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第1回過去問の解説(その2)


 前回の続きの第1問(紛争事例問題)小問(2)の解説から始めます。

第1問小問(2)

 Xは解雇無効を訴えているので、①「雇用契約上の地位を確認する」、無効な解雇がなければ当然②「支払われていたはずの毎月の賃金を支払え」の2点を請求することになりますが、本問では、Xの退職日が5月31日、Xの6月分賃金の支払期日が6月25日、特定社労士試験日が6月17日でしたから、まだ退職の翌月(6月分)以降の個別の賃金債権が確定して債務不履行に陥っている訳ではない(支払の遅延はない)のですが、支払済みまでの遅延損害金年6%(民法改正前の商事債権)まで併せて書いて請求すべきだと私は思います。第1回の特定社労士試験でそこまで気の付いた受験生がどれだけいたでしょうか・・・。また、出題者がそこまで要求していたのかも不明です。

 回答例は次のとおりです。

①    Xは、Y社に対し、労働(雇用)契約上の地位にあることを確認するこ  とを求める。

② Y社は、Xに対し、平成18年6月から毎月25日限り、金19万円の金員および各支払日の翌日から支払い済みまで年3パーセント(当時は6%)の割合による金員を支払え。


(注1)民事訴訟法上のルールにしたがって、このような書き方が決まり文 句になっています。その理由などについては、後日、説明しますので、今はこのように書くのだなという理解で十分です。第1回当時は、民法改正前で株式会社の行為はすべて商行為なので、民事法定利率5%ではなく、商事法定利率6%が適用されていました。今なら、法定利率が統一されて3%になります。ちなみに、このタイプの設問は、最近は小問(1)になっています。

(注2)第1回では第1問小問(2)になっていますが、第2回以降第1問小問(1)で問われてきています。無効な解雇期間中の賃金を請求することについて、菅野労働法P802-803の「(8)解雇の無効」とP803-805の「(9)解雇期間中の賃金」に請求出来る根拠のことが書かれていますから、(この論点を問われることはないと思いますが)この箇所を読んでおいてください。プレップ労働法ではP102「(2)未払い賃金」にサラッと書かれています。


第1問小問(3)

 本問では、Xの代理人として、「Y社の当然解雇になるとういう主張に対してどのような主張ができるか」と問われています。ここで、実際の設問から、少し考え方を変えてみます。まず、Y社がXを解雇するという行為があり、このときY社は自らの行為(解雇)が有効(合法)と考えているからこの行為に出たのです。一方、Xはこの解雇は無効(違法)で自分はY社に勤務し続けられるし、給料ももらい続けられるのだと考えて反論する訳です。これが、この設問の個別労働紛争の単純な図式です。

 では、Y社は、何を考えて、どう行動したから、解雇は有効(合法)と言えると考えているのでしょうか。また、Xは、Y社のどのような考えと行為が解雇を無効(違法)にしていると考えているのでしょうか。(全過去問を分析して思うのですが)受験生に、これらを答案上で戦わせる(論理的に書き並べる)のことができる力があるかどうかを試すのが、第1問で主に問いたいテーマだと推測しています。それでは、それを、前回説明した「整理解雇の4要件(要素)」に当てはめて、書き出してみましょう。

(Y社の考えと行為)

1.人員削減が緊急課題と言えるほど経営状態が悪化している(累積赤字、民事再生寸前など)。

2. 支店数の削減(一部は閉鎖)による経費削減(赤字の縮小)をする際に、希望退職者の募集、出向、転籍、雇用期間満了の雇止め等とともに、全社員一律の賃金20%カットなども実施して、雇用の確保に努力してきた。

3.「地元雇用社員」は、就業規則に定められた解雇事由(勤務する支店の廃止)に該当するので当然解雇になる(地域限定でない正社員のように、全社的な転勤、出向、転籍まで世話をする必要はない)ところであるが、賃金2カ月相当分の特別退職金を上積みしてあるし(代償措置と言います。)、X以外の地元雇用社員はすべてこの解雇に応じた(Y社の考え方と行動は世間的に受け入れられているという証拠)。

(注)地域限定社員を整理解雇する際に、正規雇用社員と同程度に、社内で  移動先を探す義務が使用者側にあるのか?というのは大きな論点です。裁判例は、徐々に労働者側有利に考える(使用者側に広範な移動先の探索義務を課す)方向になってきています。下で、詳しく説明します。

