うたたね

七七の手伝いをする甘雨(有給消化中)のお話です。短めのほのぼの話です。

七七お迎え1周年(※弊ワットでは、2021年1月1日に七七をお迎えして、この小説はpixivにて2022年1月1日に投稿しました)記念兼甘雨復刻記念の小説です。

どちらかというと甘雨メインのお話っぽいですが、一応七七小説のシリーズの一作、ということで…。←
何となく仙麟の章の後のお話みたいな感じですが、特に気にせずに読めると思います。

・不卜盧と月海亭の勤務体制や福利厚生は完全に捏造
・仙麟の章で、何となく労基みたいな仕事してるな、と思ったのでそれも踏まえた感じにしています。

参考資料
・甘雨の実戦紹介動画及びチュートリアル動画
・伝説任務 仙麟の章
・甘雨のキャプロフィール及びボイス


※初出 2022年1月1日 pixiv


不卜盧。

玉京台の正反対の場所に位置するそこは璃月でも有名な薬舗である。長い階段を登り切ると、そこにはまるでサザエの貝殻のような独特な屋根の造形をした建物が鎮座する。入口はまるで来るもの拒まず、と言っているかのように簾が上げられて開放的になっている店内が処方箋を片手に持つ患者を出迎える。中から漂う薬草の香りが鼻腔をくすぐり棚には所狭しと整理の行き届いた薬草達が並べられている。優れた医学者、白朮が店主を務めるここはよく効くことで有名である。また良薬口に苦しの言葉に違わずよく効いても苦い薬にぐずる子供も多いとか。

そんな不卜盧と玉京台を繋ぐ庭園の真ん中にある石造の橋を歩いているのは、薄紫色の髪を三つ編みに束ねたキョンシーの少女、七七だ。歩く度にあちこちに貼られた札がかさりかさりと音を立てて揺れている。また、辮髪帽についた飾りも揺れて、氷元素の神の目が陽光に当たってきらりと光っている。ハスの花が浮かぶ池を眺める住民と観光客に混じって、薬草が沢山入ったリュックを抱えてよたよたと歩いていた。

今日は、朝早くから薬草採りに行っていた帰りである。店主である白朮の研究の為、様々な状態、条件に合う薬草の採取を頼まれることがある。そして、今回の場合は、朝採りの薬草の採取であった。頻繁ではないが、たまたま今日がその日だったというわけだ。

また、そんな日は同時に珍しい人物も引き寄せる偶然が重なった日でもあった。

「こんにちは、七七さん。こちら、落ちていましたよ。」
スッ

「! …ありがとう。」

「いえ。道に落ちていた清心を辿っていったら、七七さんが見えたので…。

清心を差し出しながら七七へと声をかけたのは、瑠璃百合に似た色の髪と赤と黒の角(本人は周りには髪飾りだと言っているらしい)が特徴的な月海亭の秘書、甘雨である。動作する度に首元に着けた大きめの鈴がりりん、と鳴って、左腰元に着けた氷元素の神の目も光を受けて淡く光った。

本日の甘雨は、大変珍しいことに有給休暇中である。彼女の仕事の熱心ぶりを知る人からすれば、明日は世界の終わりなのでは…、と恐怖に打ち震えることになるよう事態だ。しかし、これにも訳があった。理由は至極簡単、有給消化である。

軽く見積もっても、3桁の年数を有に超えるレベルで働き詰めの彼女には、溜まりに溜まった有給がある。訳あって月海亭の仕事から離れていた時期があったので、正直に言うと休んでしまうのは気が引けてしまった。だが、これまた溜まりに溜まった仕事がようやく落ち着いてきた頃に、"休むのも仕事のうちよ"と凝光から直々に言われたのだ。璃月七星全体の秘書として、『天権』本人から言われたのであれば、その言葉に従うのは至極当然と言えた。

しかし、趣味は何か、と問われれば、仕事であると即答する彼女にとっては、それ以外に何をしてどう過ごしたらいいのか分からなかった。そこで、不卜盧へ薬草を購入しに行くことを思いついて、この玉京台へと繋がる道を散歩をしていたところで清心が落ちているのを見つけたのだ。

