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無法者ビリー・ザ・キッドの生涯

目次

訳者による解説

緒言

第一章

初期の人生―ビリー・ボニーの誕生―幼少時代の出来事―父の死―辺境への憧れ―家を出て西へ向かう―太陽が沈むところへ向かう旅

第二章

フロンティアにて―カウボーイのキッド―シルバー・シティに到着―セイレーンに魅せられる―ダンスホールを訪問―お金を奪われる―真夜中の冒険―ベラムの店の強奪事件―収監される

第三章

フロンティアの牢獄にて―法廷での審判―「告発に関して私は無罪です」―牢獄へ戻される―迫害された若者の思索―逃亡を決意―煙突からの脱出―再び自由に

第四章

ボウディーの牧場にて―鍛冶場で働く―死闘―遭遇とノートンの殺害―最初の血の味―目撃者の収監―大平原へ逃走

第五章

牛泥棒に加わる―大平原での対決―ジョン・タンスタールの殺害―首領になったキッド―死者の財産を分配―徒党を組む―万事に備える

第六章

うまくいった牛の強奪―首領のキッド―チザムのラス・ベガスへの旅―マクロスキーの帰還―先導役の裏切り―キッドの誓い―裏切り者の捜索

第七章

敵の真っ只中へ―キッドのラス・ベガス訪問―列車での会談―チザムによる牛飼いたちへの助言―キャンプに向けて旅立った2人の男―キッドの追跡―大平原で足止めする

第八章

月光の下での騎行―マクロスキーとの諍い―また人命が一覧に加えられる―2人の囚人の恐怖―「死者は何も語らない」―人間をコヨーテの餌に―大平原で起きた真夜中の悲劇

第九章

姿を消したキッド―遺体の発見―人々の興奮―審問検死におけるチザム―人々の怒りの表現―長官の布告―賞金をかけられたキッド

第一〇章

大平原の放浪者―殺人現場から立ち去る―キャンプにいた者たちを起こす―キッドが一味に語ったこと―ばらばらになるように勧める―トム・オフォラードの献身―独りで考える

第一一章

リンカンのダンスホールにて―自分にかけられた賞金を読む―トム・オフォラードと邂逅―追跡される者が追跡する者に変わる―真夜中の殺人―ブレイディとハインドマンがキッドの報復を受ける


訳者による解説

本書は、ビリー・ザ・キッドを題材にした最初の本格的なダイム・ノベル[三文小説]『無法者ビリー・ザ・キッドの生涯[原題:The True Life of Billy the Kid: The Noted New Mexican Outlaw]』の全訳である。『無法者ビリー・ザ・キッドの生涯』はビリー・ザ・キッドの死後2ヶ月ほどで刊行されている。

作者のエドモンド・フェーブル・ジュニアがどのような人物であったか詳しいことはわかっていない。おそらく新聞記者だと思われる。『無法者ビリー・ザ・キッドの生涯』に含まれる事実には多くの誤りがあるが、現代のビリー・ザ・キッド像の源泉となった作品だと考えられるので翻訳する意義があると考えられる。

拙訳『ビリー・ザ・キッド、真実の生涯』の冒頭でパット・ギャレットは以下のように書いている。

「新聞や黄表紙の安っぽい小説で登場している多くの間違った言及を正したいと思って、多少なりともこうした労苦を担おうと思った。後者に関しては少なくとも3冊が公刊されているが、その中の一つとして、かつて生きていた無法者の歴史を伝えたものはなく、そのどれもが『ザ・キッド』に関して正しいとはまったく言えないものである」

『無法者ビリー・ザ・キッドの生涯』はギャレットが言及している「黄表紙の安っぽい小説」の1冊だと考えられる。『無法者ビリー・ザ・キッドの生涯』の原本の表紙は実際に黄色である。さらに同書においてギャレットは次のように主張している。

「私がキッドをベッドの背後から、もしくはベッドの下やその他の隠れ場所から撃ったように出版物や挿絵などではなっている。十分な熟慮を重ねたうえで私は、言い逃れではなく私の意図に合った正直な弁明をしたいという決意を持った」

『無法者ビリー・ザ・キッドの生涯』の挿絵を見ると、ギャレットがベッドの背後からキッドを撃っている様子が描かれている。ギャレットは、『無法者ビリー・ザ・キッドの生涯』のようなダイム・ノベルが広まれば自分が不利な立場に置かれると危惧して『ビリー・ザ・キッド、真実の生涯』を刊行して対抗した。

なお原文には誤った人名表記が多々あるが、読者に理解しやすいように一般的な表記に改めて翻訳している。また挿絵が内容に合っていない頁に配置されている場合があるが、できるだけ原本と同じ配置にしている。したがって、挿絵の配置は訳者の判断によるものではなく、原作者の意図によるものである。

2019年1月23日 西川秀和


緒言

この本が持つ利点の中でも、語られている出来事の正確さやビリー・ザ・キッドの経歴に関する詳細の正確さに特に利点があると著者は考えている。関心を呼ぶために鮮烈な想像力に訴えかける必要はない。なぜならいかなる虚偽の誇大表現や虚構による装飾なしで、ビリー・ザ・キッドはあらゆる辺境のロマンスを霞ませ、虚構の分野で作られた話を曇らせるものだからだ。本書は今日のニュー・メキシコの人々にとって歴史的事実になっている人物や事柄を扱い、まさに辺境の文明の化身である1人の無法者の人生に起きた出来事をまとめて紹介することを目的としている。その時代はナイフとライフル銃の文明の時代であり、多くの犠牲者がさらし台で切られる時代であり、インディアンの襲撃と虐殺の時代であり、無慈悲な襲撃と暗殺があった時代であり、牧牛王と牛泥棒の間に戦争があった時代であり、そして、あらゆる無法行為があった時代であった。もし「ビリー・ザ・キッドの真実の歴史」の物語が人々を楽しませることができれば、著者の快とするところである。

デンバー、コロラド州、1881年7月15日


第一章

初期の人生―ビリー・ボニーの誕生―幼少時代の出来事―父の死―辺境への憧れ―家を出て西へ向かう―太陽が沈むところへ向かう旅

ビリー・ザ・キッド。3年にわたってニューメキシコで囁かれたその名前は最も強健な者の心さえ恐怖で縛り、このニュー・メキシコ準州の恐怖の存在に不運にも遭遇したらどうなるかと思わせることで最も勇敢な男たちの勇気さえ挫いた。

その名前の持ち主は単なる若造であったが、鷲のように鋭い目を持つ背が高い青年であり、その狙いは死神のように外れることがなかった。

多くの町が彼の出生地であると主張しているので、彼が幼少時代を過ごした場所がどこであるか正確に見極めることは難しい。しかしながら、史実によれば、キッドの冒険的な精神を最初に育んだ場所がニューヨークであることを認めざるを得ない。

ニュー・ヨーク・シティ第四区の借家でこの若者は世界の見方を最初に学び、自分の周りにあるものを取り入れた。

彼の父の名前はウィリアム・ボニーである。息子が誕生するにあたって両親はできるだけすぐに洗礼を受けさせて父方の家名を与え、家名を永続させる最初の措置を施した。

父のウィリアム・ボニーは正直で勤勉な男であり、小さな家族を養うために精力的に働き、息子が将来を気づく手助けをしようとした。しかしながら、少年が6歳になる前、父は苦闘を諦めて死の中に安らぎを見つけた。数年間にわたって母は重荷を担って運んだ。豊かな職人であるトマス・アントリムは未亡人の苦労を見て手を差し伸べ、結婚を申し込んだ。結婚の申し出は受け入れられた。

