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BitMEXの無期限契約に課される資金調達率についての解説

はじめに

このようなマニアックな記事に興味を持つような読者であれば既にご存知の事と思うが、BitMEXでは、現物取引は一切行われておらず、仮想通貨を原資産としたデリバティブ取引のみが上場されている。(なお、デリバティブの担保資産としてはビットコイン現物のみが受け入れられている) 基本的にはそれぞれの仮想通貨について3カ月毎に決済される先物が上場されているのだが、ビットコインに関しては「無期限契約」(これは、為替証拠金取引に近しい)やオプション取引等、先物以外のデリバティブも上場されている。

BitMEXにおいて、我々にとって最もポピュラーな取引はこのビットコインの無期限契約取引(以降、XBTUSD)だと思われるが、この取引については為替証拠金取引に見られるような「金利の受払」が発生する事が特徴的である。

本稿では、この「金利」、すなわちBitMEXの資金調達率の計算のされ方について少しだけ掘り下げてみたい。

資金調達率 概要

XBTUSDでは、当該契約に対する需給に応じて資金調達率の支払い(もしくは受取り)が課されるが、これによってXBTUSDのビットコイン現物価格との乖離が調整される事となる。例えば、無期限契約価格が現物価格よりも高い値段で取引されている場合、ロング側には「資金調達率の支払い」が課され、当該調達率がショート側に受け渡される。逆に、無期限契約価格が現物価格よりも低い場合はショート側に資金調達率の支払いが課され、当該調達率がロング側に受け渡される。
当該資金調達率の受け渡しは1日に3回、日本時間で午前5時、午後1時、午後9時に行われる。
(余談であるが、bitFlyer FXは、過去、現物価格に対するFX価格の大幅な乖離が問題になったが、それは当初bitFlyerにはこのようなプレミアムの授受のシステムがなかった為と思われる。先日のSFDという仕組み導入によってよって、この乖離問題はある程度改善された。)

この資金調達率は最小で-0.375%、最大で0.375%まで大きくなり得るため、例えば、最高レートが1日間発生した場合、0.375% x 3 = 1.125%もの巨額なものとなり無視できるものではない。また、ビットコインは基本的にトレンドフォローで取引を行う参加者が多いと思われるが、このフォローが過熱すると資金調達率の絶対値が大きくなり(ゼロから乖離し)それを相場の過熱シグナルとして参照するのも有用であると考えられている。シグナル性に関しては以下のレポートで論じられている。

結論だけ引用すると

The data clearly illustrates that traders may use an extreme funding rate as a signal to take the counter trend position.

すなわち、トレンド反転のインジケーターとして、-37.5bps や +37.5bps を参照するのは有用である、という事である。

資金調達率の計算

さて、BitMEXは、資金調達率は以下のように計算されるものと公表している。

1) I = ( Q - B ) / T
2) F = P + Clamp( I - P, -0.05%, 0.05%)

まず、記号1文字だと何の事だかわかりにくいので、1) について文字を置き換える。

Interest = ( IRusd - IRxbt ) / 3

ここで、
Q : IRusd = 米ドル金利
B : IRxbt = XBT金利
P : Premium = プレミアム
I : Interest = 負担金利
F : Funding = 資金調達率

である。以下にこの式の意味を解説していく。これは、8時間の間にXBTをロングする際にロンガーが負担すべき金利を意味する。すなわち、

IRusd → ロングの為に米ドルを借りてくるので、その支払い日利。
IRxbt → 買ったXBTを市場に貸し出したときに受け取る1日の金利収入。

3で割るのは、1日に3回決済するので、1回の決済あたりの実際の金利負担は8時間/24時間の為である。

この式を見ると明らかである通り、米ドル金利が上がるとInterestは大きくなり、ロンガーの金利負担が増大し、また、XBT金利が上がるとXBTの運用からの収益分だけロンガーの金利負担は低下する事がわかる。

BitMEXによると、XBT金利は、もともとはbitfinexの信用取引のレートから取られていたものの、あまりにもレートが不安定である為、近頃は固定で0.03%に固定されれているとの事だ。他方、USD金利はソース不明だが、4月以降は0.06%で固定されてQuoteされている。(なお、日利で0.06%だと年利で22%超となり、非常に高い金利が提示されている事がわかる)

よって、8時間(正確には金利支払いの瞬間だけだが)ロングポジションを取ると、金利負担相当分は ( 0.06% - 0.03% ) / 3 で 0.01% となる。また、これは当面の間、変化しない見込みである。

なお、実際の調達率の計算においては、
IRusd : .USDBON8H (調達率決済時の直前8時間の米ドル金利分足のTWAP)
IRxbt : .XBTBON8H (調達率決済時の直前8時間のXBT金利分足のTWAP)
のレートが採用される。

つぎに、P : Premium を紐解いていく。先の2) 式を、1)式と同様に文字を置き換える

Funding = Premium + Clamp( Interest - Premium, -0.05%, 0.05%)

Premium は、XBTUSDの現物に対する需給のバランスを示す。Interestは1)式で計算された通りとして、Premiumは以下のように計算される。

Gap = MAX(0, ImpactBid - Mark ) - MAX(0, Mark - ImpactAsk )
Premium = Gap / Spot Price + Fair Basis

ImpactBid とは、端折って書くと、実質的に意味のあるサイズでのXBTUSDのBid側約定価格(ゴミのようなサイズの約定は無視するという意味。BitMEXのウェブサイトにおいては 当該サイズは10XBTと定義されている)。
Mark とは現物XBTの取引価格なので、つまりMAX(0, ImpactBid - Mark) が0以外の数値になるのは、XBTUSDが現物対比で高値で買われている場合であり、逆に、MAX(0, Mark - ImpactAsk)がゼロ以外になるのは、XBTUSD価格が現物よりも安値で売られている場合である。

