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第2回過去問の解説(その1)

 今回は、第2回第1問の小問(1)について解説します。私の印象としては、第1回より第2回の方が、かなり難しいですね。実際、合格点・合格率ともに第2回の方が低いですから。

 本問では、申請人(中途採用された労働者)Xの勤務態度や勤務成績の善し悪しによる解雇の妥当性(有効性)が争われており、①勤務態度不良による解雇、②職務能力不足による解雇、③職種や地位を特定して中途採用した労働者の能力不足による解雇、④地位特定者の解雇を補強する条件の4つの論点が問われています。第1回と第2回は、同じ平成18年に実施されているので、第1問(紛争事例)、第2問(倫理事例)ともに、(後出しジャンケンで、第2回の受験生が有利にならないように)第1回と第2回では論点も出題形式も変えてあるのかな?(難易度の差が生じないようにすることまで考えると、出題者は相当苦心したのかな?)と推測しています。

 解雇は頻出のテーマですから、基本書を何度も読んで理解していただきたいので、菅野労働法 P775―813「第2節 解雇」とプレップ労働法P91-104「Ⅰ 解雇」を熟読してください。

 解雇の論点が出題されたら、常に思い出していただきたいのは「解雇権濫用法理」=労働契約法第16条(解雇)「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」です。本問のXはY社と無期雇用契約を締結しているだから、同法同条が適用になりますが、もし有期雇用契約を締結していたら、同法第17条や第19条が適用になります。いずれにしても、根底に流れるのは「解雇権濫用法理」の考え方であることを覚えておいてください。


 以下、4つの論点について順番に書きます。

①    勤務態度不良による解雇および②職務能力不足による解雇(普通の長期雇用労働者の場合)

 菅野労働法P790―793「(4)勤務成績不良者に対する解雇」が直接の該当部分となります。ただ、整理解雇を含む解雇全体の説明文を読んだ方が理解しやすいので、(くどいようですが)菅野労働法はP775―793「第7節 解雇」から読まれることをお薦めします(第1回と同じです。)。

③    職種や地位を特定して中途採用した労働者の能力不足による解雇および④地位特定者の解雇を補強する条件(①②とは基準が違う)

 菅野労働法ではP791-793「(4)(イ)転職市場型企業における勤務成績不良解雇」が直接の該当部分となります。ただ、(繰り返しますが)整理解雇を含む解雇全体の説明文を読んだ方が理解しやすいので、菅野労働法はP775~「第7節 解雇」から読まれることをお薦めします。

 付随的論点として、⑤通勤手当の不正請求と懲戒がありますが、本問では、Xに対する懲戒(例、減給や出勤停止)ではなく、普通解雇事由の補強材料として扱われているので、懲戒の説明は別の機会にします。興味のある方は、菅野労働法P700―718「第2款 懲戒」とプレップ労働法P76-90「第3章 懲戒」を読んでおいてください。

 検討の道筋を示すために、私が第16回の受験のときに作ったノートの抜粋を次に貼ります。要件・効果以外の注意点も書いてあります。

『第2回

(1) 勤務態度不良による解雇

① 労働者の勤務態度不良は、労務提供義務の不完全履行であり解雇理由となり得るが、懲戒解雇となる事案は少なく、普通解雇とされる場合が多い。

② 勤務態度の不良は、一つ一つの出来事は些細なものであっても、このような事情が恒常的に繰り返されると、勤務態度の不良が重大であると判断され、しかも、使用者側の再三再四にわたる注意・指導にもかかわらず労働者が一向に態度を改めないと、懲戒解雇が認められる場合がある。

③ 勤務態度不良による解雇の妥当性は、問題行動の反復・継続性、使用者側の注意・指導の有無などがその判断要素となる。

(2) 職務能力不足による解雇(次の要素が必要)

① 就業規則に解雇事由の具体的記載があって、それに該当すること。

②    単に能力が他の従業員に比べて劣っているというのでは足りない。

③    その程度が著しいため改善の見込みがないと認められること。

④     会社の統制上又は営業面で看過できないほど広範囲かつ深刻なものであること。

⑤ 当該従業員を他の業務に配置転換するなどの方法によっても回避しがたい状況に至っていること。

(3) 職種や地位を特定して中途採用した労働者の能力不足による解雇

① 地位特定者とは、会社が特定の仕事が出来ることを前提に、それを期待して賃金や権限を優遇して雇用された従業員である。

② したがって、このような地位を特定された従業員が、契約の本旨に沿った仕事ができない以上、契約の解除、つまり解雇されても致し方ないのである。

(4) 地位特定者の解雇を補強する条件

① 裁判で会社側は、労働者の能力不足を理由とする解雇の正当性を主張するために、雇用契約書の内容と、当該労働者の能力不足が債務の本旨に沿わないことを決定づける客観的な事実を、証拠として示さなければならない。