継父の無関心のもと、我々の英雄は少年になってさまざまなことを追求するようになったが、町の中だけでは決して満足できなくなったようだ。

絶え間のない危険とその代償となる結果が与えられる西部における生活への憧れが少年の想像力を掻き立てた。空の他に身を覆うものはなく、母なる大地の他に寝床はなかったが、彼は自由気ままにさまよって、西部の大平原の澄み切った空気を吸えるはずだった。彼が空想に励めば励むほど、魅力はさらに高まった。ついに彼は生まれ故郷に別れを告げて、起伏が連なる大平原や陰なす山脈に向けて旅立った。時に彼は実父の家名からビリー・ボニーという名前を使い、時にビリー・アントリムとして知られ、ニュー・ヨークの若者の仮名としてそのどちらも好まれたが、彼の勇気と度胸を愛するようになった者は彼を「ビリー・ザ・キッド」と呼ぶのを好んだ。


第二章

フロンティアにて―カウボーイのキッド―シルバー・シティに到着―セイレーンに魅せられる―ダンスホールを訪問―お金を奪われる―真夜中の冒険―ベラムの店の強奪事件―収監される

我々の英雄はお金が乏しかったのでゆっくりと西部の大きな都市を通ってコロラドにたどり着き、極西の州のあらゆる場所に蔓延している辺境の精神を培い始めた。行動が厳しく制約されるニュー・ヨークで育ったビリーは驚いたが、自由で気さくな精神が蔓延しているのを知って喜んだ。あらゆる男が自由を体現しているかのようだった。

コロラドの山中を抜けた彼は、ニュー・メキシコで牛の「駆り集め」をして、すぐに牛の所有者たちから牛の番人の仕事を押し付けられた。彼は気性の荒い半野生馬に跨って、他の者たちとともに群れを見張り、群れから抜け出そうとする牛を追って、さまよっている子牛を夜に集めた。彼はその他の方法でも牛の所有者たちの役に立ったので、一つの季節を通じて働くことになったが、その終わりに自分の道に戻ってニュー・メキシコ準州シルバー・シティにたどり着いた。

到着した夜、通りをあてもなく歩いていた彼は、長く低い日干し煉瓦の建物から聞こえてくる音色に魅了された。そこに入ると、いろいろなカウボーイたち、メキシコ人たち、そして、狩人たちがいて、次のダンスが始まるのを立って待っている女たちの集団の気を引こうとしていた。

「ダンスのお相手が必要かしら、お若い方」と黒い瞳をしたブルネット[濃い褐色の髪]の女が言って、まるで唇で魅惑の魔法をかけようとしているかのような微笑みを浮かべ、踊るような足取りでビリーに近づいた。

「ああ、いいよ」とキッドは答えて黒い瞳の魅惑的な女の腰に手を回して、ワルツの歓喜に身を委ねてすぐに旋回した。

音楽が終わると、ダンスの相手は建物の入口まで伸びる長いカウンターに彼を導いた。十分に知り合えるまで酒を飲んだ後、女は彼に座るように勧めた。そこで2人はすぐにとても楽しく熱烈な会話に勤しんだ。

「新参者」でうぶなビリーは、家から出た旅でのさまざまな出来事、カウボーイとしての経歴、そして、牧牛業者から得たお金をたくさん持ってシルバー・シティに来たことをセイレーンに打ち明けてしまった。それは過度ではなかったが、女の欲望を掻き立てるのに十分であった。女はキッドの注意を引いて、飲むようにけしかけて、座っていた長椅子に飲みすぎてのびてしまった彼を放置した。数分で彼は眠気に負けてしまった。

彼は肩にかけられた手の重みで昏睡から目覚めて周りを見回した。すると明らかに軽蔑を浮かべて見下ろしている居酒屋の主人の顔があった。

「相棒はどうしたんだい。あいにくとこの季節は下宿をやってないから野宿でもしてくれ。明かりを消して店を閉める時間だ」

よろめきながらビリーは側道にさまよい出て、まるでどちらの道に進むべきか決まっていないかのように周りを見回した後、物憂げに通りを歩き始めた。

下宿屋の前を通り過ぎた時、彼の目は看板に惹きつけられた。彼は自分が宿を決めていないことを思い出した。そこで大儀そうにポケットに手を突っ込んでお金があるか確認したところ、消えてしまっていた。

奪われたのだ。セイレーンの手練手管は無駄に費やされたわけではなかった。騙されやすい若者と女の誘惑者のお馴染みの話が繰り返されただけだった。

不運に怒り狂った彼は前進してある店の前まで来た。店の扉は少しだけ開いていた。一夜の宿を求めようとその店に入ろうとした時、乱闘の音とともに慌ただしい足音が迫ってきた。

2人の男が彼の横を走り抜けた。3人目の男が2人の男を追って入口から姿を表すと発砲した。3人目の男は振り返ると、男たちの奇妙な行動を理解できずに入口に立ち尽くしているキッドを見つけた。銃撃の理由を尋ねる前にキッドは、六連発銃の銃身の中を見るはめになった[銃を突きつけられた]。

「手を挙げろ、早く。さもないと撃つぞ。おまえが見張りをしている間に他の2人が店を荒らす手筈だったんだな。他の2人は逃げてしまったがおまえを牢獄にぶちこんでやる」

そう言うと男はビリーを前に立たせて連行した。店にいた理由を説明する前にビリーは鉄格子の後ろに放り込まれ、錠がはまる音を聞いた。


第三章

フロンティアの牢獄にて―法廷での審判―「告発に関して私は無罪です」―牢獄へ戻される―迫害された若者の思索―逃亡を決意―煙突からの脱出―再び自由に

翌朝、ビリー・ザ・キッドが保安官とともに罪状認否手続きのために法廷に向かったので、通りに面して開いた牢獄の入り口の周りは混雑していた。前夜のベラムの店における大胆不敵な強奪の噂は付近を騒がせていて、捕らえられた強盗を見たいという好奇心が大いに示された。

法廷に到着した囚人は告発され証人台に立たされた。

ベラムの店の強奪について告発されたキッドは確かな声で答えた。

「告発に関して私は無罪です」

あらゆる聴衆から嘲笑が聞こえ、囚人の無罪を訴える話は法廷の命令によって中断された。そして、法廷は大陪審の審問を待つために[囚人を]牢獄に戻すように命じた。

独房の陰に横たわったキッドは黙考した。シルバー・シティに到着して以来の経験を振り返った彼は意気消沈して憂鬱な気分になった。

それは彼の経歴の転換点であった。彼の未来の進路を良い方向に導くか、それとも悪い方向に導くか、さまざまな影響力が働いていた。誠実な努力が破滅的な結果に終わってしまうと悟った時、彼のために誤って準備された邪悪な進路を彼が選択したとしても何の不思議があるだろうか。