Gap = MAX(0, ImpactBid - Mark ) - MAX(0, Mark - ImpactAsk )

について計算例を以下に示す。MAX(0, ImpactBid - Mark ) 側に着目し、

ImpactBid : $6500
Mark : $6300
( ※XBTUSDの実勢的なBid側約定価格が現物価格を上回っている )

だとすると、(ImpactBid - Mark) = $200 となる。他方、ImpactAsk は、Bid よりも高い値段(売値気配なので) である筈なので、例えば$6600と置くと、(Mark - ImpactAsk) = $-300 であるが、MAX(0, -300) である為、こちらはゼロとなる。

結局、$200 / Spot Price がXBTの乖離率(この場合は上方乖離) となる。Spot Priceの定義についてはBitMEXには正確な定義が記載されていなかったが、これは現物価格の事ではないかと推測される。

つぎに、Premiumを算出する為の最後の要素、"Fair Basis" であるが、これは

Fair Basis = ( Impact Mid / Index Price - 1 ) / ( Time To Expiry / 365 )

と定義されている。XBTUSDは無期限契約であるため、Time To Expiry が果てしなく大きいとすると、Fair Basis は分母が限りなく大きくなる為、ゼロに近似されるものと考えられる。

つまり、Premium とは、XBTUSDの実勢的な取引価格の現物価格対比の乖離率を示す数値であるという事である。なお、資金調達率の計算に用いられるPremiumについては、.XBTUSDPI8H において公表されており、これは調達率決済時の直前8時間のPremiumの分足のTWAP である。

これらを以てFunding、すなわち実際の調達レートを求めるが、この定義は2)式の通り、

Funding = Premium + Clamp( Interest - Premium, -0.05%, 0.05%)

である。Clamp とは、I - P が -0.05% を下回る場合には -0.05%に、+0.05%を上回る場合には +0.05%にする、という意味である。Excel 関数風に書くならば、

Funding = Premium + MAX( MIN( Interest - Premium, 0.05% ), -0.05% )

となる。Interest - Premium が +/- 0.05% のレンジに入っているならば、この数式は単純に

Funding = Premium + Interest - Premium

であるため、Interest がそのまま Funding となる。含意は、+/- の小さなブレは無視し、0.05%をThresholdとしてそれ以上の大きなPremiumの動きが出てくれば、それはロンガー/ショーターに課金しましょう、という風に読める。

前述したとおり、Interest の計算の元にはUSD金利とXBT金利があり、それぞれ今般は実質固定レートと化しているため、結果としてInterestは0.01% となる。

Interestが0.01%である、という事は、前述の式は

Funding = Premium + MAX( MIN( 0.01% - Premium, 0.05% ), -0.05% )

となり、これを読み解くと、Premiumが-0.04% ~ 0.06%の間にある場合はその0.01%がそのままFunding : 資金調達率となる。また、Premiumが-0.04%を下回る範囲においては、Funding = (Premium + 0.05%) でリニアに減少していき(下グラフの左下方面)、また Premium が 0.06%を上回る範囲においては (Premium - 0.05%) でリニアに増加する(下グラフの右上方面)。

よって、プレミアムが+/-を中心としてその上下に均一に分散すると仮定するならば、マイナスプレミアムの方がプラスプレミアムよりも発生しやすいように見えるが、これは結局は米ドルとXBTの金利差に起因するものであると言える。また、プレミアムがゼロ近辺に存在する場合においては、Funding は 0.01%となる。すなわち、XBTUSDの需給バランスが安定している場合、ショーターがプレミアムを享受する事となる。(なお、筆者はこの資金調達率の非対称性によりXBTUSDから安定した収益をあげているが、それについてはまた別のNote記事で言及する)

これに加え、資金調達率には上限および下限の利率が定められており、現状-0.375% ~ 0.375%の範囲となっている。つまり需給が著しく偏りプレミアムが非常に大きく(もしくは小さく)なったとしても資金調達率は上記範囲外に設定される事は無い。

なお、過去のレートは以下から確認できる。

最後に、予測率の計算であるが、これは筆者の分析によると下記のように計算されているものと思われる。

・ IRusd : 米ドル金利の分足(.USDBON) の直前の決済時から観察時までのTWAP
・IRxbt : XBT金利の分足(.XBTBON)の直前の決済時から観察時までのTWAP
・Premium : プレミアム(.XBTUSDPI)の直前の決済時から観察時までのTWAP

として、先の定義に従って計算されたレートである。調達率決済直後の予測値が動きやすいのは、この .XBTUSDPI 自体は上下にブレ易く、TWAPの観察時間が短い為である。逆に調達率決済時刻直前あたりになると観察時間が十分に長い為、予測値自体も安定的なものになる。
.XBTUSDPI の分足を観察する事で需給バランスのズレを即時に把握する事が可能になるため、何かしらのトレードシグナルの開発に役立てることができるかもしれない。

なお、BitMEXの創業者は投資銀行のFXトレーディング出身であるが、この無期限取引の設計にはFX取引におけるスワップポイントや通貨ベーシス・スプレッド等の概念が反映されているように思われる。

界隈を見てもBitMEXには資金調達率が課されますよ、という記事はよく見かけるが、資金調達率の計算根拠についての解説記事が見当たらなかったので、@MexWatcher の実装を行ったついでに書いてみた。読者の何かしらの参考になれば幸いである。

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