まるで、道標のように、ぽつ、ぽつと落ちているのを拾っていたら、その先に七七が居たので声をかけた、というわけである。

「重そうですね…。手伝いますよ。」

こてん
「いいの??」

ニコッ
「えぇ。私も不卜盧に用事があるので。」

七七の紅葉のような両手に抱えられた薬草とパンパンに膨らんだリュックを見た甘雨が提案すれば、首を傾げながら七七は言った。それに、甘雨は笑顔で承諾の意を示した。

「……分かった。お願い。」
こくん
すっ

「分かりました。」
スッ
ガクッ
(お、重いですね…)

両手に抱え込んだ薬草を片手に移し替えながら、リュックを外した七七は、それを甘雨へと渡した。受け取ったリュックのあまりの重さに傾きかけた甘雨は、七七の労働量とそれを指示する不卜盧の勤務体制についてすぐさま頭を回転させた。

不卜盧は、璃月で有名な薬舗でありながらもその規模は個人商店に近い。店主である白朮の他に勤めている従業員はあまりにも少なく仕事の関係で訪れることが多い甘雨もあまり見かけたことはない。

薬採りである七七の他の従業員といえば、思い付くのは薬剤師の桂だけである。そうなれば、大なり小なり1人に対する業務に負担が生じるのも無理はない。ある程度であれば許容できるだろう。しかし、度を超えたそれは従業員の精神を蝕んでしまう。

それが、抱えきれないほどの薬草を重そうにして歩く七七に当てはまるかもしれない、そう甘雨は考えたのだ。

温厚で患者からも慕われている白朮に限ってはそんなことは無いとは思う。だが、万が一の可能性も捨てきれない。

(これは、もしかすると報告の必要があるかもしれないですね…)

長年の仕事で培った甘雨の勘が、調べる必要があると告げていた。この切り替えの速さはたとえ休暇中であれ仕事に関する事であれば、直ぐにスイッチが入る。流石は月海亭の秘書と言えるだろう。

「??」
こてん

ハッ
「あ、何でもないですよ! 行きましょうか。」

こくん
「………うん。」

そんな風に考えを巡らせる甘雨を不思議そうに見つめる七七に、何でもない風を装った返事をしながら、甘雨は七七の歩幅に合わせて歩き出した。そうして、七七は仕事の成果の報告のため、甘雨は仕事に関わることかもしれない、という懸念のため、不卜盧に向かうのだった。

「七七、お帰りなさい。おや? 甘雨さんじゃないですか。」

「こんにちは、桂さん。こちらが、七七さんが採ってきた薬草です。」
スッ

不卜盧に着いた2人を迎えたのは、薬剤師である桂だ。あまり表に出ない白朮と薬採りで外出が多い七七。璃月では、この2人よりも不卜盧といえばこの人、と思い浮かべることが多いと言える人物だ。そんな桂は、思わぬ来客に目を瞬かせた。仕事で訪れることも多い為、甘雨とは顔見知りであるのだ。

甘雨は、持っていたリュックをカウンターごしの桂に渡す為に置いた。

「これは、わざわざありがとうございます。」

「いえ、通りかかって七七さんが重そうにしていたので…。」

「七七がお世話になりました。」

「いえ、お役に立てれば嬉しいです。」

申し訳なさそうにする桂に、甘雨は答えた。璃月の人々のために、強いては岩王帝君のためになるのであれば、進んで行動する彼女にとって、これくらいは造作もないのだ。

「すみません。白朮先生は只今、取り込み中でして…。」

「いえ、大丈夫です。今日は仕事ではなくプライベートで来ていますから。」

ギョッ
「甘雨さんが、仕事を休む…??!」

(この際に…)

普段仕事として訪れることが多いものだから、甘雨が仕事で訪れたと思うのは妥当だろう。しかし、予想に反した回答をした彼女に、桂は驚きに目を見開いた。その反応に甘雨は苦笑いを浮かべながら、道中気になっていたことを聞こうと口を開いた。