「俺は正しいことをしようとした。この地方に来て以来、俺は誰かに迷惑をかけたことはない。それなのに今、俺はどこにいる。俺のまっとうな稼ぎをすべて奪われ、このむさ苦しい牢屋に入る。この地方では無理なことを追い求めるためにこれ以上、努力する必要があるだろうか。もうたくさんだ。俺は屈することなく気ままにやろう。さあこの忌々しい穴蔵から脱出しよう」と彼は考えた。

このように考えて彼は自分の周りの状況を確認し始めた。牢獄は西部の辺境の町でよく見られるような型の牢獄であった。建物は非常に長く背が低い構造であり、泥と藁でできていて、天井近くにある粗雑で小さな窓から明かりを取っていた。その正面には直径半インチ[1.3cm]の鉄格子がはまっていた。独房の上には屋根があった。独房は泥と煉瓦の壁によって仕切られていて、粗末な寝台と藁の寝袋、そして、椅子があった。独房はすべて主廊下に面していて、日中、囚人たちはそこで交流が許された。夜になると、隔週人は独房に閉じ込められた、扉には重い錠がかけられた。審判の後の朝、キッドは可能であればその日に逃げ出そうと決意して起き上がった。

彼は廊下を歩いて焼き固めた煉瓦で作られた古い造りの暖炉の前に立った。開口部は非常に広かったが、煙突は屋根に近づくにつれて細くなっていた。その大きさを確認するとキッドはそこから脱出することに賭けようと決めて、夜まで時間を潰した。夕食が終わると、キッドは、囚人たちを独房に移すために牢獄に入ってきた守衛の様子をうかがった。外はもう暗くなっていた。夜になったので牢獄のランプが灯されていた。守衛によって独房に閉じこめられる前に彼は煙突を通って屋根まで行けるのだろうか。

まさに試練の瞬間であった。守衛は無骨なアイルランド人であったが、独房の錠を締める時に陽気に囚人をからかっていた。彼の背中はキッドに向けられていた。キッドは音もなく暖炉の開口部に忍び寄って、煙突の壁に張り付いて身を隠して、息を止め、耳を澄ませた。

危険な様子はなかった。

慎重に進む道を探り、転がり落ちてくる煤を浴びたせいで目も見えずに苦労しながら彼は頂上にたどり着き、煙突の端に手をかけて天を仰いだ。天には暗雲が幾重にも重なっていた。それから最後の力を振り絞ると、彼は屋根の上に飛び上がった。それから。

何の物音だ。

ピストルの発砲音だ。もう一発、さらにもう一発。それからすぐ下の牢獄と外の庭に慌ただしい足音が響いた。

警報が発せられた。キッドの逃亡は発覚した。

隠れ場所に身を屈めたキッドは、牢獄を囲む庭で響く足音を聞いた。いくつかの半球レンズ付き手さげランプから出た光線が煙突の上まで通ってちらちらと明滅した。

庭から足音が遠ざかって通りの舗装に移ると、物音はしだいに小さくなった。

それからすべてが死のように静まり返った。

囚人たちの大きな寝息以外にすぐ下の牢獄から聞こえてくる音は何もなかった。慎重に頭を上げると、彼は煙突から屋根のほうを見て、庭の状況を確認しようと目を凝らした。彼は煤だらけの隠れ場所からゆっくりと這い出た。探索の試練の間に負荷をかけたせいで彼の腕はこわばっていた。見ている者は誰もいなかった。屋根から下の庭に降りた彼は、牢獄の陰に再び身を屈めた。庭の壁まで数フィートしかなかったので、すぐにその壁を越えられるだろう。彼は半ば自暴自棄になって壁の上に飛び上がり、すぐに牢獄の壁を越えた。通りに沿って密かに進んだ彼は、倉庫の前に置かれている運送業者の商売道具に近づいて、荷馬車の一つに忍び込み、座席の下に畳んで置かれていたタール塗り防水布で身を包んだ。

疲労が訴えかけてきたせいで、そして、逃亡の騒動と労苦のせいでキッドは深い眠りに落ちた。


第四章

ボウディーの牧場にて―鍛冶場で働く―死闘―遭遇とノートンの殺害―最初の血の味―目撃者の収監―大平原へ逃走

彼が目覚めた時、荷馬車は動いていた。防水布の下から外を覗いた彼は、もうすでに町を離れてしまって、ニュー・メキシコの荒廃した大平原を横切っている途中だとわかった。知恵を振り絞れるまでそれほど長くかからなかった。それから彼は御者に話しかけようと決心した。彼は防水布の下から這い出て御者に声をかけた。

「やあ」

御者は見知らぬ者が荷馬車にいるのを見て驚いた様子だったが、短く聞き返した。

「いったいどうやっておまえは入り込んだんだ」

キッドは「倉庫でさ」と答えた。

「おまえはどこにいたんだ」

「防水布の下さ」

「おまえがどこに向かっているのか知っているのか」

「いいや、そんなことは気にしないさ」

「もしおまえがこの『商売道具』と一緒にいたらドーサ川沿いにあるボウディーの牧場に着く。どうやらおまえは活きのいい若者のようだな。喜んで手を貸すなら牧場に置いてもらえるかもしれないぞ」

確かにその通りだった。その場所の所有者は、ノートンという名前の鍛冶屋の助手としてキッドを雇った。モートンは鍛冶場で働いていて道具や器具を保守していた。ノートンは辺境の荒くれ者の典型のような男だった。彼は非常に大柄な男であり、熊のように無愛想であり悪霊のように不機嫌だった。キッドが姿を現した最初の瞬間から両者の間には反感が生まれた。仕事は厳しく骨が折れるものだった。鍛冶場は快適に仕事ができる環境ではなく、その日の仕事が終わると、キッドはベッドに行くだけで満足できた。

翌朝、キッドはノートンに起こされた。ノートンは、鍛冶場に来て火を熾すようにキッドに居丈高で不機嫌そうに命じた。キッドは命令に従った。火が燃え始めた頃にノートンが入ってきて外套を脱ぎ、その日の仕事のためにエプロンを身につけた。炉の中の石炭を見たノートンは、昨夜に置き忘れた小さなハンマーが火に触れていて取っ手が少し焦げているのに気づいた。

ノートンは「こんな馬鹿なことをしたのはおまえだろう」と言ってハンマーを手に取ってキッドのほうに向かった。

キッドは「おまえは嘘をついている。おまえが手に取るまでそんなハンマーなんか見たことがない」と言った。

ノートンの顔は怒りで青黒くなり、無言でキッドに向かって進み続けた。キッドは扉の近くにある作業台に寄りかかっていた。

ノートンは「思い上がっているんじゃねえ。俺が嘘をついているだと」と言いながら手を挙げてキッドを殴ろうとした。

キッドは「気をつけろよ」と言って飛び退ると、テーブルの上に置いてあったリボルバーを引ったくってノートンに向けて発砲した。狙いは外れなかった。呻き声を上げてノートンは地面に倒れた。銃声を聞きつけた農場の労働者が鍛冶場に駆け込んできた。そこで労働者は死の苦痛に悶ているノートンの体を見つけた。

労働者は「いったいどうした」と聞いた。

キッドは「このざまさ」と言った。「もしおまえが鍛冶場に来なかったということにしなければ、おまえはノートンと同じ目に遭うぞ。俺はここから離れるつもりだ。俺が逃げる間におまえをここに閉じ込めておければ好都合だ」。そう言うとキッドは怯えている農場の労働者に武器を向けた。労働者は喜んで命令に従うしかなかった。殺人の唯一の目撃者を捕まえて鍛冶場に閉じ込めたキッドは、牛囲いに向けて走った。

