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石巻名物「金華サバ」の缶詰が店頭から消える日・・・

宮城・石巻の特産品と言えば、石巻漁港で獲れた「金華サバ」です。身が大きく、脂のりもよくて大人気。今シーズンも11月下旬から石巻漁港でサバの水揚げが本格化し、シーズン到来が宣言されました。
ところが、金華サバはここ数年不漁が続いています。地元の水産加工会社が名物の缶詰を作れなくて困っているほどです。三陸の海でいったい何が起きているのでしょうか。おいしい金華サバを絶やさないためにはどんなことができるのでしょうか。石巻を拠点に水産業の変革を目指すフィッシャーマン・ジャパンが、みなさんと一緒に考えます。


東京・経堂、「サバ缶の街」に大異変!

東京・世田谷の住宅街として知られる経堂地区は、実は「サバ缶の街」としても有名です。昔ながらの風情が残る商店街をぶらりと歩けば、飲食店のメニューにサバ缶を使った料理が並んでいるのに気づきます。居酒屋ではサバの味噌煮にトロサバ丼。インド料理店ではサバの水煮をほぐし、各種のスパイスで調味した一品に出会えます。

「金華さば」の缶詰には大きな切り身が二つ入っているのが特徴。

数あるサバ缶の中でも経堂の商店街でとりわけ愛されているのが、「木の屋石巻水産」(本社・宮城県石巻市、以下木の屋)のサバ缶です。地元特産の金華サバを使ったシリーズは、鮮度の高い身がごろっと入っているのが特徴。そのまま食べても美味ですが、ひと手間加えれば絶品のアレンジ料理に変身します。

2011年3月の東日本大震災では、製造元の木の屋も津波で工場が全壊し会社存続の危機に瀕しました。商店街のメンバーたちは津波の被害に遭った同社の缶詰を大量に取り寄せると、ひとつひとつ丁寧に洗って販売。売り上げを被災地に寄付しました。そんなこともあって経堂の人々の缶詰愛、特に木の屋のサバ缶への愛情はますます深まったのでした。

経堂商店街のみなさん。手にはサバ缶が。 提供: さばのゆ

そんな愛着のある缶詰がもう仕入れられないかもーー。今、経堂の飲食店主たちは不安そうに顔をしかめています。イベントカフェ「さばのゆ」を運営している須田泰成さんはこう話します。

「数年前からでしょうか。木の屋さんのサバ缶が届きにくくなったんです。サバの水揚げシーズンは秋から冬にかけてですが、2年前は12月になって『ようやく作れました』という感じで届けてくれました。『今年も金華サバが来てくれた!』と、とても喜んだのを覚えています。でも去年は11月頃から『サバ缶が作れません』という話を聞いていて。実際12月になっても入荷することができませんでした。今年はどうなることやら……」

経堂のお店では金華サバをつかったメニューがずらり

須田さんは経堂の仲間たちの中でも早くから金華サバの缶詰の魅力に気づいた人です。周囲の飲食店を巻き込み、「サバ缶で街おこし」のムーブメントに火を付けました。震災の時の交流については『蘇るサバ缶―震災と希望と人情商店街―』という著書もあります。そんな須田さんは、「飲食店仲間にも影響が出ています」と語ってくれました。

さばのゆ店主の須田さん 撮影:栗栖誠紀

「しめさばや味噌煮など、大きな個体でなければ作れない定番メニューはだんだん姿を消しています。別の魚やノルウェー産の鯖で代用する選択肢もありますが、やっぱり脂の質が違うので、やってる店は少ないようです。今は商店街の仲間たちとサバ以外の缶詰の試食会を開くなどしています。せっかく震災後もつないできた木の屋さんとのつき合いは、細らせたくないですからね」

須田さんが運営する「さばのゆ」ではまだ若干、木の屋の金華サバ缶詰の在庫があるそうです。しかし今冬の入荷がなければそれも尽きてしまうといいます。

「もしも木の屋のサバ缶がなくなったら、寂しいなあ。喪失感ですね」

店の棚に大事そうに並べた缶詰を眺めながら、須田さんはため息をつきました。

最高品質の金華サバ缶が作れなくなった理由

「うちのサバ缶を待っていてくださっている人たちには申し訳ないのですが、作りたくても作れないんです・・・」。そう言って苦笑するのは木の屋石巻水産の広報担当、松友倫人さんです。

同社は1957年創業。宮城・石巻を代表する水産加工会社として、品質にこだわった缶詰を作り続けてきました。創業以来の看板商品は鯨肉の缶詰。そして近年人気急上昇していたのが地元のブランド魚の一つ、「金華サバ」を使ったサバ缶です。

