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こまきさわこ プロフィール  高校編 -3-

《差し込む光が強いほど、闇が際立つ》 高校編 -3-

※今になって、前半、後半だけじゃ終わりきらないことに気づきましたwというわけでタイトル変更しております。

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・親との関係や、夢のこと・

高校入って1学期まではまだ、後戻りできそうな感じだった。一番最初の三者面談でうちの母に先生が「この成績なら慶應入れますよ」と言っていたのを覚えている。(父は慶応出身で、私に行って欲しかったのもあり、母はとても嬉しかったと思います)

まだ『いい子ちゃん』だった私もそれを聞いていて嬉しかったし、勉強も頑張らなきゃなーとは思っていた。と同時に、第一志望の高校受かった!!ということで気が抜けてしまった自分も感じていた。

そして、私の人生が決定的にエリートコース(?)から外れて右肩下がりとなる決定打になった出会いがここで起こる。

応 援 団!! ダダン!!w


(あ、「ちなみに応援団でした」って言うと「え?」と怪訝な顔されます。女子が応援団って???ってことなんだと思いますが、チアガールなんて呼び方ではなく、女子も男子も“応援団”でした。笑 以後お見知り置きよろしく。笑)

なんかピンと来た。お誘いが来て、集まりに出て、迷うことなくやることを決めていた。

そしてこれが楽しかった!!!!!!
ハマりにハマる。

それまでの人生で、こんなにも楽しいなと思うこともなかった。
というより、苦しさしかなかった。笑

私は子供の頃に日本舞踊を習い、4歳の頃からお神楽(神社の巫女さんが踊ってるやつね)を舞っていて、踊るということがそもそも大好きだった。だから、練習も楽しくて仕方なかった。自分を表現できる喜び、解放する喜び、そして上手いよねって言ってもらって、女子のサブリーダーの立場にも選んでもらったりした。

( 体育祭ではTシャツをデザインして着る機会があり、これを考えさせてもらって、考えるのも楽しければ、それがみんなにめっちゃ褒めてもらって、喜んでもらえたのも、すごくすごく嬉しかった。(大人になった時にみんなに会った時に「本当にTシャツ良かった。今でも小牧が作ったTシャツ持ってるよ」ってみんなに言ってもらったのも本当に嬉しかったです。 )


突如自分の人生に舞い込んできた、キラキラした時間!!

自分が全てを忘れるほど楽しくて、没頭できて、自分自身であることで喜んでもらえて、お役に立てて、感謝される。
真っ暗闇だった私の人生に強い光が差し込んだ瞬間。

そして、その喜びを知ってしまった以上、もう母の言うことを聞けなくなってしまった。

勉強なんてする気がなくなってしまったんですね。w
まぁ、それまで我慢に我慢を重ねて、そして、無理矢理に自分を縛り付けてやっていたその反動です。


そりゃそうなりますよね。

人生レベルで16年間、無理やりダイエットさせられてきたようなもんです。

美味しいケーキがあったら食べるよ!!!

止まらまくなるよ!!!w


そんでもって、“愛されたい”って思って頑張っていたけど、「これって私のためとか言ってるかもしれないけど、結局は親のエゴじゃないか?」と気づき初めてきていた部分もあり、余計に反発。

かと言って、その喜びを得たものの、それで今まで体験してきたことからくる、自分の内側のいろいろが帳消しされるわけでもなく、


光が強いからこそ闇が深くなり、

行きたいところが定まってもそちらに行けなくて苦しむ

と言うことが起こる。


つまり

『こっちに行きたい!』

『行くんだ!』

『私だって輝ける!』


と言う自分と


『親を悲しませてなんてダメな娘だ』

『最低で最悪な自分なんて幸せになんてなっていいはずがない』

『どうせ無理じゃないか、お前になんて何にも出来ないんだよ。期待すんな』

『そもそも、その夢なんて本物な訳?嫌なことから逃げたいだけなんじゃないの?』

『はぁ?“好き”とかそんなもので行動するなんて、ただのわがままで身勝手で無責任でしかないわ』


と足をひっぱる自分


この先長いこと、その構図で悩むようになった。


そんな中でも、自分の

『光に進みたい』

『もう我慢できない』


と言う衝動が勝つ。



でも行こうとすればするほど


自分のことが全く信じられない。

自分にそんな価値があるのかもわからない、いや、ない気がする。

失敗したら絶対に責められる。親だって反対している。

誰かを泣かせて、傷つけて、悲しませてやることがうまく行くはずがない。

自分を曲げられない。

みんなを幸せにするには、自分さえ我慢すればいい。

でも、できない。

嫌な思いをさせる。

私でいることは、誰かを苦しめること。


という概念が私の足を引っ張り、エネルギーを漏れさせる。


でもそれでも、『こっちに行きたい』

でも『行けない』

でも『行きたい』

今となっては自分の魂の叫びだと思います。
自分を大切にしたい!自分として生きたい!という自分自身からの叫びだと思います。

その衝動や想いを止めることができなかった。
そして自信はないものの、直感的に、感覚的に、身体的にも、こっちが正しいとどこかわかっていた。

何より、“喜び”がある。


でも、当時の私には親を裏切るという意識がとても強くありました。
わがままでしかなく、身勝手だという風にしか思えませんでした。


ずっと反対されてきているわけですし、泣かれてもいるわけですから。


また、これが正しいのかもわからない。
それまでずっと、親の意向に沿って生きてきたわけです。
だからそもそも、自分を信じて良いのか、これで良いのかもわからない。

もしかしたら、間違っている可能性だってあるはず。

そして、どうしようもない衝動が怖くて仕方なかったです。
衝動だから、衝動だからこそ、危ういと感じていた部分もありました。
(今となっては絶対的に正しいと思いますが)

冷静ではないし、頭で考えたことでもないし、

一般的にも、大多数的にも、“正しい”のは別の道。

でも

ただ、『これがしたい』

魂が惹かれる。

従わないと、絶対に後悔する。

そして、それだけは絶対に嫌だ。


それだけでした。

続く

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重くなるよっつったものの、

本当に重いかどうか

意識しすぎてわからなくなっちまったじゃねーか

というか、ちょっとライトなんぢゃねーか??

こんちくしょー!!(己への憤りw)


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