困難のなかでも種を見つけること

早くも1月が終わった、2月も半ばを過ぎようとしている。一日が短い。


年が明けてから、自分がやりたいと思うこと、日々の習慣にしようとしていたこと、その他計画が頓挫した。
家族が事故に遭い(交通事故ではないので相手がいることではないが)私が窓口となって、いろんな人への連絡や、手続きをしている。

勿論他の家族の状況を鑑みても、私が諸々の雑事を引き受けるのが一番合理的であり、事実自分からその義務を負った。実際いきなり当事者から連絡が入り、病院から連絡も来れば、事故に遭った当日に私が駆けつけたことも大きかったかもしれない。手術終わりすぐの状態を目で見てるからね。

理解はしている、理性的に考えればそれが一番だということを。

けれど感情の着地点はどこだろう。

理解はしていても納得が出来ないでいる。

それは当事者と私の、家族という括りはあれど距離感が掴めないままでいることの何よりの証拠なのであった。

諸々の手続きのために顔を合わせる時でさえ、苛立たしい気持ちだけでなく諦念、同情、そういった感情の揺れを覚える。

血の繋がりだけで家族というのであれば、私は当然のことをしているのだろうし、また遡った繋がりの人たちも家族と括られるはずだ。なぜ私だけが?という気持ちも正直ある。なぜ彼らは同じような境遇のときに行動をしないのだろう、それを拒否したのか。

そして当人の、やってもらって当たり前のような態度。

私の立場はあやふやである。はっきりと我関せずを貫くのも、言いなりにすべてを引き受けてしまうのも、とても居心地の悪い選択でしかなく、かといってでは誰かがやってくれるのか?といって、代わりは誰もいない。

ただ少しずつ状況を変えることだけは出来るかもしれない、という手応えだけは感じた。

私は割りとライトであれば思っていることを口に出してしまう性質であるが、本音のところを口にするときには、声が震えたり泣いたりしてしまう。昔からそうで、今も変わらない。核心を適当な言葉で表現できるほど言葉を知らないのもある。そしてそういうことを私が言う相手は、大体の場合本音のところを知っておいてほしいから言うのであって、誤解をされたり傷つけたりしたいから言うのではない、という状況が多い。

けれど今回の場合は、誤解されても別にどうということのない相手として認識しているからか、言いたいところの本当の部分、自分自身あまり直視をしたくはない部分を、さらけ出すことをしてみた。

いい気は勿論しなかったし、お互いにとって逆効果な部分もあったかもしれない。関係性などないに等しいがそれでも諸々で顔を合わせる機会がまだある。けれどこのまま悶々として溜め込むのも、自身の心身に影響を及ぼしてしまう。

自分のなかに「ある」と認識していた生々しい醜い部分を相手にぶつけること。
それは言葉にし投げ掛けることで、抽象的な認識というぼんやりしたものではなく具体的に思考するという現実であり、今をとてつもなく居心地の悪いものにしても、その先の地点をよくする可能性を秘めた選択のひとつであるのかもしれない。


当人はショックを受けていたような表情をしていたけれど、そこに感情の乱れを感じても、断固として言わなければならないこともあるのだから。

相変わらず落ち着かない日々であるが、この状況で私は言う言わないの選択から、言ったことで考えられる選択へと視野を広げられたことの達成感を得た。そのことには感謝したい。

感情の着地点はとてつもなく脆いもので、それだけでは揺らぎ続けてしまうものだが、仮でもいい納得するには、とことん悩んで、理性も加えて、なにか行動することでやっと見えてくるものなのかもしれない。

#徒然

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