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52万5600分の日々


メンターと食事をしながら「いま一番欲しいもの、もしくはやりたいこと」について話す。ふたりともお金で買えるものはあまり欲しくない点は合致しており、このあたり、私の親しい仲間に共通している考えである。飛び抜けて高給取りでもなく、平均年収をふらふらしたまま、どこか貪欲さに欠けている。息抜きに旅行に行きたいとか、陶芸を習いたいとか、誰にも読まれない小説を延々と書きたいとか、手の伸びる範囲で満足しつつある。食後のデザートをつつきながら今年はなにがしたいの、と改めて問いただすと、メンターは逡巡したあげく「ひとりの時間でできる趣味。山登りとかがいい」と答え、私は「家に飾りたい絵画を探す」と答えた。

新幹線のなかで吉田修一「作家と一日」を読む。新幹線に乗るたび東京駅で駅弁と本を買って乗り込むのは昔からの癖で、本棚で何も考えず目にとまった1冊をみつけるのが楽しい。ノンフィクションだと重苦しく、政治経済ものは肩がこる。どこかへ行くのにはエッセイくらいがちょうどよい。吉田修一は悪人、怒り、パレード、最後の息子、女たちは二度遊ぶ、春、バーニーズで‥等は読んでいるがエッセイは初めてだった。ANAの機内誌に連載していたらしく1話が3-4ページと読みやすい。文章の練り方から、旅慣れているけれど初心なところが抜けきれない人柄がみえて愛らしかった。伊集院静を真似てパリのホテルを予約するくだりは笑ってしまった。伊集院静も好きな作家なので、吉田修一の文体に惹かれたのがいまならわかる気がする。新幹線の車内誌「トランヴェール」にはミニコラムがあり、伊集院静や沢木耕太郎、角田光代が連載している。これを読むのも旅の醍醐味だったりする。

あとがきで「これは平和な国に暮らす作家が平和な国を飛び回って書いたエッセイだ」とあり、すこし胸が傷んだ。

日付の変わる帰り道、傘を忘れて小雨に打たれながら、私は五体満足に胡坐をかいていると思った。もう少し日々に感謝して生きるべきだ。

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