4. 従前から、Y者の経営状況が悪化していることは社内では知られていて、人員削減が起こりうることをXは予想できた。Y社は、就業規則に規定された解雇事由に基づいて、4月30日に1カ月後の5月31日付けでの解雇を労働基準法に従って適法に予告した。

(Xの反論)

1.確かに、経営状況が悪化していて人員削減が必要であることは、自分が解雇になるということを除いて、理解できる。

2.Xが地元雇用社員だからといって、勤務する支店の廃止即解雇というのは、余りに短絡的思考で有り、「雇用期間の定めの無い一般社員と同様に、全社的に転勤、出向、転籍等の雇用維持の努力をする義務があった」(注1)のに、それを実行しなかったのだから、解雇は無効である。

3.なぜ、自分(X)を含む「地元雇用社員」が、雇用維持の検討対象にならずに、いきなり解雇の対象にされたのかの理由が示されていない。

4.確かに、経営状況の悪化に伴う人員削減は予想できたし、就業規則の解雇事由に該当し適法な解雇予告が実施されて、一連の手続が粛々と成されてきたことは理解できるが、解雇される社員の納得を得るという意味での手続が足りず、X以外の地元雇用社員からも不満が出されている。


(注1)本問の設例では、「雇用主は、地域限定社員に対して、その勤務する地域の職場が廃止されたら解雇できるという就業規則の定めがある場合でも、全社的な、転勤、出向、転籍などによる雇用の維持の努力義務を負うのか?」という論点をどう解決するかということが、「XとY社の言い分のどちらが通るか(勝つか)」を決めるポイントになるということです。結論を言うと、「Y社はこの努力義務を負っているのに、十分に果たしていないから、Y社の負け」ということになると思います。菅野労働法「P793-800(5)整理解雇」に詳しく載っているので、読んで置いてください。プレップ労働法はP96-101「4 整理解雇」も併せて復習してください。

(注2)このタイプの設問は、最近は小問(2)になっています。また、最近は、Xの主張を基礎づける事実を箇条書きさせるというスタイルなので、このときとは書き方が変わっていますが、それは第2回以降の過去問の解説で説明します。

 閑話休題。さて、この小問(3)の回答例ですが、次のとおりになります。

(回答例)

労働契約法第16条「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする(解雇権濫用法理)。」と規定されている。本件Xの解雇は、Y社の経営悪化に伴う人員削減のために行われたものであり、同法同条以上に厳格な「整理解雇の4要件(要素)」を満たす必要がある。本件でY社は、Xが地元限定社員であることを理由に、一般の正社員と同様の雇用維持のための転勤、出向、転籍等の検討を行うことなく就業規則の解雇事由該当や退職金の上積みを理由に解雇に踏み切っており、解雇回避努力の不履行として解雇は無効である(字余り)。

(注)解雇権濫用法理の上に整理解雇の4要件(要素)が乗っているという構造まで答案に書いていくと字数制限を超えますし、ここで出題者が書いて欲しいのは「解雇回避努力義務違反」であるということだろうと思われるので、思い切って最初の2行余りを省略する方が、実際の答案としてはベターだと思います。しかし、ここでは、読者の理解のために、あえて書いておきました。私は、ここでは、太字にした箇所(解雇回避努力の不足)を根拠に整理解雇の4要件(要素)を満たしていないので解雇無効と結論付けました。もっとも、就業規則の解雇事由該当や退職金の上積みを理由に解雇回避努力義務はあってもそれを超える努力をY社がしているのだから、Y社はここを満たしているという評価もあり得るのだとは思います。裁判例が、「4要件(個別の要件をそれぞれ満たしなさい)ではなく、4要素(総合考慮・検討して一定レベルに達すれば解雇有効)と言い出した」点を考慮すると、この判断も的外れではないと思います。最後に、設問が「具体的にどのような主張ができますか」で結ばれているので、Xの主張の肝を決め台詞として書く必要があると考えます。Xの側から主張するなら、「解雇は無効である(だから労働契約は継続されている)」を言っておかないと話にならないと思います。


第1問小問(4)

