰色がかったショートブーツによって包まれていた。

しかし、その白が際立つ色合いの中にも、黒を使用しているのが垣間見える。

それは例えば、水色のラインと中央が橙色に彩られた流れ星、それがデザインされた淡い色の向かって左が前になった合わせ目になった襟元から始まって、中央を真ん中が橙色、左右が水色の菱形で三つ連なったようなマークと独特な形のリボンが合わさった羽根を模したようなケープ、その合間から見える背中から両脇腹付近を真っ白なドレスの胴体部分とで二重構造になっている上半身を覆うコルセットに。

あるいは腹部の中央にある星と鷲などの猛禽類の目と嘴を模したような金細工から始まるワンピースドレスの裾と一等星の輝きを模したような金飾りの合間に。

またあるいは白く長く時折結んだアームウォーマーの中で、親指だけを露出させて、後は手の甲から、その隙間に見える、肘、さらには、二の腕部分にベルトが連なるように覆われたアームウォーマーの中に、黒は存在していた。

しかし、それらを以ってしても一際目を引くのは…

演者の顔が旧貴族のしつけシリーズの仮面に覆われていることだ。

さらに付け加えるとするなら、唯一曝け出されるであろうその目元すら、金色の繊細なレースで以て、演者の瞳を薄らと見せているのだった。

あの演者は、一体誰なのか?

何故、仮面で隠しているのか??

そんな疑問が歓客の頭をよぎった。同時に、演者の持つそのミステリアスさが観客の興味を強く惹きつけた。

パシッ
バサッ

ふわっ…

幻想的でどこが儚げな雰囲気を醸し出す演者は、観客が見惚れているのも気にせずに、布を取り払って上空へ振り上げたままになっていた右手で剣を取った。同時に、雲菫が空中に漂っていた真っ白な布を優美な動きで受け止めた。

重力に従って、演者の長い金髪と真っ白なワンピースドレスの裾がふわりと落ちゆく。照明に照らされた金髪は、周囲にキラキラと光の粒子をまるで妖精の鱗粉のように振り撒いている…、そんな風に見えた。

『こうして少女は旅へと出たのです…。』

スッ
フワッ

ビュッ
ヒュンッ

そう静かに雲菫が告げると、演者はワンピースドレスの裾を翻して、その場で剣舞を披露した。まるでダンスをするかのように、観客に背を向けて、後ろ右脚を軸に左脚を上げながら右へと、そう思えば、今度は真正面に向き直りながら、左脚を軸に低い位置へと膝を曲げて、右脚を伸ばしながら剣を持つ右手も伸ばす…。

そうした動きをしながら、今度は伸ばしていた右脚を弧を描きながら半回転しながら立ち上がる、といった動きを以って、軽やかにステップを踏んで、尚且つ、手にした剣で時折空中を切り裂くように、前へ突き刺すような仕草をしている。

まるで、"少女"が旅での出会いを楽しむ傍ら、時折旅を邪魔する輩を切り裂いている、そんな光景を掻き立てられた。

また、この剣舞を見た観客は、困惑と疑問で頭がいっぱいになっていた。先程まで幻想的でどこが儚げな雰囲気を醸し出していた演者が、突然、少し荒々しくも見える剣舞を披露したからだ。

"少女"を演じているのだから、演者も同じく少女だろう。

長くて綺麗な金髪だから、きっと美しいだろう。

だが、あのしなやかながらも力強い動き、少女があれほどまでに動けるのだろうか。

そう、仮面を着けていることで、演者自身の正体が分からないのは勿論のこと、剣舞やステップを踏む度に、揺れるワンピースドレスの裾と長い金髪も相まって、演者自身の性をひどく曖昧なものにしていたのだ。そんな倒錯感を引き立たせている演者に、俄然、観客は釘付けとなっていた。

さらにいえば、温かな色合いをした長い金髪とそれを彩る向かって右、つまり左側の髪に挿した花弁の1枚が水色をしている二輪の花飾り…、それが演者を飾り立てる魅力になっていると同時に、仮面を着けているとはいえ、それが違和感無く似合ってしまう演者自身が、相当の美貌の持ち主だと窺わせる。それが、観客の好奇心をますます掻き立てた。

"演じてるのは、一体誰なんだ??"

