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数年後の君へ|杉田周

profile
#21  杉田周
出身高校:県立千葉高校
ポジション:GK
正確な長短のパスとシュートストップが持ち味のア式の守護神。局面を打開するパスはア式の大きな武器となった。

杉田周からのラストメッセージ

こんにちは。

一橋大学ア式蹴球部4年 杉田 周です。

部活から身を引いた後は、バイトと読書と勉強を中心にインドア派以上引きこもり未満の生活を送っています。最近買ったPCチェア、座り心地だけでなく寝心地がとても良いので、すぐにでも引きこもりに成り下がりそうです。


さて卒部noteですが、誰に、何を伝えるために、どのような事を書くか、が全然決まりませんでした。

なので、数日後か数か月後か、はたまた数年後か、あとで自分が読み返すことをある程度念頭に置いて書くことにします。と言っても何を書こうか全然思いつかないので、まずは、自分の目から見たア式生活を思い出すところから始めようという次第です。

長くて読みづらいと思うので読み飛ばす人はどうぞ。


「懐古」

2020年8月。コロナの影響で春夏学期は一切の対面活動がストップしていたなか、一部の体育会部活のみが対面での活動を許可され、ア式もグラウンドでの活動が正式に再開。1年生の自分が入部したのはそんな状況下だった。zoomでオンライン体幹をやっていたのが懐かしい。実は、同期のプレーヤーが初めて練習に集まる前日、自分は一足先にア式の練習に参加していた。その日は小野路グラウンドでの何気ない練習日だったけど、大学サッカーの強さ・激しさを目の当たりにし、名徳さんのパワフルなシュートに目を見張ったのを今でも覚えている。

活動が始まってから、正確には初の対外試合となった慶應との練習試合を経てからは自分のことで目一杯だった。それも、少なくとも2年生の終わりまでは、ずっと。大学生としてやらなければならないことが山ほどあるうえに、サッカー領域でも課題が山積みだったから。ゴールディフェンス、スペースディフェンス、1vs1、ディストリビューション。4つ全部の領域で、スキル・パワー・インテリジェンスどれも足りていなかった。


課題と不安が積もっただけの2020シーズンが終わり、とあるプロのGKコーチから頂いた膨大な座学知識を手に2021年シーズンがスタート。この1月〜3月はプレーヤーとして、またトレーニング作成者として一定の手ごたえを得た時期だった。「当たり前だけど、試合中のプレー改善は練習に求めるしかない。でも自分たちにはGKコーチがいない。ならば、フィールドと一緒に練習できるディストリビューション以外の要素は自分たちで練習を作成し、実施し、振り返らなければならない。」この自明すぎるフィードバックループを一番体感したのがこの期間。1回分の練習を作るだけで1,2時間かかっていたし、その割には失敗も多く、全面的に上手く行ったなんて決して言えないけど。人に教える、というアウトプットに味を占め始めたのもこの時期。引退後ショウタやカナタに偉そうに何回か言ったように、毎日人に教える、FBを出すって、想像以上に自分のできることを増やせるんだと身をもって知った。

そんなオフシーズンを経て開幕したリーグ戦。前年より身近に、且つハードに感じたこの舞台に、先輩2人のケガがあって意外と早く立つことができた。6人の同期と共にスタートのメンバーに入り、1周目0-4で完敗した相手を1-0で倒し、けどそんな出来過ぎのデビュー戦の余韻に浸れたのは直後の夏オフの間だけ。国士舘との練習試合であっさりメッキが剥がれ、そのあと3回もらったリーグ戦のチャンスでも運び出しの不安定さを露呈してそのままシーズンは終了。ケ式Bチームのラストマッチの舞台として、東大とのサタデーをセットできたのが唯一の貢献だったかな。ベンチにも入れずスタンドで観た最後の2試合、チームは有機的で洗練されたトランジションをベースにした統一感あるパフォーマンスを披露して、都2部リーグ3位という成績を勝ち取った。


2022年は、代が替わり、戸田さんが離れ、チーム第一号のコロナ陽性者になってしまい(春平さんも高太もこの時は本当にお世話になりました)、と、大きな変化と小さなアクシデントと共にスタートした。公式戦が始まり、コンスタントにその舞台に立つようになるなかで、少しずつ自分以外のことにも目を向けられるようになったと思う。そのきっかけになった2試合は鮮明に覚えている。1つは、2022/6/26 vs武蔵大@小平。入部以降初めて、声出し応援のもとで行われたリーグ戦。味方同士で声が届かないとか、1つ1つのプレーへのピッチ外からのリアクションとか、そういった細かな要素からも、チームを代表してピッチに立っていることを思い知った。もう1つは、2022/7/31 vs東大@駒沢。あれだけの人の前での試合は人生で最初で最後。コロナ禍でありながらたくさんのチーム関係者が集まってくれて、大きな期待とサポートを寄せてくれていることを実感した。それから普段顔を合わせるプレーヤー・スタッフの皆からのサポートも。あの特別な舞台を用意してくれた直紀と溝口、本当にありがとう。