うまく逃亡するために馬が必要だった。キッドは必要となる速度と耐久性を持っていそうな馬を捕まえた。そして、キッドはその馬に跨ると駆け去った。

馬に乗りながら彼はあまり楽しくないことを考えた。人生をうまくやり直そうと最善の努力を尽くしたが、そうした努力はすべて失敗に終わった。

血の味を覚えた彼は、危険を切望する気持ちを甦らせた。彼は狂ったように馬を走らせながら逮捕から逃れる術以外のことを考えることができなかった。

「俺を捕まえようとするなら奴らは俺よりも速く撃たなければならないぞ。俺がニュー・ヨークのバワリー[マンハッタン島に安飲食店や安旅館が集まる一角]で覚えた技を忘れているはずがない」


第五章

牛泥棒に加わる―大平原での対決―ジョン・タンスタールの殺害―首領になったキッド―死者の財産を分配―徒党を組む―万事に備える

夕刻、キッドは羊飼いのキャンプの近くにいた。馬が繋がれて荷物が下ろされ、夕食の準備が進められていた。キッドは羊飼いの一団の中に大胆にも割って入って、助けが必要かどうか聞いた。

「我々は助けを必要としている。しかし、我々は鞭と同じくらい銃をうまく扱える者を必要としている。おまえにはそれができるか」と一団を仕切っている様子の男が答えた。

「俺を試してみるかい」

キッドの姿を見た男はその堂々とした体躯、不敵な面構え、そして、鋭い眼差しに敬意を抱いたようだ。

「おまえはきっと大丈夫だろう。今夜か明日に我々はおまえを試してみよう。この辺りで牛泥棒が蔓延しているのを知っているだろう。今夜、何人かの男が先週の土曜日に盗まれた私の烙印が押された牛を集めに行くことになっている」

ビリーが仲間に加わった男たちはその多くが同じ年頃だった。キャンプの主はジョン・タンスタールという準州に数年前に来たばかりのイギリス人だとわかった。タンスタールは穏やかで紳士的だったので、この辺りで跋扈している牛泥棒の餌食となっていた。夕食が終わるとタンスタールは言った。

「今夜、私は君たちと一緒に出かけなければならない。もし我々が牛の群れを追っている一団と遭遇したら戦わずに問題を解決できるかもしれない」

そう言うと彼は3人の男を呼び、キッドは4人目として選ばれた。そして、彼は彼らの先頭に立つと、リンカン郡の外縁に向かって北西の方角に進んだ。

数マイルほど進んだところで男たちの1人が叫んだ。

「まずいことになったぞ」

タンスタールは「どういうことだ」と言った。

男は「我々に向かってくる一団が見えないのか。あれはドーランとライリーの一派だ。家畜を追っているのは奴らだ」と言った。

接近する騎馬によって埃が舞い上がったが、巻き起こった風によって少し晴れた。そのおかげでキッドは、一団が全身武装して良い馬に乗った21人からなっているとわかった。

挨拶を交わす間もなく、接近してきた一団の首領は駆け寄ってきて叫んだ。。

「タンスタールと呼ばれている奴はどいつだ」

その名前の持ち主が答えようとする間も一団の首領は言葉を続けた。

「俺がおまえの推しを盗んだとおまえが入っているのを知っている。それからおまえが俺の牧場に来てそれを確認しようとしているのも知っている。おまえはこれ以上、進む必要はない。ここですぐに決着をつけてやる」

タンスタールは、戦うつもりはなく求めているのは財産のみだとあわてて答えた。

「この地方で物事を解決する唯一の方法がある。しかも簡単だ」

その言葉とともに一団の首領はタンスタールに向かって大胆に馬を進め、銃弾を放った。銃弾はタンスタールの胸部を貫通した。タンスタールの体は馬から転げ落ちて、温かい血を撒き散らしながら地面で跳ねた。

それが白兵戦に転じる合図となった。それは辺境ではお馴染みのことだった。

すぐにすべてのリボルバーが引き抜かれ、両陣営の間で飛び交う銃弾の鋭い音が響いた。圧倒的に不利な状況に置かれたせいでタンスタールの陣営の残る4人には脱出路がないように思えた。しかし、彼らは馬に拍車を入れて駆け去り、うまい具合にキャンプにたどり着いた。

この遭遇の結果、ドーラン=ライリー陣営は2人の男を失い、タンスタール陣営は首領に加えて1人の男を失った。

チザムという名前の男がキャンプにやって来た。タンスタールの死に伴って一団を預かることになったチザムは、男たちを呼び集めて言った。

「諸君、奴らはおやじ[タンスタール]を懲らしめてサボテンの間に死体を放置した。私は奴らと4年くらい一緒にいたことがある。命を危険にさらさずに盗まれた牛を探そうとすれば、あと1週間も時間は残されていない。私も事態を忌々しく思っているが、もし盗むことがこの地方でゲームであるならば、それは勝つべき唯一のゲームだと思う。幸いにも私は残ったおまえたちと一緒にいる。我々の間でおやじの牛を公平に分配して、首領を選んで大平原に乗り出そう。当局は我々を守ろうとしないし、守れないだろう。だから我々は自分たちでそうしなければならない」

この大胆な演説に対して不満をつぶやく者がいたが、一座を見回したチザムが軽蔑した声音で「私は何か間違ったことを言ったか。おまえたちは全員臆病者だからこの準州にいる牛飼いがやっていることの半分もできないのか」と言うまで、誰もそれをはっきりと表明しなかった。

「俺はそうじゃない。俺は公平に分前をもらえれば満足だ」とキッドが声を上げた。

チザムと合流するためにキャンプにやって来た新参者[キッド]の心意気は他の者たちに好影響を与えた。その夜のための歩哨を配置する前に、14人の男たちは団結して、キッドを遠征の首領に選んだ。チザムはニュー・メキシコの町を回って盗まれた牛を処分する手筈を整えるとともに、ニュー・メキシコ当局からの攻撃に備えるように一団に警告する役目を担った。


第六章

うまくいった牛の強奪―首領のキッド―チザムのラス・ベガスへの旅―マクロスキーの帰還―先導役の裏切り―キッドの誓い―裏切り者の捜索

新しく組織された徒党の最初の遠征は、牛の群れを奪うことに関してはうまくいった。早朝、キャンプを離れたキッドは、東部から初めてやって来た時に使った道程を踏破した。一味はコロラドとメキシコの境界にあるアニマス峡谷を下って、牛飼いたちの一団によって守られた牛の群れに遭遇した。襲撃団は別れる手筈を整えた。キッドと3人の男は牛飼いたちに向かって突進して戦う一方、その他の者たちは牛をニューメキシコに連れ去る。突進はうまくいった。牛飼いたちは戦いの準備をしておらず、リボルバーを発射しながらキッドと仲間たちが接近すると四散した。それからキッドと仲間たちは転回して牛の群れを追っている他の者たちと合流した。盗んだものはラス・ベガスで処分する手筈になっていた。ラス・ベガスは鉄道に近く、所有者が牛を取り戻そうとする前に遠くへ運び去ることができたからだ。そうした役割はチザムに任された。チザムはニュー・メキシコのすべての町で牛の売りてとして知られていたので疑われずに牛を処分できた。

