地平線_S16

内陸の恐ろしさ

#10年前の南極越冬記  2009/5/28

ちょうど10年前になる。当時、僕は越冬隊員として南極にいて、こんなことを書いていた。

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僕らが足を踏み入れる可能性のある昭和基地周辺の主な地形に、「沿岸露岩帯」「海氷」そして「内陸」がある。そのうちの「内陸」に6日間、基地を離れ、僕を含め7人のメンバーで行って来た。当初は5日間の予定だったけれど、現地でブリザードによる停滞を余儀なくされてしまい、基地への帰還が1日遅れてしまった。

今回の内陸オペレーションの目的は、前次隊がデポしていた雪上車や橇を完全に埋まってしまう前に掘り出し、そのうちの何台かを基地まで持ってくること。そして僕の担当する地学観測を幾つか行うことだった。内陸だけではなく、こうした宿泊を伴う野外オペレーションは50次隊で幾つも計画されているが、今回のオペはその中でも指折りの過酷さを誇るミッションだ。

実は、出発前から現地でブリザードが発生することは気象チームの予報から分かっていた。にも関わらず、僕らが停滞を覚悟してまで強引に出発したのは、太陽の全く出ない極夜期に近づいているこの時期の計画の延期は、それだけ作業や移動が許される時間が削られてしまうことを意味するからだ。内陸に限らないことだが、視程が悪い中での移動は例えわずかな距離であっても危険だ。だから日没後の長距離の移動は隊の中で厳しく禁じられている。その恐ろしさは、今回のオペで身にしみて分かった。

内陸には何も無い。目の前には、ただ延々と白い大地が広がっているだけだ。遥か彼方に見える白い地平線を目で追っていくと、湾曲した線は一度も途切れることなく、一回りして元の位置に戻る。いや風向きを頼りにしなければ元の位置も良く分からない。頭上に広がる空はどこまでも高く、それでいてちょっと手を伸ばせば指先が届いてしまうような、そんな気になる。

その中に身を置くと、今までの自分の中には存在しなかった圧倒的なスケール感を前に、ふっと方向感覚が奪われそうになる。急に不安になって自分の足下を確認し、ちゃんと自分の両足が地に着いていることに胸を撫で下ろす。

出発前に、過去にこのオペを経験したことのある仲間から「このオペに参加すると、二度と内陸なんか行きたくないって思うようになるからな」と冗談半分で脅されていた。でもその仲間は悪戯っぽく笑って「でも『これぞ南極』って思いは存分に味わえるぞ」と付け加えた。

今度は僕が脅す番になりそうだ。

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