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【短編小説】教師失格

「きらいな人」の続編です。  


『速報です。本日午後未明、〇〇市の小学校で生徒二人が血を流して倒れていると通報がありました。警察が駆け付けたところ、その場で死亡が確認されました。××署は自殺と見て捜査しており–––』

 職場から帰りテレビをつけると普段見ているニュースが流れる。いつもなら可哀想と他人事のように思えるものだったが彼女にとって聞き逃せないワードがあった。

「〇〇市の小学校……?」

 彼女は第二小学校の教師であり、その小学校は〇〇市内にあった。無関係であって欲しいと思いつつも胸騒ぎがした彼女はテレビの音量を上げ、注意深くニュースを見た。するとスマホの着信音が鳴り画面には【中山先生】の文字が表示されていた。胸騒ぎが大きくなるのを深呼吸で誤魔化し電話に出る。

「もしもし」

「もしもし井口先生、落ち着いて聞いて欲しいんだけど……」

「? はい」

「うちの生徒二人が屋上から飛び降りたの」

「……え」

「今分かったんだけど、その子たちは高橋康太くんと戸村瑞稀くんなんだって。あなた二人の担任じゃない? 急いで学校に戻ってきてほしいの。井口先生? 聞こえてる?」

 中山先生の言葉が遠く聞こえる。はい、今向かいます、と伝えた言葉は自分でない誰かの言葉のようだった。急いで学校に向かわなければないのに二人のことが走馬灯のように頭に流れ、最悪な事態になってしまったことに嘆く。

「私は教師失格だ」


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 康太くんはみんなの先頭にいるような明るい子で、瑞稀くんは大人しい子だった。そんな対照的な子たちがいつからか昼休みで一緒に遊んだり、二人で下校することが多くなった。今思えば康太くんが声を掛けてから瑞稀くんが話し出すことが常だった気がする。少なくとも私は瑞稀くんが康太くんに話しかけるところを見たことが無かった。

 暫くしてから二人が一緒にいるところを見ること極端に少なくなっていった。というより康太くんが瑞稀くんに話しかけなくなったという方が正しいかもしれない。喧嘩でもしたのかな、と思ったがそれ以外はいつも通りだった。康太くんは周りの席の子たちと談笑し、瑞稀くんは席で本を読んでいた。
 
だから、何もしなかった。

 ある日、事件が起こった。康太くんが瑞稀くんのことを殴ったらしい。そこまで仲が険悪になっていたなんて知らなかったので本当に驚いた。

 現場を見た生徒に詳しく話を聞くと、殴っているところは初めて見たが以前からいじめがあったそうだ。瑞稀くんへの暴言や持ち物の破壊が主で康太くん単独で行い、怖くて周りに言えなかったという。私はいつも見ていた明るい康太くんと、今聞いた恐ろしいことを平気でやる康太くんの二面性に混乱した。 

 とりあえず話してくれた生徒に感謝を伝え、康太くんの話を聞いた。なぜ殴ったのか、いじめは本当にあったのかを尋ねるとムシャクシャして殴ったのは本当だが、いじめについては知らないと言う。なので確認のために今日聞いたいじめの内容を本当にやってないのか聞くと康太くんは怒ったように椅子から立ち上がった。

「違う! アイツがいつも一人で可哀想だから一緒にいてあげたのに! 俺が話しかけるのがさも当たり前かのような態度でいやがる!

俺は、俺がいなきゃ独りだってことをわからせてやろうとしただけで俺は悪くない!」

 全て言い終わっても興奮している康太くんを落ち着かせ、それでもやったことは悪いことでいじめだということをゆっくり伝えた。康太くんは目を見開き、そうなんだ、と独り言のように呟いた。違和感を覚えたが、自分も同じことをされたらどう思うか考えさせると康太くんは自分がやってきたことがどれだけ酷いものだったのかが分かったのだろう。ボロボロ泣き出してしまった。二度と同じことはしないことを約束し、康太くんを家に帰した。

 

 私は瑞稀くんに謝るよう言うのを忘れていた。言わなくても、わかると思ったのだ。それが最悪の事態を招いてしまったのではないかと後悔している。


 それから二人のことは解決したと勝手ながらに思っていた。二人の間での争い事も聞かなくなったからだ。それにこの頃から仕事が忙しくなり、このことを考える時間もなくなっていった。

 暴力事件の数ヶ月後、康太くんは親の都合で転校することを電話で知らされた。いけないと思ったがホッとしてしまった。これから康太くんと瑞稀くんでトラブルが起こらないとも言えないからだ。

 瑞稀くんに康太くんが転校する旨を伝えた。少しでも安心できるように。もう大丈夫だよと言うと瑞稀くんの焦点が合ってない目で見つめられゾッとした。子どもがするような目ではなかった。

「もう帰ってもいいですか」

 瑞稀くんの言葉でハッとし、思わず了承してしまった。瑞稀くんが職員室を出るのを確認し、項垂れた。瑞稀くんをこのままにしても大丈夫だろうかと不安だったが、考えるのが億劫になっていた。


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 あのときああしていれば、こうしていればとい後悔ばかりが脳を支配する。帰る前、康太くんが屋上に向かっているところを見たのに何もしなかった。思い詰めたような顔をしていたのに! 何も、何も何も何も何も何も何も何も何も何も何も何も何も何も何も何も何も何も何も何も何も何も何も何も何も何も何も何も何も何も何も何も何も何も何も。何も、しなかった。

「ああ、そうだ、学校に、行かなきゃ」

重い足取りで玄関を出る。ともかく今は学校に向かわなければ。


 後のことはまた後で、考えよう。


高橋康太

 家族編成は父、母、兄の四人家族。兄は成績は良いわけではないが人格者でコミュニケーション能力が高く、いつも周りに人がいた。

 康太は両親も兄の方を愛していると思っており、無意識に劣等感を抱いている。暴力事件の前日、家族で夕食を食べている時に康太はテストで百点取ったことを自慢したが、いつも間にか兄の部活の話になり、誰も俺の話聞いてくれないんだ、と思い込んだことで事件に発達してしまいました。



 


 

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