ラス・ベガスから数マイルのところまで来た時、一味は、先に町に行って買い手に牛を売却する手筈を整えていたチザムに遭遇した。一味の中から3人を選んでその先導役になったチザムは、残りの者たちを連れて元来たキャンプに戻って、そこで売上を持って自分が戻るのを待つようにビリー・ザ・キッドに助言した。チザムを信頼したキッドは、言われた通りに戻って、一味が最初の夜に使ったキャンプの火がくすぶるのが見える範囲に留まった。かつてキッドはそこでタンスタールの悲劇的な死につながる探索に参加した。チザムとともに牛を連れてラス・ベガスに同行した3人の男は、ウィリアム・モートン、フランク・ベイカー、そして、牛飼いのマクロスキーだった。知り合ってからわずか2日しかなかったのでキッドは彼らについて十分に知るほど話す機会がなかった。鍛冶屋のノートンが死ぬことになったシルバー・シティにおける騒動を思い起こすことは愉快なことではなかったので、彼はありのままに物事を受け入れたくなかったし、うるさく詮索しない仲間を巻き込みたくなかった。

彼が最も必要としていたのは行動と仕事であった。行動や仕事に没頭すれば厄介事について考える機会がなくて済む。チザムと別れて2日後、一味はキャンプで彼の帰りを待っていたが、マクロスキーが1人だけで戻ってきた。

彼の馬は激しく走ってきたことを示していた。マクロスキーの顔は疲れきっていて弱々しく見えた。

マクロスキーが馬から鞍を下ろして一座の間に黙って座るとすぐにキッドは「他の者たちはどうした」と聞いた。

マクロスキーは「彼らは来ない」と答えた。

キッドは「ということは奴らは俺たちの売り上げを持ってこないということだな」と詰問した。

「まさかな。チザムが俺たちをうまく欺いたというところが真相だろう。俺たちが家畜を連れてラス・ベガスまで行った時、奴は囲いに牛を入れた。翌日、牛の所有者が牛の群れを探しにやって来た。所有者がそこに到着する前にチザムは、一味を当局に売り渡して襲撃の戦利品を分捕ろうという計画に乗るように俺に勧めた。それが奴のやったことだ。俺がそこを離れた時、モートンとベイカーは奴と一緒にいた。早く起きてここを離れないと、保安官がやって来て、首吊り祭りのために俺たちをラス・ベガスに招待するぞ」

冗談を交えながら大真面目にマクロスキーが言ったので他の者たちは、こうした言葉を遮らずに聞いていた。

マクロスキーが発言を終えるとキッドは「どうしておまえは他の2人と違ってチザムの計画に乗らなかったんだ」と質問した。

マクロスキーは「正直なところ、ラス・ベガスの雰囲気が俺に合わなかったんだ。そこにしばらく滞在していたが、喉の不調がひどくなりそうだったからな」と言いながら首を絞められる真似をした。そして、マクロスキーは「とにかく俺たちはニュー・メキシコでとても有名になったので、俺たちを見つけた者に500ドルが支払われるぞうだぜ」とキッドに向かって続けて言った。

色をなしたキッドは答えることなくキャンプの端まで歩いた。仲間にすべてを伝えて仲間の義侠心を信じるべきか。ラス・ベガスでキッドの犯罪はよく知られているので、今更、犯罪について知られてもいささかも有害なことはない。

[他の者たちがいる場所に]戻るキッドは「いいか、おまえたち。チザムが俺たちと別れた時、俺はここの指揮を執ることになった。俺がおまえたちに示せることは俺は臆病者ではないということ、そして、他の者たちに俺の運命を喜んで委ねることだ。おまえたちが俺の言うことを理解してくれたら嬉しい」と短く言った。

それから彼は、シルバー・シティで逮捕された件やノートンとの死闘について手短に話して最後に言った。

「俺たちは同じ船に乗っている。もしチザムの畜生が俺たちのことを裏切ったなら、もうおしまいだな。俺たちが捕まっても奴らは知らぬ顔をして俺たちを教会の尖塔と同じくらい高い場所に吊るすだろうな」

「じゃあどうするつもりだ」と男たちの1人が叫んだ。

「おまえがここでは首領だ。何か策があるなら教えてくれ」

キッドは「俺はラス・ベガスに行ってこそ泥の3人組を見つける。1人でも見つけたら墓場行きだ」と答えた。

「布告に名前が張り出されているうえに逮捕に懸賞金がかけられているのに町に行く度胸なんかないだろう」

「俺に度胸がないだと。じゃあ一緒に来いよ。裏切り者のチザムと別れた場所に案内するだけでいいぞ。今、俺は誓う。みんなに俺の誓いを聞いてほしい。俺が生きている限り奴を追う。俺が生きている限り奴の牛を殺す。奴の牛飼いを殺す。俺たちを裏切ったつけを奴にすべて払わせるまで俺はあらゆる努力を惜しまない」

こうした脅迫の言葉を吐きながら若き無法者はリボルバーを高く掲げ、信頼を裏切った男に対する呪いの言葉を述べた。男たちに向き直るとキッドは言った。

「もしおまえたちが探知されることを避けるためにいったん分散して2日後に近くで合流することにすれば、俺はおまえたちに再び合流することを約束しよう。そして、おまえたちを率いてこの泥棒の領域で略奪を続け、準州の恐怖の存在になろう」

「よしそうしよう」と男たちは叫んだ。

「では一緒に来い、マクロスキー。この地方にはキッドを恐れさせる奴なんかいないことを教えてやる。チザムを探しに行くぞ」


第七章

敵の真っ只中へ―キッドのラス・ベガス訪問―列車での会談―チザムによる牛飼いたちへの助言―キャンプに向けて旅立った2人の男―キッドの追跡―大平原で足止めする

ラス・ベガスの町の近郊は不毛の荒野であり、真っ平らで砂ばかりの単調な平野以外に何もない。町自体はニュー・メキシコのすべてての町と同じような形式で築かれていて、主な商店は広場に面するようになっていた。広場は四角形の空き地であった。その中央には集会の時に話者が使う大きな演台が置かれていたが、倉庫で荷馬車が荷物を下ろしている間、メキシコ人の荷運び人が寄りかかるのにたいてい使われていた。しかしながら、鉄道の登場が人口を増大させ、長く普及していた古い商売のやり方は、大規模な人口に対応できる先進的なやり方に道を譲った。こうした要素はすぐに感じられるようになり、ニュー・ラス・ベガスという町―古い町から独立して呼ばれるようになった―が登場し、鉄道に沿って賑やかな一角が形成された。その一角は汚らしい小川で古い町から隔てられていた。

キャンプから離れて2日目の夜、ビリー・ザ・キッドはラス・ベガスのこの区画に大胆にも乗り入れた。マクロスキーは町の郊外までキッドに同行して、牛の群れがいる囲いについて詳細に説明して、チザムと2人の牛飼いが滞在している家の見つけ方をキッドに教えた。大胆にもキッドはまったく身を隠そうともせず囲いに乗りつけて、乗馬鞭の端で扉を叩いた。

