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第1回過去問の解説(その1)

 特定社会保険労務士試験がどのようなものか理解し、その受験勉強をするためには、まずは、過去問がどうであったかを知ることが大切ですから、第1回の過去問の解説から始めます。と言いつつ、長い前置きを書きます。
20年弱を経て、第1回から第19回まで変わらない出題形式の概略は、次のとおりです。
1.第1問(紛争事例問題)配点70点と第2問(倫理事例問題)配点30点の大きく2つの設問があります。
2.第1問は、小問(1)~(5)、第2問は(1)と(2)に分かれています。
3.第1問は、長文の1つの事例について5つの小問で質問してきます。
4.第2問は、小問(1)と(2)が別の事例の時も、事例は1つで違う角度から質問してくることもあります。
 原始的という表現が適切かどうかは分りませんが、最近の複雑で細かい論点を質問してくるパターンの原点になっているのが第1回なので、どのような試験を受けるのかを理解するために、まずは、第1回の過去問を解いてみたいと思います。併せて、質問への回答の仕方についても、少し頭出しをしてみたいと思います。
 全国社会保険労務士連合会のWebsiteから過去問と出題の趣旨を入手して読まれている(少なくともこの記事を読みながら参照できる)という前提で、これからの解説を進めさせていただきます。
 いきなり問題を解いても、何をやっているのか分りにくいでしょうから、実際の問題の前に、第1問(紛争事例問題)対策としての法的論点について説明します。
 労働法と労働紛争解決の方法の基本書を通しで読んでみても、なかなか頭に入らないというのが、現実かなと思います(私は、第16回の受験勉強のときに、そうしてはいませんが、遙か昔に法学部の1回生のときに経験しました。)。
 そこで考えました。19回分の第1問の過去問には、1回の試験で2~3の論点が含まれている(その中の最重要論点の見極めが大切)ので、第1回から順番に登場する論点(例えば、第1回は整理解雇の4要素)について、基本書の関係部分を示して読んでもらうようにしていけば、最終的には基本書の全体像は把握出来るし、出題されそうな論点はカバーできるのではないかと(各回の論点は、後日書きます。)。
 もちろん、過去問では問われていない重要論点もいくつかあります。例えば、第16回の能力担保研修のテーマになっていた「名ばかり管理職の未払い時間外手当」、コロナ禍で話題になっている「内定取消」、「働き方改革」が引き起こしたマイナス面などが考えられますが、これらについても関連する論点のところで説明するか、そのチャンスがなければ(後日)まとめて説明します。
 老婆心ながら、過去問を解くときに気を付けなければならないのは、最近の判例の傾向として(一概には言えませんが)使用者側に厳しくなりつつあるので、過去問の当時と現在では、勝敗の結論が変わっている場合がある点です(法改正で変わっているものもあります。)。よって、過去問の当時に書かれた模範回答と解説が、今では当てはまらなくなっていることがあることを頭の隅において、既存の過去問集などの解説を読んでください。
 ところで、論点、論点と連呼していますが、一体、特定社労士試験に出題されてきた論点のイメージが湧かないと思われる方も多いと思われるので、第1回の説明の前に、ここで大雑把に説明しておきます。
 最大・頻出のテーマとして「解雇」があげられます。「解雇」を細分すると、①普通解雇、②懲戒解雇、③整理解雇(例、第1回)、④諭旨解雇、⑤試用期間満了時の解雇(例、第16回)、⑥希望退職(肩たたき)、⑦雇止め、⑧内定取消(解雇類似)、⑨派遣切り(解雇類似)、⑩退職の意思表示の撤回(解雇派生)、⑪退職願の錯誤取消し(解雇派生)などになります(⑩と第19回で出題された⑪は全く違います)。
 第1回第1問小問(1)の解き方の頭出しを少し書きます。「解雇」の論点を検討する際には、労働契約法第16条(解雇)「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」が出発点になります。同法同条は、判例で確立された解雇権濫用法理を制定法化したものであり、解雇権濫用法理の考え方は、まだ生きています。よって、(同法同条が直接適用されるかどうか不明で)後述の法的三段論法で何を規範として採用するかに迷ったら、この解雇権濫用法理の「客観的に合理的な理由を欠くか?」と「社会通念上相当であると認められるか?」を使って、「使用者は解雇権を濫用しているので当該解雇は違法で無効である。」とするか、「・・・濫用には当たらないので適法で有効である」とするという最後の手があるということを覚えておいてください(注)。
 
(注)解雇権濫用法理の詳細な説明については、プレップ労働法P94-96「3 解雇権濫用法理」と菅野労働法P784~P789「(1)解雇権濫用法理の明文化(2)解雇の合理的理由・概説」に記載されています。ここでは、これらを読んでおけば十分です。もっと細かい論点について記載された箇所については、もっと先で勉強していただきます。法律学小辞典5のP80「解雇」、P87「解雇権の濫用」およびP88「解雇権制限法」も参考に読んでおいてください。
 
