見出し画像

自己肯定感をあげる3つの方法 その2

今日お伝えするのは、2つ目の方法です。

ぶっちゃけて言いますと、昨日の一つ目は

単なる小手先なテクニックで、じつは心理学ですらありません。笑

それでも効果はやり続けるほど、出てくるのでぜひ習慣にしてみてくださいね♪


しかし面白くなってくるのはここから。

皆さんが「いかに人を愛していくか」の本領を発揮できるイイところです!


2、自分という存在の全肯定

端的にいうと

『自分の愛までおりて自分の存在を肯定し、

その上で未熟さを理解し許すこと』

です。


昨日、自分の言動を肯定したらいいのだけど、

でもごまかしちゃう事とか良くないことやっちゃったりってあるし、

そんな言動は肯定しづらいですよねと言いました。

でも、このレベルになると、

そんな言動も許せるようになります。


例えば、誰かに嘘ついちゃったとします。

そんな時は自分を責めますよね。

自分がされたら、相手を責めます。

(実際に行動するかは別としてもね)


でもここでは、その下にあるもの

その奥にある本質を見ていきます。

それは

“本当はどうしたかったの?”

“どんな気持ち(感情、感覚)だったの?”

という部分。


私たちは気分のいい時に

誰かを傷つけたり、嫌なことをしたりってしません。


悲しかったり、苦しかったり、

痛かったり、絶望してたり、

余裕がなかったり

そんな時に

誰かに意地悪したり

しちゃダメだなってことをしちゃったり

言っちゃったりする

そして後悔します。


でも、

“本当はどうしたかった?”と聞くと

“そりゃ、大切にしたかったよ”

とか

“できることなら◯◯したかったよ”って

必ず愛の方向への答えが返ってきます。


私たちは、”誰かに優しくしたい

誰かを幸せにしたい

誰かを愛したい

誰かの役に立ちたい生き物なのです。



個別のセッションでも

ココロジカンでも

授業でも

いつもお伝えするのですが

大切なのは『言動』ではなく

この

“本当はどうしたかったの?”

“どんな気持ち(感情、感覚)だったの?”

という部分。

これが本質的な部分です。


そして、私たちの本質は”愛”でしかない。


誰かと喧嘩しているとして

それでも腹を割って話して行ったら

本当に些細な行き違いがあっただけで

蓋を開けてみたら

お互い思いやっていただけだったなんて

本当によくある話です。


でお伝えしたのも、こういうこと。


自分の事を”言動レベル”でジャッジせず、

『でも本当は頑張りたかったよなぁ』と理解し許す。

存在は素晴らしいという事実を揺るがさない。


私たちは愛でしかない。

けれど、未熟だからそれができない時がある。

でも、それでいいんだ。

人間だから。

それでも素晴らしい。

そして、未熟なりにも努力して成長していこう。


こう本当に肚落ちさせることができれば

自己肯定感は勝手にどんどんと上がっていきますよ♪






この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?