② 会社としては、このような解雇もあり得るとの前提で契約書を作成する必要がある。つまり、これが示せないと話にならない。口頭では不十分だが、答案で事実を列挙するときに書面契約書の記載等が足りなければ、口頭の通知・約束も(とりあえず)書いておく。

③ 地位特定者の雇用契約書のポイントは次のとおり。

(ア)雇用契約書を個別に作成する。

(イ)営業部長や製造部長などの地位を特定する。

(ウ)雇用契約書に会社が望む仕事の内容・成果を具体的に記載する。

(エ)会社が望む仕事の内容または成果を達成できなければ、解雇などの処分を行う、と一文を入れておく。

(オ)中途採用者で、即戦力として結果を求め、未達なら辞めて欲しいのならば、その地位に相応しい賃金の処遇や待遇を記載しておく。

(注)

「法的三段論法」

大前提

要件→効果(法命題)

小前提

事実→要件(事実へのあてはめ)

結論

事実→効果(具体的な価値判断)


 それでは、小問(1)を解きます。

小問(1)

Xを代理してあっせん申請をする場合の「求めるあっせんの内容」を、箇条書きしなさいと問われています。出題の趣旨と配点は次のとおりです。

〔出題の趣旨〕   Xの主張に基づいてXの代理人である特定社会保険労務士として都道府県労働局長にあっせんを申請する場合の「求めるあっせんの

内容」について、当事者間の権利関係を踏まえて請求すべき内容の記載を求めるものである。権利義務を踏まえての記載であるから訴状の「請求の趣旨」のように権利関係に立った記載として、本件の設例の請求すべき権利関係の基本的理解を問うもの。

〔配点〕 10点

 本問のように、特定社労士試験の第1問(紛争事例問題)小問(1)では、あっせん申請をする場合、「求めるあっせんの内容」はどうなりますか?それを訴状の「請求の趣旨のように」書きなさい、と問われるケースが多いと思います。

回答例

①   (申請人)Xは、(相手方)Y社に対し、労働(雇用)契約上の地位にあることを確認することを求める。

②(相手方)Y社は、(申請人)Xに対し、平成18年10月1日以降、毎月25日限り金50万円、毎年7月10日限り金100万円および毎年12月10日限り150万円ならびにこれらに対する各支払日の翌日から支払い済みまで年3パーセントの割合による金員を支払うこと。

(注)括弧内の申請人・相手方は、省略可能です。実際の調停やあっせんの申請書では、請求の内容をもっと細かく具体的に書く手もありますが(その方が和解の交渉が容易だから)、試験本番でそのようなことに時間を掛けることは無駄と考えますので、必要十分な短い文章で、しかも決まり文句を使って書けるよう練習してください。遅延損害金の法定利率は、当時は年6パーセントでした。

 念のために付け加えておきます。民事訴訟法に基づく訴状では、未発生の債権の請求はできないので、訴訟提起時に支払期日が到来している賃金等を書くことになりますが、調停やあっせんでは、そこまでの厳密さより、労働者本人が弁護士を起用せずに申し立てるということを考慮して、分かりやすく書く方が好まれます。よって、(不当解雇中に支払われるべき)未発生の賃金債権等も書いておきます。民訴法を勉強した受験生には、この辺は違和感のあるところだと思います。


 以下、なぜ、この書き方になるのかについて詳しく解説します。


「求めるあっせんの内容」=「請求の趣旨のように」


 第16回第1問小問(1)出題の趣旨には次のように書かれています。「解答にあたっては、本問が労働契約上の地位の確認という法的構成による請求を求めているので、「求めるあっせんの内容」は、訴状の「請求の趣旨」のように、地位確認請求の記載と、それに基づく賃金請求の記載を求めるものである。」

 この例のように、特定社労士試験の第1問(紛争事例問題)小問(1)では、あっせん申請をする場合、「求めるあっせんの内容」はどうなりますか?それを訴状の「請求の趣旨のように」書きなさい、と問われるケースが多いと思います。

(注)上の(注)の第2段落で書いたことと若干矛盾します。


 もう1つ例を挙げれば、第15回(令和元年度)第1問小問(1)は、有期雇用契約の契約期間中の解雇の事例で、「・・・本件解雇の無効を主張し・・・求めるあっせんの内容はどのようになりますか?」と問われています。河野順一さんの過去問集の模範解答例では、①「申請人Xは、相手方Yに対し、労働契約上の地位を有することを確認する。」となっているはずです(②給付訴訟の回答省略)。これは、繰り返し出題されて来た「求めるあっせんの内容」=「請求の趣旨のように」として、同模範回答例のように書けば正解とされてきましたが、何かおかしいとは思いませんか?

