見出し画像

価格設定の難しさと奥深さ

価格はめちゃくちゃ難しい

事業を始めてからかなり悩んだ&悩み続けた話に価格の話があります。消費者としてお金を払う時は値札を見て買うか買わないかを判断するだけですが、事業を創るとなると自分で値札に数字を書かなければいけません。そして、これがなかなか難しいんですよね。

起業はシンプルに捉えると「何を誰にいくらでどうやって売るの?」に答えるゲームです。「いくらで売るか?」は事業を立ち上げたい人や起業をしたい人は必ず考えることになるテーマだと思います。

僕は養殖の生産管理サービス(業務システム)を作っています。物凄く簡単にいうと、タイやブリを育てる生産者さんに給餌量や水温を記録してもらい、データをもとにした意思決定ができるよう支援するソフトウェアです。

仕事柄、生産者の方(特に経営層)とお話することが多いのですが、彼らも価格について頭を悩ませていることが多く、その話が面白かったので、今回は普段考えないことが多いであろう魚の価格について書いてみようと思います。

価格ロジックは3種類

まず「価格とはなんぞや」を考えるといっても、取り扱う商材によって視点や考え方が異なるため、その切り分けから始めたいと思います。細かく分けるともっとたくさんあると思いますが、価格の決め方は大きく3種類あるのかなと考えています。

1.原価+利益型

一番考えやすい値付け方法ですね。150円でリンゴを仕入れ、50円の利益分を乗せて、200円で売るみたいな感じです。この場合、売り手は原価を下回らない定価を設定すべしということになります。金額設定は利益の金額ベースで設定する方法もあるし、利益率という割合ベースで設定する方法もあります。

2.市場・マーケット依存型

売り手や買い手が多い場合はマスで価格が決まります。需要と供給の関係性で価格が決定されることもあるし、商習慣的に価格が決まっていることもあります。分かりやすいのは自動販売機ですね。ペットボトル500mLで150円(最近上がってきてますが)みたいなのは日本に住む人の共通認識としてあると思います。飲料の中には原価50円のものもあれば100円のものもあるでしょうが、価格はどれも150円です。

3.価値交換型

コストではなく、商品・サービスを購入するメリットに対して価格を設定します。「得られるメリットよりも安い金額ならお金を払う価値はありますよね?」という考え方です。ブランド品やコンサルティングのビジネスモデルを考えると分かりやすいと思います。メリットが金額換算していくらなのか?をまず考えないといけないし、その認識をお客さんにも持ってもらう必要があります。

養殖魚の価格決定に働く力学

魚の養殖生産には製造業の側面があります。稚魚に餌を与えて仕掛品を作り、出荷サイズになったら商品として出荷する。それが(会計的な視点からみたときの)養殖の製造プロセスです。稚魚にも餌にも薬にもコストが当然かかるので、仕掛品の原価の累計金額は出荷するまで増え続ける構造になっています。生産者がこのコストより高い金額で売りたいと考えるのは当然のことです。

他方、魚の販売は卸売業や小売業のロジックで動いています。特に魚は傷みやすいため、短期間で大量のロットを捌き切る必要があります。消費者の食卓までおいしい状態で魚を届けきるにはスピードが重要です。加えて日本は漁場に恵まれているため、水揚げされる天然魚の魚種数が多いという特徴があります。卸売の担当者からすると養殖マダイの数万尾を一日で売り切らないといけないし、他にも取り扱う魚がたくさんあるので、まとめて一律に売り捌きたいという気持ちになるというのが正直な所でしょう。

同じ価格 異なる視点

もうお気づきだと思いますが、生産者は「原価+利益型」、卸・小売側は「市場・マーケット型」で価格を見ています。つまり同じ1000円/kgという魚の値段は同じでも、両社それぞれが見ている視点が違います。

水産の世界は元々天然モノの方が強かった歴史もあり(世界一の漁獲量だったし、養殖の歴史はまだ60年程度に過ぎない)、天然も養殖も同じ市場の中で売り買いされることもあるので、現在の流通は需要と供給の関係で価格が変動する卸・小売側の論理で価格の合意形成がされるのが一般的です。それが「浜値」ですね。

1000円/kgで生産者に粗利が残るのであれば何の問題もありません。ところがそれがそうはならなくなってきつつあります。

上がるエサ代で収益構造は破綻寸前

その理由はエサ代です。ここ1年半で1.5倍程度まであがってきています。無魚粉飼料などの研究も進みつつありますが、基本的には魚粉の価格高騰が飼料価格の高騰に繋がっています。養殖に縁がない人でも分かるように、簡単な計算をしてみましょう。

◆想定
以下のようなケースで考えてみます。

・1袋4000円の餌が6000円になったとします。1袋20kgなので、kg単価は200円から300円に上がることになります。
・マダイの増肉係数は2.3とします。
 ※1kgの肉をマダイにつけるには2.3倍の餌が必要だという意味
・稚魚の価格は1尾100円とします。
・飼育期間は24カ月で、2kgまで成長させて出荷するケースを考えます。
・稚魚の重量は10~30gなので、単純化するために捨象します。
・出荷時の浜値は950円/kgとします。

