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Vtuber界隈はどこへ向かうのか

   貴方は”バーチャルYouTuber”なるものをご存知だろうか。

  動画を投稿し収益を得て飯を食うYouTuber。現実空間ではなく仮想空間で、3Dモデルの体で同様のことを行うのがバーチャルYouTuberだ。言葉の定義はない。「3Dモデルの体」と書いたがほとんど動かない、あるいは首から上がピクピク動く程度のイラストを貼り付けてバーチャルYouTuberを名乗る人たちもいるし、3Dモデルだけど現実世界で撮った動画に自分の体を合成している者もいる。なにをもってバーチャルYouTuberと呼ぶのかをここで記述するのは控えることにする。後述の内容に大いに関係してくることなのだが、それを語るにはまたそのための記事を用意しなければならないくらい議論を呼ぶことになるからだ。必要になったらその都度軽く触れる程度に留めることにする。

 さて、私はバーチャルYouTuberにドハマりしていた。少なくとも応援サイトを作って自分の好きなバーチャルYouTuberを紹介し収益を得そのバーチャルYouTuberたちに還元するなんていう慈善事業のようなことを平然と行うくらいにはドハマりしていた。今現在はというとほぼ熱も冷めよほど時間のあるときに登録しているいくつかのチャンネルの比較的新しい動画を適当に観る程度なのだが、この2年という短い時間に何があったのかを書き記しておこうとふと思い立ちモニターの前に座ることにした。「どこに向かうのか」なんて大仰なタイトルをつけたがなんてことない、ただ私がバーチャルYouTuberにハマり、そして飽きるまでの経緯をつらつらと文字にするだけの駄文である。入院して娯楽が無いとか、彼氏が先に寝落ちしてしまい暇だとか、どうしても時間が有り余って仕方が無い諸氏以外は読み進めないことを強くおススメする。


バーチャルYouTuberにハマったキッカケ

 発端は2年前、友人に「バーチャルYouTuberって知ってる?」と訊かれたことだった。当時「キズナアイ」という名前は知っていたが、まったく触れたことのないジャンルだったので早速動画を開いた。
確か最初に観た動画はこれ。

第2回ギネス記録にチャレンジ!ついに宇宙へ進出!?

面白い。いや、くだらないのだが、なるほどバーチャルだからこそ可能な動画である。仮にこれを生身の人間がやったとしたらどうだろう。多分つまらないのでは。見た目も可愛いし、5分に満たない時間も良い。これが私とバーチャルYouTuberとの出会いである。

富士葵との出会い

 私という人間を語る上で避けては通れない話題がある。そう、富士葵だ。
私が富士葵を知ったのは2017年12月。「妖怪惑星クラリスのガチャ50連でバーチャルJKぶっ壊れる」の動画にたまたま出会ってしまった。例によってキズナアイの動画を見ていた自分はおススメ動画の欄に見知らぬバーチャルYouTuberの動画があることに気が付いた。
 このときすでに電脳少女シロやミライアカリは知っていたが、特に追いかけているわけでもなく本当に「街角インタビューで知っているかと問われれば知っていると答えるレベル」でしかなかった。なぜか富士葵の動画には見てみようと思わせる不思議な魅力があった。

 衝撃だ。到底美少女とは呼べないモデル、ゲラ笑い、言葉選びの秀逸さ、他人のガチャ動画なんて貴重な時間を使って見るやつはどうかしていると本気で思っていた私が4分まるまる見てしまった。なんなんだこの魅力は。即チャンネル登録した私はそれから立て続けにアップロードされる「なんでもないや」「スパークル」のカバーに当てられすっかり富士葵のファンとなるのだった。

ふぁっきゅふぁっきゅー開設

 「バーチャルYouTuber四天王」という呼称が登場し始め、「のらきゃっと」など個人で運営しているVtuberにも焦点が当てられるようになった。
 バーチャルYouTuberが人気になるにつれ当然出てくるのはまとめサイト。それも黎明期のバーチャルYouTuberは運営も手探り状態なのか炎上すれすれのボヤが多かったり、その特異性からか演者である声優に焦点が当てられることが多く、まとめサイトも(バーチャルYouTuberに特化したまとめサイトであるにもかかわらず)そういう話題を積極的に取り上げる傾向にあった。具体的なサイトの名前までは出さないが、今も現役で更新し続けている複数のサイトでそのような傾向が見られたことは記しておきたい。

