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ポール・バニヤン―アメリカのヘラクレス

目次

ポール・バニヤン
アメリカのヘラクレス

アメリカの木こりの第一人者とその木こり仲間に関するウィスコンシンの荒唐無稽なお話

キャンプ場や火のそばでお話をするために

チャールズ・E・ブラウン
ウィスコンシン州マディソン、チャドボーン通り2011、1937年

ポール・バニヤン
アメリカのヘラクレス

アメリカの木こりの英雄はポール・バニヤンであり、彼の少年時代の話と彼のすさまじい力強さと不思議な冒険は、ウィスコンシンからメイン、そして、ミネソタからオレゴン、ブリティッシュ・コロンビアからカリフォルニアに至るまでの伐採キャンプの飯場の火のそばでこれまで語られてきたし、今でも語られている。彼の従兄弟のトニー・ビーバー は、南部の森林にある高い木を切り倒し、血を分けた兄弟のペコス・ビルはテキサスからカナダの国境を越えるまでの牛飼いのキャンプや牛飼いの道を支配している。ケンプ・モーガンは、バニヤンが養子にした放浪児であり、 テキサスとオクラホマにある重要な油井のすべてを掘った。

あらゆる木こりは、ポール・バニヤンが実際に生きていた人物であり、木こりの国の先駆的な斧使いであったと信じているし、信じているふりをしている。「ぶらぶらしている無骨な」老人の中には、彼のもとで働いたと主張したり、彼や彼の仲間たちを知っていると言ったりしている。

ウィスコンシンでは、彼の有名なキャンプの一つが「ラインラントの45マイル[70km]西」にもともとあったと言われている。故ジーン・シェパードは、昔、キャンプがあった場所に繁茂する「香りのあるコケ」を調べることでその場所を突き止めた。さまざまな湖が「豆のスープ」の湖であると指摘されている。北部ウィスコンシンにある村はポールにちなんで名付けられている。ウィスコンシン大学のメモリアル・ユニオンには、バニヤンの記憶に捧げた部屋があって、その壁は偉大なる木こりの人生における顕著な冒険を描いた壁画で飾られている。

ポール・バニヤン

ポールバニヤンは力強い巨人であり、身長7フィート[2.1m]であり、一歩の幅は7フィート[2.1m]である。彼は木こりがいる地域全体でその卓越した身体の強さのおかげで有名であった。彼の心肺能力は非常に優れていたので、木のうろ穴に息を吹き込むことで仲間を夕食に呼ぶことができた。彼が話すと枝がしばしば木から落ちた。彼のパイプを満たすためには、1人の枝払いの人夫がスコップを使ってかかりきりにならなければならなかった。彼は文字が書けなかったので、望み通りの絵を書いてキャンプに必要な物資を注文した。ある時、彼が臼石を注文すると、チーズが届いた。彼は穴を描くのを忘れてしまった。彼は木片に刻み目を入れて仲間たちの時間を管理した。

ボールは大柄な男のわりに身のこなしが軽かった。彼は飯場の端から明かりを吹き消して、暗くなる前にベッドに入ることができた。

いかなる仕事であれポールにとって大したものではなかった。木こりは、彼はノース・ダコタまで木材を切り出しに行ける男だとと言っている。

また彼が掘った穴はスペリオル湖[北米五大湖の一つで世界最大の淡水湖]になった。これは木こりの道を氷結させるために必要な水を貯めておくのに使われた。ミシシッピ川は、彼の雄牛が足を滑らせた時に覆った水槽に端を発する。

彼の木こり仲間

ビッグ・オニオン川にいる彼の木こり仲間は、1862年、もしくは1865年頃の「青い雪の冬」に非常に数が増えて三つの集団に分かれた。一つ目の集団が仕事に向かっている一方、二つ目の集団は作業を進め、三つ目の集団は仕事を終えてキャンプに向かっている。そのおかげで料理人たちは大忙しであった。というのは料理人たちが一つ目の集団のために朝食の準備を終えると、今度は二つ目の集団のために昼食、また三つ目の集団のために夕食を準備しなければならなかったからだ。夜の明かりのために彼はオーロラを作り出した。