 セクハラ・パワハラ等の「不法行為」、サービス残業、固定残業代、名ばかり管理職等の「時間外手当関係」、賃金・退職金の一方的減額等の「労働条件の一方的変更」、勤務地限定・職種限定労働者等を中心とする「配転・出向命令」なども繰り返し問われています(注)。

(注)ここ数年の法改正(労働施策総合推進法、男女雇用機会均等法、育児・介護休業法、労働者派遣法、女性活躍推進法等)が、労働者が「介護をしている」、「女性である」、「子育てをしている」などという事情を考慮して、特定社労士試験の第1問(紛争事例問題)の過去問の回答にどのような影響があるのか?とか、「働き方改革」(働き方改革推進法、労働時間等設定改善法等)がどのような新しい論点を生じさせていて、どのように解くべきかいう難しい課題については、先で個別の過去問を解くときに解説します。ただ、新しい法令や厚労省のガイドラインそのものの知識を問うような出題はしづらい(この試験は法律の運用能力を試す試験であって、実務で使う細かな知識を問う試験ではない)ので、最近、この手の問題が出されていないのも事実です。

 さて、紛争事例を解いて行くには、次の「法的三段論法」を用います(出題されている小問はこのプロセスを小分けしたものであると考えられます。)。(注)

(注)実践法学入門P50-63「第3章 法の適用(1)法的三段論法」を読み返してください。

大前提
要件→効果(法命題)
小前提
事実→要件(事実へのあてはめ)
結論
事実→効果(具体的な価値判断)
 簡単に言い換えると、次のようになります。
①    規範定立(その論点を解決するぴったりのルールとその要件を選ぶ。)
②    事実のあてはめ(その要件に事実があてはまるかどうかを検討する。)
③    結論(事実が要件を満たしたから適法・有効、満たさなかったから違法・無効と判断する。)
(注)だから、論点ごとに違う規範の要件を覚えておく必要があります。それと、各要件に事実を上手くあてはめる訓練も必要です。

第1問小問(1)
 上述の法的三段論法に、第1問小問(1)の「Y社によるXの解雇が適法・有効であったかを判断する」という出題にあてはめてみます(話を極端に単純化します。)。
 まず、本問では、Y社がXを解雇した理由は、Y社の経営悪化による全社的人員整理の一環ですから、大前提を「整理解雇の4要件(最近は、要素)」とします(注)。次に、小前提でこれら4要件に会社側の(Xを整理解雇するまでの)事実にあてはめてみます。最後に、Y社の一連の行為等が「整理解雇の4要件(要素)」を満たすから解雇は適法・有効とするか、または満たさないので違法・無効とするかのいずれかの結論を導き出します。
 第1回特定社労士試験の第1問は特異で、小問(1)でこの整理解雇の4要件(要素)そのものを書かせていますが、第2回特定社労士試験以降の第1問では、この要件を書かせるというスタイルはなくなっています。代わりに、小問(4)か(5)で結論の法的見通しを書かせる際に、使った要件のキーワードをちりばめるように求めています。(繰り返しになりますが)よって、重要論点を解くために必要な要件の暗記と事実のあてはめの訓練は、試験対策として必須です。

(注)以前、解雇で困ったら「解雇権濫用法理」を使うと書きましたが、整理解雇の場合には、整理解雇のために裁判例で確立された、より厳格なルールである「整理解雇の4要件(要素)」を使います(満たせば整理解雇は適法・有効)。それは、①人員削減の必要性、②解雇回避努力義務、③被解雇者選定の妥当性、④整理手続の妥当性の4つの要件(要素)です。プレップ労働法P96-101「4 整理解雇」と菅野労働法P793-P800「(5)整理解雇」にもっと詳しく説明があります。
 
 以上の検討から、第1問小問(1)の回答例を書くと次のようになります。
 
①  人員削減の必要性(企業の合理的な運営上やむを得ない措置)
②  解雇回避努力(配転、出向、希望退職の募集等の実施)
③  被解雇者選定の妥当性(客観的で合理的な人選であること)
④  整理手続の妥当性(納得を得るための説明・説得、誠実な協議等の実施)
 
 小問(3)以下では(小問(2)は異質)、これらが適切に満たされているかいないのかを、両当事者がそれぞれの立場から主張(Xは不十分と言い、Y社は十分と反論する)立証(それぞれ主張を基礎付ける事実を並べる(注))という争いがなされているプロセスについて質問されます。
 
(注)実際の訴訟・調停などでは、主張事実を書き並べるだけでは不十分で、その主張事実の証拠を提出する必要がありますが、この試験では、証拠を並べるところまでは要りません。
 