その様に、観客はさらなる好奇心を駆り立てられて、演者へとますます注目を向けるのだった。

(最初の印象は、これでばっちり掴んだ…、筈だ)

演者…、いや、真っ白な衣装を身に纏って剣舞を披露する空は、仮面越しから観客の反応を見ながら、剣を握る手にほんの僅かに力を込めた。ステップに夢中になりすぎて、手から剣がこぼれ落ちないようにする為だ。劇に剣舞を提案した身として、そんな失態を犯すのは絶対に避けねばならぬことだった。

雲菫が投げた後に、受け取ったこの剣は空自身の持つ武器の中で、1番手に馴染む感覚がある降臨の剣である。不思議なことに、こちらの世界に来た時から所持しているこの剣は、これまた不思議なことに、持っていると空自身に眠る力が湧き上がってくるような気がするのだ。それゆえに愛用している剣でもあり、幾たびも試練を共に乗り越えてきた。だからこそ、持っている武器のうち剣舞に使えそうな剣として、この剣を今回の劇に活用することにしたのだ。

"物語の人物に自身を重ねること"

それは、雲菫から芝居をする上で大事なことのひとつとして聞いていたことだった。今回の劇で、剣舞を取り入れたのは、空の旅の半分は寄り添ってきたと言っても過言ではないこの降臨の剣、それを本来、演じるはずであった役者に振るって貰うことで、旅をする"少女"を演じて貰いたかったからだ。

さらに、その上で、空自身の気持ちも役者に話せば、より一層リアリティを増した"少女"を演じて貰える…、そういう狙いがあったからだ。

(まさか、自分が演じることになるとは思わなかったけど…)

内心途方に暮れながらも、真っ白な衣装に身を包んだ空は演ずるがままにステップを踏んだ。

この真っ白な衣装は、蛍の纏う真っ白な旅人装束を模したものでありこの劇の最大の見せ所でもあった。本来であれば、演じるであろう役者に着てもらって、演じている様を見る…。そのはずだったが、空が演じることなった為、空に合わせて調整をされた特注品になった。

この衣装は、見た目の華やかさとは裏腹に、激しい動きにも対応するほど軽やかに、かつ破れにくいものとなっている。それに、雲菫の手直しと配慮により空の正体を隠しつつ露出度が控えめになったことで、もしかして、女装になるのではないか…? と身構えていた空の気持ちも幾分か軽くなったことには感謝してもし足りない。

最初は気恥ずかしかったが、慣れてくればしっくり来るし、何より蛍と似た衣装を纏っていることが嬉しかった。まぁ、本来の役者の方が、似合っていただろうが…(無論、それは、空の無自覚でそう思ってうるだけだが、大層似合っている)。

さらにいえば、仮面の下のレースも特殊なものである。正体を隠す為に、雲菫に断られるか、と内心冷や汗を掻きながら提案したのだがそれならいいものがあります!と出されたのがこのレースであった。スメール産の糸で編まれたこのレースは特殊なものらしく傍から見れば見えにくいように見えるだろう。だが、実は、着けた者側から見れば何もつけていない状態と変わりなく見える代物なのだ。

また、それだけでなく空自身の技能も遺憾なく発揮している。

脚先に微かに風元素を纏わせるやり方は、風元素の力を応用させたものだ(この格好に着替えてから、劇が始まる準備の最中、素早くモンドの七天神像のワープポイントに行って、風元素の加護を身に纏うまで、誰かに見られないか気が気でなかったが…)。これがあったからこそ、先程、照明から大広間の床へと着地した時にも活用できたのだ。

この風元素の力とも、テイワットに来てから大分長い付き合いとなっている。その中で、戦闘以外で何か技を習得できたら、と少しずつ空が身につけていった技のひとつである。

それが、微かに身に纏わせて身軽に振る舞うことだった。

それを踏まえながら、左脚をやや斜め右上に出す。それを軸に半回転しながら、剣を持つ手を右手から左手に置き換える。回転が終わったその瞬間、立ち姿が右脚を左奥に向かって少し上げた状態になるように、上半身をやや右手前に傾けるようにして右手を奥に引っ込める。そうしながら、雲菫の次の語りに身構えるのだった。

