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テプラの祈り

私が初めてテプラを貼ったのは、バイト先の飲食店のメニュー写真だった。彩り豊かな「タコライス」の写真に、青緑のテープに印字されたそれを貼った時、なんとも言えない達成感があった。

タコは入っていません

バイト先の飲食店はあんまりオシャレじゃないチェーン店で、おじさんが気軽に来るような店だった。そこに「タコライス」という夏の新メニューが登場したのだ。この「タコライス」というメニューはとても厄介だった。
「タコライス」は「タコスライス」で、タコとは何の関係もない料理だ。しかし多くの人が、タコが入っているものと勘違いする。あげく「タコが入っていない」というクレームがつく。

クレームへの対応など、たいした事ではない。そんなものは慣れっこだった。しかし「タコライスとはタコスライスで、タコは入っていない料理なんです」と説明する時の居たたまれない気持ち、振り上げた拳の収めどころがみつからないお客さんの顔。

あまりに間違いが多いので、注文時に「タコは入っていませんよ」と予めことわりを入れるようにもしてみた。しかしその場で注文を取りやめると「タコライスを知らなかった」事になってしまいプライドに傷がつくから、タコが食べたい気持ちのまま、タコライスを注文してしまうお客さんや、「タコライスを知らないと思われた、馬鹿にされた」と不快感を示すお客さんもいて、根本的な問題解決にならなかった。

そこでテプラだ。

本部からきたオシャレなメニューに対してできる唯一の抵抗。
かくしてタコライスに関するクレームは消滅した。この知見は冬の新メニュー「ダッカルビ」にも応用された。

牛カルビは入っていません


テプラの魔力

テプラはキングジム社が製造販売するラベルプリンターだ。
本来はファイルのタイトル付けや、物の名前付けの用途で使われる。したがって多くの場合、ラベルに印字されるのは所有者の名前や分類名、内容物の名称だ。しかしそれだけではない。テプラは単純なラベルプリンターではない。手軽に文字を印刷して貼ることができるこの道具は、ある種の魔力を持っている。

手にした人は何かに取り憑かれたようにテプラを印刷し、貼り付けてしまう。特に名付ける必要のないものに名前をつけ、分類する必要のないものを分類する。道具が人の能力を拡張する、テプラはそれを体現した優れたデザインのツールだ。

またその魔力は、物に名前をつけるという用途を超えていく。

そうテプラは、現場では解決できないプロダクトの問題を、自身で改善しようという欲望を叶えるマシーンでもある。

誰もが公衆トイレに貼られたテプラを見たことあるだろう。

流す ※ 便器洗浄というボタンの上に
これは非常ベルです ※ 流すボタン近くの赤いボタンに
トイレットペーパー以外ものを流さないでください
いつもきれいに使っていただきありがとうございます

これは公衆トイレを運用する人達が、仮説と検証を繰り返して改善したトイレの UI だ。

もしテプラがなかったら、流すボタンが見つけられず、流すつもりで非常ベルを押し、ちょっとしたゴミをトイレに投げ込む人が後を絶たなかったかもしれない。

いくらトイレで間違えるユーザーが多くても、いち公衆トイレ運用者がメーカーに訴えてデザインを変更させるのは至難の業だろう。しかしテプラはそれを可能にする。

現場でできる小さな工夫がユーザーを救う、そう信じて貼られるテプラを、私達は日常の中で沢山みている。

しかしそれはデザインの敗北とも言われる。

コンビニのコーヒーメーカーに貼られたテプラについて知らないデザイナーはいないだろう。

取って付けたような説明書きは本来、なくても成立するデザインにすべきものだっただろう。テプリングされたデザインは、そのプロダクトがそもそもどうあるべきだったかを示している。


デジタルデザインに貼られたテプラ

テプラが貼られるのは、何もコーヒーメーカーや券売機などのプロダクトデザインに限ったことではない。先に引用した上野氏も言及しているが、Webアプリやスマートフォンアプリなどのデジタルデザインにおいても、テプラらしきものは多く存在する。

覚えがないだろうか?本当に?

それは例えばこんなものだ...

ハイフンは必要ありません
全角文字で入力してください
まだ登録は完了していません
入力ミスにご注意ください
ブラウザの戻るボタンは使用しないでください

ほら、いくらでも思いつくだろう。

システムの根本的な改善が期待できない状況で UI の問題を解決するために、デザイナーは UI にテプラを貼るのだ。時に良かれと思って、時にリリース直前の修正で。

もちろんデザインに貼られたテプラは何も悪いものばかりではない。あえてテプラを貼る余地を残し、複数の種類のテプラをテストしてみることもある。非常口のサインにかつてあった「非常口」というラベルのように、理解を促すためのラベルを最初の段階では設置し、ユーザーの中でイディオムとして成立した時点でそれを剥がすといった「成長するデザイン」を選択することもある。

変えられるものと、変えられないものが現実にはあるから、時にその敗北を受け入れなければならないこともあるだろう。「これは時がきたら剥がすのだ」と明確な意志をもって、涙をのんで貼るテプラもあるだろう。

しかし安易に利用しすぎてはいないだろうか。
本当にその文言を貼り付ける以外の解決方法はないだろか。

コーヒーメーカーに貼られたテプラに感じたデザイナーとしての無念を、敗北感を、自分が UI に貼ったテプラにも感じていたろうか。意識せずに簡単に貼り付けてはなかったか?


UI に祈りはいらない

UI に貼られたテプラは、デザイナーの祈りだ。陰陽師が念を込めて式神を放つように、自分の代わりとなってユーザーを正常系操作に誘導するために、分身を放つ。

しかし UI デザインに祈りはいらない。デザイナーの分身が現れて使い方の説明をするなんて、とんだおせっかいだ。その道具はユーザーのものだ。道具はユーザーが自身のコントロールのもと、自在に使えるべきだ。

デザイナーは考えなしにテプリングするのではなく、あるべき UI の姿を示して訴えていこう。たとえ長期戦になっても、諦めることなく。私達は無力な飲食店のアルバイトや、公衆トイレ運用者ではないはずだから。

そのためにも、もっと自覚的でなければならない。自身のデザインした UI に貼ってしまったテプラについて。

デザインに託してしまった、おせっかいな自分の分身について。


* * *


補足 1 )
なお私はキングジム社のテプラが大好きだ。ラベリングってなんて楽しいのでしょう。
おすすめの機種は「テプラ」PRO SR5900P で、これは Illustrator 等を使って作ったものをラベルとして印字できるため、美しい文字間のテプラが作れるのでおすすめだ。丸型、楕円、角丸長方形のカットラベルも使用できる。
ホームユースとしては 「ガーリーテプラ」SR-GL2 も良い。可愛いデザインだけど「ピッとコード」にも対応している。
またラベルライターとしてはブラザー社のピータッチも生活系インスタグラマーの間では人気だ。
補足 2 )
テプラ界では違法テプラなるジャンルも登場。ますます陰陽師じみている。
中野を荒らす「違法テプラ」のなぞ
http://chocoxina.hatenablog.com/entry/2018/08/23/105446

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書き手:デザイン部 高取 藍


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