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きっと、料理が好きじゃないから語れる言葉がある。

料理をつくることは得意だと思う。
週に5日は夕飯をつくっているし、休日はたいてい昼食もつくる。なるべく主菜と副菜と汁物を並べる。フリーハンドで味見をしながら味付けする。パウンドケーキを焼くこともあるし、炊き込みご飯をつくる日もある。これで「料理が下手だ」と言ったら、それは自己評価が低すぎるだろう。

料理をつくるのは得意だ。
でも、わたしは料理をつくるのが好きではない。

つくるのが嫌いなわけではないが、別にぜんぜん好きではない。誰かがつくってくれるならそれを食べていたい。好きで毎日やっているわけではない。

どうせ食事をつくるのならば、おいしいものを食べたいし、おいしいものを食べてもらいたい。栄養バランスにも気を配りたい。いろいろなレシピをつくってみたい気持ちもあるし、食材を無駄にせず低コストで使いたい。
献立を考えるのは本当に面倒だし、献立を考えながらスーパーで買い物するのも面倒だし、家に食材がどのくらい残っているのかを覚えておくのも面倒だし、なにもかも面倒だ。

たぶんそういう人はわたし以外にもたくさんいる。もし、料理をつくるのが好きな人ばかりだったら、世の中にはこんなに料理本やレシピ動画が出回っていないはずだ。

レシピを知りたいわけじゃない。レシピはインターネット上に無数にある。検索したらなんでも出てくる。料理を好きになる方法は見つからない。

自炊料理家の山口祐加さんと精神科医の星野概念さんの共著『自分のために料理を作る 自炊からはじまる「ケア」の話』という本が、8月25日に発売になります。

なぜ発売前の本の話をしているのかというと、わたしはこの本の企画に参加していて、完成した本を一足早く読ませてもらったからです。

『自分のために料理を作る』は、著者の山口さんが「自分のために料理をつくれない」と感じている人にたいして個人レッスンを行い、そのときの対話などをまとめた「料理実践ドキュメンタリー本」です。わたしは、山口さんに料理を教わったひとりとして登場します。

(※この本が広く読まれてほしい(売れてほしい)と思っていますが、本が売れても、わたしに印税や紹介料が入ってくるわけではないことをお伝えしておきます。)

モヤシ炒めと砂肝炒め

この本の企画が山口さんのnoteで発表されたとき、「これは完全にわたしの話だ!」と思いました。

わたしは、自分のために料理をつくることが苦手です。企画に応募した当時は、特にその苦手さを感じていました。

ちょうどコロナ禍でリモートワークが日常になった時期でしたが、妻は病院勤務だったため毎日出勤していました。家にいる時間が長い分、食事を準備するのはわたしの役割になりました。夕飯をつくるのはあまり苦になりませんでしたが、自分のために昼食をつくることは難しかったのです。

自分ひとりのために昼食をつくっても、あっという間に食べ終わってしまいます。
鍋にお湯を沸かして、7分掛けてスパゲッティを茹でて、そのあいだにレトルトパウチのパスタソースを温めて、お湯を切ってお皿に盛る。それなりの時間を掛けたのに、食べるのは数分です。
味はそりゃあ美味しいけれど、満足感はそれほどでもない。なんだか、何もしていないのに洗い物だけ増えたような気がしてきます。

ナスとアスパラガスとベーコンの炒めもの、高野豆腐

当時のわたしの昼食は、カップヌードルとカレーメシとハヤシメシのローテーションでした。沸かしたお湯を注いで待つだけで食べられて、食べ終わったらゴミ箱に捨てればいい。おいしい。それでいいと思いつつ、なにか納得のいかない気持ちがありました。

自分ひとりのためにつくるのは、どうしてここまで気が進まないんだろうか。ひとりの食事はどうしてあまり楽しくないんだろうか。
そんなことを感じていた日々に、山口さんと出会ったのでした。

冷やし中華風そうめん

『自分のために料理を作る』には、わたしを含めて6人の参加者の言葉が記されています。6人6様の距離で料理や食事と向き合っている言葉。それらは、これまで注目されてこなかった言葉です。

202ページの5行目でわたしは、「既存の料理研究家による料理本や指導では救えていない層がまだいるという認識はずっとあった」と言っています(すごいこと言っちゃってるな……)。
料理研究家の皆さんにはとても感謝しています。皆さんのおかげで今のわたしの食卓があります。その話はまた別のときにしますね。

料理研究家のみなさんは基本的に「料理が好きな人」たちです。

「料理が好きな人には、料理が嫌いな人の気持ちがわからない」と言いたいわけではありません。多くの料理研究家の方たちが、いろいろなタイプの家庭のことを想像しながら情報発信をしていると思っています。思ってはいるのだけれど、ときどき、心のどこかで「簡単そうに話されてますけどね……」と感じてしまうことはあります。

豚キムチ炒め、長芋の照り焼き

『自分のために料理を作る』に登場するのは、普通の人たちです。料理が未経験だったり下手だったりするのではなく、むしろ、つくり慣れているのだけれど、ちょっと困っている人たちです。

料理が好きではない人や、得意ではない人たちの言葉。それらは「SNSの声」のように背景や文脈の剥奪された言葉ではなく、その人の生活や人生が透けて見えてくるような対話の言葉。そういった言葉でなければ語ることのできなかったことが、この本には書かれています。そんな参加者や星野さんとの対話を受けて、山口さんの思考が走っていきます。

本書を通して、料理にこんな悩みがあったんだ、こんなことを考えてもよかったんだと感じられるのではないかと思います。たぶんそれは、別に好きではないけれど料理をつくる必要のある人にとって、ある種の救いになると思うのです。

さて、ぜんぜん話し足りないのですが、ひとまずここまでにしておきます。ぜひ本書を読んでみてください。そして、料理のいろいろな話をもっとたくさんしていきましょう。ここで語られた言葉たちが呼び水となって、さらに多くの言葉がうまれることを願っています。


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