 とにかく私は不愉快だった。特に「中の人」問題については早急に手を打つ必要があると感じた。「キズナアイ」「ミライアカリ」「ときのそら」「富士葵」はもうそういう存在であり、スタンスとして「中の人なんていない、そういうキャラクター」なのである。
 当然キャラクターである以上演者が存在し、声とモーションを収録しモデルに当てはめているだけである。しかし運営している側が「中の人なんていない」というスタンスであるならば我々視聴者はそのスタンスを尊重すべきであると言うのが私の持論だ。まとめサイトはそういうバーチャルYouTuber側の都合を無視した、およそファンサイトと呼べるようなものではないと感じた。

 また、Vtuberは黎明期だった。黎明期というのはコンテンツが成長する上で非常にナイーブな時期だ。そこで私はくだらないボヤ騒ぎに出会った。ミライアカリが某ゲーム系まとめサイトの記事をツイッターで引用したのである。デマであったり煽りであったりあまり好ましくない手法でアクセスを集めるそのサイトに対してネガティブな印象を持つネットユーザーは非常に多い。そのような”アンタッチャブル”なサイトを引用した彼女が燃えかけたのだ。実にくだらない。確かに引用したのは間違いだと私も思うが、それはツイートの管理を怠っていた運営側の責任である。彼女自身が直接呟いていたとしても、例えばツイートの前にチェックをするなど回避する方法はいくらでもあったはずだ。それを怠ったのはバックアップチームであり、いたずらに彼女が非難されるのは筋違いだ。そのようなボヤからVtuberを守るため、黎明期というナイーブな時期のVtuberを保護するための装置が必要だと考えた。

 ではどうするか?簡単だ。自分でまとめサイトを作ればいい。
 健全な、バーチャルYouTuber自身が読んでもシェアしても問題のないまとめサイトを作ったら需要があるのではないか。匿名の反応と言うのは気になるものだ。よほど強い意志がないとエゴサーチしてしまう。そういうときに演者の情報などには触れずに、楽しい話題だけをひたすら提供するまとめサイトがあれば、それを積極的にシェアしてもらうことで他のまとめサイトから人を吸い上げ、悪質なサイトを潰す一助になるのではないかと考えた。

 幸いにも私はまとめサイトを作った経験がある。昔は小遣い稼ぎのために運営していたが、今回は金目的ではないのでネガティブイメージのつきやすい広告を貼らずにすむ。そして2018年1月、ふぁっきゅふぁっきゅーを開設。昔のコネを使ってアクセスを流してもらい、順調に成長していった。

不祥事との戦い

 さて、ふぁっきゅふぁっきゅーを作ってからは戦いだった。企業が商業として運営しているキャラクターではなく、創造から操演、編集までひとり(ないしは超小規模なサークル)で行う「個人勢」なるバーチャルYouTuberが台頭してきた。

 この個人勢なる存在こそ、曲者だった。
 D事件、霊電カスカモデル盗作事件。ふぁっきゅふぁっきゅーを開設した直後からこの個人勢による不祥事が相次いだ。趣旨と外れるので各々の詳細は省くが、この時点で私はふぁっきゅーを開設したことを若干後悔し、また、ブログの有用性も再確認した。
 記憶にある人もいるだろうか。ふぁっきゅーは上記の話題を含め、個人勢の不祥事には一貫してノータッチであった。マーケティングのための予算が組まれ、個人サイトの後押しが無くても知名度を上げることのできる企業勢と比べて個人勢というのはあまりに脆弱な存在だ。炎上が商法となる昨今、個人サイトの持つ力は大きい。ふぁっきゅふぁっきゅーが話題にしなければ、少なくとも私のサイトの読者はその個人勢について詳しく知ることは無いだろう。それでいいと思った。はっきり言うが、不祥事を起こすような個人勢の背中を押すほど私はお人好しではない。淘汰されるのもまた成り行きだと考えた。