人気の秘密は「フレッシュパック」と呼ばれる同社独自の加工工程にあります。朝早く石巻港に水揚げされた金華サバを厳選して入荷。港に面した本社工場に直送し、生のままその日のうちに加工します。身の分厚さ、脂の乗りのよさという金華サバの魅力を缶詰に凝縮するフレッシュパックには、大手水産加工会社には真似できない「手間」と「こだわり」が詰まっていると、松友さんは話します。

「その日のサバの水揚げ量や漁船が港に戻ってくる時間帯は日によって異なります。そのため、当社ではその日の入荷状況によって工場の生産工程を微調整しています。大量生産が必要な大手には困難な工程管理でしょう。また、新鮮で身がプリプリしている金華サバは扱いが難しく、機械では缶へ詰めることができません。そのため当社では従業員が一つひとつ手作業で缶に詰めています」

クオリティーの高さは徐々に評判を呼びました。全国放送のグルメ番組で取り上げられ、注文の電話が鳴りやまなくなったことも。年間100万缶を生産する同社随一の人気商品になったのでした。

そんな看板商品の先行きが怪しくなってきたのは2017年頃からだったと、松友さんは話します。
「これまでは500グラム、600グラムの金華サバを買いつけていましたが、水揚げされる魚体がどんどん小さくなってきたんです。魚体が小さいと脂の乗りが今一つになり、当社が目指す品質を維持するのが難しくなります」

金華サバの水揚げは年々減少し、比較的大きめのサイズは価格が高騰しています。そのため木の屋では、昨シーズン(秋から冬)はわずか1日しか金華サバ缶詰の製造が出来なかったのだそうです。「フレッシュパック」を信条としているため、工場でサバ缶の生産ラインを動かせたのもわずか1日ということになります。年間100万缶という生産目標を達成するには、本当は20~30日はラインを稼働させたいところですが……。昨年の生産は目標の数十分の一となってしまいました。

松友さんは今シーズンの水揚げを不安な気持ちで見守っています。
「ノルウェー産など輸入物のサバを使うつもりはありません。いったん冷凍した魚から加工すると味が落ちますし、輸入物の缶詰加工は大手が先行しています。品質面で優位に立てなければコスト競争力で大手に負けてしまうでしょう。当社としては、あくまでも地の利を生かしたフレッシュパックで勝負しますが……」。

金華サバの不漁が続いた場合どうするのか。木の屋は頭を悩ませています。創業以来の柱である鯨肉はそもそも大手量販店やECモールで出品出来ず流通が制限されています。サンマも深刻な漁獲減の真っ最中です。最近はイワシの水揚げが増えていますが、松友さんはイワシ缶生産の持続可能性にも疑問符が灯っていると見ます。
「石巻では今、多くの加工業者がイワシで売り上げを出そうと努力しています。問題はイワシの豊漁がいつまで続くかです。金華サバの場合、大きな魚体を獲りつくし、やがて小さいサイズも減ってきてしまいました。イワシも業界の規制に変更がなく、同じ状況になってしまう可能性が高い」と松友さんは話しています。

サバの漁獲減と成長乱獲


金華サバの缶詰が作れない――。このことから私たちは何を考えればいいのでしょう。

まず見てほしいのは、石巻漁港におけるサバの水揚げ状況です(下のグラフ参照)。同港のサバ水揚げ量は2011年3月の東日本大震災の被害でいったん急減しました。その後水産業の復興と軌を一にして回復し、現状は横ばいの状況です。

※石巻市水産課(水産物地方卸売市場管理事務所)の統計を基にフィッシャーマン・ジャパンが作成

水揚げ量はある程度キープできているのに、なぜ金華サバの缶詰が作れないのでしょうか?実は、サバ全体の水揚げ量だけでは金華サバの好不調を判断できません。石巻漁港で水揚げされたマサバのうち、大きさや脂のりが一定基準に達したものを金華サバと言いますが、一般的には一尾500グラム以上の魚体が金華サバと認定されています。水揚げされたサバが小ぶりになっていれば、それはブランド物の「金華サバ」と認定できないのです。

先日(2023年11月30日)、日刊水産経済新聞に載った記事の一部を引用します。

<全国ブランド「金華さば」まき網の復活を心待ち 石巻港における昨年のサバ水揚げは3万8128トンで前年比0.7%増。例年並みを維持したが、まき網は1万420トンで43.4%減となり、全体に占める割合は49%から28%に低下した。(中略)海水温上昇の影響なのか、本来いないはずの低層域に相当量が分布。まき網が苦戦する一方、底びき網で大漁が続く形となった。今年も同じ傾向だが「金華さば」含め、加工原料となる良型の高鮮度品を多く携えてくるのはまき網。不足は深刻で誰もが復活を心待ちにしている。>