 第1回特定社労士試験の第1問で問われている論点は、(1)整理解雇の有効性と(2)勤務地限定特約のある労働者の当該勤務地が廃止になる場合の解雇の有効性の2つです。本問では、(2)の論点については、(1)の論点の「整理解雇の4要件(要素)」の中の1つである「解雇回避努力」へのあてはめとして登場します(勤務地限定社員のために会社はどこまでしなければならないか?)。通常、勤務地限定特約の論点は、労働者による「配転・出向命令の拒否」の場合に問われる論点ですが、本問では、(ここで捻りが効いていて)逆に使用者側が配転・出向を検討して雇用を維持する努力義務があって、それを実行したかと問いかけられているという特異な設例です。第1回から、結構難しい出題だなと思います。
 したがって、まず、勉強していただきたいのは、整理解雇の4要件(要素)であり、プレップ労働法P96-101「4 整理解雇」と菅野労働法P793-800「(5)整理解雇」が直接の該当箇所となります。ただ、整理解雇を含む解雇全体の説明文を読む方が理解がし易いので、プレップ労働法はP91-103「Ⅰ 解雇」、菅野労働法はP775~「第7節 解雇」から読まれることをお勧めします。ここで気を付けて読んでいただきたいのは、P706中の「問題は、職種・勤務地を限定された場合であるが、この場合も、直ちに配転や出向措置を不要とするのではなく、解雇回避のための努力を求めるべきであろう」という箇所です。これが小問(3)と(4)を検討する際の基準になります(予告しておきます。)。
 勤務地限定特約そのものの論点がどのようなものか興味の湧いた方は、菅野労働法のP727-P735「1.配転」の中にあるP730-P731「(イ)勤務場所の限定」を読んでください。ちなみに、第10回特定社労士試験で、勤務地限定特約と整理解雇について、が最重要論点として問われていますので、第10回の過去問の解説のときに、もっと詳しく説明する予定です。残念ながら、プレップ労働法には、この論点に絞った解説がありません。しかし、まだ受験勉強を始めたばかりですから、P60-75「第2章 人事」を読み返しておくことをお勧めします。
 法律の勉強をしたことのない人には、いきなり、かなり難しい話になってきたのではないかと思います。そう感じた方は、実践法学入門を復習し、プレップ労働法をしっかり読み込んでから、この記事を読み直してください。まだまだ試験本番まで時間はありますから、基礎からしっかり勉強しましょう(急がば回れ!です。)。
 次回は、小問(2)から解説します。

追伸―1
 藤田孝典著「コロナ貧困 絶望的格差社会の襲来」2021年8月15日毎日新聞出版発行を読んでいて、今回のテーマになっている「整理解雇の4要件(要素)」に関する記載を見つけたので、紹介します。この事例での会社側の整理解雇は、果たして、適法・有効か?それとも違法・無効か?考えて見てください。
P182―P184**************************
 ダイヤモンド・プリンセス号、従業員の整理解雇の交渉例
 (略)
 その元社員3名が8月7日、解雇取り消しを求めて会社と日本法人社長を訴える裁判を起こした。
 提訴側の代理人弁護士は、「『整理解雇4要件』を十分に満たしていない。特に雇用調整助成金や持続化給付金を申請しないなど、解雇回避努力が尽くされていない」と主張した。
 法廷闘争のポイントは、以下の「解雇4要件」を満たしているかどうか。この要件はすべての労働者に適用されるので、ぜひ覚えておいて欲しい。
 (4要件略)
 参考までに、提訴前の団体交渉時の会社側弁護士の主張も記しておきたい。これほどの詭弁を弄してまでも、会社側は元従業員の主張を退けるのかというケーススタディにもなり、対策を講じる際に役立てることもできるだろう。
・雇用調整助成金を活用するよう原告は要求したが、会社側は「焼け石に水」「国民の税金を、そんなムダなところに使うべきではない」などと述べて拒否。
・コロナ禍の厳しい状況では、今後必要な人材と雇用を維持できない人材とで、会社には当然線引きがある。
・ここは法廷ではないから、4要件に会っているかどうかなど興味がない。一流上場企業の通例で有り、今回のような中小企業には当てはまらない。
・4要件の1つが存在しなければ解雇は無効であるとするような考え方は時代錯誤。
・日本人はひとつの会社にこだわりすぎる。これをチャンスだと思え。
**********************************
(注)2点驚きました。業績不振による整理解雇の場合の解雇回避努力の中に、雇用調整助成金や持続化給付金の申請を行うことが含まれるとしたら、特定社労士としては、整理解雇を行おうとする使用者に対して、事前にそれらの申請をするように勧めなければならないことになります。また、整理解雇の4要件は、中小企業には当てはまらないとか、それは時代錯誤であるとか主張する弁護士がいるのですね(あっと驚く為五郎~!古い!)。
  特定社会保険労務士試験第1問(紛争事例問題)で、これと似た設例が出題されたときには、参考になると考えて書いておきました。

追伸―2
 今回から3回(次回は4月29日、次々回は5月4日)で、第1回過去問の解説を書きます。その次に第2回の過去問の解説を書く予定です。その間、自習する教材として、プレップ労働法を読んでおいてください。私は、労働相談の仕事をしているので、この本を何度も読み返して勉強しています。受験生の皆さんは、受験対策をしながら、社労士としてのスキルアップにもつながるので、熟読してください(爺の老婆心ながら)。


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