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井上鑑と福山雅治

 福山さんの曲を、新しい視点で聴くシリーズ④

 今回紹介するのは、長きに渡り福山さんのアレンジャー、そしてライブでのバンドマスターを務める井上鑑さんです。音楽業界でも有名な方で、知っている方も多いとは思いますが、あらためてその魅力に迫っていきたいと思います。


 井上鑑さんは、東京世田谷区出身の作編曲家、作詞家、ピアノ、キーボード奏者です。チェリスト・井上頼豊さんの長男であり、奥様のやまがたすみこさんもミュージシャンです。CM音楽作曲から始まり、寺尾聰さんの『ルビーの指環』や大滝詠一さんの『幸せな結末』など数々の名曲をアレンジしました。1981年にはソロデビューし、数多くのアルバムを発表しています。アレンジの印象が強い鑑さんですが、福山さんと同じシンガーソングライターでもあります。


 福山さんとの関係は、2000年に発表したシングル『桜坂』のc/wで泉谷しげるさんの『春夏秋冬』をカバーした際にキーボードで演奏に参加したことから接点が生まれました。そこからは『f』では『Carnival』を編曲し、カバーアルバム『The Golden Oldies』でも多くのアレンジを手掛けました。おそらく、このカバー作品での音楽性が、福山さんの表現したい理想に近く、次作シングル『虹/ひまわり/それがすべてさ』からのメインアレンジャー定着につながったのではないかと感じます。


 鑑さんは先程あげた『虹/ひまわり/それがすべてさ』以降はほぼ全ての作品に参加し、ライブへの参加も継続的に行われています。鑑さんとの出逢いによるバンド体制の構築は、鑑さんへの信頼はもちろん、腰を据えて本格的に音楽活動に取り組みたい想いもあったのではないでしょうか。


 福山さんの楽曲のアレンジですが、2003年以降は福山さんか鑑さんが単独で担当したり、二人で共作することが多いです。近年ではコロナ禍もあり、福山さんが単独で打ち込みを活用しながらアレンジすることも増えました。鑑さんはストリングスやブラスアレンジのみを担当することもあります。福山さんが鑑さんにアレンジのイメージを相談したり、鑑さんから福山さんに自ら演奏することを勧めたり、福山さんの現在の音楽性に大きな影響を与えているのは間違いありません。


 そして、そのアレンジ方法について福山さんは、『聖域』リリース時のインタビューでこう語っています。


最初の頃は、僕がギター1本で作ったものを鑑さんにお渡しして、それにアレンジを提案してもらって、やり取りしながら作っていく形でした。そこからだんだんやり方が変わっていって。今は僕がギターや、ドラムや、ベース、いろんな楽器を全て打ち込んだ状態で「こんな感じにしたいんです」というデモのようなものをまず作る。弾き語りだけの状態で「どうしましょう?」と話すこともありますが、ヘッドアレンジ自体を自分で作って、そこからどれを生楽器にしてどれを打ち込みにするかを一緒に考えて作業していくようなことが増えていった。今回の「聖域」もそうです。

引用、Real Sound


 井上鑑さんは一般的には、歌謡曲のアレンジや、フュージョン、シティポップ、大瀧詠一さんに代表されるナイアガラサウンドのイメージが強いと思います。しかし、福山さんの楽曲はアコギやロックを中心とした「福山さんらしさ」が全面にあり、これまでの鑑さんのお仕事とは少し違うアプローチを感じます。それはまさに福山さんだけでなく、鑑さんの新境地でもありますが、今回はより鑑さんらしさが感じられるアレンジの曲を紹介します。


 まずは2008年発表の『明日の☆SHOW』です。珈琲飲料のCMソングにもなったこの曲は、ナイアガラサウンドをイメージした印象があります。曲のラストサビ前の「チャッ チャッ チャッ チャッ チャ チャチャチャ」というライブでも手拍子になる部分は、大滝詠一さんの『幸せな結末』に通じるものがありますし、全体的な雰囲気も、大人感があり、落ち着きながらも賑やかな高揚感のある表現です。この曲は福山さんとの共同アレンジなので全てではないかもしれませんが、まさに鑑さん節と言っても良いのではないでしょうか。


 続いて、ライブにおけるアレンジですが、2011年のTHE LIVE BANG!!ツアーの頃までの『HELLO』のアレンジ(今のとは違います)に注目します。これは鑑さんの『KICK-IT-OUT!!』という曲のイントロによく似ています。リズミカルで遊び心のあるこのアレンジもまさに鑑さん節ではないでしょうか。ちなみに、この曲の一部が現在のライブでの『追憶の雨の中』のイントロのモチーフになっている気がしますがいかがでしょうか?