『その旅の過程で、少女は様々な経験をしました。』

『自由の国では、本当の自由の意味を知りました。』

ヒラッ

演者が軽やからながらも時折激しく舞う中で、雲菫がそう語り出すと同時に、どこからともなく花びらが舞い落ちる。右往左往にどこか自由に舞う花びらは、まるで、風神の司る"風"の如く透き通った翡翠色をしていた。

たんっ

ヒュンッ
ふわっ

右側へと舞い落ちゆく花びら、その真下へとステップを踏みながら演者は軽やかに近付いていって、剣を空中へと振るった。その動きで、空気の流れが変わった影響を受けた翡翠色の花びらは、ひらり、ひらりと翻弄されるように舞ってゆく。

『契約の国では、契約の重さを知りました。』

ヒラッ
ヒラッ

続けて発せられたその声と共に、翡翠色の花びらが落ちた場所、そのやや奥から、黄金(こがね)色の花びらが舞い落ちてゆく。それは、さながら岩神こと岩王帝君の司る"岩"の如く堅牢な黄金色をしていた。

たたんっ

ヒュッ、ヒュンッ
ふわっ

同時に、演者はまたもその真下へと翡翠色の花びらを数枚、まるで、お供のように引き連れながら先程と同じように剣を空中へと振るった。しかし、今度は、やや短めに振るった後に、勢いゆく振るう、とほんの少し緩急をつけているように見えた。

翡翠色と黄金色。

2色の花びらを周囲に漂わせながらステップを踏むその様は、まるで花畑にて戯れる無邪気な姿そのもので、そこで旅の疲れを癒している"少女"の姿を彷彿とさせた。普段は"兄"に再会する使命の為、凛と振る舞いながらも、その一方で、"少女"が本来が持つ無垢な姿を束の間の休息にて、やや無防備にさらけ出している…、その様を見事に表現している。

また、独特な踏み方をするステップも見慣れないないもので、それが、観客の目線をますます釘付けにしていた。

(まさかここで、送仙儀式の時のことが役立つとわな…)

翡翠色と黄金色、2種類の色の花びらと戯れるように舞いながら、空はそう考えていた。

この演出に関しては、送仙儀式の準備の最中、その儀式に必要なもののひとつである凧を準備している時に、鍾離が七国の象徴たる理念を説明しているところを参考にしたのだ。

その話を、旅をしてきた国のことを思い浮かべながら記憶と重ねていく。

そうすることで、同じく旅をする"少女"に感情移入することができて、よりよい演技ができる。

"物語の人物に感情移入すること"

それも、雲菫から芝居をする上で大事なことのひとつとして聞いていたことであった。ステップを踏むことと剣舞に集中しながらも、空は旅の道中を思い出していく。

モンドの自由。

この世界に来て、最初に訪れた国。

テイワット大陸にて、最初に出会ったパイモン、そして、道中出会った偵察騎士、アンバーに案内されるも、風魔龍という災厄に悩まされていた西風騎士団に手を貸すこととなった空は、紆余曲折を経ながらも仲間達の協力により解決した。

その後、謎の吟遊詩人の少年、ウェンティが、実は風神バルバトスであることを知った。彼が知り得る全てのことを聞いた空は、次なる街、璃月を目指すことになる。

璃月の契約。

モンドの次に訪れた国。

ウェンティから、隣国である璃月で1年に一度、岩神モラクス、もとい岩王帝君が、璃月港の次の1年の神託を下す為に降臨するという迎仙儀式が近々開催される、と聞いて慌てて駆け込んだのだ。

しかし、その最中、何者かによって帝君は殺害された。

その予期せぬ事態に、迎仙儀式が中断されて取り調べをする千岩軍に、特殊な身分故、逃れようとする空とパイモンは窮地に陥る。

この時、助けてくれたのが、彼との最初の出会いのきっかけであった。

脳裏にメッシュの入った柔らかな茶髪に存在感ある仮面、マフラーに似た装飾を揺らしながら、右腰に水元素の神の目を煌めかせて、悪戯っぽく微笑む彼の姿…。

そんな光景が浮かび上がってきた。

(って、今はあいつは関係ない!!)

"少女"の気持ちに寄り添うはずが、いつの間にか、彼の姿が思い浮かんできた…。その考えを振り払うように、僅かに首を横に振って空はやや力強くステップを踏み出した。

たんっ!