粗利計算のシミュレーション想定

計算すると、粗利が半分以下になっていることがわかります。

◆従来
稚魚:100円
配合飼料:2kg×2.3×200円/kg=920円
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
コスト:100+920=1020円
売上:950円/kg×2kg=1900円
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
粗利:1900‐1020=880円

◆値上がり後
稚魚:100円
配合飼料:2kg×2.3×300円/kg=1380円
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
コスト:100+1380=1480円
売上:950円/kg×2kg=1900円
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
粗利:1900‐1480=420円

注意していただきたいのは、この粗利には船の減価償却費も、種苗や網の費用も、人件費も、事務所の家賃も、広告費も、電気代も含まれていないことです。目安として概ねエサ代はコスト全体のうちの7割程度と言われていますので、エサ代が1900円×0.7=1,330円を超えるということは赤字構造ということになります。しかもこの計算は魚が一切死なない前提での計算です。

つまりエサ代が値上がりすることで種苗+エサだけでの粗利は半分以下、コスト全体でみれば魚を売れば売るほど赤字という構造にすでになっています。

ここに浜値の変動が加わるともっとひどいことになる可能性があります。800円/kgになったら粗利は120円/尾しかありません。1万尾売っても120万円。これでは赤字ですよね。

ブランド化は生産者を救う一手となるか

少しでも高く売りたいと各生産者が考えた結果、何が起こったかというとブランド化です。「かぼすヒラメ」とか「函館サーモン」とかいろいろあって、挙げ始めたら相当な数になります。

ブランド化の根拠になるのは大半が地名か餌です。消費者に伝わりやすい差別化ポイントが少ないので、どのブランドもどうしても訴求が似てきてしまいます。酒粕を混ぜたり、黒糖を混ぜたり、かんきつ類を混ぜたりいろいろです。無魚粉飼料を使う、投薬をしないなどの方法でブランド化している人たちもいます。

ただ、餌を変えるという戦略そのものは比較的だれでも思いつくので、結果的には全国で魚のブランドが濫立する形になっています。

ブランド魚の魚価と浜値

問題は魚価を上げるためにブランド化する流れが行き過ぎるとブランド魚の価格が浜値に引きずられる構造になるリスクがあるということです。

この業界をマクロで見たときに僕が思うのは、「みんなと違うものを作る」ということをみんなでやった結果、「みんなで同じことをする」というねじれた構造が起こっているのではないかということです。そうすると、「すだちだろうがチョコレートだろうが、マダイはマダイでしょ」となってしまうように思うのですよね。日本にも中国にも群雄割拠の戦国時代の歴史がありますが、まさに今の養殖業界ってそんな感じな気がします。

そうするとブランド化の施策は暗礁に乗り上げてしまいます。なぜなら魚価を高く維持する根拠となる土台そのものが揺らいでしまうからです。それはひとえに小売サイドがロットを捌きづらくなるという構造的な問題があるからですね。

ゲームルールを変える

そもそも養殖する魚種はいくつかの条件を満たしている必要があります。
①養殖場の環境下で養成が可能であること
②需要があること(人気がある・知られている)
③高く売れる見込みがあること

たとえば北海道でブリの養殖がないのは①の条件を満たせないからですし、多獲性のイワシの養殖がないのは③の条件を満たせないからです。

②の側面がある以上、養殖される魚には一般消費財としての側面があるといえます。大衆に求められる魚でないと養殖しづらいので、養殖された魚は広く流通するということがある程度前提となっているということです。ブランド化はこの「大衆魚としての養殖魚」に距離を置こうとするものです。大衆向けに販売している魚と同じ商流、同じ流通でやっていたら、ブランド化が絵にかいた餅になってしまうことは想像に難くありません。

したがってブランド化の鍵は「卸・小売のゲームルールの外で戦うことができるか」にあるのではないかと僕は思っています。要は問屋さんや商社さん任せにせず、自分で販路を見つけてくるということです。

0 or 100で考えない

すべてのロットを自社で売るというのは厳しいと思いますが、品質の高い一部のロットだけでも魚価を高く設定し、地元のホテルや道の駅、飲食店などに一定の高価格で買い取ってもらう契約を結んでいけばよいのではないかと思います。そうすれば少なくともブランドとして販売している魚の魚価は安定します。利益率も高く取れますし、売上もしっかり見込めます。

魚価の変動リスクを抑えるとともに、大きなビジネスサイズのロットは卸・小売の世界で捌ききることで売上も担保することができれば、収益性は改善できるのではないかと思います。

こうして価格の決定モデルを「市場・マーケット依存型」一辺倒から、「市場・マーケット依存型」と「価値交換型」の併用にシフトしていくというのが、ブランド化を目指す生産者が目指すところなのかなと僕は理解しています。

最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。もし記事が面白かったら「スキ」をぽちっとしていただけると嬉しいです笑

X(Twitter)もやってます!

Twitterもやってます。私のプロダクトやサービスに興味を持っていただいた方はフォローいただけると嬉しいです。講演やセミナー、授業などのご依頼もぜひ気軽にメッセージください。
Twitterはコチラ

この記事が参加している募集

仕事について話そう

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?