見出し画像

新しい詩「母のイヤリング」


『母のイヤリング』

昨夜のディナーにつけていったイヤリングは
緑色のトンボガラスのイヤリング
今からもう30年前
私がまだ、自由が丘近辺に住んでいたころ
駅前の商店街で買った
母へのプレゼントだった

10年に一度しか自分の服を買わない母は
イヤリングなんて 気恥ずかしくて
できなかった
父はそこそこ稼いでいたから
お洒落しようと思えばできなくもない
専業主婦の母であったが
ふらふらと落ちつかない私の将来が不安で
服も買わずに 貯金ばかりしていた

母は、私にイヤリングをかえしてきた
「これ、あんたにあげよ
 私が持っとっても、せえへんで」
思えばあのころから
もう認知症がはじまっていたのかもしれない
母は、そのイヤリング
私がプレゼントしたものだということを
忘れていた

母は、3年前
施設で死んだ
痰を喉につまらせて

「行ってくるよ
 母さんも、楽しんでね」
私は緑色のトンボガラスのイヤリングを
黒地に緑の柄のジャケットに合わせて
耳にそっとつけた






この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?