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サクラマスとの邂逅記録



サクラマス初陣?

北海道と言えば、である。これは多くの釣り人達が認める事実であろう。ただし、本州の鱒の代名詞であるイワナやヤマメは、北海道では鱒ではない。鱒と呼べるのは降海したアメマスサクラマスなのである。

筆者が北海道に移住してはや三年が経とうとしているが、その意味では、未だ鱒を釣ったことは無かった。海の鱒に興味が無かったかと聞かれれば、全く無かった訳ではない。が、あまり気乗りがしなかったのも確かだ。そもそも、北海道にはオショロコマをはじめ、エゾイワナなどの魅力的な対象魚がおり、海の魚に目が向くのに時間がかかった。そしてもう一つ、筆者の足を海鱒から遠のかせるのには十分すぎる出来事があった。

堤防上のひと悶着

北海道一年目の春、筆者は大学の釣りサークルの後輩と共にとある防波堤へと向かった。サクラマスが回遊してくるらしいが、人も多いらしいので夜中に場所取りも兼ねて根魚をルアーで狙う。ワームを方々へ投げてしつこく狙うも、根魚からの反応は得られないまま夜明けを迎えた。

空が白んでくるとともに、続々と釣り人がエントリーしてくる。そして、本来ならあり得ない近距離に割り込んでくる・・・。田舎でのんびりした釣りばかり楽しんできた筆者にとってはストレス以外の何物でもない。いや、ほとんどの釣り人にとって大きなストレスだろうが。

サクラマス用のルアーなど持っていない筆者は後輩にミノーを借りてキャストを始める。サクラマスは表層のただ巻きでよく釣れるが、近年はジャーキングで食わせるメソッドが流行っているとのこと。確かに、我々の隣に並ぶおじさん歴戦の釣り人たちは皆揃ってジャーキングをしている。ジャッジャッと小気味いい風切り音が堤防を満たしていった。負けじと筆者もミノーをジャークしていた。

さて、ここで問題なのは隣の釣り人である。筆者の隣に陣取ったのは地元の釣り人らしい。どうやらこの釣り場にはよく来ているようで、幾人かの人達と会釈を交わしていた。こんな堤防に通う暇な人もいるものなのだと感心していると、ふと、そのおじさんに話しかけられた。

「お兄ちゃん、何狙い?」

辺りが暗くてよく顔が見えないが、声色から察するに中年男性らしい。

「一応、サクラマスです」

そう答えると、その人はふーん、と息を漏らしつつ続けた。

「そんな柔らかい竿じゃあな・・・」

そう言いつつ、おじさんはおもむろにこちらに歩みを進める。

「ほう、一応いいルアーは付けてんだ」

なんだこいつ。腹立たしい。危うく口から洩れそうになるが、寸前で口をつぐむ。危ない危ない。こんな人だらけの堤防で揉めようものなら、恥ずかしくて帰らざるを得ない。釣りは、全員が気持ちよく釣りするのが一番良いのだ。そう達観しつつ、ラインスラッグを出しながらミノーをジャークしていると、件の男がまたもや口を開く。

「なんだい?そのジャークは」

今度は馬鹿にした笑いを含んでいるのが伝わってきた。どうやら、北海道のサクラマス狙いのジャーキングメソッドはあまり糸ふけを出さない、ストップアンドゴーに近いメソッドらしい。だとしても、人のアクションに口出しするのは倫理的ではない。そもそも、ミノーを左右に飛ばすメソッドくらい知っておいて欲しいものだが、地元志向の彼らには必要のない情報なのだろう。それでも十分釣れているようなのだから、それはそれで良い。

一連の失礼な言動にはさすがに腹が立ったが、ここは大人になってスルーする。すると、しばらくはこちらに絡んでこなくなった。よしよし。触らぬ神に祟りなし。つかの間の平和な時間である。