キッドは呼びかけに応じた馬丁に質問した。

「ここにいる牛の群れはチザムという名前の男のものか」

「ああ、先日ここに着いたばかりだ」

「そうか。俺はチザムの仲間だ。夜の間、俺の馬をここに置かせてもらいたい」

扉が開けられ、キッドは馬を馬丁に預けて隣にあるホテルに進んだ。

夕食が終わって寝床を取った後、キッドは探索に出かけた。キッドは大通りを歩いて居酒屋や賭博場を覗き、何を求めているか悟られることなく通行人の顔をうかがった。最後の手段としてキッドは駅に向かって車両や貨物置き場を回った。側線には、まるで銃弾の装填を待っているかのように車両の列が並んでいた。車両の列の端を歩いていたキッドは話し声を聞いた。馴染みがある声だと思ったキッドは、車両の下に入って聞き耳を立てた。話し声は車両の中から聞こえてきた。キッドは駅に響く蒸気機関の騒音に紛れて、さらに近くに忍び寄って聞き耳を立てた。

「奴らはまだキャンプを離れていないはずだ」という声が聞こえた。それは間違いなくモートンの声だとキッドにはわかった。

「おまえには見つけられないのか」と別の声が言った。それはチザムの声だとキッドにはわかった。

「見つけられると思うが、俺が奴らを探しているとは悟られたくないね」と答える声があった。

チザムは「モートン、おまえは牛の群れを盗むことについてはうまく切り抜けた。だがもしおまえが当局にきっちり連絡を取っていれば、キッドと仲間たちをどこに行けば捕らえられるのか当局に示せたはずだ。そこで俺が提案するのは、おまえとベイカーがキャンプに向かって、保安官たちに教えるために道順をしっかりと覚えることだ。おまえたちが戻ったらフォート・スタントンの近くにある私の牧場に連れて行ってやる。そこで新しくやり直すといい。何か言いたいことがあるか」と言った。

「チザムさん、あなたは俺たちにとんでもないことをしている。俺たちはあなたよりも悪いことをしていないのに、すべての危険を俺たちに押し付けようとしている。なんであなたは自分でキャンプを保安官のために見つけに行かないのか」

「若いの、おまえは忘れている。俺は社会にとって良いことをするためにいろいろとやっている。しかし、知られるべき時が来るまで私の動機は隠しておかなければならない。この件について俺と同じように考えろ。さもないとおまえたちを当局に引き渡すぞ」

モートンは「そうしなければならないんだろうな。俺たちはいつ出発すればいい」と不満そうに言った。

「今夜すぐに。馬を準備しろ。馬囲いで会おう」

すべての言葉をその耳で捉えていたキッドは、モートンとベイカーが立ち上がる音を聞いて、見つかるのではないかと恐れた。そこでキッドは音もなく線路をたどって陰に立ち、馬囲いに向かう彼らをやり過ごした。

「もし俺が手助けしてやらなければおまえたちはキャンプにたどり着けないぞ、畜生め」とキッドはつぶやきながら、馬囲いまで彼らの後をつけた。馬囲いには彼らの馬が繋がれていた。キッドは、彼らが中庭に入ってまた出てくるのを見た。それから彼らは町の郊外に向けて駆け去った。

急いで中庭に入ったキッドは自分の馬を引き出すと、彼らを追ってすぐに町を出た。マクロスキーが待たせてあるのを思い出したキッドは、集合地点として打ち合わせておいた場所へ馬を走らせた。そこにはマクロスキーがいて、そばに馬を繋いで地面に寝転んでいた。

キッドは「すぐに馬に乗れ。俺たちは追跡しなければならないので無駄にできる時間はない」と言った。

マクロスキーは「いったいどういうことだ」と言った。

キッドは、ラスベガスで見た事について急いで話し、モートンとベイカーがキャンプに到着する前に妨害する必要性があると教えた。

2人はしばらく静かに馬を走らせたが、それぞれ忙しくいろいろと考えていた。

1時間から少しばかり馬に乗った後、マクロスキーが沈黙を破った。

「1人で行ってくれないか。俺の馬は疲れてしまったようだ」

確かに彼の言う通りであった。かわいそうな動物はよろめき、ぎこちなく足を進めていた。マクロスキーが拍車を入れても、キッドが乗っている馬についていけなさそうだった。

キッドは「静かに。耳を澄ませろ。何か聞こえないか」と興奮して叫んだ。

マクロスキーは耳をそばだてて少し沈黙した後、「俺たちの馬の息づかい以外に何も聞こえない」と言った。

キッドは「俺には聞こえた。馬蹄の響きが聞こえた。俺たちは追われているか、もしくはモートンとベイカーを追っているのではなく奴らの前に出てしまったかもしれない」と言った。

マクロスキーに馬をつなぐように命じると、近づいてくる一団をやり過ごすために2人は別々になった。キッドが思っていたように、ラスベガス周辺を馬に乗って徘徊していたチザムの2人の密偵が近くを通り過ぎた。

彼らはゆったりとした足取りで馬を走らせていて、裏切った者たちが近くにいるとはまったく疑わずに低い声で話していた。

声が届く距離まで彼らが近づくと、キッドは両手にリボルバーを持って馬の背から飛び下りて、2人に狙いを定めると大きく鋭い声で叫んだ。

「止まれ、臆病者ども」


第八章

月光の下での騎行―マクロスキーとの諍い―また人命が一覧に加えられる―2人の囚人の恐怖―「死者は何も語らない」―人間をコヨーテの餌に―大平原で起きた真夜中の悲劇

もうすぐ深夜である。

予期しない遭遇が起きた場所は真っ平らな平原であった。

男たちが接近してきた時、一時的に雲の陰に隠れて翳っていた明月が姿を現して、平原に立っている一団を照らした。

モートンとベイカーは、復讐に燃えたキッドの顔を見た。キッドは前に進み出て彼らに向かって叫んだ。

「手を挙げろ。もしおまえたちのどちらかでも銃に手を伸ばそうとすれば、警告なしに撃つ」

この時までにマクロスキーは追いついていた。2人は捕虜を武装解除するために近づいた。

驚いたモートンは「いったいどうやって見つけたんだ」と言った。

キッドは「そんなことは気にするな。俺はおまえたちをキャンプまで連れて帰る。仲間たちがおまえを裁く。密偵や反逆者はたいてい絞首刑だ。おまえたちにはそれでもましなくらいかもしれないな」

鞍頭からロープを取り出すようにマクロスキーに命じると、キッドは2人の腕を後ろ手に縛った。

キッドは、モートンの馬をマクロスキーの馬と交換させた。そして、それぞれ1人ずつ捕虜を監視しながらキャンプの方角に進んだ。

モートンは馬に乗っている間ずっとふさぎこんだ様子だったが、ラスベガスの訪問と牛の売却に関するキッドの質問に対して無愛想に刺々しく答えた。

何度かキッドは癇癪を爆発させそうになったようで武器をモートンに向けて殺そうとした。

モートンは「俺のように縛られている男を撃とうとする奴は臆病者以外にない」と言った。

ここでマクロスキーがキャンプに着くまで処罰の件については話さないほうがよいと言って割って入った。

キッドは「俺がこいつらを捕まえたんだら好きなように扱っていいんだ」と怒って反駁した。

マクロスキーは「命を守れる平等な機会を与えずに奴らを殺してはいけない」と言った。

キッドは「誰がそんなことを言ってるんだ。おまえは卑怯者か。誰が逮捕される危険を犯してラス・ベガスに潜入して奴らの画策を暴いたと思っているんだ」と叫んだ。

「俺のことを卑怯者などと言うな、若いの。他の者たちがおまえを裏切っても俺はおまえに公正に向き合ってきただろう。だから俺は奴らが何をしようとしてるかおまえに伝えたんだ」