 しかし読みは甘かった。Vtuber関連のまとめサイトは他にもあるし、他のサイトに炎上を取り上げるなとは言えない。さらに言うとVtuber関連以外のまとめサイトも敵だった。彼ら(または彼女ら)はアクセス稼ぎのためならなんでもする。バーチャルYouTuberというおもしろおかしい集団の中で燃やしやすい素材があれば真っ先に飛びつく。個人勢はまさに格好の餌だった。
 そもそも炎上であったり不祥事であったりというものはスルーしてきた私だ。はっきり言って把握していない不祥事も沢山あるだろう。魔王ヘルネスの件、微糖カイジの件、牡丹きぃの件、あぁ、バーチャルなのに焼肉を食べに行って騒ぎながら配信し店員に怒られたこともあったか。

 また、セクハラが横行しているのも目に付いた。VRChat勢が多かったように思えるが、「挨拶代わりにスカートをめくる」だの「バーチャル生理」だのおぞましい言葉が飛び交っていたのも記憶にある。もっともこれは個人勢だけではない。企業に所属している人間も言っていた。なんとも情けない話だが、VRCで勝手にやってるぶんにはまだ良かっただろう。Twitterで発信するのはあまりにお粗末だが。

 企業勢の不祥事についても理解している。最近もゲーム部関連がゴタゴタしていたのはなんとなく耳に入っている。しかしこれは私の主観だが、個人勢の素行と企業勢の素行には天と地ほどの差があるように思える。当然と言えば当然だが。

 とにかくこの品性に欠ける数々の奇行に辟易としたのが、私がバーチャルYouTuberから離れた一番の要因となった。 

まとめサイトからファンサイトへ

 話は前後するがふぁっきゅふぁっきゅーは途中で方向転換をした。5ちゃんねるのまとめサイトが単なるファンサイトになるのは非常に珍しいパターンだろう。
 というのも半年近く運営していた私は悩んでいた。当初は不祥事を取り扱わない、と決めていたが、はっきり言って無視しづらい案件が出てきた。「ヘルネス事件」だ。ググっていただければ概要は分かると思うので省くが、なんとも気分の悪くなる内容だった。
 さらに言うと「天魔機忍」「にじさんじ」「BANs」と個人勢&生放送勢が増えたのも私の頭を悩ませた。百歩譲って天魔機忍はいい。特に機と忍についてはYouTuberだろう。ただ、こんなことを書くと袋叩きに合いそうだがどうも魔あたりはクオリティが気になった。これはバーチャルYouTuberなのか?キズナアイやミライアカリと同じ土俵なのか?「四天王」も積極的に絡んでいたので私が口を挟むことではないし、楽しんでいる人たちに水を差すほど子どもでもないので黙っていたが違和感がぬぐえなかった。
 にじさんじ。これはもう違うだろう。やっていることは画面にちょっと左右に動くイラストを置いているだけのニコ生主じゃないか。幸いこれに関しては(当初は)”Vライバー”を名乗っていたので都合よくスルーできた。何故かバーチャルYouTuberとしてカウントされるようになっていったわけだが。
 BANs。不愉快極まりない集団である。「やっていることがBANギリギリなので他のバーチャルYouTuberに迷惑をかけないように内輪で盛り上がろう(意訳)」という集団である。そもそもBANギリギリのことなんてやるなよ。そういう危うい橋を渡らないと注目を集められないようなら最初からやるな。と、言えれば楽だったのだが何故か市民権を得ることに成功した。このあたりからファンに対しても懐疑的な目を向けざるを得なくなったことは記しておきたい。

 さて、ふぁっきゅふぁっきゅーは誰かから金を貰って運営しているわけではない。私ひとりで運営していたのか、という疑問にはあえて答えないが、少なくとも何を記事にするかは私の一存で決められる状態にあった。「天魔機忍」「にじさんじ」については完全に触れないのも悪手だと思いたまにまとめたが、BANsに関しては完全に無視した。触れているレスは全て削除する徹底ぶりである。この状態に満足していたがある日とあるコメントが書き込まれた。

「カイジの豪遊漫談まとめろよ」

?????????????
今まで一体何を見てきたのか。
私がなぜスルーしていたのか気づかないのか。あんな権利意識もへったくれもない人のバーチャルである必要ゼロな放送の何をまとめろと?「バーチャルYouTuber40人以上集結!!」とか書くのか。寝言は寝て言ってくれ。