 なぜ、「申請人Xは、相手方Yによる令和元年9月末日付け解雇は無効であることを確認する。」と書かないのか???

 これは、民事訴訟法の確認訴訟における確認対象選択の適否の問題です。この点については、前述の参考図書の1つである山川隆一著「労働紛争処理法」弘文堂(2023年2月第2版)、「4 訴えの提起・訴訟要件 (b)確認訴訟」P133-136に詳しく説明が書かれています。簡単に言うと、過去の解雇の無効の確認を求める訴えは、過去の法律行為の確認を求めるものとして訴えの利益がなく、原則として、認められないので、現在の法律関係(雇用が継続している)を対象とするものとして訴え(確認)の利益を裏側から認めてもらうという請求をしているのです(地位確認訴訟と呼びます。)。ここで民事訴訟法の知識が要ると言うことがお分かりいただけましたね。

 確かに、解雇無効なら、模範解答例の書き方を決まり文句として覚えて書けば、それでOKなのかもしれません(「訴えの利益」なんて言葉は知らなくても)。しかし、例えば、①配転辞令の無効、②出向辞令の無効、③いったん書いて提出した辞職願の撤回・取消し、④内定取消の無効などの場合は、どうでしょうか?

 上述の「労働紛争処理法」によれば、①は「配転先Aでの就労義務が存在しないことを確認する(過去の法律行為だから消極的確認訴訟になる。)。」、②は「出向先Bでの就労義務が存在しないことを確認する(過去の法律行為だから消極的確認訴訟になる。)。」となっていますが、③と④については、直接の言及がありません。例えば、詐欺・強迫・錯誤に基づく瑕疵ある意思表示を原因とする辞職願を取消(遡って無効)にしたいなら「令和○年☓月△日付けで申請人Xから相手方Yに提出された辞職願の取消を求める。」という形成訴訟ができるのか(さらには、形成調停とか形成あっせんとかいう概念があるのか?)、それとも「申請人Xが、相手方Yに対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。」という地位確認訴訟の形態をとるのか?と迷います。④については、「令和○年☓月△日付けで相手方Yから申請人Xに通知された内定取消の取消を求める。」というのはいかにも変ですから、例えば「申請人Xが、相手方Yに対し、令和○年☓月△付けで雇用契約を締結する権利を有する地位にあることを確認する。」とするのかな、と考えます。

 何を言いたかったのかというと、第1問小問(1)は、配転10点でも侮ってはならないし、上述の「労働紛争処理法」という本には、その解答に役立つ個別労働紛争を民事訴訟法的観点から分析して、「第3部 労働法における要件事実」に整理してくれているので、答案を書く際の理論的根拠の学習に役立つと言うことです。


 次に、②(未払い賃金などの)給付請求部分について説明します。

そもそも、(解雇無効の可能性のある)合理的な理由なく解雇された労働者が、当該解雇が無効であるという判決等を得て職場復帰等する場合に、解雇されてから解雇無効判決等を得るまでの間の賃金は請求出来るのかが問題となります。菅野労働法P803-805「(9)解雇期間中の賃金」にその説明が書かれています。菅野労働法のP803-804の一部を抜粋して、次に書きます。

 『・・・、解雇されてから無効判決を得るまでの間の賃金は、その間の労働契約関係が存続していたものとして、双務契約における一方債務の履行不能の場合の反対給付請求権(民法536条)の問題として処理される。すなわち、客観的に合理的理由のない(または相当性のない)解雇を行った使用者には、解雇による就労者の就労不能につき原則として「責めに帰すべき事由」ありとなるので、労働者は解雇期間中の賃金請求権を失わない(同条2項)。しかし例外としてたとえば、・・・(略)。