チラリ…
『永遠の国では、求める永遠の意味を塗り替えました。』

ヒラッ

ヒュンッ!

くるくる

パシッ

たたっ、
たんっ

ホッ…
(大丈夫そうですね…)

演者、もとい空が踏んだやや力強いステップを気にして、観客に気付かれない程度に雲菫は目を忍ばせる。黄金色の花びらからやや左手前に舞い落ちる紫色の花びらへと向かって、演者は剣を空中に投げる。弧を描きながら花びらと戯れる剣が落ちるまでに、2回転してから剣を取って少し駆け出しながらも軽やかさを損なわないステップを踏んだ。そんな空の様子に内心ほっとする。

それに、この独特なステップは雲菫が今まで習っていた稽古のものとはまた違った新鮮さがあり、語りに集中しながらもそれに魅入っていた。それは、雲菫のみならず観客も同じようで、空に釘付けになっている。この場において、間違いなく空は見る者全てを魅了していると言っても過言ではない。

(これも、貴方が旅で得た経験からなせるものなのですね…)

見惚れながらも、空のステップを注意深く見ながら次の語りの言葉を紡ぐ準備をする。

ヒュンッ

ふわっ
ふわぁっ

空気の流れが変わったことで、翻弄されるように舞う紫色の花びら。それは、さながら雷神の司る"雷"の如く最勝な紫色をしていた。

そんな花びらを剣先で弄ぶようにしながら、空は思考を"少女"に寄り添うように、再び自身が旅をした先で起きた出来事を思い浮かべていく。

この時には、まだ稲妻は遠い国のようであり想像がつかなかった。

璃月での危機が去って、客卿である青年、鍾離が、実は岩王帝君こと、岩神モラクスであったことを知った後に、彼から稲妻のことについて聞いたのだ。

鎖国による稲妻の情勢。
1年前から行われている神の目を奪う目狩り令…。

二国を旅した空からすれば、どれも聞き慣れないものばかりだった。

途中、謎多き青年ダインスレイヴとの出会いや予想だにしていなかった蛍との再会…。

また、突如出現した謎の島々で、稲妻から流れ着いたカラクリを目にした…。

それらの旅を経てから、空とパイモンが唯一知る稲妻出身の知人、竺子の話を聞いてから、訪れた北斗の南十字船隊で、稲妻出身の万葉と出会い、稲妻への旅路が困難であることを再認識した。だが、それを承知の上で、稲妻へと訪れたのだ。

だが、実際に行ってみれば、その国を統治する雷神…。元は2柱で1柱の神であったが、失った片割れの神を想うあまりに、残された1柱の神の悲しみによって静止しかけていた。

それによって、真綿に首を絞められるように苦しむ人々…。

ただ、神から話を聞きたいだけだった空は、いつの間にか人助けへと協力することになり、それによって得た仲間達の協力もあって、雷神バアルゼブルこと雷電将軍、もとい影を説得して稲妻に平和をもたらしたのだ。

チラ…
(これも、何とか形になっているな…)

その旅路を思い返しながら、観客の反応を盗み見る。自分が今踏んでいるステップが受け入れられている気配を感じ取って、内心安堵する。

今回の劇に取り入れたこの踏むステップは、禹歩と呼ばれる陰陽道の一種を取り入れたものであった。稲妻に出現した謎の秘境、陰陽寮で出会った式大将から教わったものだ。陰陽寮が閉じられて、消滅を待つ間、パイモンが漏らした疑問に式大将は紙の身体を懸命に動かしながら、禹歩をパイモンに教えていたことを思い出す。

(まさか、それがこんなところで役に立つとはな…)

懸命に覚えようと空中でステップを踏むパイモンの姿、それを見て好奇心が湧いた空は、いつか何かの役に立つかもしれない…。そう思って、詳細を書物にて調べたのだ。今思えば、そんな自分を我ながら誉めたい気分だ。また、元の由来は璃月由来のものだと知った時は、驚きと共に不思議と納得したものだ。