「あの! 桂さ…。」

「あれ? 薬草がやけに多いな…。」

「ふぇっ??」
キョトン

しかし、それは首を傾げながら紡がれた桂の言葉によって出鼻を挫かれた。そうして、今度は、甘雨が気の抜けたような声を出しながら、不思議な色合いの瞳を丸くしてポカンとした表情を浮かべた。

「……あぅ、また間違えた。」

「ど、どういうことなんですか?」

そうして、続けられた七七の言葉にますます困惑する甘雨へ桂は事情を話し出した。

どうやら、時々、七七は、指定した薬草の数よりも多く採ってきてしまうことがあるらしい。普段であれば、間違えないように白朮が個数を書いたメモを持たせているのでそのようなことは起こらない。

だが、今回の採集では、白朮は研究に没頭しておりメモを書いて渡す余裕が無かったのだ。口頭で桂に伝えて、桂もしっかり七七に伝えた。しかも、いつもは渡すはずのメモを桂がうっかり渡し忘れてしまった。その結果、採る薬草は分かるが正確な数が分からない、そんな要因が重なって、いつもより多く採り過ぎてしまうのだ。

「…というわけなんです。しかし、今回はメモを渡し忘れた私のミスでもありますね。」

「そ、そうだったんですね…。」

「お恥ずかしいところをお見せしました。」

「いえ! そんな、ミスは誰にだってあります!」

要するにケアレスミスが重なった結果、というわけであった。居心地悪そうに頭を掻く桂に、甘雨は慰めの言葉をかけた。それに…

(私、また早とちりしてしまいそうでした…)

あやうく自分も恥をかいてしまうところだったので、内心助かっていた。しかし、それによる羞恥とそれが未遂で終わった安堵による複雑な気持ちになっていた。

(また、癖が出てしまいそうでした…)

完璧に仕事をこなす甘雨には、とある欠点があった。それは、重要な局面になればなるほど緊張によって余計に力んでしまい、失敗をしてしまうのだ。今回は少しばかり特殊なケースでありそれにカウントしていいかは疑問ではあるが、彼女が仕事のこととして認識するのであれば問題ないだろう。

「そういえば、何か言いかけましたか?」

「! いえ、何でもないんです…!」
ブンブン

「そうですか? 」

癖が出てしまいそうになったことに対して、軽く自己嫌悪に陥った甘雨は俯いてしまう。その様子に、七七からあらかた薬草を受け取った桂は、不思議そうに声をかけた。その言葉に、甘雨は何でも無いように両手を振って言葉を紡いだ。

「あ、そうだ。よろしければ、七七の採ってきた薬草でお茶を作ろうと思うのですが、どうですか?」

「え、いいんですか?」

「えぇ。多いので少しは減らそうかと。」

(お茶でも飲めば落ち着くかもしれません…)

「では、お言葉に甘えまして…、お願いしてもいいですか?」

桂の言葉に、少しばかり逡巡した甘雨は、気が落ち着くのであれば、とその好意を受け取ることにした。

「はい。では、そちらに掛けて少しお待ちくださいね。」
タッ

ストン…
「はぁ…。」

甘雨の回答を聞いた桂は、カウンター近くの椅子(新調したのか椅子は連なった不思議な形をしている)に腰掛けるように声をかけて、店の奥へと消えていった。それを確認した甘雨は、再度自己嫌悪に陥って、暗い表情を浮かべてため息を吐いた。すると…

よじよじ
すとんっ

甘雨の左隣の空いたスペースへと、七七が椅子をよじ登りながら座った。

「七七さん?」

じっ

突然の行動に、疑問符を浮かべた甘雨が尋ねた。だが、七七は黙って見つめたままだ。薄紫色の丸い目張りに彩られた大きな牡丹色の瞳に甘雨が映っているのを見て、甘雨は咄嗟に考えを巡らせた。

(も、もしかして、私が言おうとしていたことが分かってしまったのでしょうか…)

