『ガラスの仮面』 と 美内すずえ のデザイン

別冊マーガレットで少女漫画家としてデビューをしたとき、美内すずえ はまだ 16 歳の高校生だった。

編集部に招待されて兄と上京した際、帝国劇場で舞台を観劇した ※1 ことがきっかけとなり、数年後 1976 年 『ガラスの仮面』の連載がはじまる。

この連載が後に 40 年も続く大長編になろうとは、いったい誰が知っただろうか……?

終わらない物語

主人公は北島マヤという 13 歳の少女。
『ガラスの仮面』は、一見平凡で美少女でもなく成績も良くない彼女が、演劇を通してその才能を開花させていく物語である。

かつて大女優だったが、事故で女優生命を絶たれた月影千草、
美人で芸能界のサラブレッド、かつ努力家のライバル姫川亜弓、
冷血漢だがマヤには意外な一面を見せる大都芸能社長 速水真澄、

数々の魅力的な登場人物が、物語を加速し、展開していく。幻の名作「紅天女」を目指して。

この少女漫画は、現在も連載が続いている。いや、休載が続いている、と言ったほうが正しいだろうか。

何度かのアニメ化、ドラマ化、舞台化を経て、公衆電話が途中携帯電話に変わりながらも、ともかく、40 年かけてまだ終わっていない。終わらない理由の一つは、作者、美内すずえ の尋常ではないこだわりにある。

今回は、デザインとテクノロジー Advent Calendar 2018 クリスマス・イブの記事にふさわしい話題として、貸本屋で立ち読みした漫画のコマ割りやセリフをすべて暗記し、授業中に頭の中の漫画のページをめくっていたという、北島マヤを地で行く非凡な才能の漫画家が、読者を魅了する物語を紡ぐために、どれだけ心を砕いているか、デザイナー視点で紹介していこうと思う。

 ※ なお核心的な内容な記載していせんが、ややネタバレを含みます

美登利をアジャイル開発

美内すずえ はデビュー当時、沢山の短編漫画を手がけている。締切に追われながら、しかし自由にのびのびと、ホラー、コメディ、恋愛、スポーツなど、多様なジャンルを描いた経験は、後に『ガラスの仮面』に数多く出てくる劇中劇の創作にも役立ったようだ。※2

彼女はいくつかのパターンのネームをつくり、編集者と打ち合わせをした上で最適なものを選んでいるという。しかし実際漫画になってみたら、全く違う構成になっていて、編集者は苦笑いするらしい。※3

打ち合わせが無意味なのではく、作るうちに最上だと思う構成が変化するのだろう。ネームはいわばプロトタイプだ。そして締切までの期間の中で修正を繰り返しながら物語を作っていく。構成やセリフをしっかりと決めて、その上で描いていくのではない。

ベテランのアシスタントのサポートを得て、作りながら手を入れていく...どこにもない新しい演劇漫画にその挑む姿勢は、まるでアジャイル開発チームようだ。『ガラスの仮面』ではその作中でも、この手法が出てくる。

主人公、北島マヤとライバルの姫川亜弓が同じ演目で対決する「 たけくらべ 」は、序盤で一番盛り上がるエピソードだ。

樋口一葉の有名な作品「たけくらべ」、その主人公 美登利 ( みどり ) を演じるマヤと亜弓。亜弓は原作を研究し " まるで原作から抜け出たよう " と観客に評される美登利を巧みに演じきる。

その試演を見てしまったマヤは、打ちのめされ、演劇を諦めてしまいそうになる。しかしマヤはその逆境を超える。

台本を繰り返し演じ、セリフや演技を調整し、修正を加えながら、マヤにしかできない美登利、今まで誰も演じたことのない美登利を開発していくのだ。それは決められた仕様に従って、完璧に演じられる美登利ではなかったが、なぜか観客達を魅了してしまう。

姫川亜弓はウォーターフォール、北島マヤはアジャイル。おそらく 美内すずえ は、編集者との共創を通じて、これを会得したのだろう。双方の開発方法の特性すら利用してストーリーを創り出す素晴らしい技量には感服する。

イメージが降ってくる

開演を知らせるベルが鳴り響く中、今にも開こうとしている幕の前で、大勢の配役が出るはずの舞台に、たった1人でマヤが佇んでいる、その後ろ姿が見えたんです。
- ガラスの仮面展 図録 インタビューより ※4

これは 美内すずえ が喫茶店で「ジーナと5つの青い壺」のワンシーンを思いついた時について語ったものである。
漫画家やデザイナーでなくても、人は度々こういった体験をするだろう。プログラマーはコードを書く時その構造が " 見える " 瞬間が訪れるというし、美容師は髪にハサミを入れる前に終わったあとのヘアスタイルが思い浮かぶという。

ふと、正解らしきものが見えてしまう。突然、イメージとしてそれが降ってくる。閃光のようなひらめき、アブダクション

問題はそこからだ。得たアブダクションを検証し、組み立てる...リバース・エンジニアリングしなければ、それは物語にはならない。

『ガラスの仮面』の中で「ジーナと5つの青い壺」はかなり印象的な劇中劇だ。マヤが窮地に陥る過程も、その攻略も、そして結果どうなったかも、緻密に計算してはじき出されたように思える。