 この一言でまとめサイトをやめる決意をした。まとめサイトである以上今後もこういうコメントは来るだろう。無視すればいいのだが「何故まとめない」の「何故」の部分を懇切丁寧に説明しなければ定期的にこういうコメントを見ることになる。そのたびにイラつくのは私の精神衛生上良くない。
さらに言えば5ちゃんねるを見るのも疲れていた。よく考えたら昔まとめサイトをやめたときも2ちゃんねるを見続けて心が荒んできたから病む前にやめたのだった。どうも肌に合わないのだ。
 このコメントの翌日から独自ドメインを取得したり、サイトデザインを一新するためHTML/CSSとにらめっこしたり着々とファンサイトへ移行する準備に入り、それからまもなく、完全にまとめをやめるのだった。

リアルイベントと違和感

 めでたく5ちゃんねると縁を切り自分の言葉でサイトを更新するようになった私は当時ではまだ多くなかったリアルイベントに出かけるようになった。響木アオのトークライブ、富士葵の初ライブ、実は他にも行ったりしていたのだが、諸事情で記事にしなかったものもある。とにかく足を運べるものには積極的に運んでいた。心から楽しんでいたことは読者の方なら分かるだろう。アクセスは数百から数十分の一にまで落ち、コメントの数も激減したが気にならなかった。好きなことを好きなように書ける。こんなに楽しいことはない。

 しかしTwitterの更新頻度も増えてきたある日、ふと気づいた。リアルイベントってバーチャル要素無くない?
 バーチャルYouTuberはその名の通りバーチャルな存在である。実態はともかく0と1で構成されているはずなのである。例えばバーチャルYouTuberのライブを見たければ、東京の人間も離島の人間も海外の人間も等しく楽しめるのがバーチャルではないのか。フォロワーの学生のツイートが目に入る。
葵ちゃんのライブ行きたいけど、学生だし地方住みだから遠征になっちゃって親が許してくれない
 折角バーチャルな存在なのになんとも悲しい告白である。技術的に可能なのは後に複数のバーチャルYouTuberがネットライブを行っていることから間違いない。私はたまたまいい大人で、たまたまフラッと行けるだけのフットワークの軽さがあって、たまたま時間と金に余裕があっただけなのである。違和感。リアルイベントは儲かるだろう。なにせその場でグッズを売れば雰囲気も手伝って財布の紐も軽くなると言うものだ。事実私も当時しこたまグッズを買い込んだ。今も大事に保管している。
 この違和感が拭えず今はリアルイベントへの参加は控えている。飽きてしまったのが先か、リアルイベントに参加しなくなったのが先か、今となっては分からない。

 ファンに対する違和感

 はっきり言うがこれを書くのは怖い。この駄文を読む人間の9割9分はVtuberファンだと思うので、読者を敵に回す可能性があるからだ。誤解の無いよう先に断っておくが、何もファン全員がそうだと言うつもりはない。ただ、これから書くようなファンが一定数いるのもまた事実なのだ。

 とにかくバーチャルYouTuberに対して甘いファンが多い。甘やかすのは悪いことではない。が、糾弾するべきところは糾弾するべきではないのか。
 例えば著作権を完全に無視した見た目のVtuberがいたとする。私はアウトだと思うが、権利者が何も言わないうちはグレーだろう。同人誌と同じだ。しかし権利者が申し入れをし、謝罪もそこそこに姿を消し、前のパロディキャラクターを思わせるような名前で(漢字の読みは違えど)帰ってきたとする。さて、これは諸手を挙げておかえりと言えるのか。私は言えないと思う。まともに反省していたら姿を消したまま完全に去るか、戻ってくるとしてもまったく紐付けできないくらい違うキャラクターで戻るだろう。それこそ違うバーチャルYouTuberとして。なにせ”バーチャル”なのだから。しかし以前を思わせるような姿で戻ってきた。これはある種喧嘩を売っているのではないか?我々ファンの良識が試されると思いきや、驚くこと無かれ。大多数のVtuberファンは迎い入れたのである。同様のことがキメラモデルを販売したVtuberにも起こった。なんと素晴らしい民度だろう。きっと彼らを快く受け入れたファンは著作権侵害やトレパクについて寛大なのだろう。まかり間違ってもTwitterで憤ったりしないのだろう。私とは相容れない存在だ。