何故なら、陰陽寮は璃月へ赴いて仙道を学んだ晴之介によって作られたものだからだ。

それを雲菫に提案した後、短期間ながらみっちり叩き込まれたステップと組合わせた独特の足踏みにて表現している(その結果、回転とステップを多めに加えた禹歩の原型が僅かにしか残らない独特のものになったが…)。また、そのステップを踏みながら、大広間の建物、その枠組みに設置された場所に仕組んだ七色の花びらを落とす演出にしたのだ。

七国を花びらで表現したのにも意味がある。

此度の海灯祭の前年…。
つまりは、初めて海灯祭を訪れた際に霄灯を作ったこと。

モンドの風花(ウィンドブルーム)祭で、多大な貢献をした"風花祭のスター"として花を選んだこと。

月逐い祭にて人々の温かみを知ったこと。

それらの祭での経験を通して、花びらに願いを込めて、また観客に温かな気持ちになって貰いたかったからだ。

観客から見えない位置にある花びらは、雲菫が語り終わる寸前に、空が剣先に微かに風元素を纏わせて、それを振るうことによって落ちる仕組みになっている。この仕組みによって、剣を振る度に花びらが舞う、という演出を生み出すことに成功したのだ。

問題は、最初の翡翠色の花びらであった。

着地をしてから、何歩かステップ、それに剣舞を披露しながら、剣先に微かに纏わせた風元素を時間差で花びらが落ちるように、花びらの方向へ振るう。最初の花びらをクリアすれば、後は剣舞によって、他の花びらも風に当たることで追随するように落ちていく手筈だ。

チャンスは一度だけ。

それも、何とか成功へと導けたのでよかった、そう安堵に胸を撫で下ろしたものだ。

また、舞う花びら達の色は、霓霎花をそれぞれ七国の司る元素の色に当てはめて染め上げたものだ。花びらを染める、という高度の技術は流石に無理かと思ったが、大丈夫です、そういうのが得意な知り合いに心当たりがあります、と得意げにいう雲菫が辛炎を連れてきた時には、大層驚いた。何でも刺繍が得意だという彼女は、その延長線上として、染色も得意だというのだ。そのことを思い浮かべながらも、空は、次なる花びらへと意識を向けた。

『知恵の国では、知識の叡智を授かりました。』

ヒラリ…

大広間にある仕切り板の前を花びらは落ちてゆく。

スメールを模したそれは、ほとんど葉の色に近い緑になっている。まだ会ったことはないが、さながら、それは、草神の司る"草"の如く叡智を思わせる緑色をしているのだろう。

次なる目的地たるそこには、どんなことが待ち構えているのだろうか。三国を旅してきたが、草元素の神の目を持つ者を白朮以外で見たことは未だにない。それほどまで、スメールは未知の国であった。

す…、たたっ

ビュンッ
ふわ、ふわ

その戸惑いを"少女"の心の揺らぎに重ね合わせるように一瞬止まった後、やや足取りを緩めて、剣先で花びらを遊ばせる。

少しの不安を胸に残しながら、期待するように。

その気持ちが"少女"の気持ちにのるように、空はステップを踏みながら花びらと舞い踊る。

『正義の国では、揺るぎない心を知りました。』

ヒラッ

仕切り板から観客の方へと向かうやや左手前に花びらは落ちる。

フォンテーヌを模したそれは、深い青に染まっている。さながら水神の司る"水"の如く澄明な深い青色をしている。

音楽や芸術が盛んで、今まで手にしてきた品々もその国の技術で作られたものが多分に含まれる。そんな技術力がある国は一体どんな国なのだろうか。

すすすっ、たたんっ

くるっ

ビュンッ
ふわ、ふわ

少し距離が離れていた為に、ややステップを多めにしながら向かう。その分、回転を加えてから花びらに剣先を向けて水の軽やかさをイメージする。

『戦争の国では、敗者と勝者の痛み、苦しみ、そして喜びを知りました。』

ヒラッ
ヒラッ

さらに左手前に花びらは落ちる。

ナタを模したそれは、燃えるような赤に染まっている。さながら炎神の司る"炎"の如く炎願な赤色をしている。

霓霎花自体が赤に近い色なので、そこへさらに赤へと染めるのはどうなのか…。そう思ったが、劇ではこれくらいのほうが映えます、と言った雲菫の言葉に従ってよかったと思った。これくらいの鮮明な赤色なら遠くに居る観客にも見えるだろう。それを見ながら、まだ知らぬ国、ナタを思う。稲妻で聞いた温泉がある国…。目的を果たした後に、それを堪能するのも悪くはないと思う。

ぐっ
すたんっ!