ある程度の水揚げ量を維持していたとしても、実は「小ぶり化」が顕著になっている。新聞記事から、この点が確認されました。

金華サバに認定されるような大きなマサバが最近獲れなくなった理由は、まだはっきりと分かっていません。理由の一つとして指摘されているのが海流の影響です。東北地方の三陸海岸沖は、暖流の黒潮と寒流の親潮がぶつかって豊かな漁場を作り出します。ところが近年は寒流の勢いが弱まったり、黒潮が蛇行してコースを変えたりしているため、石巻の近海でサバが獲れにくくなっているのではないか。このような可能性が指摘されています。

また、金華サバは近いうちに復活するんじゃないかと推測させるようなデータもあります。次のグラフは、太平洋沖のマサバの「資源量」(海に生息する魚の個体数)の推移を示しています。

※国立研究開発法人水産研究・教育機構 令和4年度 さば類資源評価資料より

国立研究開発法人「水産研究・教育機構」によると、太平洋沖のマサバの資源量は2000年代に15万トンにまで減少したことがあるといいます。その後2010年代に入ると資源量は大きく回復しました。急回復の要因は明らかになっていません。東日本大震災で三陸の漁業が大打撃を受け、同地方の漁獲量が急減したことも影響していると見られています。
いずれにしろ資源量が豊富なのであれば、いずれ金華サバは石巻に戻ってくる。そう考えることもできそうです。

ただし、先ほど紹介した「小ぶり化」現象のように、石巻におけるサバ漁の本当の状況は統計データに見えてこない部分もあります。

私たちフィッシャーマン・ジャパンは石巻を拠点とした、漁師や水産加工会社、魚屋たちの集団です。毎朝のように漁港に通っている者からすれば。業界では「ジャミ」などと呼ばれているサバの幼魚が大量に水揚げされていることから目をそらすことはできません。

石巻のサバ漁は、これから成長する幼魚を乱獲することによって、辛うじて見かけ上の漁獲量を維持しているのではないか。これが現場の感覚です。

こういう状況を「成長乱獲」と言います。成長乱獲が続いた場合、予想される未来はどんな姿でしょう。これから育つ小さな魚を獲ってしまえば当然、卵を産んで子孫を次世代につなげる成魚が育ちません。将来的に深刻な資源不足を招く心配があります。

大量に水揚げされる「ジャミ」を見て思うこと

最近の金華サバ不漁の原因は「黒潮の蛇行」なのかもしれません。地球温暖化による海水温の上昇が関係しているのかもしれません。厳密な因果関係を解明しようとしても、恐らく短期間では分からないものでしょう。

私たちフィッシャーマン・ジャパンが言いたいのは、たとえ主な要因が「黒潮の蛇行」だったとしても、「私たちにできることはないのか?」ということです。

現実問題として、石巻の漁港には毎日のように「ジャミ」と呼ばれるサバたちが大量に水揚げされています。この状況は誰が見ても「良くない」と思うはずです。理由は2つあります。第1の理由は先述した「資源の枯渇」です。第2の理由が「輸出競争力の低下」です。

サバ味噌や塩焼きなど、日本ではサバを食べる文化が健在です。しかし食卓にのぼるような身が大きなサバは海外からの輸入物がメーンになっています(その証拠にスーパーマーケットにはノルウェーやデンマーク産のサバがたくさん並んでいます)。

水揚げされた「ジャミ」と呼ばれるサバは現在、1キロあたり150円ほどで東南アジアやアフリカ諸国などの海外に輸出されています。一方、日本は国内で食べるためのサバを1キロあたり300円超で輸入しています。小さなサバを安値で海外に売り、値段が倍以上するサバをわざわざ輸入しているのです。

下は、サバの輸出入の量と金額を比べたグラフです。

※財務省貿易統計(輸出/輸入)を基にフィッシャーマン・ジャパンが作成
※財務省貿易統計(輸出/輸入)を基にフィッシャーマン・ジャパンが作成

金額ベースで言えば日本はもともとサバの輸入超過が続いていました。アフリカ諸国からの買いつけが増えた2010年代は輸出額が伸びましたが、2022年にはまた輸出と輸入が同水準になってしまっています。単価が低い「ジャミ」をたくさん売っているため、輸出している量に比べて金額が伸びていないのです。せっかく資源回復の兆しが見えているのに、その将来を犠牲にして、利益の少ない小さなサバを売ってしまっているのが現状です。