 本問では、「Y社の立場で紛争の解決を図るとした場合、実際上どのような方向に向けて具体的に努力することが考えられるか」が問われています。

 昔、オールナイトニッポン(ラジオの深夜放送)でパーソナリティの笑福亭鶴光(鶴瓶ではない)が、よく叫んでいました。「世の中銭や~!」と。「地獄の沙汰も金次第」とも言います。冗談はこれぐらいにして、現実問題として、金銭解決というのは万能です。仮に、Y社が5百万円支払うと言えば、Xは納得するのだと思いますが、それでは、せっかく、ここまで検討してきた「解雇回避努力違反」を治癒(チユ)するという方向で具体的に努力するということにはならないと思います。また、Xが、その請求で復職を求めているという事実に鑑みると、ここで求められる回答例は、次のようになります。「(万能薬の)金銭解決は最後の手段!」だと覚えておいてください。もう1点気を付けて欲しいのは、第19回の出題の趣旨を読むと、単に「金銭解決もあり得る」というのはダメで、例えば、金銭解決がふさわしい根拠とか、具体的な金銭の額とその計算根拠を示すことが求められるようになっています。

(回答例)

Xが復職を求めていることを前提にすると、Y社は、Xが地元限定社員であるということを理由に、雇用期間の定めの無い一般社員と同様に全社的に転勤、出向、転籍等の雇用維持の努力をすることなく解雇に踏み切ったのだから、改めて、このような雇用維持のための検討を行って、Xの請求に応えるべきである。しかし、Y社の努力が実らず、Xの満足の行く結果が得られなかった場合には、特別退職金のさらなる増額によるなどの金銭解決もやむを得ないものと思われる。

(注)ちょっと、歯切れの悪い書き方になっていますが、ここでは理想の解答を示すこと目的ではないので、文章の推敲は省きました。


第1問小問(5)

 第1回と第2回は、特定社労士試験初年度で、人生経験と社会経験の豊富なベテラン社労士が主な受験生でした。そこで、能力担保研修も試験問題も、そのような人たちへの配慮(ボーナス)がなされていたのではないか?と推測しています。いわゆる法的三段論法を使わずに回答できる問題が含まれています。ベテランで似たようなシチュエーションを経験していたら回答は簡単なのですが、若手で経験がないとどう回答したらよいのかと悩んだうえで、なんとか答えをひねり出さなければならなくて苦労したのではないかと推測します。

 例えば、第1回第1問小問(5)は、「Xとしては、Y社側からXに対して振り込まれた2ケ月分相当の退職金についてどうすべきでしょうか。具体的な対応策についての見解を解答用紙第5欄に200字以内で記載しなさい。」です。一方、出題の趣旨は、「会社から振り込まれた2ケ月分相当の退職金について、そのまま受領してよいか、解雇の承認の問題についての理解を問うもの」となっています。

 この問題は、どこから来たか?実は、昭36.4.27最高裁二小判決・八幡製鉄事件と昭35.1.27大阪高裁判決・八木組事件がベースになっているのではないか?と推測しています。結論だけ書くと、解雇された労働者が異議なく特別退職金を受領したら、「解雇の承認」をした黙示の承認があったことになるという最高裁判決と異議を留保して受領した場合は承認にはならないという大阪高裁判決があるということです。

 (最近ではこのようなスタイルの出題はないのですが)上述の判例の考え方を踏まえた回答のポイントとしては、①XとしてはY社に対し、解雇を承認したわけではないので、(賃金の)2ケ月分相当の特別退職金名目の金員を受領する意思はないことを、②後の紛争の際に証拠となる方法で伝える必要があります。

 ベテランなら、「あっ、それなら内容証明郵便で、解雇の承認拒否と特別退職金相当額は受領せずに預かっておくと伝えておけばよい」とピンときて、10点満点の少なくても5点はゲットとなったかもしれませんが、若手なら①の方は思いついても、②の方は果たしてどうしたものか?と悩むのではないかと思います。

 ここから、②をどうひねり出すか?が6点取れるかどうかの分かれ目です。要するに、①の内容を相手(Y社)に伝えたことを後日証明ができれば良いわけです。例えば、LINEでのやり取りなら、通信の内容・当事者・日時まで記録出来ますし、FAXを送信すれば、受信のFAX番号と受信日時の記録が残ります。私の経験から言うと、内容証明郵便に配達証明を付けて送付するというやり方で、(相手が送られていることを事前に察知していて)受領されずに戻ってきて困ったことがあります。また、内容証明郵便を送るのは余りに好戦的に見えるので、手紙のコピーを残して、簡易書留にして郵送するというソフトな方法でも、後日、相手は手紙を受け取っているのに、こちらのコピーとは違う内容だと主張するのは難しいし、本問の内容程度の意思表示を否定するというのも大人げない(見苦しい)ので、こちらの主張が通る可能性は高いと思います。よって、若手の方たちがそのとき思いついた上述の代替方法で、その写しや記録を残しておくという回答でも、②の回答したことになるのではないか(2024年なら内容証明郵便と大差ない)と考えています。だから、もしこんな場面に出会ったら(もうこのような設問はないと思いますが)、(その時代の)そのものずばりの知識や経験がなくても(諦めずに)、採点者が求める回答のポイントから遡って、何とか回答をひねり出してください。