「それはおまえが自分の身を守るためにしただけだろう」

マクロスキーは「好きなように考えるといいさ」と穏やかな調子で答えた。

キッドは「そうするさ。それだけじゃないぞ。おまえとはうまくやっていけない。今ここですぐに別れよう」と言った。

キッドはそう言いながら馬を後方に寄せると、マクロスキーの背後に回ってリボルバーを引き抜き、マクロスキーの背中に向けて三つの弾倉を空にした。

キッドが接近した時、そのような殺意があろうとはまったく疑っていなかったマクロスキーは鞍の上で振り返ることさえなかった。

最初の一撃で不幸な男は鞍の上で回転した。キッドが第三弾を発射する前に冒険心に富んだ牛飼いの瀕死の体は鞍から転げ落ちそうになって、片足を鐙にかけたまま引きずられた。

冷血な殺人を目撃するはめになった2人の男の表情に浮かんだ驚きは、筆舌に尽くし難いものであった。

恐怖に震えた2人は何も話せなかった。

キッドは「俺がやった仕事の中で最悪の仕事だ」と言いながら冷静に馬を止めて下りた。

キッドは「あわれなマック」と言葉を続けながら騎手がいなくなった馬の横に行って、死者の足を鐙から外した。

「自業自得だな」

死者を一瞥すると、月明かりでその顔がはっきりと見えた。キッドは殺害した男の馬を奪った。自分の馬に乗った後、キッドはモートンとベイカーに進むように命じた。

「俺はおまえたちの後に続く。俺がどんなふうに撃つか見ただろう。コヨーテの朝飯になりたくなかったら逃げようとするな」

怯えた男たちは、できる限り馬を急かせながら無法者のピストルから銃弾が飛んで来る音が聞こえてこないかとずっと恐れていた。

彼らには恐れる理由が十分にあった。

彼らが生きるか死ぬかの問題は、冷血で無慈悲なキッドの心の中で議論されているに違いない。先を進む2人の捕虜をじっと見つめながらキッドは憂鬱そうに鞍に座っていた。キッドはマクロスキーの殺害に関する状況について思い返していた。どのような観点から見ようともそれは冷血な殺人だった。

キッドの前には彼の残忍な犯罪を目撃した者が2人の生者がいる。

彼らを生かしておけばこの夜の出来事について話すかもしれない。

彼らを同じような目に遭わせてもよいのではないか。

もしキッドが彼らをキャンプに連れて行くという意図を守れば、彼らはキッドのもとから逃げようとしないだろうか。

彼の手はマクロスキーの血ですぐに赤く染まっていた。キッドにとって命は何よりも重要だった。マクロスキーの遺体が発見されれば、あらゆる者がキッドの命を狙うだろう。キッドはそのような危険を冒したくなかった。

高みから月が彼の残忍な顔を見下ろしていた。

馬に縛り付けられた2人の男の青ざめた顔を見下ろしていた。

月明かりがモートンの頭に向けられた武器の弾倉のきらめきを捉えた。

バン!バン!

鋭い音が夜気を切り裂き、死に行く2人の男の苦痛が後に続いた。

[殺害]行為は実行され、キッドは犠牲者の一覧にさらに2人の人命を付け加えた。


第九章

姿を消したキッド―遺体の発見―人々の興奮―審問検死におけるチザム―人々の怒りの表現―長官の布告―賞金をかけられたキッド

1日か2日後に真っ青な顔をした一人のメキシコ人が街にやって来てマクロスキーの遺体を発見したという話を伝えた時、ラス・ベガスの街で騒動が起きた。

街の両方の地区に報せはすぐに広まり、興奮した群衆がさっそく広場に集まって犯罪の詳細について議論した。

しかし、その時点で事件について詳細は知られていなかった。マクロスキーの遺体の発見者が興奮状態にあったのでまともな説明ができなかったからである。

保安官は、遺体を確保するために急いで支援を募った。同夜遅く遺体が持ち込まれて人々の観覧に供せられた。

遺体は恐ろしい見かけをしていた。顔が膨れ上がっていて、表情は歪んでいた。衣服は血に染まっていて、遺体を餌にしたコヨーテによって引き裂かれていた。

モートンとベイカーの遺体が見つかったという情報が届いたせいで騒動が静まる時間はなかった。

「恐怖がさらに恐怖の上に重なった」

人々は互いに見合って恐怖がいつ終わるか聞き合った。

市民の命は守られないのだろうか。

当局はあまりに無力なのでこうした流血を防止できないのか。

人々は立ち上がった。広場で大規模な集会が開かれた。演説者が人々に問題を認識させた。

残る2人の遺体が到着して郡庁舎にあるマクロスキーの遺体の隣に並べられた。

殺害された男たちの顔を見ようと集まった群衆の中にチザムがいた。まだ町にいたチザムはモートンとベイカーの帰りを待っていた。

遺体を見るために並んでいる者たちの列でチザムの順番が来た。チサムの後ろにいた者は、遺体が載せられている松の棺台に近づいた時にチサムが震えているのを見た。

チザムは「ああ神よ」と思わず漏らすと、踵を返して立ち去ろうとした。

チザムの動揺に気づいた保安官は「彼らのことを知っているのか」と聞いた。

チザムは「彼らのことを知っている」と繰り返した。

「彼らは全員牛飼いです。彼らの中で2人は私が雇っていた男です。残りの1人は殺されたジョン・タンスタールのために働いていました」

保安官は「もう少し事情を知りたいので私はあなたを引き止めなければならない」と言ってチザムの肩に手をかけた。

チザムは「知っていることをすべて話します」と言って保安官とともに事務所に行って、牛泥棒のこと、牛を[ラス・]ベガスに持ち込んだこと、マクロスキーが逃亡したこと、そして、2人の男をキャンプを発見するために派遣したことを話した。

保安官は「それは不幸なことだった。事前にそのことについて私に教えてくれればよかったのに」と言った。

チザムは「私が雇っている男たちが戻ってからあなたにすべて打ち明けるつもりでした」と答えた。

翌朝、町はチザムが語った話に関する噂でもちきりだった。日中、人々が次から次へとやって来た。その中には牛飼いたちがいて、モートンとベイカーの遺体の身元を証明することで話を補足した。

午後、チザムは審問検死に現れて証言した。遺体は埋葬され、多くの人々が墓場まで運ばれる3人の死者について行った。

葬式の後、チザムは保安官の事務所に再び出頭するように求められ、事件に関する詳細をできる限り話して、いったい誰が殺害者なのかという疑惑について話した。

いったい誰が殺害者なのか。その日は疑惑への答えが示されることはなかった。

人々の興奮は高まった。牛飼いたちと牧場の者たちは町に集まって、社会に平穏を取り戻すために当局が何か行動を起こすべきだと要求した。彼らはそれを彼らの権利だと主張した。命を奪われることを恐れた牛飼いたちは1人で外出することを拒んだ。恐怖が広まったせいでメキシコ人たちは身を寄せ合っていた。そのため商人や倉庫業者は彼らを町の外に出すことができなくなった。

保安官はチザムと長い間話し合った。話が終わると保安官はウォレス準州長官に容疑について電報を送って、迅速で積極的な行動が必要であると促した。

翌朝、ラス・ベガスを囲う壁と広場の演台の柱に大きな文字で書かれた布告が貼り出された。

賞金1,000ドル!