と、少しは周りに目を向けつつも、結局自分のことでほぼ目一杯。チームとして、試合を優位に進められるようになりながらも、試合を決める一瞬の局面で上回られ、終わってみれば8位。スコアに直結するポジションなんだから、勿論この結果には不甲斐なさと申し訳なさでいっぱいになった。攻撃の起点としては良いプレーが増えたと評価できるけど、守備の終点としてはあまりに脆かった。リーグ戦19試合ピッチに立って失点数は26、クリーンシートは5つ。十分なパフォーマンスを出せたと自己評価できる試合の数も片手の指で足りるほど。夏の中断明け以降に至っては納得できるゲームが1つも無かった。


就職活動を挟んで2023シーズン。ラストイヤーのリーグ戦は、アミノを経て積み重ねた手応えを忘れそうになる、そんな2試合で幕を開けた。格上の帝京を倒し、学習院と1点差のゲームをしたことから得た自信と、リーグ構成の変更に伴って無意識に生じていたであろう慢心。その両方が自分の中から無くなるには十分な滑り出しだった。それでも、頌とナベの毅さに引っ張ってもらう形で、自分たちのスタイルを見失わずにリーグ戦という長期戦を進むことができた。個人的にも、自分の担当領域だったセットピースを中心にスカウティングに割く時間を増やしたことで、試合を優位に進めるためのインテリジェンス面を伸ばせたと思う。

その一方で、相変わらず試合を決める局面では自分の力不足を幾度も感じていた。その象徴が2023/9/10 vs防衛大@小平(2-3×)。試合を優位に運び、90分間でまともに浴びたシュートはたぶん5本前後。それにもかかわらず、ミドルシュートによる失点が2つ、うち1つは後半ATの決勝点となった。後悔先に立たずだけど、ラストシーズンの終盤になってもこの種の失点を防げなかったということは、トレーニングの設計と取り組みの両面で詰めが甘かったのだろう。

この敗戦により、ラスト3試合は全て何かを懸けたゲームになった。1つ目のvs東工大で勝利し、まずは1部への昇格が決定。5月か6月か、メニューのフリーズ中に頌が何気なく、けど強い語調でハッキリと言った「昇格にはどうやっても15勝が必要だ。こんなんじゃ届かない。」って言葉。終盤まで忘れ去っていたけれど、この試合を終えての戦績はちょうど15勝1分4敗だった。2つ目のvs日大文理は首位攻防戦。もし負けたら目の前で、しかもホームのピッチで優勝を決められる、という条件付き。だからこそ、試合終了時の歓声と、北河・ジュンキのガッツポーズは忘れられない。ジュンキがあれほどわかりやすく感情を前面に出していたの初めて見たかも。この勝利で首位に立ったことで、3つ目のvs日大生物は優勝決定戦に。たくさんの方がグラウンドで見てくれたこの試合、相手のプレースタイルも相まって、これまで積み重ねてきた自分たちのスタイルで、素晴らしい内容と特別な結果を手にすることができた。

全22試合を終えて失点は22、クリーンシートは9つ(うち1つは不戦勝)。開幕前に設定していた1試合当たり失点数を1未満にする、という目標は叶わなかったし、反省も後悔も沢山残ったけど、なんとか優勝には手が届いた、そんなシーズンになった。


「手から手へ」

コロナ禍に始まったア式生活だったが、時間の経過とともにたくさんの方々に支えてもらってプレーしていることを体感した。小平の人工芝化、公式戦への来場、再開した寄付回り、日々のトレーニング環境の維持などなど。自分の目に見えていない所でも色々な人がチームのために動いてくれていたに違いない。


まずはOB・OGの方々。多大なるご支援・ご声援ありがとうございました。

2021年4月に完成した人工芝グラウンドをはじめ、みなさまからの多大なサポートのおかげで、自分はここに記したようなことを経験することができました。この場を借りてお礼を申し上げます。

あと、これを読んでくれているかわからないけど同業者の先輩3人(1人は読んでくれてそう、1人は五分五分、1人は絶対読んでない)。本当にお世話になりました。とっても生意気でやたらフラットに喋る後輩だったと思いますが、同じチームの後輩として受け入れてくれて、同じポジションのプレーヤーとして自然に接してくれて、ありがとうございました。またバルバッコア行きましょう。