ビュッ!
ふわ…

やや踏み込んでから一気に花びらへと向かい、今までの渾身の力で持って剣先を向ける。戦争の理念を空なりに解釈したつもりだ。

『そして…、高潔な国では、冷え切った心をの中に眠る愛を見つけました。』

ヒラッ

演者がステップを踏み始めた地点に、まるで空を迎えるように花びらは落ちていく。

スネージナヤを模したそれは、薄氷色に染まっている。さながら氷神の司る"氷"の如く哀切な薄氷色をしている。

まだ、行ったことがないとても遠い国…。だが、鍾離の"神の心"を引き換えに交わした"契約"、各地に居るファデュイやその関係者から聞く話で、水面下で準備を整えている気配を感じ取らせる。特に"契約"に関しては、一体何を引き換えにしたのか検討がつかず思い返しては背筋が凍るような薄寒さに襲われる。

たたたんっ
すたっ

くるっ

ヒュッ
ふわ、ふわ

今までの動きを取り入れるように、ステップ、回転、そして弧を描くようにして花びらを弄んでいく。

(あの時、鍾離先生がなんで言葉を濁したのか、何となく分かる気がする…)

スネージナヤを模した薄氷色の花びらを見ながら、空は台本のスネージナヤの理念の言葉をどうするのか、雲菫と最後まで悩んだことを思い浮かべる。

何故なら、七国を模した凧の説明をした時に、スネージナヤに対しては、唯一、鍾離が言葉を濁したからだ。

だから、スネージナヤに関する花びらの色や言葉の部分は、空の想像に近いものになってしまった。いや、正確には、彼が話してくれた印象が心に残っているのだ。

戦闘狂として振る舞う一方で、弟には甘い家族思いな一面がある…。まるで、氷山の一角のように、空が知りうる彼の素顔は、ほんの一部にしか過ぎないのかもしれない。

それを、"少女"が、もとい空が、七国の中で、最後に旅をするのであろうスネージナヤを表現する為に、その想いを込めて、雲菫に台本にそう書いて貰えるように頼んだ。

きっと、箱の中に残って唯一の希望のように、まだ見ぬ国もきっと温かさが残っているはず…。

さながら、それは、温暖な気候のモンドにある唯一の極寒地帯、ドラゴンスパイン。そこに点在する仄かな篝火のように…。

所詮は空の願望に過ぎない。
事実は違うかもしれない。

だが、せめて"少女"が体験する旅の中だけでも…、そういう願いを物語に込めたのだ。

全ての花びらは落ち切った。

そう言わんばかりに、七国を模したそれらの花びらが、あるいは空中を漂って、あるいは床に舞い落ちてゆく。そんな中で、演者は戯れるように、大広間の中心に向かって、先ほどよりも大仰に手脚を伸ばして舞い始める。

す…、たたっ、たんっ

ビュンッ
ヒュッ

時に軽やかにステップを踏みながら。
時に激しく剣を振りながら。

ヒラッ

ふわっ
ふわり

まるで、花畑にいる蝶のようにワンピースドレスの裾をひらひらと揺らしながら演者が舞い踊る。

そうしている間に、大広間全体の空間や床をカラフルに染めている七国を模した花びら達が、思い思いに舞い始める。その様は、まるで、妖精のような目に見えない不可思議な存在が、演者を優しく導くように周囲に集まり出している、ように見えた。

そんな花びら達に向けて、仮面に覆われていない口元が微笑んだ。その柔らかな笑みは、観客の鼓動を微かに高鳴らせるほどに、とても優しげなものであった。

クル…

クルクルクル…

ふわ…
ふわぁ…

そんな笑みを見せながら、花びらと共に大広間の中央へステップを踏みながら演者は駆け寄っていく。いつもは椅子が置かれているであろうその場所は、今日は椅子が取り払われていて、観客の席に使われている。

そこへ、演者は花びらと共に静かにその場を回り始めていく。同時に、床に残っていた花びら達も、演者を中心として周囲を漂い始めていく。

次第に激しくなる回転…。

それを生み出す演者を中心に、やがて大広間の空間に小さな旋風が生み出されていく。

同時に、演者と共に七色の花びらが激しく舞い踊る。

翡翠。
黄金。
紫。
緑。
青。
赤。

そして、薄氷色。

まるで、演者を中心に花の嵐を呼び覚ましたかのように、激しくも華やかな光景だった。

『幾国の旅を経た少女はあるひとつの答えを得ました。』

雲菫が、そう語り終えた瞬間…

タンッ!
ピタッ

ブワァッッ…!