大人しそうに見える七七だが、勘が鋭い一面もある。その為、甘雨が桂に言おうとしていたこと、強いては何をしようとしていたのかが分かってしまったのではないか、と思ってしまったのだ。もしかしたら、それを問いただされるかもしれない…。そんな緊張で固まる甘雨に、七七は懐から何かを取り出した。

ごそごそ
「……手伝ってくれて、ありがとう。」
すっ

見守っていると、七七は清心を差し出してきた。包帯の巻かれた小さな手に握られた白い花弁からは、澄んだ香りが鼻腔をくすぐる。名前の通り清らかな匂いをさせるそれに、甘雨は驚きと喜びで胸中がいっぱいになった。

スッ
「わぁ、いいんですか?」

「………うん。」
こくん

「ありがとうございます。」
ソッ

清心を握りしめた七七の手のそばへと手を寄せながら、甘雨は許可を求めた。それに頷いた七七へとお礼を言って、そっと清心に触れて受け取った。

フワッ
(いい香り…)

「元気、出た?」

「えっ??」

「しょんぼり…してた……。」

「!」
(もしかして、それで見つめていたのでしょうか?)

清心の姿、それに芳しい香りを堪能する甘雨に、七七は言葉を紡いだ。その言葉に、甘雨の中で驚きが湧き上がると同時に、疑問が解消された。どうやら、見つめていたのは、落ち込んでいる甘雨をどうやったら元気づけられるか考え込んでいたらしい。そして、導き出された答えとその行動、それが七七らしくて甘雨は自然と笑みを浮かべた。

(私の為に…)

「はい、とても元気になりましたよ。」
ニコッ

ぱぁっ
「……嬉しい。」

七七のささやかでありながら、胸が満たされる嬉しさを引き起こしてくれた行動…。それに感謝を伝える為に、甘雨は言葉を紡いだ。それに、七七は、ほんの微かに口元を綻ばせて、瞳を輝かせた。表情の変化が乏しい七七だが、嬉しそうにしているのが分かって、甘雨も釣られて笑みを浮かべた。

スゥ…
(朝露が着いていた香りもしますね…)

ぽすん
「?」

すぅ…すぅ…

より清心の匂いを堪能していた甘雨は、左膝に乗った軽い感触に疑問符を浮かべた。視線を送ると、そこには頭を預けた七七が眠っていた。

(朝から採りに行っていましたからね…)
「…お疲れ様です。」

ふぁぁ…
(何だか、私も、ねむ…く………)
スゥ…スゥ

七七の気持ちよさそうな姿を見て、甘雨も次第につられるようにして寝るのであった。甘雨の左の腰元と七七の辮髪帽に着いた氷元素の神の目が重なり合うようにして淡く光った。

昼下がりの不卜盧にて、2人は寄り添うように眠るのであった。

その後、薬草を買いに来た空とパイモン、それにお茶を淹れた桂が2人の寝顔を見て微笑むのは、ほんの少し後の話である。

-END-


あとがき

本当は、甘雨実装時に思いついていたネタですが、何やかんやで後回しにしてしまい今に至ります…。←言い訳

甘雨の伝説任務のムービーで、"人ではない孤独"な気持ちに悲しげな表情をしていたのが印象に残っていまして、そんな時にふと七七が思い浮かびました。

仙獣の麒麟と人間のハーフとキョンシー、
氷元素の神の目持ち、
そして菜食主義と薬採り…。

意外と共通点が多い(最後のはカウントしていいか怪しいですが…)ので、七七の存在が甘雨にとって無意識のうちに孤独を和らげている存在になっていればいいな、と思い今回のお話を書きました。

それに、甘雨の実戦紹介やチュートリアル動画で、七七と一緒にいる姿はあるのに、お互いのボイスが一切ないことに何でや!となって衝動的に書いてしまった部分もあるお話ですw

あと、不卜盧に欠かせない薬剤師、桂さんを登場させていないな、と思って登場させました!(白朮先生実装はよ…)

ここまで読んでくださりありがとうございます!!

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