しかし、これらはすべて、喫茶店で浮かんだワンシーンからたどって構成された物語なのだ。ひらめきだけが凄いのではない、そこから組み立てる能力が見事なのだ。

図らずも大長編になってしまった『ガラスの仮面』だが、ラストシーンは構成もすでに決まっているという。
この長編自体がアブダクションから逆算して構築されていると考えると気が遠くなるだろう。しかしそれを描く能力が彼女にはあるのだ。

...時間はかかるけれど。

観客の視点

漫画を学校に持ってくるのは禁止されているが、漫画を描くことは禁止されていないという、なんとも学生らしい理由から、美内すずえ は学校でノートに漫画を描くようになった。※5

その漫画は評判で、他のクラスでも回覧された。最初は自分が読むために描いていた。だがそこに、読者の存在が加わった。デビューする前から読者を意識して漫画を描いていた経験は作品に大きな影響を与え、 ” 観客の視点 ” という形で作中にも度々登場する。

たとえば演技の練習をせずに、誰もいない客席の色んな席に代わるがわる座って舞台を見つめるマヤ。
そのあまりに奇妙な様子に、何をやっているのかと揶揄されるが、それは観客の視点を把握し、演出に活かすためだった。

また親友の桜小路優との共演ながら、他のメンバーはほぼ素人、演出家に鬼才、黒沼龍三という布陣で演じたれた「 忘れられた荒野~狼少女ジェーン~」の舞台では、演じるたびに演出や舞台のレイアウトを変え、観客の反応をフィードバックしながら新しい作品を作り上げ、大好評を博す。

こうした "観客の視点" は、デザイナーとして参考になるところが沢山ある。

そして "観客の視点" の中で最たるものは、集者の頭を悩ませている "描き直し" だ。『ガラスの仮面』がなかなか終わらない原因の一つとも言われている。

現在『 ガラスの仮面 』は雑誌に掲載したものをまとめて単行本化して発行している。しかし、単行本化される際かなり大幅な加筆修正が施されるのだ。これは HUNTERXHUNTER の作者のそれとは違い、もともと連載で完成している作品を単行本用に再構成している。

漫画雑誌への連載時には通常、その発行月ごとに読者がワクワクし、続きが気になるような "ひき" を用意する。しかしそのまま単行本にすると、一冊に何回も "ひき" が登場し、疲れてしまうし、流れが不自然になる。

そこで漫画を単行本の用の構成に作り直すのだ。初期は数ページだった加筆修正は、現在ではほとんど作り直しレベルになってきている。※6

50 巻...いつでるのかな。

紅天女の宇宙

現在『ガラスの仮面』の連載で佳境に入っている紅天女編では、幻の名作と言われた舞台、『紅天女』を中心に展開している。

『紅天女』は、山形県にのこる民話『阿古屋姫』を元にした物語だ。梅の木の精である紅天女と、その木を切って仏像を彫らんとする仏師一真が、互いにその素性を知らずに恋に落ちる。

山形の民話の方は、恋に落ちた若者が松の木だった、というシンプルなものだが、『紅天女』はというと、互いの思いを遂げようとすると相対してしまう同士が魂を惹かれ合ってしまう悲劇だ。

この劇中劇には、作者自身の宇宙・生命に関する哲学(これがまた連載が止まる原因でもあるのだが)が色濃く反映されている。

そして劇中の世界と、演者やそれを取り巻く人々は『紅天女』と現実の世界を行き来するうちに混ざり合い、時に共鳴し、時に反発し、互いに影響されあっていく。

演者にとって、あくまで舞台上の話であったものが、演者自身を作っていく。人間が、デザイナーが作ったものが人間を作っていくように。『紅天女』の舞台と演者は、それを私達に現象化してくれる。

スポ根ものの演劇漫画から、宇宙と生命の世界へ。美内すずえ は、『ガラスの仮面』の長期連載によって描けなくなってしまったモチーフを、劇中劇に託しているのかもしれない。

* * *

喜ばしいことに『ガラスの仮面』は、先日全巻 Kindle 化された。これはサンタクロースからのクリスマスプレゼントに違いない。

もう電車のなかで突然、女盗賊ビアンカが跳び箱をひっくり返したゴンドラにのるシーンを見たくなっても大丈夫だ。

『ガラスの仮面』は長編作品ということもあって、初期から中盤くらいまでは読んでいる、もしくは、アニメやドラマで見たけれど、途中までしか知らない、という人が多いかもしれない。

しかし現在進行中の紅天女編は、漫画のストーリーも、劇中劇も大変面白いので、ぜひ読み直して紅天女までたどり着いてほしい。

そして聞いたことがあるけど、絵も古いし...と敬遠しているなら、騙されたと思って手にとってほしい。圧倒的な世界観に引き込まれて、気がついたらキラキラ目の速水真澄を誰よりもカッコいいと思うだろう。

絵の巧さとか、デッサンがどうとか、そういう話ではないのだ。少女漫画的ご都合主義、そんな批評は『 ガラスの仮面 』の前では意味をなさない。読んだらきっともう、最後まで抜けられない。

いまにわかるわ いまにね!

🎄 それでは素敵なクリスマス・イブを!🎄

* * *

※1、※2 
美内すずえ ロングインタビュー 1
「ガラスの仮面」連載40年 はじまりとこれから

※3 、※6
ミウチと 5 つの青い噂 徹底調査書

※4、※5
美内すずえ ロングインタビュー 2
画業 50 周年 まんがとの出会い・創作のひみつ

いずれも『連載 40 周年記念 ガラスの仮面展 公式ビジュアルブック』より

* * *

書き手:デザイン部 高取 藍

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