ウィリアム・ボニー、通称ビリー・アントリム、通称ビリー・ザ・キッドを捕えた者に上記の額をニュー・メキシコ準州が支払う。生死は問わない。

モートン、ベイカー、そして、マクロスキーの殺害者。一味の逮捕につながった情報の提供者に同額の賞金を与える。最後に見かけられた場所はラス・ベガスから約60マイル[100km]西に離れた場所であり、コロラドの境界の方角に向かっていると思われる。すべての善良な市民は、わが準州の恐怖の存在に法の裁きを与えるために支援するように求められる。

署名

ルー・ウォレス

ニュー・メキシコ長官


第一〇章

大平原の放浪者―殺人現場から立ち去る―キャンプにいた者たちを起こす―キッドが一味に語ったこと―ばらばらになるように勧める―トム・オフォラードの献身―独りで考える

こうした騒動の中、キッドはどこにいたのか。

賞金をかけられた頭と3人の男の血で染まった手とともに彼は荒涼とした大平原で放浪者となって、野生動物のように徘徊して、法の代行者たちに見つからない場所を探し回った。

モートンとベイカーの殺害場所から駆け去った後も2人の男の断末魔の呻きが彼の耳に響いていた。平原の野草に血が染み付いた光景も脳裏に残っていた。

世界から追放された者!

仲間を手にかけた無慈悲な無法者!

馬を全力で走らせながら彼の顔は白くなり、恐怖の震えが襲ってきた。

哀れな動物は[全力で]身を震わせながら道を飛び跳ねたが、その努力にかかわらず、犯罪現場からできるだけ離れようとする殺人者にとってあまりに緩慢な速度でしかなかった。

キッドはずっと何も食べていなかった。彼の舌は、喉を潤すものが何もなかったせいで乾ききっていた。

彼の脳はぐるぐる回り始め、彼の四肢はまるで悪寒を感じたかのように震えた。

彼は忍び寄る眠気を何とか払おうとしたが、ゆっくりと意識を失いつつあった。

彼の馬はもはや騎手によって制御されていなかったが、キャンプの方向に進み、地面に横たわって眠っている者たちの中に割って入った。

居眠りをしていた歩哨は、馬蹄の響きで目を覚まし、死んだようにまったく動かず幽霊のように白い顔色をしたキッドが鞍に座っているのを見て、驚きのあまり何も話せなかった。

歩哨は仲間たちを起こして馬を捕まえた。2人の牛飼いたちが彼らの首領を鞍から持ち上げて地面に下ろした。

1人が話をさせようと動かない体を揺らしながら「いったいどうした、キッド」と言った。

もう1人が「何かまずいことがあったかもしれないな。鞍についている血を見ろよ。おい、どうやら気づいたようだぞ」と言った。

彼らは水でキッドの頭を拭ってブランデーで唇を湿らせた。そして彼らは、キッドがごろごろとせわしなく動き回り、寝返りを打ちながらうわ言を言うのを聞いてほっとした。

すぐにキッドは目を開き、男たちの驚いた顔を見上げた。

男たちは「おまえはひどく弱っているようだな、キッド」と同情のこもった声で言った。

「もし俺が今夜に体験したことをおまえも体験すればきっと同じようになるさ。何か食べ物はあるか」

「あまり多くはないが、おまえはそんなことは気にしないだろう」
「ああ、俺がおまえたちと別れてからずっと何も食べていないんだ。すごく腹が減っている」

彼らはキッドのために持っている物を持って来た。満足できるまで食べ、大量の飲み物を流し込んだ後、キッドはよろめきながら歩いた。

キッドは「今夜、俺は最悪な目に遭った」と嗄れた声で言った。

「まるであの光景が目に焼き付いているようだ」と続けて言ったキッドは、曙光によって自分の背後にできた影を見つめた。

ある者が「マクロスキーをどこに置いてきた」と聞いた。

キッドは「平原にさ」と憂鬱そうに答えた。そして、周りにある暗い顔を見て「彼の馬が疲れ切ってしまったから俺は待っていられなくなったんだ。俺はおまえたちに警告しに来た。おまえたちはこの地方に分散しなければならない。どこに行ってもいいが、ラス・ベガスには近づくな。法の番犬たちがすぐにここに行ってくるぞ。捕まったら助けてくれるのは悪魔だけさ」と付け加えた。

1人の男が「奴が誰に殺されようと知ったことじゃねえや、あんな奴ならな」と仲間に囁いた。

キッドは「数日前の夜、俺がここを離れる前からおまえたちは非常にまずい状況にあったが、今、事態は10倍も悪化している。そして、俺自身が事態を悪化させたので、もう誰も俺についてくる必要はない。最後の男が視界から消えるまで俺はここで待っているつもりだ。それから俺は独りで出発しよう。あばよ。この地方はとても広い。俺たちと首吊り役人の間に十分な距離を保てるはずさ」と続けた。

そう言うとキッドは歩き去った。男たちは急いで荷物を詰めてその場所を立ち去る準備をした。

すぐに馬に鞍が置かれ、次から次へと地面を駆ける音が響いた。何人かの男たちは一緒に立ち去ったが、多くの者たちは単独で出発して思い思いの方角に散って行った。

彼らはすべて去って行った。残ったのは、見目麗しい紅い頬の若者ただ1人であった。その明るい瞳は危険を予期してきらめているようだった。

彼は馬に乗るとキッドのほうに近づいて重々しく言った。

「大将、あんたは俺とそれほど変わらない年頃だが、俺よりも勇気を持っている。俺はあんたがどんな新しい厄介事に巻き込まれたのか聞かないし、あんたがどこへ行こうとしているかも聞かない。俺は自分がどんな状況に置かれているか気にしない。俺には刺激が必要なんだ。刺激を見つけられそうな場所に俺は行くだろう。もしあんたが一緒にいる相棒が必要なら俺のことを頼ってくれ。他の仲間達はすべて山中に行ってしまった。でも俺は、俺たちがいるとは奴らがまったく思いもしない場所に行く」

「それはどこだ」

「リンカン郡だ。辺境の野郎どもと当局のどちらがそこを根城にできるのか五分五分だ。俺はそんな場所を求めている。もしあんたがそこへ行ったらトム・オフォラードはどこにいるかと聞いてくれ。すぐに俺の居場所がわかるはずだ」

キッドは「きっとそうする」と言ってその若者と握手を交わし、旅の幸運を祈った。

キッドはすぐに仲間もなく独りで残された。そこにあるのは平原で死に行く者たちの記憶だけであった。彼らの瞳は月明かりで輝き、死の影を宿していた。

第一一章に続く

『無法者ビリー・ザ・キッドの生涯』は翻訳が完了したのでもうすぐ発売です!

ビリーに関する史料を集めて翻訳した『ビリー・ザ・キッド史料アンソロジー』とビリーの殺害者パット・ギャレットが書いた『ビリー・ザ・キッド、真実の生涯』はすでに発売中!『パット・ギャレットの生涯』も現在、翻訳中です。

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