 もうひとつ幻滅したのは、バーチャル花魁 由宇霧氏がMe too告白をした際の界隈の反応である。彼女は以前パパ活を行っていたと告白した。(バーチャル要素皆無なのは今更なので横においておく。そこを突っ込むとキリがない)パパ活とは若い女性が男性から金を援助してもらう対価に男性の欲求を満たすwin-winの行為である。前提知識として理解していただきたいのは、パパ活=売春ではない。例えば一緒に食事をとる、映画を観る、お茶をする、カラオケに行く、こういう行為に金銭のやりとりが絡んだらパパ活だ。由宇霧氏の場合、月15万契約でパパ活を行っていたとのこと。実はこのMe too告白をしたツイートは消えてしまっているので記憶を頼りに書くが(間違っている箇所があれば訂正して欲しい)、確か挿入、有体に言ってしまえば膣に陰茎を入れる行為まで含めた契約ではなかったと記憶している。
 さて、契約で、「ここまでやるよ、月15万ね」としていた場合「ここまで」以上の行為に及んだ男性に罪は無いのか。当然ながらある。彼女が炎上した大きな理由は「月15万も貰ってパパ活やっててセックスを強要されたら被害者面っておかしいだろ!」とガバガバ理論の謎叩きである。(参考-えろ系VTuber由宇霧「パパ活したらレイプされた…」metoo告白に「自業自得」「被害者ヅラが酷い」の声)
 私からしてみたら冗談としか思えない炎上の仕方だが、残念ながら冗談ではない。まず第一に、月にいくら貰ってようともレイプされていい理由にはならない。第二に、挿入まで含めた性行為が契約に含まれていない場合強要したらレイプである。第三に、あまつさえ告白した相手に対し無知故に叩くその歪んだ正義感のほうがよほど酷い。デリヘル呼んで「ウン万払ったんだからセックスさせろよ」と迫ったらレイプなのと理屈は同じである。払った額や女性が性的サービスに従事しているかどうかは問題ではない。セックスしたければ彼女を作るなりソープにいくなりすればいいのである。
 このとき噴き上がったのは恐らくVtuberとは関係ない、普段から異常にフェミニストやMe tooを叩いている層だろう。彼らの憐れみすら覚える貧困さはまた別の機会に書くとしても、Vtuberファンの反応はこの層に乗って由宇霧氏を叩くもの、「仕方ない」というような諦観を決め込むもの、様々であった。私は当時からTwitterで発信している通りこの炎上に関してはおかしいと一貫して発信してきたが、仔細に書くのは初めてだ。このとき由宇霧氏を守らなかったファン、叩きに乗じたファン、これが目に付き、嫌気が差したのである。

情報商材か、新興宗教か

 界隈が活気付けば怪しい人間も集まってくる。世の常だ。バーチャルYouTuber界隈も例外ではない。
 Twitterを見ているとそのきらいが強いように思えてくる。主に個人勢に向けてだろうが、なんとも抽象的なふわふわした言葉で思考を誘導する。自己啓発本でも読んでるかのようなその言葉に果たしてなんの意味があろうか。「望みを叶えるためには?」とか「ユメを実現するために」とか、馬鹿馬鹿しい。反吐が出る。それを語れるのは成功者だけだろう。のらきゃっとレベルの個人勢が語るなら分かるが、Vtuberとしても大して成功していない、何をやっていたのか経歴不詳な人間の言葉の重みなど枯葉より軽い。それだけでも十分胡散臭いのにやれ電子書籍だ、やれスクールだ、など正気を疑う。
 搾取するほうの良心も疑いたくなるが、搾取されるほうの感覚もよく分からない。別に誰の言葉に感銘を受けようとも誰が損をしようとも私にはまったく関係ないので自由だが、そういうあくどいことを平気で行う人間を排除せず内包していくその潮流が気に食わない。

