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糞フェミでも恋がしたい (その8)

私の名は能條まどか。糞フェミだ。

糞フェミの道は険しい、まるで艱難辛苦、ただ普通の女として普通の恋愛をしようとするだけで、とたんに高い壁に人生を阻まれ、挫折しそうになる、神様なんて信じてないけど、神頼みしたくなる気持ちもわかる。言ってしまえば私の場合、そもそも自分が好きで選んだフェミの道ではないのだから、勝手に艱難辛苦を置かれても困るし、誰かなんとかしてくれよとも思う。

閑話休題。志津澤綺羅のことだ。

志津澤綺羅は、いや、なんかもっと想い人っぽく綺羅君と呼ぼう、そのほうが恥ずかしくていいし、距離が縮まった感じがする、濡れる。綺羅君は、都内の、ちょっと高級な住宅街あたり、まあふつうから見ればお屋敷な感じの家に住む、引きこもりの中学生だった。母親がファッション雑誌などで活躍する敏腕カメラマン、父親はなんか北欧のアーティストらしくて、向こうでいっしょになって、綺羅君が生まれた、その後、お定まりのいろいろがあって、離婚したあとは疎遠なんだとか。

母親はもともと良家のお嬢様だったので、東京に戻っての自由で安穏とした実家暮らし、でも、子供はそうはいかなかった、なんせ北欧の血が入ってる、肌の色も目の色も明らかに日本人じゃない、かといって北欧人じゃない、多感な時期に、いろいろ難しい外見で、日本の閉鎖的な小中学校に溶け込めるわけもなかった、たちまち心を病んで、引きこもりの道を一直線、そりゃあもう、その痛みはわかり過ぎるほどわかる。

猫を被りまくりまくって、綺羅君の母親とやりとりし、なんとか縁を作って、自宅にお呼ばれするまでに、ずいぶんと手間がかかったが、苦労の甲斐があって、引きこもりの綺羅君とご対面がかなったのは、もう夏も盛りのころだった。山の手の、緑多い住宅街には、もううるさいほどの蝉が鳴いて、暑くて暑くて、半袖のワンピにキャミを羽織って、サンダルはいて、それでも汗が止まらない、手みやげには、水ようかんかなにか持っていった気がする。それともゼリーだったかしら。

ピンポーン。

チャイムは一度で母親が出た、待ってくれていたんだな、和やかで包容力のあるしゃべり方、この人は自分に自信があるんだなあと思う、それだけでもう、うらやましい。居間に通されて、しばらく他愛のない世間話、仕事のことや、好きな小説のことなど、カメラマンとしてやりたいこと、業界の噂話など、ひとしきり、満足して、お菓子をつまんで、ゆったり喉を潤して、ふと気付いたように。

「あら、ごめんなさいね、楽しくていっぱい話しちゃったわ、綺羅、起きてると思うから、呼んでくるね。」
楽しげに笑いながら、階段を昇っていく、なんとも洒落た造りの住まい。
するとしばらくして、もごもごと家族らしい会話が聴こえ、寝起きっぽくくしゃくしゃになったパジャマ姿の、あちこち髪のはねた、ぼんやり寝ぼけまなこの、でもなんだかハッとする魅力を感じさせる、ちょっとまだ背の低い男の子が、母親に急かされながら、もぞもぞ階段を降りてきた。

わお、ご対面。綺羅君だ。

彼は甘えたな様子で、だらだら歩きながら、ふと私を見つけて、しげしげ顔を見つめてくる、こっちも負けずに見つめ返す、見ないでおくものか、見たくて見たくてたまらなかった顔だ、化粧はしていないけど、肌の色の、表情も、あの時のままだ、私の邪な欲望に満ちた視線に、さんざんに見つめられて、なんだか居心地悪そうに、ちょっと迷いながらソファーに座ると、氷がカラカラ音を立てるグラスから、ひんやり冷たいアイスティーをひとくちだけ飲んで、言った。

「おねえさん…だれ?」

つづく→ https://note.mu/feministicbitch/n/n111a7dbad2db

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