 実は、第1回第1問小問(5)の解き方には、ポイント③があります。第1回第1問小問(5)は、「Xとしては、Y社側からXに対して振り込まれた2ケ月分相当の退職金についてどうすべきでしょうか。具体的な対応策についての見解を解答用紙第5欄に200字以内で記載しなさい。」です。一方、出題の趣旨は、「会社から振り込まれた2ケ月分相当の退職金について、そのまま受領してよいか、解雇の承認の問題についての理解を問うもの」となっていますから、上述の解雇拒否の意思を示さずに受領したらダメと書くことで、判決例の趣旨は生かせるのですが、③預かった2カ月分の特別退職金をどう扱うか?という論点には答えていないことになります。

 想像してください。「解雇は無効なので特別退職金相当額は受領出来ません」と文書で意思表示しておきながら、Xがその金員を銀行口座から引き出して消費したら。Xが意図せずに、引落しがあって、当該口座の残高が、特別退職金相当額を下回ったら。Y社から見たら、文書では受領を拒否しておきながら、実質受領して消費しているじゃないか、解雇を認めているのと同じじゃないか、ということになりかねません(主張として合理的)。また、Xの筆が滑って内容証明郵便に「未払賃金額と相殺だと主張したとして」も、そんな債権は紛争途中で未確定だから相殺できないと反論されたらジ・エンドです(注)。だとすると、Xとしては、この金員(Y社のもの)をさっさとY社に返金するか、自らの手の届かない所にY社との紛争が解決するまで安全に保管しておく必要が生じるはずです。つまり、ポイント③は、特別退職金相当額の金員を「速やかにY社に返金する」か、「安全なところに隔離・保管する」という手立てを講じる義務がXにはあるという点です。

 一番簡単なのは、Y社の銀行口座に当該金員を振り込んで返金し、内容証明郵便に「解雇は無効なので特別退職金名目の金員は受領できない。よって、Y社の銀行口座に振り込んだ」と書いて送るという方法です。Y社としては、当該金員をXの口座に振り込んだことで、弁済の提供をしたのにXが受領を拒否したのだから履行遅滞(債務不履行)に陥る(後日Xから支払う気はなかったじゃないかと主張される)おそれはなくなるので、Y社から再度Xの口座に振り込むという面倒なことはせず、普通なら、紛争が解決するまで、会計上「預かり金」科目で保有しておくことになるから、当該金員をめぐる取扱いはここで一応止まります。

(注)ここで、相殺(民法505条1項)について、少し勉強してみてください。Y社が退職金名目で振り込んできた賃金の2か分相当額は、本来、XからY社に返還すべき(受け取る理由のない)金員です。一方、解雇が無効だったらXがY社からもらえるであろうと期待している未払い賃金は、Xの勝ち(解雇無効)が決定していない以上、まだ、もらえるかどうか分らない未確定の債権です。だから、筆が滑って、内容証明郵便に「退職金名目の振り込まれた金員と未払いの賃金相当額を相殺する」とまで記載したら、出来もしない(相殺適状にない)相殺の意思表示をしたことになり、減点の対象になると思いますから、要注意です。詳しくは、潮見民法P302-307「第5章 相殺」を参照してください。法律学小辞典5にP808-809に「相殺」、P809に「相殺適状」と「相殺の抗弁」が載っているので、それらも見てください。

 ここまでは、読んでいただいてご理解いただいたと思います。

 それでは、なぜY社は、この特別退職金名目の金員を振り込んできたのでしょうか?Y社は、この解雇は適法だと考えているが、Xが気の毒なので特別退職金を支払って、自らの主張を補強したい(または、会社側の誠意を示したい)と考えて、さっさと振り込んで(支払って)しまい、もしXがそのまま受領して解雇を受け入れてくれたらこれ幸い、と判断したかったからだと思います(最高裁の判例どおり)。よって、解雇無効を主張するXとしては、意地でもこの金員を受領することはできないはずです。解雇は無効だけどお金は貰っておきますというのは、法的紛争をする者としては脇が甘いといわざるを得ません。

 Y社との紛争の結果Xが勝てば、未払い賃金に充当すれば良いし、Xが負ければそのまま特別退職金として受領すれば良いので、(Y社の金だが)当面預かっておくとXが考えたときです。厄介なのは、先ほど述べたように、当該金員を安全なところに隔離・保管する方法を考えることになります。

