サッカークラスタ流、流しそうめんの楽しみ方
サッカークラスタが、集まるとサッカーの話をしてしまう。
おいしい食べ物、恋バナ、流行りもの……。いろんなものをサッカーに例えてしまいがちだ。
話題がなんであっても、気が付くとサッカーの方向へ行ってしまう。
日曜日、サッカークラスタ女子、4人で鎌倉に行ってきた。
なぜ鎌倉か?理由は特にはない。
前提として、久しぶりに4人で集まりたい、何かしよう!というのがあった。その中で、出てきたのが流しそうめん。流しそうめんを食べられるお店が、たまたま鎌倉だった。ただ、それだけだ。
北鎌倉駅で集合し、お店を目指した。
ひんやりとしていた梅雨が明けてから、太陽は「待っていました」と言わんばかりに連日照り付けている。この日もカンカン照り。日傘をさしていても日差しの強さを感じる。お店を目指すだけで、汗がどっと吹き出てきた。
10分弱歩いてお店に到着。先客が何組かいた。人気だ、流しそうめん。
テーブルについて、自分たちの順番を待つ。外には風流な竹筒と緑あふれる庭。ワクワク感が高まる。
1時間ほど待っただろうか。私たちの順番がやってきた。おしゃべりをしていたので、あっという間だった。
そうめんが流れてくる竹筒は、2レーン設置されていた。私たちが案内されたのは、手前のレーン。流れに逆らって取らなければならないので、右利きにとっては不利なレーンだったらしい。友人の一人がSNSのリプをもらうまで気づかなかった。
(写真はみんな大好き峰麻美ちゃん❤️)
カーン。
ゴングはなっていないが、担当のおばちゃんがそうめんを流し始めた。
最初は余裕があった。
「誰がとる?」なんてキャッキャ言いながら、普通のつゆととろろつゆにつけて夏の風物詩を楽しんだ。添えられた天ぷらもいい感じ。飽きなくて済む。
私にとって、2019年初そうめん。元号変わって、令和初そうめん。
流しそうめんに至っては、過去いつやったか記憶がほとんどない。子どもの頃にやったことがあったような……。かなり、うっすらとした記憶だ。
大人になってからは、間違いなく初めての流しそうめん。かつ、何をしても楽しいメンバー。テンションは次第に上がっていった。
しかし、しばらくすると、そんな楽しい雰囲気に暗雲が立ち込めてきた。上流から流れてくるそうめんの量が明らかに増えたのだ。
一番下流にいた私が、そうめんを掴まなければ、銀色のざるへ吸い込まれてしまう。例えるならば、私はゴールキーパー。他の3人は最終ライン。
その時点で、隣のレーンよりざるに吸い込まれたそうめんの量が明らかに多かった。
押し込まれている。上流を見ると男性3人が明らかに戦意喪失していた。(ハートで顔を隠してる3人)。
「ちょっと待ってよ!!」
前線が点を取ってくれないと、試合には勝てない。
私たちの守備力(胃袋)にも限界がある。箸を動かすたびに、薄くなって味気なくなっていくつゆ。天ぷらも加勢して、重たくなっていくお腹。
サッカーに例えながら、面白おかしくしゃべっていると笑顔が戻ってくるし、もう少し戦えそうな気分になるが、限界はある。
終わりの見えない戦いに戦意喪失しかけていた私たち。気が付くと前線にいた男性3人は席を立ち、姿を消していた。
「そうか!終わりは自分たちで決められるんだ」
これでもか、とボールを放り込んでくる……、じゃなかったそうめんを流してくるおばちゃんを相手に私たちは連携した守備で立ち向かう。目の前にあるそうめんをすくいつつ、席を立つタイミングを見計らった。
「今だ!!」
流れが途切れた時、無事に席を立ち、試合終了。
私たちのなんでもサッカーに例えるサッカークラスタ的流しそうめんプレーで、向かいのレーンの人たちは腹を抱えて笑っていた。
オーディエンスをにぎわすよい戦いだったと思う。
膨れたお腹は、戦った勲章だ。
でも、しばらくそうめんは食べなくていい。サッカーはいつだって観たいけど。
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