それから、後輩のみんなにも感謝を。チーム内の立場や役割の一環と言ってしまえばそれまでかもしれないけど、目に見えるだけでもたくさんの、そして見えないところで多分その何倍ものサポートをしてもらったと思います。本当にありがとう。

(代として、財は並程度、事業は多すぎるほど遺した一方で)自分が人を遺すことまで視野に入れられていたか、そのために何をしてきたか、この辺はあまり胸を張れないけど、自分の何気ない言動どれかがみんなのちょっとした指針の1つになったら嬉しいです。

ついでに、余計な話を1つ。頌がよく試合前に口にしていた「突然上手くなることも、突然下手になることもない」。ピッチに立つ選手の、主に不安とプレッシャーを取り除く言葉として使ってくれていたけど、今のチームに対しては地道な努力を促す言葉として、よく当てはまるように見える。「字を読むだけで領土が広がる」ことがないのと同様、動画を観るだけで、話を聞くだけで、プレー領域が広がることもない。練習や試合の動画をたくさん観て、チームメイトの皆にたくさん意見を求めてそれを聞き入れて、ピッチ上で自分で試してみて、これら全て行ってそれでようやく広がるかもしれない。改めて書き起こすとやっぱりけっこう地道だ。多分みんなの前には、そんな地味な道もあれば、他に何種類もの道が広がっている。何を捨ててどの道を採って何を変えるかは人次第だし、それぞれの道にそれぞれの快楽と痛みがあると思う。

まとまりが無くなっちゃったけど、どんな状況下であっても決断を下すのは自分次第だということをここに記しておいて。文字通り部外者の1人として、応援しています。


「数年前の君から」

最後に、自分に宛てた備忘録のようなもの。


無秩序で定性的で精神的な要素に向き合うことと、長期的視点を常に持ち続けること。

この2つを当座の目標というか、課題として書き記しておこうと思う。


無秩序が苦手だ。どのような場面や文脈であっても、ある種の正解のようなものを求めてしまうし、正解/不正解が無ければそれを創り出すために自ら秩序を課しそれに頼ってしまう。この卒部noteでさえも。けれども、少なくともサッカーにおいてはそんな無秩序が勝敗に対して強いインパクトを持つ。原則のもとにプレーしていても、無秩序な局面は1試合のなかで必ず何度も訪れるし、そんな局面こそがスコアを動かすプレーになったりする。勿論これは秩序の元に振舞うのが無意味だ、と言っているのではなく、最大限秩序に基づいて振舞うのは大前提、そのうえで一定残ってしまう無秩序な領域にも目をそらさず向き合う、という話。GKというポジションなんだから、その手の無秩序は日常茶飯事だったはずなのに、いつの間にか苦手意識ばかりが募ってしまった気がする。上に記したvs防衛大の話と照らし合わせるなら、それこそが詰めの甘さだったのかもしれない。そして、今後自分が仕事等で直面するであろう様々なシーンにおいても同様に、おそらく無秩序が大きなインパクトを持つだろう。単純明快なルールに守られていない分サッカーより更にその色が濃いかもしれない。無秩序のなかでの表現が秩序の元での振る舞いと同じくらい重要だと、理をこねくり回す頭でっかちにならないようここに改めて記しておく。もう手遅れかもだけど。


それから、長期的視点を常に持ち続けること。何かの意思決定を下すとき、それがどんな決断であっても「あとで ”こうするべきだった” って言うことは簡単だ。でも結果なんて誰にもわからない。わからなくても選択の時は必ず来るし、しなきゃいけない。」じゃあわからないなりにできることは何だろうって考えた時に、長い目で考える、というのは数少ない万能薬なんじゃないかって思う。例えば出だしで躓いた今年のリーグ戦。ショッキングな敗戦が2つ続いたことを過大評価し方向転換したくなるところだけど、少なくとも頌とナベには残り20試合を見据えて皆を引っ張る毅さがあり、自分達のスタイルに抱く自信を保った振る舞いを見せていた。この振り返りも、結果がわかったあとで “こうするべきだった” って言っているに過ぎないけど、恥ずかしながら当時そんな毅さを自分は持てていなかった。「長期的視点」を常に持ちましょう、と言葉にしてしまえばとても簡単に見えるけど、そのために必要なもの、目先の結果に揺らがない自信だったり、コントロールできる要素とそうじゃない要素に切り分ける冷静さだったり、そういったものは一朝一夕には身に付かない。とどのつまり、この「長期的視点」も地道な積み重ねの先にあるものらしい。


とりあえず最低限この2つの課題を、これから社会に出る自分への餞に。


いってらっしゃい。

杉田周


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