案の定

しばらくの間サクラマスのバイトを待ちながらキャストを続けるが、反応は得られない。我々以外の人にも反応が無さそうなところを見ると、今日はそういう日らしい。

それでもめげずにキャストを続ける筆者に、追い打ちをかける出来事が発生する。隣のおじさんとルアーが交差し、まつってしまったのである。

「おいおい、前にも飛ばせない下手くそが来るなよ・・・」

我々にもぎりぎり聞こえる声で、ぼそぼそつぶやきながらこちらに歩み寄ってくるおじ。しかし、絡んだ場所は筆者の目の前。そう、前に飛ばせていないのは彼なのである。

「いやいや、おじさん。斜めに飛んでるのは貴方のルアーではないですか」

そう息巻いて反論できればよかったのだが、ここでも事なかれ主義である。渋々こちらの糸を切った後はキャストを止めて様子を伺うことにした。邪魔者の消えたことで、斜めにも自由に投げられるようになったおじさんを尻目に沈黙する我々。なぜか敗者の気分である。数分後、流石にいたたまれず、我々は退却することとした。

そう、人生最悪の釣りの日である。

再度、サクラマスへ

と、以上のようなサクラマス初陣を遂げた筆者にとって、海鱒は遠い世界の話となっていた。そんな折、道南でサクラマス好調の情報が流れてくる。その情報を信じて弾丸で道南に向かうも、ホッケのみで帰宅。サクラマスへの道は思ったよりも遠い。

そして、2024年某日、よく釣りに同行するメンバーでサクラマスを狙うこととなった。向かったのは人気地域のサーフ。サーフの釣りは嫌いではないが、未だまともな魚を釣ったことは無い。あまり魚が釣れるイメージが沸かないまま、目的の駐車場へと到着した。

その日は日曜日なのもあってか、サーフの小さな駐車場は車で一杯だった。夜明けは数時間後だというのに、何組かはヘッドライトを煌々と照らしてエントリーの準備を進めている。彼らに急かされるように、午前3時半過ぎ、我々もサーフへとエントリーした。

突然すぎる出会い

まだ暗いサーフを進む一行。血気盛んな後輩二人は目の前のポイントに陣取り、暗いうちからキャストを始めていた。対して、年上二人組は少し歩いて河口付近に陣取った。後輩に比べて体力の無い二人、キャストは空が明るくなるまで待とうと決め込み、久しぶりにゆっくり立ち話をする。釣りの話はもちろんのこと、自身の将来の話などで盛り上がるうちに日の出時刻を迎えた。

「さて、ぼちぼちやりますか」

友人がそうつぶやき、そそくさと準備をはじめる。筆者もルアーをガイドから外し、キャストの準備を整えた。この日の為に新しく買ったリール。糸巻が少し緩くなっているのを車内で確認していたので、まずは海に軽く投げて糸を整えようと決めていた。

まだ少し暗いサーフに、シンキングペンシルを軽くキャストする。すぐさまベールを返し、糸に一定のテンションをかけながら巻き取る。すると、ココココと何かに当たる感触が。次の一巻きで、ようやくそれがであることを理解した。

「来たっ!」

思わず叫ぶ。すると、隣でまだ準備をしていた友人が駆け寄ってきてくれた。魚は海面で暴れながらこちらに近づいてくる。筆者は荒れた息遣いをそのままに、慎重にファイトを続ける。友人が波打ち際でその魚体を確認し、筆者に伝える。

「サクラだ」

その一言で緊張感はマックスに達するも、案外早く魚が寄ってきていることを理解した。波を待ちつつ、落ち着いてランディングする。大きな波が寄せたタイミングで、サクラマスと共に友人が波打ち際からこちらに走ってきた。


一投目での出会いだった

遂に獲ったのだ。北海道のを。しかも、一投目で。恐らく、そのサーフでも一番槍であった。

なんとも言えない感動が筆者を襲う。目の前の魚が川から下ったヤマメである事実。この魚が目の前を泳ぎ、自分が投じたルアーに食いついてきたという奇跡。なるほど、確かに渓流では味わえない種の感動である。サクラマスに目の色を変える道民アングラーの気持ちが少しだけ分かった気がする。

奇跡再び

サクラマスとの邂逅からしばらく経って、今度は後輩三名を連れてサクラマスを狙いに海へと向かった。今度のフィールドは磯である。信頼できる友人からの事前情報によると、磯の調子が良いらしい。これは期待できそうだ。