解雇期間中の賃金請求権が肯定される場合には、その額は、当該労働者が解雇されなかったならば労働契約上確実に支給されたであろう賃金の合計額となる。これは、基本給、諸手当、一時金などにわたるが、通勤手当のように実費補償的なものや、残業手当のように現実に従事して初めて請求権が発生するものなどは除外される。』

 菅野労働法には、出勤率・出来高・査定や昇給・昇格の扱い、他の事業所で働いて得た賃金等の取扱いなどについても書かれているので、菅野労働法をお持ちの方は、該当箇所を読んでおいてください。

 「解雇無効なのだから、その間の未払い賃金は、支払って貰えて当然だ」と感情的にならず冷静に、しかも固定された金額ではない勤務状況に応じて決められる報酬(例えば、ボーナス)については客観的に、法律構成を考えましょうということです。

 ここで、もう1冊基本書を紹介しておきます。4月20日の記事に書きました特定社会保険労務士前田欣也著「【3訂版】個別労働紛争あっせん代理実務マニュアル」日本法令令和3年4月20日3訂初版(以下、「前田マニュアル」と略します。)です。前田マニュアルは、論点ごとの申請書と答弁書の書き方の解説が優れていますが、その前半部分も大変有用な情報がたくさん載っています。同書のP81-85「7 労働関係における危険負担の考え方」に、この賃金請求権の詳しく載っていますので、(いずれ必要になる)前田マニュアルを買って、この部分を読んでおいてください(「危険負担」は法律学小辞典5で調べてください。)。

 最近は、あまりこの②(未払い賃金などの)給付請求部分でややこしい出題はないのですが(過去にはあります。)、近い将来、上述のような変化球の出題がされることも考えられるので、賃金請求の部分について、しっかり準備をしておきましょう(上述のように地位確認請求の部分の準備も怠らず。)。


 次回は小問(2)の要件への事実の当てはめを検討します。


追伸ー1

 労働関係の相談業務の勉強のために、布施直春著「改正女性活躍推進法と各種ハラスメント対応」2019年10月19日第1版を読みました。第1部の法令の解説、ハラスメント規程の例ぐらいまでは、まあ知っているというか、よくある内容だなと思いながら読んでいましたが、第2部「企業の各種ハラスメント防止措置と発生時の対応」、第3部「ハラスメント被害者が発症するおそれのある精神疾患の種類、特性、職場における配慮のしかた」、第4部「従業員が精神疾患を発症した場合の使用者の義務・責任と社会・労働保険の取扱い」は、(少なくとも私には)目を見張る内容でした。

 セクハラやパワハラの民事訴訟による法的責任追及と並行して、労災保険、雇用保険、健康保険等の社会保険との重なりや控除のあり方について分析してあり、おまけに、それぞれの社会保険の申請から交付までの手続や行政等の審査基準などについても触れています。特筆すべきは、上司が部下をいじめたいわゆるパワハラを超えて、過労死や過労自死にまで至った労働者(被害者)とその家族のとるべき手段まで解説してくれていることと、パワハラの法的責任追及の際に、「上司の不法行為+雇用主の使用者責任」ではなく、雇用主の「安全配慮義務違反」を根拠にする方が適するケース(紛争の内容)の区分け(従来これが分りにくかった)のヒントを与えてくれたことです。最近の特定社会保険労務士試験対策を考えると、幅広に知識の習得に努めるべきと考えます。

 2番目のポイントについては、改めて、過去問でパワハラを扱うときに説明させていただきます。

追伸ー2

 昨年度の塾生と相談していて、①第1問の過去問を順番に解説して行って、都度、論点の説明をする方法(河野過去問集方式)と②論点ごとにまとめて説明をしながら、その中で該当する過去問の解説もしてしまう方法のどちらが理解しやすいかという話が出て、皆さん②が良いという意見でした。一通り勉強した受験生ならそう考えるものと想像します。一方、初めて特定社会保険労務士試験の勉強をする人から考えるとどうかなという気がしますが、今年は、②でやることにしました。

 今後の予定ですが、第2回の過去問の解説(その1~4)が終わったら、簡単な練習問題をやってから、第1問の構造の分析と攻略方法、第2問の構造の分析と攻略方法を書いて、普通解雇、雇止め、セクハラ・パワハラなどのテーマ別で論点と該当する第1問過去問を併せて10回で解説します(8月中旬まで)。

 以上の解説のまとめを書いたレジュメと第2問の全過去問解説集を昨年度の塾生用に作っていたのですが、それらの修正が終わったら、どこかで(8月末までに)公表します。



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