斧を鋭くするために男たちは、険しい丘の斜面に丸石を転がして、走ってそれを追跡して、回転する石に刃を押し付けて研いだ。

ボールは二つの冬の間、ビッグ・ウッズにたくさんの仲間を抱えていた。ジム・リバプールは跳躍が得意だった。川岸に足を置けば、彼は3回の跳躍で川を横切ることができ。ビッグ・ジョー・マフロー(マファロン)料理長は非常に優れた能力を持つ男だった。穴を塞いだブーツを履いた彼は、自分の持ち物を8フィートの高さの天井まで一方の足で蹴り上げると、すばやくもう一方の足で蹴り上げて回転させることができた。カーリー・チャーリーは 、何でも噛める二組の歯を持っていた。ある夜、眠りながら歩いている時に臼石にぶつかったので彼は目覚める前にそれを食べ尽くしてしまった。クリス・クロスホール親方は、鋭い視力の持ち主であり、 ちょっと見ただけで最も背が高い松の木の頂きにある葉を 終えることができた。とても寒いある冬のこと、料理人の助手であるソアードウ・サムは、ストーブの上に大きなコーヒー・ポットをかけていたがすぐに凍結してしまったので氷は触れないほど熱かった。ショット・ガンダーソンは、キャンプでボールに次ぐ丸太回しの名手であった。 彼は75フィート[23m]の長さの丸太を[川に]浮かべると、それを高速で回したので、丸太の皮が剥けた。彼は泡の上に乗って岸まで歩いた。

ジョニー・インクスリンガー

ポールのキャンプの管理人はジョニー・インクスリンガーであり、非常に効率的な男であった。彼は仲間たちの時間を管理し、給料を払い、物資を購入し、キャンプのストーブの番をして、他にもキャンプの管理人がすることになっている多くの仕事をこなした。働き始めた最初の冬、彼はiという文字の点を省略し、tという文字から横棒を省略するアイデアを思いついた。そのおかげで給料明細に使うインクだけでポールのインクを9樽も節約できた。余った時間を使ってジョニーは合衆国全土を測量した。ホースをインクの樽に繋げることで 万年筆を発明したのは彼であった。

キャンプの料理人たち

料理人の小屋は非常に大きかったので、その外周を回るのに半日もかかった。大きな調理用ストーブの火を燃やし続けるために三つの森が毎週消費された。火を熾すには1コード[3.6㎥]丸々の薪が必要だった。パンの塊は巨大であった。男たちがパンの中を食べてしまうと、パンの皮は宿泊所(飯場とも言われる)を作るために使われた。

ある日、料理人のジョー・マフローがパンをオーブンの中に入れて、反対側に回ってそれを取り出そうとしたが、彼がそこに到着する前にパンは焦げて消し炭になってしまった。パンケーキを作る前に、彼は2人の黒人の助手の足にハムを結びつけ、油を出すためにそれをストーブの上で焼いた。ある日、視力が悪かったせいで彼はバターと火薬を混ぜてしまった。それが爆発して黒人の助手たちは屋根を突き破ってしまい、二度と戻ってこなかった。それが黒い雪の冬だった。

7人の男が一輪車を使って余分な石をキャンプから取り除こうと忙しく働いていた。シマリスがその石を食べてしまってトラのように大きく獰猛になった。

2人の男がドーナツを肩に担いだ棒に通して台所から運んだ。時にドーナツはテーブルの上を転がされ、男たちは転がってくるドーナツを掴んだ。 鍛冶屋のビッグ・オールは穴あけ器と大ハンマーを使ってドーナツに穴を空けた。

ポールは料理人たちと衝突した。彼はいつも新しい料理人を雇わなければならなかった。1人の料理人がジャガイモの袋と小麦粉の袋の間で迷って、発見されるまでに飢えて死にそうになった。男たちを食事に呼ぶためにポールや料理人が使っていた角笛はあまりに大きく、 ひとたびそれを吹けば10エーカー[4ha]のマツがなぎ倒された。次に料理人が角笛を思いっきり吹くと、サイコロンが発生した。

青い雄牛

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