しかし、その日は祝日。海沿いの駐車場にはとんでもない数の車が停まっていた。道行く車もみな、ライバルに見えてくる。実際、ほとんどの車が同業者であったに違いない。

そんな中、目的の磯付近へと到着した。既に駐車場には十台ほどの車。隣の車からは既に準備をする釣り人の姿が。またもや他の釣り人に急かされる形で、釣りの準備を整えた。しかし、そこは初めて入る夜の磯。どこに危険が潜んでいるか分からない。どこがポイントなのかも分からず、足元が見えるようになるまで待機することにした。

二時間半の待機の後、空が白み始めた。我々の陣取ったポイントは小さなワンドが連なる場所で、他の釣り人はいなかった。みな、岬の先端のポイントに向かったようだ。知らない磯の先端なんて、怖くて夜に向かうことなどできなかったから、仕方なくワンド周りで釣りをはじめる。

すると、後輩の一人が足元にイワシを発見した。それも大量のイワシが固まっている。どうやら、サクラマスやアメマスに追われて磯のワンドに避難してきているようだ。時折、イワシが海面で飛び跳ねる。その様子をよく観察してると、イワシをハーモニカのように咥えた巨大なアメマスが泳いでいくのが見えた。確変の匂い。ソワソワしながら、みな黙々と沖へとキャストする。しばらくして、後輩が一匹50cmほどのアメマスを釣り上げた。自然と士気が高まる。目の前に、イワシに狂う魚たちが確実にいるのだから。

しばらくの沈黙の後、仲間内でポイントを入れ替えながらキャストしていると、突然のバイトが。これはサクラだと、瞬間的に確信した。どうやら大きい魚のようで、合わせの瞬間にドラグがジッと出た。それ故、フッキングが甘いように思われ、追い合わせを入れた瞬間・・・。

ブチっ!!

まさかのラインブレイク。追い合わせの瞬間に手前の磯にPEラインを擦ったらしく、手前で糸が切れていた。無念、喪失感。強張っていた肩から緊張感と共に力が抜けていった。

一分ほど立ち尽くしていると、隣の後輩が何やら話しかけてくる。

「これ、先輩のじゃないですか?」

よくよく彼の手元を見ると、トレブルフックが黄緑色のPEラインを拾っていた。まさか、と思って糸を受け取ると遠くに魚の感触。その、まさかである
。刹那、前代未聞の素手ファイトが始まった。とは言ったものの、針先の魚が暴れることはなく、ずっしりとした重みを感じつつも静かに、足元まで寄せることができた。

これを手で釣ったのは、筆者が世界中で五番目くらだろうか

糸を釣ってくれた後輩がネットで魚を掬った瞬間、二人は抱き合って喜びを分かち合った。いい年した男二人がね。誰も見ていなかったので良しとしよう。

この奇跡的な出会いをもって、その日のサクラマス狙いは終了した。

おわりに

以上が、筆者が体験したサクラマス邂逅の記録である。嘘はついていない、少し盛った話も無い。濃密すぎる出会いの体験であった。

こうして文章に綴るうちに、気が付いたことがある。それは、案外海鱒の釣りも嫌いじゃないということだ。文章にしていて楽しいのは、そのせいだろう。恥ずかしながら、今までの数年間は食わず嫌いしていたことを素直に認めなければなるまい。

ただし、近年のサクラマスブームによって、北海道のサクラマスゲームは一つの壁にぶち当たっているのは看過できない。続々と道内の釣り場が釣り禁止となっているのである。それは、漁業従事者や地元住民の方々とのトラブルが原因となっているケースがほとんどであろう。これでは、せっかく好きになった釣りも気軽にはできない。

北海道初年度に筆者が経験した、堤防上の攻防もそのような事案の一つと考えることができよう。あのまま二人がヒートアップしていたら、他の釣り人に多大な迷惑をおかけしたはずである。怒りを抑えたから筆者の方がえらいとか、そういうことではない。実際、腹を立てて喧嘩腰になりかけていたのだから。ただ、釣り場に殺到する釣り人一人一人が、平等に、真剣に、そして広い心を持って、将来の釣り人達の為に自身の態度や振る舞いから考え直す必要があるのかもしれない。

海鱒をはじめとして、渓流、ロックフィッシュ、オフショア、様々な釣りにおいて、楽しく釣りができるのが一番良い。好きな釣りならなおさらである。

奇跡的な出会いと興奮をもたらしてくれる釣りの未来を祈って、これからも稚拙な文章を綴り続けよう。


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