一際強いステップを踏んで、回転していた演者の身体は、ピタリと止まると同時に、観客へと向き直る。止まった瞬間、上空へと伸ばされた演者の左腕を軸として、七色の花びら達が再び風に乗って舞い踊った。

七色の花びら達によって彩り鮮やかに、演者の周囲を漂っている。

その姿は、まるで、花を司るこの世ならざる美しい者のようでいて、その空間を幻想的に彩っていく。

パチ…

パチパチ

パチパチパチパチ…!!

そのあまりにも幻想的な風景に、まだ劇の途中にも関わらず、拍手が起こる。それだけ本日の劇が最高なものである、と証明していた。

(良かった…! 喜んでもらえたみたいだ…!!)

息を整えながら、回転によって少し揺らいだ視界と体勢を立て直していく。だが、仮面につけたレース越しから見える観客の笑顔と響く拍手の音に、内心胸躍らせていた空にとって、それは些末なことであった。それを見ていると、不思議と高揚感に満たされて、少しの不調も気にならなくなるからだ。

(そういえば、この後、あいつが来たんだっけな…)

高揚感に包まれながら、空はあることを思い出していた。

それは、送仙儀式の準備の最中のことだった。七国の解説をする鍾離が、スネージナヤの話を除いて説明を終えた時に、七国を模した凧を受け取ろうとした時だった。代金は…と鍾離が言葉を紡いで、支払いのことが抜け落ちていた空が頭を抱えると同時に、彼が来たのだ。

まるでタイミングを見計らったようなそれは、後で機会を伺っていたことを知るのだが、もう過ぎたことであり水に流していることだった。

(まぁ、あいつも、流石に今は来ないだろう…)

演じている間にもちょくちょく彼を思い浮かべていたせいか、何だか本当に現れそうな気配さえしてくる。だが、今は、劇の最中であり、あの陰陽寮で別れて以降は、彼の行方も分からずじまいなのだ。いくら神出鬼没とはいえ、流石に、ここまでピンポイントで来るはずはない。

そう思っていた。
もう1人の代役である役者を見るまでは…。

『そして、少女は旅の終点の地へと辿り着きました。』

舞い踊る花びら達が、落ち着きを取り戻しつつある中で雲菫は語り始める。

スッ
クルッ

それと同時に演者は、剣を下ろしてまだ花びらが舞う向こう側にある仕切り板へと向き直った。

(そう言えば、代役は誰なんだ?)

雲菫の語りを聞いて、ここで仕切り板の方を振り向く、という演出を剣を握る手を降ろしながら実行した空は、ふと疑問に思った。

結局、もう1人の役者を確認する前に劇が始まったので、劇中に確認するはめになった。雲菫に聞いても言葉を濁すばかりで、ようやく聞けたと思えば、貴方の身近な人です、とまるで占い結果を告げる占い師のような回答が返ってきた。

(俺の身近な人…、心当たりが多すぎる……)

『そこで待ち構えていたのは…。』

思い当たる節が多過ぎて、悶々とする空を置いて、雲菫はさらに語る。すると…

スッ
カツン

仕切り板の後ろからは、すらりとしたシルエット、それと同時に、やや硬質な靴音が響く。

「!!」
ギョッ

(あの姿は…)

どこか見覚えのあるシルエットに、仮面の下で、空は驚きに琥珀色の目を見開いた。

それは何も突然の登場、というだけではない。つい今しがた思い浮かべていたのが、実現したようだったからだ。

錯覚だと思いたいが、現実はそう空に都合よく出来ているわけではない。

何故なら…

『ようやく会えたな…。

我が敵よ。』

紡がれた優しげな声は、とても聞き慣れたものであったからだ。

To be continued…

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