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ミモザの花が枯れちゃった

2020年2月28日。

世間が、というか世界中がコロナウイルスで騒がしい真っ只中、私は一人ヨーロッパ旅行に出かけた。

行き先は、ポーランド、チェコ、イタリア、フランス。

全部で11日間のミニチュアな旅。

ミニチュアと言っても、コロナウイルスが猛威を振るっていると思われているイタリアに行くのだから、ただの旅行なのに、まるで何かもっと大きなことを成し遂げにいくような、そんな妙な高揚感があった。周りからは「イタリア本当に行くの?」「危ないと思ったらすぐ帰ってきなよ」の嵐。フィンランドのホストファザーは、私が家を出る前無言でぎゅっとハグしてくれたし、駅まで送ってくれたクリスチャンの友人は、車の中で長いお祈りをしてくれた。

こんなに色んな人に心配かけてまで、自分は何故行くのだろうか?

それはずっと考えていた。旅が始まってからも、イタリアに入る前日まで、ずっと。

私はどこか、世間知らずなところがある。
それは子どもの時からずっとそうで、

「しおちゃんはしっかりしてるけど、ヌケ作だよねぇ」

って、友達にも親にもよく言われていた。

あまりにも言われるもんだから、私は自分の頭のねじはきっと人より10本くらい抜けているのだろうと、幼い頃から信じていた。

しかし、ヌケ作にはヌケ作の長所があるものだ。

世間の人々がいくらわあわあ騒いでいるものに対しても、どこか冷静で動じないところがある。

「今は行くべきじゃないよ」は正論なんだけれど、その正論は、実は真実じゃなくて、人間が作り出した「不安」という、得体のしれない巨大な怪物が作り出した歪んだ事実のように思えた。真実ではないことを根拠に行くのをやめるのは心が納得しなかった。

フィンランドにいて、日本とヨーロッパの国々のどちらの反応も見ていると、人々がどれほど自分が属する社会の情報に惑わされているかに嫌でも気付く。人々は、コロナウイルスがどんなウイルスなのか知る前に、「全国の学校が閉鎖された」という政府の処置を見て、「学校が閉鎖されるほど大変なものなんだ」と認識する。コロナそのものについて理解することもせずに、それによって生じている様々な「反応」にだけ目が行き、勝手に不安になり、その不安は伝染病のように人から人へ伝わっていく。

あいにく、ヌケ作な私にとって、「不安」という伝染病ほどかかりにくいものはない。色んな人たちが「不安」というウイルスをまき散らしながら近づいてきたが、どんな不安ウイルスもマスク無しで撃退してあげた。

もしかしたらフィンランドに戻れなくなるかもしれない、という可能性はあったが、それはそれで滅多にできない体験だな~とのんびり構えていた。それに、こんなに人々を「不安」で惑わせているコロナが、各国でどのように捉えられているのか知りたいという好奇心もあった。

そして、2020年3月2日~3月6日の5日間、イタリアに入国した。

結論から言うと、イタリアは素晴らしかった。またその人に会いにイタリアに行きたいと思えるような素敵な出会いもあった。私が訪れたのはローマとフィレンツェ。ローマはまだ観光客がたくさんいたが、フィレンツェはがらんとしていて、普段は行列の美術館も10分で入れたりした。

コロナの状況は明らかに街に影響を与えていたが、そこにあったのは、普段と変わらない生活を送る人々の姿だった。フィレンツェはまだ閉鎖されてはいなかったけれど、渡航制限がかかっていた北部三州のとなりの州に属す。「不安」のウイルスに潰されていたら、きっと恐ろしくて近づこうともしなかっただろう。しかし、そこで生きる人たちは、拍子抜けするくらい、ごく普通に街を散歩し、太陽を楽しみ、イタリア特有の陽気な雰囲気の中で、笑いながら生活していた。「チャ~オ!ジャパニーズ?」と声をかけてきてくれたフィレンツェ人のおじさんは、本当にいい人で、「日本のこういうところが好きなんだよねぇ」という話を目を輝かせてしながら、2時間もフィレンツェの現地の人しら知らないような穴場をプライベートツアーしてくれた(笑)また会いに行きたい、と強く思う人の一人である。

「今さら学校をちょっと休みにしてもさぁ、意味ないと思うのよねぇ」

そう語ったのは、フィレンツェで美容室を開いている日本人美容師さん。彼女には現地の学校に通う中学生の息子がいるが、イタリアの学校も3月5日から全て休校になった。

イタリアに憧れて旅行でやってきたのをきっかけにかれこれ20年以上もイタリアに住んでいるという美容師さん。明るくて気さくでお喋りな彼女は、彼女がイタリアに住むことになるまでの面白すぎるストーリーや、イタリアの美容室やイタリア人あるあるをユーモアたっぷりに尽きることなく語ってくれた、超絶パワフルな女性だった。

「日本で美容師やってたときはさ、予約してるお客さんが来たらさ、まだ前の人が終わってなくても同時にやったりとか、他のスタッフと協力して、とにかく一度にたくさんのお客さんを対応できるように工夫に工夫を重ねるわけ。でもね、イタリアではね、たとえ予約してるお客さんが来ても、前のお客さんが終わってなかったら、『まだ時間かかるんでしょ?ちょっと珈琲行ってくるわ~♪』って出て行っちゃうの。それにね!その場にいる全員に、『コーヒー買いに行くけど、他にほしい人いる~?』って聞くの。もちろん知らない人同士よ。なのに、聞かれた方も『ああ、じゃあよろしく~♪』って頼んじゃうのよ~これが。あと、切りながらお客さんと一対一で話している時も、待ってるお客さんが『うんうん、私もそれ知ってる!』って話に入ってきて、気付いたらお店にいる全員が会話に参加してるのよ~(笑)そしてそれがお店の雰囲気を作り出してるの。これには最初びっくりしたわ」

とまあ、こんなことを話してくれている間に、一人予約していたイタリア人女性が入ってきたのだが、私のカットがまだ終わっていないのを見て、「コーヒー行ってくるね~♪」と出て行った。まさにお話の通りの展開に一瞬間が空いた。そして、美容師さんと笑い転げた。

カットが終わり、美容室を出ると、雲一つない真っ青な空が広がっていた。

目を閉じると、色んな音が聞こえた。
車の走る音、人々の話し声、どこかで笑っている子どもの声、扉の開く音。

街中を歩くと、色んな匂いがした。
ピザの匂い、パスタの匂い、風が運んでくる懐かしい匂い。…これは人が生きてる匂い、街の匂い。

道行く人たちが会釈をしてくれる。私も会釈を返す。
そういえば、私はヨーロッパ旅行を始めてから、一度もコロナによるアジア人差別を受けたことがない。

唐突に、さっき話した美容師さんの声が、脳裏に蘇ってきた。

「毎年3月8日の国際女性デーにね、男性が女性にミモザの花を贈る習慣があるんだけれど、今年は暖かいでしょ。2月の終わりでもう全部枯れちゃったの。だから今年は、ミモザの花がない女性デーになるわねぇ」

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