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みつけもの

いつかクリーニングに出したマフラーが、
とてもぴーんとなって、きれいになって戻ってきた

しまおうかなって思ってクローゼットをあけると、
なんだかなつかしいものをみつけた


それは僕が前の冬に着けてた、てぶくろ

灰色の、指先の部分が黒いいろをしていて、
しっかり両方の手のぶんだけある、てぶくろ

絶対に大切にしようって決めた、てぶくろ


それは、とっても寒いいつかの冬の日だった

僕は、学校を出て家に帰ってた

バスに乗って帰ろうとしたけど、
その日はICカードのチャージがほぼなくて、
しかも財布にほとんどお金がなかったから、
ぎりぎり運賃が間に合うバス停まで歩いていた

厚めのコートをはおって、温かいマフラーを巻いて

両手にはあのてぶくろを着けて、
凍えるような寒さに耐えながら歩いてた


その時はたしか、音楽を聴きながら歩いてた

いつのまにか聴きたいアルバムが一周して、
別のひとのアルバムを聴こうと思い、
スマホをそうさするためにてぶくろを外した

右手のほうだけ

それをコートのポケットにおしこんだ、はずだった


またてぶくろを着けるのがめんどくさくなって、
右手はそのままで歩いてた

あっという間にバス停に着いて、
まだあったかさが残る右手をグーパーしながら、
僕だけの音楽の世界にひたってバスをまってた

そしてバスがきて、一息ついて席に座った


ふとコートの右ポケットをまさぐったそのとき、
あるはずのものがなかった

奥まで手をのばして、すみっこまでさがしたのに、
そこにはなにもなくて

反対がわのポケットをさがしても、
立ち上がってコートをたくさんたたいても、
それはなかった


「おとしちゃった」

そのときの感覚が、いまでもよく思い出される

呼吸がほんとに止まって、胸がおしつぶされる

体が急に冷たくなって、頭も真っ白になる

どうしていいかわからなくて、
焦りと不安がだんだんおおきくなってくる


とっさに次のバス停で降りた

「どこでおとしたんだろう」ただそればっかりで、
バスのなかだったらやばいなって思いながら、
来た道をできるだけ速く、注意深く走った

あの数十秒前に乗ったバス停も通りすぎて、
街灯の灯りだけを頼りにひたすらさがした

でもみつからなくて、気づくと学校に戻ってきた

まだ開いてたからいちおうなかを探してみたり、
万が一バスのなかのことも考えて、
バス会社の落とし物センターにも電話した

けど、なかった


そのときが、いちばん苦しかったのをおぼえてる

「かたっぽのてぶくろはどうなるんだろう」
「もうかたっぽはずっとそのままなのかな」
「もういっしょになることはないのかな」
「あのときちゃんとかくにんしてたら」

あふれる思いで胸がおしつぶされそうで、
でもどうしようもなくて、なす術もなくて

時間ももう遅くなって外も真っ暗になってきて、
あきらめて帰ろうとした

「大切なものはなくして初めてそうだと気づける」

ほんとそうだと思った


でも僕はラッキーだった

落ち込みながら帰ったその道にそれがあったから

あせって見逃していたものを、
落ち着いたら見つけることができたから

手にとった瞬間、閉じ込めてたものがあふれた

涙がもう、止まらなかった

「もう絶対にてきとうにしないよ」
「これからはちゃんと大切にするからね」
「気づけなかったけど、ほんとにありがとう」

そんな思いでぎゅっとして、ほっとした


「おとしもの」が「なくしもの」になって、
「なくしもの」が「さがしもの」になって、
「さがしもの」が「みつけもの」になった

そんな、ちょっぴり温かい冬の日だった


結果論だけど、あのときバスを飛び出して、
元来た道をもどったのはよかったなと思えた

じゃないと、いまここにはかたっぽしか
存在しなかったかもしれないから

(注意してたらそんなことなかったかもだけどね)


いまこうしてふたつでひとつになれていることを、
もう一度、ちゃんと手ざわりでたしかめて、
マフラーといっしょにしまった

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