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糞フェミでも恋がしたい (その12)

私の名は能條まどか。糞フェミだ。

糞フェミにも心の迷いはあって、ちゃんとした覚悟を持つには、それなりの決心を要するというか、心の圧力を要するというか、つまりいろいろ大変なわけなので、だから私がもうどうなってもいいや、って思うためには、いろいろな迷い道を通り抜けるだけの頑張りがあるのだ、だからそこをいっしょけんめい頑張って通り抜けて、その瞬間、その場所に立ったとしたら、それはもう自分で自分を褒めてあげたいぐらい誇らしいことなのだ、私が綺羅君の、つまり「あの綺羅君」の前に立とうと決心したということは、そういうことなのだ。そういうことなのだ。

なのでなので、ドアをくぐってもそもそ降りてきた女装姿の綺羅君が、ごくごくあたりまえな感じで、恥ずかしそうにスカートの裾を直しながら、私にむかってもじもじ照れ笑いした時には、もう天地がひっくり返るくらい拍子抜けした、いやいや、可愛いは超絶可愛いし、その照れ笑いはもう神様が世界中の♡をぜんぶ詰め込んでくれたんじゃないかと思うぐらいドキドキして魅力的だったんだけど、私の覚悟はどうすればいいんだと、魂が宇宙のかなたに向かって飛んでっちゃうくらい拍子抜けした。

「あー。」
あーしか声が出なかった。綺羅君は、そんな私の心に気付くこともなく。
「どうですか、似合いますか、僕。」
またちょっと、照れ笑い、神の可愛さだ、いや、こんな可愛い神などいない、そんなもの軽く超えている、綺羅君を私の神に認定だ。
「うん、とっても。」
「良かった、まどかさん、やさしいから。」
「ほんとだよ、ほんと可愛い、似合ってるよ、綺羅君、めっちゃ素敵。」
ようやく私も調子が出てきた、落ち着いてきた、カメラと、綺羅母に借りた撮影機材を抱えて、洋館の中へと進むと、あたりをキョロキョロ見回しながら、綺羅君もついてきて、背がちっちゃいので、そのようすがまた可愛い、だめだこれは、母性愛的な意味で濡れる。

試しにカメラを向けてみる、薄桃色の、腰まである長い長いウィッグ、綺羅君の世界、ひらひらと揺れながらも、しっかりと品を感じさせるリボン、ブラウスも、コルセットも、淡い色合いで、ひとつにまとまる、いいな、容赦なくふくらんだパニエも、柔らかなスカートの広がりをつくって、スッキリ伸びた足を引き立てている、いいな。

洋館は、友達が手配してくれて、他の撮影とバッティングしないように、今日は私たちだけの貸し切りだ、管理人さんに挨拶して、いろいろと注意事項や規約を聞いて、ちょっとした申込書にサインをする、あれこれ無茶しません、壊しませんとか、そういうヤツだ、怖そうな人じゃなくて良かった、館内を簡単に案内してもらったら、あとは自由に撮影に使っていい、あちこちに凝った装飾、広くて、部屋がたくさんある、ビロードのカーテン、書棚の古い本の匂い、暗がりはひんやりしてるけど、外の陽射しが入るあたりを探して、綺羅君の手を取って、あれこれポーズを付ける、なんだよこいつ、どう置いても可愛いな、この生き物は、私なんて、勝てる部分が一カ所もないぞ。

「撮るね。」
「あ…はい。」

カシャ!カシャ!カシャカシャカシャカシャカシャ!シャッターをいっぱい切る、気分はもうパリコレのプレスだ、瞬間瞬間、切り撮られた綺羅君が、データになって、小さいカードの中に、いっぱい溜まっていく、それは幻みたいだけど、でも本当に本物の現実、私はそれが、愛おしくてたまらない、それがこの永遠の時間の流れの中に、記録として繋ぎ止められていくことが、嬉しくてたまらない。あんなポーズ、こんなポーズと、さんざんに注文をつけて、次から次へと綺羅君をカメラに収め、ふっと気付くと、バッテリーが切れかけてる、ああ交換しなくちゃ、ちょっと待っててね、背を向けてバッグの中を探して、ゴソゴソやっている、と、後ろから綺羅君の声。

「あの、僕、口紅を忘れてました、いま、塗っても良いですか?」
「いいよ、綺羅君、もっと可愛くなっちゃうね!」
ゴソゴソしながら答える、たしかこの化粧ポーチの下に入れたはず。
「ありがと、まどかさんに撮ってもらうの、とってもいい気分です。」
手に触った、替えのバッテリー、これでもうしばらく、撮影が続けられる。
「あはははは、うれしいなあ、綺羅君だったら何枚でも…」

その瞬間、背後の気配が変わった、温度が、すうっと下がったような気がした、背筋に震えが来た、一気に口の中がカラカラになる、なんだ、なんだこれ、この感覚、心臓がいきなり全開で廻り出す、これ、あの時のあの感じと同じだ、あの時の…。
「き…綺羅君?」
かすれた声でつぶやきながら、そっと振り返る。

私の前に「あの綺羅君」が立っていた。

つづき→ https://note.mu/feministicbitch/n/ncda7774d6e9d


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