サバ漁の将来を考えるなら、資源管理を強める必要がある――。石巻漁港に通う人たちの多くがこの提言に賛同してくれるものと思います。

水産資源を守るため、日本政府はさまざまな魚種に対して漁獲枠を設けています。しかし、とりわけサバ類においては、「枠」の上限値が実際の漁獲量よりもずっと高いところに設定されています(下のグラフを参照)。

※水産庁の発表データを基にフィッシャーマン・ジャパンが作成

つまり、日本のサバ漁は規制によって漁獲量を一定に抑えている状況にはありません。いくらでも自由に獲ることができるような緩めの規制になっているということです。

 厳しい漁獲枠を設定して資源管理を行なえば、漁師たちは1キロ当たりの単価が高い大型の成魚にターゲットを絞って漁をします。小さな魚をたくさん獲っても単価が低く、利幅が薄いからです。

大きな成魚だけを獲れば、成長途中の幼魚は海に残る、幼魚はやがて成魚となって産卵し、子孫を残してくれる。したがって資源量は長期にわたって維持できるようになる。一方、十分成長した質のよい魚だけが出回れば、その魚種の市場価格は高値で安定する。そうすれば漁師たちは安心して「節度ある漁業」に勤しむ――。

資源管理の強化によって、こうした好循環を生み出すことが可能です。

必要なのは現場視点の話し合い

資源管理が必要なことは明らかです。でも、実際の現場ではそれが実現していません。なぜでしょうか?石巻の漁港に通う人々の声を聞けば、答えは自ずから出ます。

漁師たち「たとえ小さくても、魚を獲らないと俺らは暮らしていけない」
加工会社「工場を稼働させないと大赤字になってしまうから、どんな魚でもほしい」
輸入商社「ジャミサバでも海外には売り先がある。販路確保のためにも水揚げされた分は買う」

日々の商売を成り立たせるため、家族や従業員を守るために、みんなが不本意ながらジャミを獲り、売り買いしているのでした。そこには同業者同士の競争も当然あります。

石巻の底引き網漁師の一人はこう言いました。
「俺だって、こんなに小さな魚を獲っていいのかと心配だ。でも、俺が獲らなければ他のやつが獲るだろ。それなら自分が獲った方がましだ、という考えになる」

それぞれに事情を抱えているのは分かります。しかし、いったん立ち止まり、問題を直視すべきタイミングではないでしょうか。成長乱獲を止めなければ、石巻のサバ漁という「船」自体が沈んでしまいます。

問題は「誰が率先してルールを作るか?」です。資源管理は一時的に痛みを伴います。漁獲量を大きく制限すれば一時的には漁師が困りますし、ジャミのサバで商品を作っている加工会社も困るでしょう。海外に輸出する商社も困るかもしれません。誰がどのくらい困るかはルールの作り方次第で変化するでしょう。

フィッシャーマン・ジャパンはあらゆるステークホルダーが集まって議論する必要があると考えます。成長乱獲がダメだということは周知の事実なので、全ステークホルダーがそれぞれの事情を話し合い、全員が納得できるルールを決めるタイミングです。

これまでは国や漁協の方々にルール作りを任せてきた側面があります。でも、海は国の所有物ではありません。漁業者や消費者、国民も話し合いに加わる権利があるはずです。また、これはネガティブな話し合いではありません。どうやったらみんなが儲かる水産業にできるのか。水産業のあるべき姿を語ろう!という、とてもポジティブな話し合いです。

フィッシャーマン・ジャパンは今後、こうした話し合いの「場」を作り出したいと考えています。統計データに目を通しても現場で起きている問題は鮮明に浮かび上がりません。「外部の眼」が問題に気づくのには時間がかかってしまうでしょう。現場視点で問題を発見し、声をあげることが重要です。

皆さんはどう思いますか? おいしい金華サバや木の屋さんの缶詰をこれからも楽しみたいのなら、フィッシャーマン・ジャパンと一緒に考えてもらえたら嬉しいです。

※データ出典)
・石巻漁港のさば水揚げ高 https://www.city.ishinomaki.lg.jp/cont/10181000/0040/3914/20130301161642.html
県内産地魚市場水揚概要 - 宮城県公式ウェブサイト (pref.miyagi.jp)
・漁獲量、資源量の推移  国立研究開発法人水産研究・教育機構 令和4年度 さば類資源評価資料 https://www.fra.affrc.go.jp/shigen_hyoka/SCmeeting/2019-1/
・「漁獲枠と漁獲実績」推移
資源管理の部屋:水産庁 (maff.go.jp)
index-220.pdf (maff.go.jp)
・農林水産省 年別実績(「農林水産物品目別実績(輸出)」「農林水産物品目別実績(輸入)」) https://www.maff.go.jp/j/tokei/kouhyou/kokusai/hinmoku.html#m3

※データ出典


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