 有識者だかなんだか知らないが、有識ならまず仲間だろうと糾弾できる場を整えることから始めてもらいたい。これは情報商材屋か、はたまた新興宗教か。

 もっともこれは主観だ。勘違いしないで頂きたいのは私は私が離れた理由を書いているのであって、「そんな界隈は許せない!」などと言うつもりはさらさら無い。世界が私に合わせるのではなく、私が世界に合わせられないだけなのだから。 

飽きへ

 そして飽きた。言っておくがVtuberやファンに対して恨みつらみは無い。飽きたのは私の勝手だ。私という生き物は元来飽きやすいのだ。
 嫌な気持ちが好きという気持ちを上回ったとも言えるが、嫌いになったわけでもない。嫌いなものは最初から嫌いだし、好きだと公言していたバーチャルYouTuberは今でも好きだ。

 そもそもVtuberの利点は5分程度で見られる動画が多いことだと思っていた。私は月に何度も映画館に足を運び、HDD3台体制でアニメやドラマを録画し、HuluとNetflixにも加入している。それ以外の時間はラジオを聴き、新聞を読む。このルーティーンの中で5分程度の動画というのは便利だった。リアルタイムでドラマを見ているとき、CMのたびに動画を開けば3回程度のCMの間に一本の動画を見られる。だから生放送主軸のVtuberはハナから私の求めるところではないし見る時間が無い。最初期に好きになったVtuberは今でも動画を投稿し続けていくれているし、それだけは心の救いだ。

 ふぁっきゅふぁっきゅーの更新を唐突にやめてしまったことに関しては読者に謝りたい。いい機会だったのだ。飽きがきていた。動画を視聴するモチベーションが上がらず、動画を見ないと更新できない。そんな中でドメインの有効期限が近づいていた。最初は私なりに高潔な精神を以って記事を作っていたが、まとめブログではなくなり完全なファンサイトとなってからは私のモチベーションこそ更新する唯一の理由となっていたのだ。ドメインの更新期日ギリギリまで迷い、決めた。更新を停止しよう。サイトも見れなくしてしまおう、と。
実を言うといつでも復活できるようにバックアップは全て取ってある。これはファンサイト時代のものだけではない。まとめサイト時代のものから全て取ってある。二度と日の目を浴びることはないだろうが、かつてこんなサイトがあった、といつか自分が思い出せるように取ってある。
心残りがあるとすればインタビュー記事か。バーチャル専業主婦の麗子さん政治Vtuberのみーちゃんバーチャルピアニストの椎名佳奈さんにインタビューを行った。あの記事は1年半近くに及ぶふぁっきゅふぁっきゅーの記事の中でもトップクラスにクオリティが高かった。(当然だ。私の言葉ではないのだから)

 Twitterを通して仲良くしてくださっている方、ありがとう。表向きにはVtuberに絡まない、という私の姿勢を尊重してDMでやり取りしてくださっている方々にも感謝を。これからも仲良くしてください。

 長々と書き綴った駄文ももうすぐ1万字を越える。これが私がVtuberにハマり、そして飽きるまでの全てである。ここまで根気強く読んでくれた諸氏は色々と思うところがあるだろう。しかしよく読んでいただきたい。この文章は徹頭徹尾”私の感想文”でしかない。他人がどう思おうと構わないし、自由にすればいい。ただ「お前の考えは間違ってる!」と言われたところで、お前がそう思うならそうなんだろう、私はこう思うからこうなのだ、としか言えない。

 この文章を引用しようとしているそこの貴方、この記事は一切の転載、引用を禁じます。ツイートするときにはツイッターのシェアボタンからするように。まかり間違っても文章の一部をスクショして貼ったりしないように。

 Vtuber界隈がどこへ向かうのか、どこへ向かっているのか、どこへ向かいたいのかはよく分からない。キズナアイのプロジェクトチームが最初に思い描いていた構想が今現在の姿でありますよう。そして全てのVtuberに幸あれ。嘘じゃないよ。嫌いなVtuberもいるが、長く続けていることは素直にすごいと思う。その一点に関して言えば尊敬に値する。その一点に関して言えば。





 さあ、そろそろ目も疲れてきたことだろう。明日一日くらいVtuberから離れて、家族と、友人と、恋人と過ごすのも悪くない。
そう、レディ・プレイヤー1のように。


書いた人:FAQちゃん


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