こうして見ると福山さんの作風に合わせながらも、鑑さんらしさ溢れるアレンジも実は多くあるということがイメージできます。

 
 そして、お二人の共作におけるひとつ集大成は2017年発表の『トモエ学園』ではないでしょうか。黒柳徹子さんの自伝小説をドラマ化した際に主題歌となったこの曲には不思議な縁が溢れていました。黒柳徹子さんのお父様と井上鑑さんのお父様はなんと、シベリア抑留時代に同じ楽団で演奏をしていたそうなんです。クアルテットという形式の弦アレンジは、楽曲に人間の持つ心の暖かさを優しく宿らせている気がしましたが、様々な歴史の縁の交錯を感じる深みもありました。詳しいエピソードは、井上鑑さんのFacebookで読むことができるのでお時間ある方はぜひ検索してみてください。


 お二人の共演で欠かせない楽曲がもう1曲あります。2006年に、INOUE AKIRA&M.I.H.BAND名義で発表された『wish』という楽曲です。急性骨髄性白血病と診断され、38歳という若さでこの世を去った本田美奈子.さんへの追悼シングルとして発売したこの曲は、本田美奈子さんのサウンドプロデュースを担当していた鑑さんが復帰第1弾の作品として制作していたそうです。福山さんのライブに参加するメンバーを中心に、交互にボーカルを担当しながら歌い上げるこの歌を作り上げた経緯などを見れば、お二人の絆や信頼感がより深まった作品といえます。


 ここからは、井上鑑さんをより深く知るためにおすすめの作品を紹介します。まずは、先ほどあげた『wish』も収録された『Seeing(Works of Akira Inoue)』というアルバムです。この作品は鑑さんがアレンジした楽曲のユニバーサルミュージックでのセレクトです。KOH+の『最愛』や薬師丸ひろ子さんの『探偵物語』、松田聖子さんの『風立ちぬ』などの有名曲も多く収録されていますので、鑑さんのアレンジの歴史に触れたい方はおすすめです。実はここでしか聴けない『クスノキ』の未発表テイク(福山さんの作品に未収録)も収録されています。


 続いては井上鑑さんのソロ作品です。鑑さんのソロ作は自ら歌うシンガーソングライター作品と、歌なしのインストゥルメンタル作品に別れます。前者ではアルバムというよりデビュー曲の『GRAVITATIONS』がおすすめです。近年盛り上りを見せるシティポップでもありながら、クールで大人感のあるボーカルが魅力的です。

後者では『TOKYO INSTALLATION』という作品に注目です。1986年の作品で最近リマスター盤が出たのですが、福山さんが尊敬する浜田省吾さんと尾崎豊さんも楽曲提供などで参加しています。数曲ごとにテーマを分けたコンセプト作品で、サウンドトラックやKing Crimsonのような作風を好む方におすすめかもしれません。個人的には水の音などチル要素も感じます。


 他には、福山バンドでおなじみの山木秀夫さん、高水健司さん、今剛さんと結成した井山大今のアルバムが2作出ています。ライブ演奏を普段から堪能している福山バンドのファンにはたまらない作品ではないでしょうか。同じく、福山バンドの多くが在籍したPARACHUTEというフュージョンバンドがあります。近年ベスト盤を出しているのですが、思いのほかキャッチーで心地よいです。鑑さんは参加作品やソロ作もかなり多く作風もバラエティ豊かなので、ぜひ「井上鑑」で検索していただいて気になったものから聴いてみると良いのではないでしょうか。そこから福山さんのアレンジとの共通点を探すのも楽しいです。


 ここまで井上鑑さんについていろいろと書いてきましたが、実は私もまだまだ知らないことだらけです。おそらくこの記事にある鑑さんの情報は1/100000ほどでしょう…。私もこれを機にさらに鑑さんの音楽を学んでいきたいと思います。読んでくれた方にも少しだけ興味を持つきっかけとなっていただけたら幸いです。


 最後に、鑑さんは2009年のインタビューで福山さんに対し「長い間、生きていく曲を作ろうという意識があるんじゃないか」と話していました。ニュアンスとしてはやはり『道標』や『家族になろうよ』といった普遍的な楽曲を表すのではないでしょうか。それは鑑さんがかつて手掛けた楽曲が今も愛され続けるように、福山さんも自身の楽曲にそんな未来を描いていると感じました。ここまで読んでいただいてありがとうございました。


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