 私が最初に考えたのは、「供託」です。法律学小辞典5のP248に供託が載っています(今後出題されるかも知れないので、一度読んでください。)。残念ながら、本問の場合、供託できません。となると、銀行で別段預金でも作って預かって貰うか、弁護士に頼んで預かって貰うか、少なくともX名義の(残高ゼロの)別口座に移して一切手を出さないようにする必要が生じますし、さらに、「こうこう安全に隔離・保管しています。いつでも請求があれば弁済します。」と内容証明郵便に記載する必要まで生じます。もっと厄介なのは、Xが保管している間の法定利息が発生して、万一、返還することになったら利息を付けて返金になるかもしれないという問題です。

 以上のように検討してくると、やはり、Y社の銀行口座に当該金員を振り込んで返金し、内容証明郵便に「解雇は無効なので特別退職金名目の金員は受領できない。よって、何年何月何日に金○○円をY社の銀行口座に振り込んだ」と書いて送るという方法がベストだという結論に達しました(返金してしまえば通知はなくても退職を拒否したことになりますが。)。ここまで答案に書いてこそ、「そのまま受領してよいか、解雇の承認の問題についての理解を問う」という出題の趣旨に対する回答になるのだと思います。

 「解雇を認めた訳ではありません」と言いながら、特別退職金名目の金銭を自分の手元に置くと言うことは、事実上、当該「金の受領=解雇を承認した」と受け取られるおそれがあるので、もっと慎重に行動しましょう、と出題者が意図していたとすると、これはベテランへのボーナス問題でもなんでもないということになりそうです(ただし、とにかく合格者をたくさん生み出したい試験なので採点基準が相当甘かったというのは想像できます。)。と言うより、受け取る理由のない金員が自分の銀行口座に入ってきたら、振込主に返してしまえば良いと単純に考えて実行するのが、(法的にも)一番簡単で間違いのない対処の仕方だという結論になりました。

 しかも、お金を返してしまえば、解雇を受け入れたと誤解されるおそれもなくなるので、ポイントの①と②が多少雑(内容証明郵便でなくても)でも、余り問題とはならない(手紙でもFAXでもいいから、「解雇は無効だからこの金は受け取らない」と書いて送っておきさえすれば、文書の内容や真実性で争われる可能性が極めて低い)ので、内容証明郵便という厳格な手段を知っていなくても、合格点を貰えるのではないか(新人でも十分戦える)と考えるに至った次第です。

 小問(5)の回答のポイントとしては、①XとしてはY社に対し、解雇を承認したわけではないので、(賃金の)2か月分相当の特別退職金名目の金員を受領する意思はないことを、②後の紛争の際に証拠となる方法で伝える必要がありますと書きましたが、振り込まれた金員の扱いまで考えるというポイント③を加えると、相当捻った問題になっているということが、ご理解いただけたでしょうか。かなり回り道をしましたが、この小問(5)が孕む論点を一通り検討した過程と結論は以上です(くどいようですが、このときの採点基準は相当甘かったと思います。

 さて、この原稿を書きながら、なぜ、ここまで分析・検討を進めたかと言いますと、潮見佳男他編著「Before/After 民法改正」2017年9月11日刊弘文堂という本を読んでいて、「小問(5)はそんなに甘いかな?」とふと頭に浮かんだからです。この本は、今回の改正の前と後で民法の内容と事実への当てはめがどのように変わったかを、事例形式で多数の執筆者が分担して書かれていて、昔の民法の知識のある人の洗い直しに役立つのと、事例を使って民法の実務への当てはめのやり方を手厚く書かれているので、基本書ではないですが、かなり参考になると思ったので読んでいました(実際、予想通りの実用的な本でした)。民法の改正前の知識をお持ちの方は、この本で、頭の中を整理されることをお薦めします。

 まあ、ここまで手間暇をかけて分析しなくても、ポイント①と②を書いて、(間違っているとしても)預かった金は相殺すると書いておけば(余計なことは書かない方がベターですが。)、その金の扱いについては触れる必要がなくなるのだから、法律の専門家を目指す訳でもない特定社労士試験の勉強としては十分じゃないのか(5-6点は貰えるだろう)?という考え方もあるとは思いますが、他人様の答案を添削するとなると、このぐらい勉強しておかないといけないと思う、今日、この頃です。ということで、回答例は省きます。ご自分で考えてみてください。

 次回は、第2問(倫理事例問題)を書きます。

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